その四(報告書-1)

 さて、長い前置きだったが、ここからが本題になる。皆の者、刮目せよ。…というのは大げさなので、まあ、そっと見守ってくれてると嬉しいわけだが。

我こと十星尊之助は主である余旗与一の命により、とある街の住宅街に来ている。ここは京都の繁華街を少しそれた、叡山電鉄沿線の静かな街である。与一の数少ない彼女データから、この街に彼女が住んでいるとの情報を得て、遠路はるばるやってきたというわけだ。大学を卒業し、与一と彼女はその後細々と年賀状のやりとりを続けてきた。年賀状の住所を頼りに相手の街を訪れるというのは、普通の人間がやったらストーカーじみているが、その点で我は非常に便利。奈良から京都へ来るにも、スッと改札を抜けてスッと近鉄電車に乗りこみ、スッと丹波橋駅で京阪電車に乗り換えて…と、なんら事件性のない、面白みにも若干欠ける具合で無事この街へたどり着いた。


 目的の駅を降りて少し歩くと、本屋があった。気まぐれに覗いてみると、実に雑多な品揃えである。これは面白い。小説に雑誌、文房具も豊富に取り揃えてある。これは飽きずに過ごせてしまうな…と店内を見回すと、店員の一人が何冊か本を抱えて本棚に向かっていった。何気なしに彼女を見ると、エプロンの胸元に名札があった。…それは、与一の話していた彼女と同じ苗字であった。偶然か、それともこの女性が例の”彼女”なのか。しかし彼女の家はすぐ近くのはず、ここで働いていても不思議なことは何もない。ここで神通力を発揮…となればスマートなのだが、普段常習的に姿を消す術を使っているため、いささか疲れた。まあよい、日が暮れるまでのんびり、本を読んだり店内を見回って過ごせばいいさ。


 …ふと気がつくと、日がとっぷり暮れていた。どうも存分に昼寝をしてしまっていたらしい。外は真っ暗で、客の数もまばらだ。そろそろ閉店時間だろうか。

「それじゃ、お先でーす」

件の店員が身支度をして、他の店員に挨拶をしている。どれ、確かめるべく後をつけるとするか。なに、我の探している住所と違うのであれば、人違いということだ。店のドアを彼女が開けた隙にそっと身体を滑らせて外へ出る。


 外は冬の空気だった。ほんの少し前までそこら中は金木犀の香りでいっぱいだった風が、無色透明な冬の風に変わっている。彼女は自転車に乗って、家へ向かった。

ふむ。向かう先は、我が向かうべき住所と同じ方向だ。やはり、この人が”彼女”に違いない。ちなみに我はこっそりと彼女の自転車のカゴに忍び込んで、楽々と移動している。人間はほんに便利な道具を作るもんだ…と、その時。

「あれ、誰か居はるん?」

我が座っているカゴの、彼女の荷物の陰がごそごそ動いている。おや?と思って見ていると、我と同じサイズの者がそっと顔を出した。

「おやまあ、どちらさん?見たとこ、あんたも付喪神やな」

「驚いた。まあそうか、付喪神はどこにでも現れるものだ。我は、十星尊之助。トースターの神である。ちょいと野暮用で、この女性について調べるためにここにいる」

すると、もう一人の神は渋い顔をして言った。

「変わったもんに付いてるんやな。何や、菜々美ちゃんのことを調べるて?どういうこっちゃ」

そこで我は、その神に自分の目的について話した。

「何や、甘酸っぱい感じするやん!そういうことならウチも協力するわ」

するりと話を飲み込み、俄然乗り気になった神はニシシと笑った。そして我は、自分の話に夢中になったせいで、その神が何の神なのか聞くのを忘れてしまった。



 

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