第5話 邂逅

勝手知ったる足取りで、少女は歩みを進める。

軽やかなようであって、その実、その足はなぜか重かった。

どうにも、フォルムートの第六感とも言うべきものが何かを訴えているのであった。頭を振り、それを無理やり振り払う。


「……しかし、なんともだな」


フォルムートがそうつぶやいたのは、城の内装が彼女の記憶と全く違っていなかったためだ。

通路に置かれた絵画やモニュメントなど数々の芸術品は傷一つ無く鎮座している。

それがまた、少女の違和感を誘った。


「略奪すらされていない?」


一級の芸術品とはそれだけで財となるものである。

フォルムートが反乱を受けた時、もしくは後に外国が侵攻した時。いずれかの際には必ず奪われるであろう。


「侵攻されていないと考えるのが適当か……?」


するとやはりと言うべきか、街の惨状が疑問となるのであった。


「……何度同じことを考えているのだろうな」


歩みを止めることなく、ぐるりと周囲を見渡す。そして耳を澄ませてみる。

反響する靴音以外に、聴こえる音は無い。

メイドなど従者のせわしなく歩く音すらも、聴こえない。

我が城はこれほどまでに厳粛であったか、と疑問に思う。


「しかし王が帰ったのだ、迎えの一人くらい寄越してくれても良いのでは……」


少し前ならば、フォルムートが外征から帰ったときには従者総出での出迎えがあったものである。彼女はほんの少しだけ、その出迎えが無いのを残念に思った。

しかし城下の荒廃ぶりを見る限り、現状が異常であるということだけは言わずもがな分かる。ならば仕方ないのだろうか――と少女は一人で納得する。


「……本当に誰もいない可能性もある、か」


それはそれで大いに考えられる可能性だ。

玉座の間に行く前に誰か居ないか探すのが良いかもしれない、と思い至る。


「そうしようか」


(まぁ、私が厨房に立ち入ろうなどすれば絶対に止められるだろうが)


顔馴染みの料理長が狼狽しつつ己を諌める光景を想起し、つい微笑む。

そして、料理長が厨房に居れば何か菓子でも振る舞ってもらおうかと考える。


「……そうだな、居れば良いな」


紅の裾をひるがえして、フォルムートは厨房のほうへと歩みだした。






「居ない、か」


やはりというべきか、厨房に人は居なかった。

厨房へ行く道中でも、フォルムートは人の気配すらも感じることは無かった。

全くの、無人であった。

執事やメイドたち使用人すらも居ないということは異常に過ぎることである。まるで人間だけが突然霧となって消えたような、そんな状態。

城の内部は無人なのではないか、と思われるほどだった――そしてそれは事実であった。


「……エドルマにも、ヴェニールにも、王城にも……何が起こっているかはわからないが、しかしが、確かに起こっているようだな」


予想は半ば確信へと変わる。

何かがフォルムートの国に起こっているのだと。異常な、そして良くない何かが起こっているのだと。


「……じっくりと、考え込んでみるか」


何が起こっているかではない。

、である。


「うむ、何も考えずに動いていては無意味だからな……」


に帰り、少し安堵したのもある。地面の上ではなくベッドの上で寝たく思っているのもあった。

とにかく、少女は少しだけ動くのを休みたいと思ったのであった。

たとえ街を破壊した者を今すぐ見つけ出したいと思っていても、考え無しに行動するのは非合理的である。


きびすを返し、熱の感じられない厨房を後にする。


玉座に座し、頬杖を付き足を組み、そうしてただ黙考するのが、フォルムートは一番良い思考の方法であると考えていた。

ならば、フォルムートの足の向く先が自然と玉座の間となるのは必然であった。


「――――――」


少女は心なしかにこやかになる。

しかし、ふと窓の外からのぞいた光景を見て、その笑顔は失われた。

その代わりに、再度強烈な怒りがこみ上げてきた。


「――いけないな。どうにも、いけない」


そしてフォルムートは手をひらひらと振り、感情の奔流を無理やり振り払った。

いくら振り払おうが感情は際限なくあふれ出てくるが、それが表に出てこないよう、抑圧する。


歩く足を速める。

それでもやはり怒りは湧いてくるので、少女は別のことを考えることにした。


(私が街を壊した、か……それはどういうことなのだろうか)


エドルマにて投げかけられた言葉。

曰く、フォルムートが街を破壊した、と。

それを受けて、少女は深い哀しみと違和感を感じたのだった。


(……私がやったのではない――のに私がやったといわれる)


不可解であった。


(……誰かが私に成りすまして悪事を働いたとか?)


