第五十話 異世界召喚

 召喚スキルを発動すると、対象と何か線のようなもので繋がった気がした。頭のなかでその線を手繰り寄せる。


お、重いな……。


レベル1だからだろうか、激しい抵抗のようなものを感じる。やはり世界と世界を隔絶する壁は相当のもののようだ。


 でもそれは納得できる。世界間を行き来できるチートな俺ですら、初めは魂レベルにまで戻らないと移動できないのだ。対して今回は別世界の人間を素の状態でこちらに強制召喚するのだ。大変な作業になるのは仕方のないことだ。


「ぐぅっ! この野郎……」

「カイトどうしたの?」


 踏ん張り過ぎて、つい声が漏れてしまった。目を瞑って一人呻る俺。周りからみると明らかに変だよな。折角、みんなの胃袋を掴んだのに、このままではまた気味悪がられてしまう。


 俺は声が漏れないように細心の注意を払いながらも、頭の中で渾身の力を籠める。


おっ――。


あるところを過ぎると急に軽くなった。線が切れたわけじゃない。確かにまだ繋がっているのがわかる。おそらく成功したのだろう。


「おお、神々しい女神が降臨したぞ……」

「いえおそらくあれは精霊よ……」

「なんて美しいんだ」


 周りから感嘆の声が漏れていた。俺はゆっくりと目をひらく。洞窟は暗いはずなのに、金色の髪が眩しかった。


「あなたもしかして……。カイト……?」

「ああそうだ」


 召喚対象のルシアが立っていた。どうやら成功のようだ。服装以外はロージェン世界と変わりはないようだ。そして竜人姿にもかかわらず、ルシアには俺の事がわかったようだ。もしかして愛の力か?


「私、来たくなかったのに……」

 

 ルシアは自らの細い肢体を両腕で抱える。顔を真っ赤にして震えていた。異世界に初めて来た恐怖で震えているのだろうか。


「心配するな。俺のスキルで呼び出しただけだ。一定時間後には元の世界に戻れるから」


 ルシアのつま先から頭の天辺までをゆっくりと眺めながら、俺は諭す。


「あれほど抵抗したのに。待ってって、今は駄目だって必死に言ったじゃない」

「なるほど……。あの抵抗はそういうことだったのか」


 どうやら世界間の壁の所為ではなかったようだ。単にルシアが拒否しているというシグナルだったようだ。


 ルシアの肌は相変わらず雪のように白い。ただいつもよりもその白さが際立っていた。洞窟に佇んでいるからか。召喚によって体がうっすらと輝いているからか? 否、違う。彼女の体を覆い隠すものの面積が小さいからだ。淡く緑がかった薄い上下の下着。やっぱりエルフはなんでも緑を好むのね。昔はあそこを葉っぱで隠していたのかな。


 端からみたら妖精に見えるかもしれない。この世界にはエルフが存在しないから余計にそう思えるのだろう。


 そしてやはり着痩せするタイプではなかったようだ。ほんのりとした膨らみが自己主張せずに佇んでいた。


「いつまでジロジロと見ているのよ!?」


 噴火しそうなほど真っ赤な顔。そうだよな大衆の面前だもんな。


「ところでルシア、なんでそんな格好なんだ?」

「ほんと今更ね!? お風呂に入ろうとしていたからに決まっているでしょ!」


 ああなるほど。最近になって我が屋敷にも風呂を作ったのだ。もちろん湖畔から湧き出る天然の温泉を浴槽に引いている。かけ流しの檜モドキ製の温泉風呂は格別なのだ。この素晴らしさが伝わり風呂愛好者が増えることは俺としても嬉しい。


「惜しかったな……。もう少しタイミングがずれていれば」

「なっ!? カイト――」


「あ、いや……。もっと早く呼ぶべきだったなって」


 でもそうだよな。いつでもどこでも抵抗すらできなく召喚できたら互いに困るよな。相手が風呂に入っているときかもしれんし、トイレで用を足していたりしたら最悪だもんな。そんな瞬間に立ち会ったら互いに気まずいよな。オーグが裸で現れたら瞬殺しかねない。ララの場合は、犯罪的要素が強すぎる。


