第五十二話 レッスン料 

「ふふふ、覚悟はできたか?」


 俺の前で不敵に笑う、青髪の少年。


「あれ、誰だっけ?」

「カラードだ!」


「辛いど?」

「き、貴様ぁ! 無礼にもほどがあるぞ。俺はカラード=ドゥンケ! アズール帝国公爵家の長男だ!」


「いや、そんな国しらんし」

「えっ!?」


 間抜けな顔を浮かべる過ラード。脂多すぎだろ。あれ、奴の取り巻き連中もあっけにとられた顔をしていた。


「カイト冗談だよね?」


 パドもアルタも、チカでさえも同じような反応だった。あれれ? もしかして有名なの? まあどうでもいいけど。


「ふ、ふふふ……。これを見てもその余裕が続くかな?」


 腰に帯びた鞘から抜いたのは長剣だ。


「おお、それは確かに業物だな」


 刀身が蒼く煌めいていた。尋常ではない魔力の波動を感じる。


「ふふふ、驚いたか。これこそ我が公爵家に先祖代々受け継がれし至宝!」

「カラード様! こんなやつ相手にそれを使うのは!?」


「う、嘘だ。あれは……。まさか……」

「ん? パドは何か知っているのか?」


「三百年前に魔王を倒し七聖剣。その中の一人の剣士が手にしていたという長剣。それは青く煌めく聖剣だと言われているんだ」


「ふふふ、その坊主の言う通りだ。我が公爵家の先祖がその七聖剣の剣士なのだ」


 坊主ってお前も同じ歳じゃん。あー、魔王を倒した功績で爵位を授与されたってやつか。


「学園に来る前に、我が父よりこの神剣シロエズールを譲り受けたのだ。これこそ、公爵家が公爵家たる所以! すでに俺様が家督を継いだも同然なのだ」


「それは不味いな」


「ふふふ、このシロエズールは持ち主の全ステータスを数倍に跳ね上げる。そして斬られた相手は逆だ。ステータスが大幅に下がることになるのだ」


「なにその反則的な武器……。卑怯よ!」


 俺が負ける可能性が頭を過ったのだろう。アルタが猛然と抗議する。


「何を言う。装備も実力のうちだ」

「あんたはただ父親から譲り受けただけじゃないの!」


「高貴なる家系自体が俺の実力だ。如何なる時も優雅に。戦う前から俺の勝ちは決まっているのだよ」


 まあ、勝負するときの心構えとして鉄則だよな。俺も命を賭けるのであれば、出来るだけ用意周到に準備をしておきたい派だ。なんとかなるだろうではいつかきっと足元をすくわれる。かもしれないという臆病さが生き残るには必要なのだ。


「やっぱり止めようぜ」

「ふふふ、いまさら怖気づいても遅い」


「うおっと!」


 いきなり斬りかかって来やがった。さすが聖剣というべきなのか。Sランクに上がったミランダ教官よりも速かった。いくら数倍になるとはいえ、ただのお坊ちゃんではなさそうだな。


「ほう、よく今のを避けたな。実力は嘘ではなく本当だったということか……」

「わかってくれたら、剣を鞘に戻してくれないかな」


「ふん、その減らず口を黙らせてやる。いいか、聖剣があるからBランクにまで駆け上がったのだと思ったら大間違いだぞ。俺はこの剣なしでそこに達したのだ!」


「ちょっ、当たると危ないって!」


 振り下ろして斬り返し、横薙ぎして同じく斬り返す。まさに流麗な剣捌きだった。なるほどな。万が一でも俺がミランダ教官よりも強かったときのことまで見越していたんだな。例えそうであっても負けない自信。それがあったからこそ勝負を挑んで来たと。こいつ何気に賢いな。剣技を含めて二年生とは思えない。英雄になる素質はあるのだろう。


「くっ!? なぜ当たらん! 俺の速度はいまやSSランク並みなはずなのに!」

「ごめんな。俺って強いからさ」


「筋肉馬鹿が調子に乗るな!」


 大ぶりな振り下ろしだった。俺は軽く後ろに飛んでそれを躱す。


 頭に血が上ったら剣技が荒くなるタイプか? やはりまだまだ餓鬼だな。ん? 奴も大きくバックステップしていた。俺との距離が開く。


「馬鹿め。疾風なる刃よ奴を貫け!『ウィンドアロー!』」

「うお! なんつー数を」


 一度に二十本近い風の刃が俺に襲いかかる。それを某、マ〇リックスのように俺は避けた。こいつ魔法剣士だったのかよ。さっきの大振りも距離をとるためだったのか。どうやら戦闘慣れもしているようだ。