しかしそうするメリットが見当たらず、その説をフォルムートは消去する。

だが、それ以外にもっともらしい考えも無いような気がした。


「……不可解、もといはなはだ不愉快だな」


ならば誰だろうか。それによって生じる利益でなく、それをしたがるような人物を考えてみる。


「やはり貴族だろうか」


第一に思い浮かぶのは、反乱を起こした貴族の一団であった。


「そうでなければ、余所の国か……私が死んだ後にそうする理由も見当たらないが――いや、そういえば、貴族といえば」


貴族に対する憎しみは未だに消えていない。

しかしフォルムートの疑問はそれに関することではなかった。


「……やはり、この状況はおかしい」


――貴族たちの反乱は、権力と財の奪取が目的であった。

その原因を探るには、フォルムートの父の代までさかのぼる必要があるだろう――蛇足に過ぎないが。


フォルムートの父は非常に厳格であり、そして民のことを思う王であった――フォルムートの性格も父親譲りのものなのだろう。しかしそのことを、フォルムートは伝え聞くことでしか知らない。


フォルムートの父が王となったとき、貴族社会はすでに保守的な物となってしまっていた。金は貴族社会のみで回り、そこからこぼれた少量の金を民が分け合う。豊かでありながら貧しい国であった。

そこで敷かれていたのは、民のことを考えない一方的な圧制であった。重税を課し、思うが侭に振舞う。彼はその有様を見たとき、先王は何をしていたのかと嘆いたという。

頭の良い者ももちろん居たが、そうした統治者としての能力に欠けた者が、当時は非常に多かった。人を虐げることだけ上手く、統べることに関しては無能の一言であった。

民が耐えかね、反旗を翻すのは時間の問題であると、彼の王は断じた。

そしておこなったのが――


「……父上」


ふと、少女は懐かしむ。

昔の記憶。温かな、優しい記憶。

今となっては二度と戻ってこないであろう光景を。


「………………」


それまで無表情だったフォルムートは、一瞬暗い顔になる。

――フォルムートの父親は既に存命ではない。それはフォルムートが今王の座に就いていることからも明らかである。




――そして行ったのが、俗に『苛政』と呼ばれるようになった政治である。

その対象は民ではなく、貴族。

形骸化していた法を再度整備しなおし、貴族たちに断罪を下した。

腐敗しきった貴族はすべて切り捨て、富を再分配する。

結果、民衆の不満はある程度解消され、やせ細った国も息を吹き返した――のだが。


もちろん、貴族が快く思わないのである。

苛政に伴い、いくつもの大きな家系が取り潰された。

貴族は財力と伝統を重んじる。肥やした金を奪われ、あまつさえその伝統を無理やり途切れさせられたのだ。不快に思うのも無理は無いだろう。

そして先王はその反発さえも許さなかった。反逆の芽は一つ一つ丁寧に摘み取られていった。


ある一面から――貴族から見れば圧政、別の、民衆から見れば善政であった。

民からは絶大の支持を誇ると共に、貴族からはいつも嫌悪の視線が向けられていた。

しかし反乱分子となる貴族は財力を削がれており、彼らは本来火種となることはなかった。



本来ならば。



誰が計画したのかは知られていない。誰が唆したのかも。

しかし、貴族が策したのだろうと予想されるのは言うまでも無い。


先王は暗殺された。

それが、ちょうどフォルムートが生まれたころのことである。


「――――――っ」


いつの間にか、フォルムートはじっと立ち止まっていた。

はっと気が付き、歩みを進めようとする――ところで、目の前に大きな扉があることに気づく。

いつの間にか、玉座の間の前に来ていたようであった。というより、文字通り目前であった。前に扉があることに気づかないのが異常なほどに近い。

足を踏み出せば――まぁ踏み出す余地もないほどに近かったのだが――思い切り額をぶつけてしまっていただろう。


「……はぁ。懐古というのはあまり良く無いモノだ」


苦笑いしながら、フォルムートは扉を両手で押し開いた――






――無論であるが、玉座は扉に向かうように置かれている。

ちょうど、入ってきた部下やら使者やら侵入者やらの顔が、その者が扉を開けた瞬間に見えるようになっている。

逆側からも、それは同じである。入ってきた者は玉座に座っている王の顔が一目で見える。

フォルムートの見立てでは、城の内部には誰も居ない。ならば玉座に座す者など居ないはずだったが――


「――――――」


――居た。


本来フォルムートが座すべき場所に、何者かが座っていた。

少女は当惑する。


「不敬な……その座をフォルムート・エルメスの玉座であると知っての――」


誰だ? とその顔を視認する――そして再度当惑する。


「――――――ふむ」


何者かが、つぶやく。

その顔には、驚きが浮かんでいた。黒い目を剥き、形の良い眉を吊り上げ、固まっているようであった。


その者は、堂々と座していた。

、気だるげにしながら。


「――貴様は」


その先の言葉が出てこない。

フォルムートのほうも、その紅い眼を剥いて驚愕していた。



座していた者が、立ち上がる。

その黒い長い髪が揺れる。その背丈は、ちょうど、フォルムートとであった。


『――ははっ』


小さく、玉座の前に立った者が嗤った。

凛と響く声だった。


「貴様は――」


ようやく言葉を絞り出す。

彼女は、その者の名を知っていた。






玉座に座っていた、その名前は――

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