「ねえ、カイト。あの精霊ってカイトの知り合いなの?」

「まあな」


「カイトって魔法使えなかったんじゃないの!?」

「きっと精霊魔法ね。しかも精霊言語まで話せるのね」

「でもなんかあの精霊怒っているようにも見えるよー」


 そうか、こいつらには話が理解できないのか。どうやらロージェンとこの世界では共通言語が違うようだな。異世界言語スキルの所為でみんな同じ言葉を話しているかと勘違いしていた。


「どうか彼女ができますように……」


 一人の部員がなにやらルシアに向かって手を合わせていた。それに気づいた他の部員が声をかける。


「おい、お前なにやっているんだ?」

「知らないのか! 精霊様に祈ると願いが叶うって有名だぞ」

「そうなの!?」


 温泉クラブ員がルシアの周りを取り囲み、地に頭を伏して拝み始めた。


「私に新しい魔法を授けてください!」

「俺に力を!」

「俺には勇気を!」

「今年も大きな怪我をしませんように!」

「今年こそ私に素敵な彼氏を!」

「お、俺の股間を踏みつぶしてください!」


「ちょ、なにこれ!? そんな近くでこっち見ないでよ!」


 ルシアが泣きそうになっていた。全身を隠したいようだが、腕じゃごく一部に限られる。そうだよな。下着姿を間近で見あげられているんだから。羞恥心半端ないよね。だが残念ながら、その言葉は伝わっていない。


「私にもスキルを! どうかスキルを!」


 あらら、アルタまでもが四つん這いで必死に拝み倒していた。スキルのためにそんな簡単に信仰対象を鞍替えしていいのか。


 そうこうしているうちに、ルシアの姿が薄くぼやけてきた。あ、そろそろ時間なのね。ルシアもそれに気づいたようだ。薄くなったことで羞恥心も和らいだようだ。色んな意味で残念。


「ねえ、カイト。やっと向こうに戻れるのかな?」

「ああそうだ。いやほんと悪かったな。初めてだったのでよくわからんかったんだよ」


「次からは拒否したときは無理に引っ張らないでよ」

「ああわかった」


「それと、次はそっちの世界の街がいいわ」


 どうやら召喚されること自体が嫌というわけではないらしい。


「そうだな。こっちの世界もなかなか面白いぞ」

「それにカイト……。竜の姿も格好い――」


 話している途中でルシアの姿が消えてしまった。ふむ。やはり、このスキルはかなり使えるな。対象を絞ればわざわざ向こうにいくまでもないのだ。話もできるし、もしかしたら助っ人も頼めるかもしれない。



 スキルのことで話が前後してしまったが、魂の欠片の素?は予定通り回収できた。前回と同様に入浴後のパドの体から光が供給された。ただ、地下三階の温泉の時よりも少しだけ光が強かった気がしたな。あ、ステータス欄に新しい項目ができていた。


□魂の欠片(6/1000)


 うーん。おそらく1000になればこの世界での魂の欠片を回収したことになるのだろう。でもまだ一パーセント未満って先が長すぎないか。八階の次の温泉は十三階にあるようだ。その次は十八階にあると言われている。温泉クラブではこの十八階は未だ踏破できていない。どう考えてもあと二つで魂の欠片が満たされるとは思えない。

 これは不味いな。最悪、SSSランカーの最高到達階である六十八階にまで辿り着いたとしても魂の欠片が集まっていないという可能性すらあるぞ。


「あ、パド。あなた腕に怪我しているじゃない」

「七階で小さな蜘蛛に少し噛まれたんだよ」


「ちょっと動かないでよ。不浄なる傷を癒し賜え『ヒール!』」

「アルタありがと」


「ごめんなさい。ちゃんと壁役できなくて」

「いやチカはちゃんと役目を果たしていたよ。魔物も強いし数も多いからこれくらいは仕方ないよね。でも、これ以上深い階はいまの僕らには厳しいよね」


 若干疲れ顔のパドがそう弱音を吐く。


 どうすればパドを連れて深層にまで潜れるのか。これは真剣に考えないといけなさそうだ。





--あとがき-----------------------

別作品:『異世界でぼっちになりたいけどなれない俺』も宜しくお願いします。更新はそちらを優先しています。

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