第五十一話 進級

「温泉クラブ入部生募集しています!」

「スキルがただでゲットできるよー」

「つ、強くなれるよ!」


 あれやこれやと、気づいたら二年生になっていた。


 昨年のクラブ活動におけるダンジョン最大到達深度は十七階。十三階の温泉には到達できた。が、クラブの目標であった十八階の温泉に入ることは叶わなかったのだ。一方で死者や大きな怪我を負った部員が出なかったことは大きな成果ともいえる。



「はぁ、なかなか集まらないわね」

「やっぱり温泉って言われても……」

「正直ぱっとしないよねー」



 目標を達成できなかったとカリエンテ部長は悔し涙を流しながら卒業していった。正直それはどうでもいいことだ。問題はカリド副部長までもが卒業してしまったのだ。俺は心で血涙を流しつつも、さわやかな笑顔で彼女の前途を祝った。


 はっきりいって俺一人であれば十八階なんぞ余裕だった。ただ、それでは意味がない。魂の欠片の素を集めるためにはパドが必要なのだ。だから昨年は我慢の年と位置づけた。パドの魔法の熟練度とレベルを上げることに一年を費やしてきたのだ。


 その甲斐もあり、パドのレベルは出会った当初の三から十九にまで上がっていた。卒業したカリエンテ部長の最後のレベルが二十だ。一年でここまで上げれたのは上出来だと思う。


 ちなみに俺は別格として部員でレベルが一番高いのはチカだ。彼女のレベルはいまや二十七に達している。すでに高位冒険者なみだ。出会った時からレベル十五と高かったからだ。すでに『不動』の通り名がついていたほどだったしな。



「で、でも去年は僕ら四人しか入部しなかったのに、今年はすでに六人も集まってるよ」

「なぜか上級生もいたしー」


「ふふふ、やはり新しい部長の人徳よね」

「僕的には小さくて可愛らしいチカちゃん目当てのような気がするけどなあ」


「悪かったわね! デカくてガサツで!」

「ガサツとは言ってないよ!」



 新しい部長はてっきり五年生から選ばれると思っていた。しかし、カリエンテ部長は新入生であったアルタを部長に指名したのだ。


 その人選の理由がまったくもって不明だった。なのでカリエンテ部長に質問したら。お前の所為だと言われた。


 クラブで一番強いのはお前だと。まあ、それは紛れもない事実だろう。顧問でさえ小指一本で吹っ飛んでいくし。だから、まず最初に俺の名が部長候補に上がったらしい。しかし、多くの部員がそれに反対したとのことだった。周りを顧みずにダンジョンに特攻されると命が幾つあっても足りないと。一部の女子からは変態行為がエスカレートするから断固拒否とか。


 本当に失礼な奴らだ。


 とりあえず、俺以外を部長にすることが決まった。次に問題となったのは誰なら俺を制御できるかということだった。パドはパートナーだが、気が弱くて俺の意見に流されそうだからパス。チカの場合は「カイ兄の言うことは全て正しい!」そう心酔しているから論外。その点、アルタはズバズバと俺に物申す。あまつさえ指図することもある。もう、アルタしか適任はいないじゃん。俺ら四人のいないところで、全員一致でそう決まったらしい。顧問もそれに強く賛成したそうだ。


 やつら全員しめてやろうか。


 やりきれない思いでいたら、鐘の音が聞えた。

 

「おい、そろそろ授業が始まるから戻ろうぜ」

「カイトあなた。ぼーっとしていて全然勧誘してなかったじゃない!」


「そこに在るだけでいい」

「は? 何言ってるの?」


「それが俺だ。何もしなくてもオーラが滲み出てしまうのだ」


「確かにね。カイトは口を開かない方がいいかも」

「それはどういう意味だ……」


「怠惰、鬼畜、変態、スケベ、色々な意味があるわね」

「アルタ、お前……」


「カイ兄の良さは、チカがちゃんとわかってるから大丈夫だよー」


 クリクリの黒目で俺を見あげるチカ。艶やかな黒髪から飛び出す兎耳がピコピコと揺れていた。ああ、副部長(の胸)がいなくなった今、俺の癒しはチカだけだな。


「あっやばい! 二つ目の鐘が鳴ったよ!」

「もう、カイトが馬鹿な話してるから!」

「俺の所為にするな!」

「いいからいこうよー」



    ****


 二年二十八組のクラスに戻り、自席に着く。


「えへへへ。カイ兄と同じクラス―」

  

 前の椅子から振り返るチカは嬉しそうだ。二年生になった俺ら四人は同じクラスになったのだ。


「思った以上に戦闘系のクラスが少なかったな」

「なんやかんやいって命がけの職業だもんね」


「今年は例年よりもかなり志望者が少なかったらしいわ」

「いつもは七クラス位はあるもんね。今年はたったの三クラスだよ」


「それはやっぱり――」

「ええ、ダンジョンの魔物が狂暴になっているからよ」


 そうなのだ。浅い層でそれよりも深層の魔物が出没する機会が多くなっていた。魔物の数自体も増えているようだ。


 本来であれば、俺が力を出さなくても地下十八階には到達できたはずなのだ。部長をはじめとしたクラブ員の実力は軒並み上がっていたのだ。俺、相当しばいたもんね。


「本職の冒険者からも何人か犠牲者が出たみたいね」

「一体、どうしちゃったんだろう。なにか悪いことが起きていなきゃいいけど……」

「ダンジョン内の瘴気が濃くなったって噂だよー」


 うーん、肩身が狭い。心当たりがあるんだよね。どうせ俺の欠片の所為に違いない。


「そういえば、カイトって戦闘系クラスなのに生産系の授業も受けるの?」

「ああ、調理科の教官にどうしてもって頭を下げられてな。断り切れなくて」


「いまや学園で和食ブームが起きているわよ」

「プリスマ鍋なんて今や伝説になっているもんね」

「あれ美味しかったー」


 味付けは確かに和風にしたけど。厳密にはそれは和食じゃないぞ。


「最近、学食のメニューにもカレーが出来たらしいわよ」


 ああ、それは俺が調理実習で披露したからだな。その日の晩に学食の調理人が寮に飛び込んできたんだ。ウトウトしながら教えたんだけど、ちゃんと伝わったかな。


「しかし、カレーは種族共通なんだな」


 種族間の味覚に差があるから、ぼやけた薄味にしかできない。そう聞いていたはずなんだけど。カレーこそ刺激の塊りなのに。なぜか全種族に愛されているようだ。



「さあ、授業を始めるぞ!」


 勢いよく教壇に立ったのはミランダ教官だ。残念ながらクラス担任は変わらなかった。クラブ顧問も同じなので別の教官を期待していたのだが。どういう教官がお望みかって? それは推して知るべしだ。


「さて、二年生になり戦闘職のクラスとなった諸君。今までと何が一番違う?」

「ダンジョンに潜ることができるようになりました!」


 クラスメイトの誰かが元気よく答えた。


「ああ、そうだ。パートナーと一緒であれば潜ることが許されるようになった」


 これはでかいよな。これも見越してパドにレベル上げをさせていたのだ。


「戦闘において最も重要な心構えは何かわかるか!」


 ミランダ教官は一人の男子生徒を指さす。


「えっと……。どんな場面でも冷静に状況を見極めることでしょうか」


 お、なかなかいいことを言うな。二年生とは思えない。


「それでは不足だな。よし、じゃあそこのお前」

「お前じゃなくて、カラード=ドゥンケだ。教官!」


 勝気そうな青髪の少年だ。教官を睨みつけるように答えていた。


「お前の名前など、どうだっていい。それよりも問いに答えろ」

「くっ……。いいだろう。戦闘において最も重要なことは優雅さだ。高貴な立ち居振る舞いをいつ何時も忘れてはならない。そうだろう?」


「話にならないな」

「貴様っ――」


 おお、凄いな。教官を貴様呼ばわりできるなんて。親の身分がかなり高いのだろうか。


「重要なのは『決して諦めないことだ』。絶望の窮地に追いやられることもあるだろう。死を覚悟することも少なくないだろう。しかし! どこか、どこかに突破口があるはずなのだ! 逃げたっていい! 格好悪くたっていい! 小便だって漏らしたっていい! なんなら大も許容する! 悲鳴や絶叫を上げたって構わない! 死ななければ、死ななければ次があるのだ! 明日こそは光が見えるはずだ! そう明日こそは……」


 完全に心の叫びだった。教官の膝は震え、目も虚ろに彷徨いだしていた。


 うーん。ちょっと最近シゴキ過ぎたかな。初めは向こうから組手を迫ってきたのにさ。最近は逃げてばっかりなんだよ。だから逃げ道を塞いではボコっていたんだけどな。最近はダンジョンの奥深くに逃げちゃうんだよな。クラブだと深くにまで潜れないし、一年生だったので単独で追う事も出来なかった。


「ああ、教官の言葉が心に染みるわ……」

「だよな。ミランダ教官は、ついにSランクにまで昇りつめたらしいぞ」


「教官になってからランクを上げた人って初めてじゃない?」

「凄い向上心だよな」


 修練の甲斐はあったようだ。ミランダ教官はレベルも上がり、単独踏破も三十階を超えたらしい。やはり俺の教育方針は間違っていなかった。そう教官に笑いかける――。


「ひぃいいい!?」


 奇声をあげて俺から目を逸らし、あろうことか教室から一目散に出て行った。おい、授業をちゃんとしろよ! 頭を押さえて呆れていると、ふと声をかけられた。


「おい、お前が最近いい気になっているカイトとかいう下賤の民か?」

「は?」


 いつのまにか目前に先程の青髪の貴族っぽい坊っちゃんが立っていた。その周りには数人の取り巻きのような輩を連れだっていた。


「お坊ちゃんが何のようだ?」

「Sランクのミランダ教官にマンツーマンで教育してもらっているそうじゃないか」


「ん? ああ?」


 端から見るとそんな感じになっているのか?


「しかも、手加減してもらっているのに、自分はミランダ教官よりも強いと嘯いているようじゃないか」

「はあ?」


「身の程を弁えない奴め。俺様が指導してやるから修練場にまで出ろ」


「カラード様ご自身に稽古をつけてもらえるなんてお前は幸せ者だな」

「カラード様は公爵家のご子息だぞ! にもかかわらず二年生ですでに冒険者ランクもBの大天才なんだ!」


 取り巻きが煩いな。青髪君は顎を引くと教室から出て行った。はあ、自習時間になっちゃったみたいだし、昼寝でもしようっと。


「おい!? 何してる! 早くついてこい。それとも怖くて小便でも漏らしたか?」


 坊っちゃんの言葉に取り巻きどもが一斉に笑う。下手糞な挑発だな。


「カイト、あいつにこそ身の程を弁えるってことを教えてやった方がいいと思うわ」

「でも、面倒臭いし」


「行かないと毎日絡まれて、余計に面倒臭いことになるわよ」

「はあ……」


 転生したばっかりの主人公がギルドに初めて入って柄の悪い冒険者に絡まれるみたいな展開。なんで今更になってそんなのしないといけないんだ。誰得だよ。


 ということで、なんか得するように持っていくとしようか。覚悟しとけ、俺の個人レッスン料は高くつくからな。





--あとがき-----------------------

別作品:『異世界でぼっちになりたいけどなれない俺』も宜しくお願いします。更新はそちらを優先しています。

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