「ちっ、躱したか。だが、竜人族は魔法の一切使えない近接戦闘馬鹿種族」

「酷い言い分だな」


「ふふふ、余裕もかますのもこれで終わりだ。出でよ!『ウィンドキャノン!』」

「なっ極大魔法っ――。あなたカイトを殺す気!」


 ばかでっかい大砲のような玉がカラードの上空に三つ現れた。直径五メートルはある。あれ一つでも極大魔法クラスだな。ステータスが倍増しているから出来る芸当なのだろう。っていうか、これって俺だけじゃなくて観戦者も危なくないか?


「ふふふ、下賤な民の命になど大した価値はない。この学園で最強は俺一人でいいのだ。ふふふ、残念だ」


「なにが? つーか、ふ、が多くね?」

「練習中の不幸な事故を嘆いたのだ。さあ死ぬがいい!」


 こいつ頭は切れるようだけど。性格は最低最悪だな。


 迫り来る巨大な圧縮された空気の砲弾。おそらく直撃しても死にはしないだろう。だが、ちょっぴり痛そうだ。


 俺は右手を砲弾の方に向ける。


「ふはははは! 馬鹿め! 細切れに――。なにっ!? 掻き消されただと!?」

「闇よあの馬鹿を貫け、『ダークアロー』」


「ぎゃぁああああ!? 頭が、俺様の頭がぁあああ!?」


 尻餅をついたカラード。うむ、頭頂部にちょうど腕一本分の禿の直線が出来上がっていた。髪だけにしてやったんだから感謝しろよ。


「ええええ!? カイト、なんで魔法が使えるの!?」

「俺はもともと闇魔法を使える」


「えっ!? でもそんなの見た事ないよ!」


「MPがゼロなだけ――」

「なら無理じゃない!」


 アルタの突っ込みは早かった。


「だが、俺は魔力を吸収できる。なので吸収した魔力を利用して発動したんだよ」


 魔力吸収スキルはまだ初級だ。効率が悪くて闇の弓しか撃てなかったけどな。


「き、貴様ぁあああ!? 俺の高貴な髪を! 絶対に許さん!」


 直線禿が突進してきた。どうやら再び近接戦闘へと切り替えるようだ。


「だからそれは不味いって……」

「うぉおおおお、しねぇえええええ!?」


 ムカっ。人が手加減してやっているのに。ならば報いを受けるがいい。


「な、なにぃいいい!?」


 俺はカラードの聖剣シロエズールを素手で掴みとめた。別にこんなもの俺には効きやしない。そんなことは問題じゃないのだ。


「あぁぁああああ!? 聖剣がぁぁああああ!?」


 奴の剣がボロボロと崩れ落ちる。跡形もなく。いや、柄だけが残った。


「え、ええええ!? それって神剣じゃなかったの!?」


 驚きのあまりパドの声が裏返っていた。


「いや神剣だったぞ。むしろその証明がされたな」


 そう、神器破壊のスキルが発動したのだ。カラードのことは正直どうでも良かった。それよりも三百年もの歴史を紡いできた神剣を壊すのは色々と不味かろう。そう思っていたのだ。あまりに腹立たしいからもう知らん。


「あぁぁぁ……。ち、父上に何と弁明すれば……。私は公爵家から放逐されてしまう。いや極刑を免れない……」


 地に伏して泣き崩れ落ちるカラード。自業自得だな。いい気味だ。


「私はもう終わった……」


 カラードは胡坐をかいて座り直し目を瞑る。お? もう立ち直ったのか。何をするのか見ていたら、腰に差してあったもう一つの鞘から短剣を取り出した。おー、それも結構な業物だな。


 そして首にその刃をあてる――。


「またんかぁぁあああい!?」


 短剣だけを狙って蹴飛ばした。あ、危ねえ! なにこいつ自害しようとしてんの!?


「な、何をする!?」

「それはこっちのセリフだ!」


「いっそここで楽に死なせてくれ! このままだと死ぬまで拷問されるのだ!」

「でしょうね。それ絶対国宝よね」


 哀れんだ瞳でカラードを見つめるアルタ。ああ、本当に面倒臭い。だから壊したくなかったんだよな。


「おい、カラード。一つ提案がある。もしかしたらそれを直すことが可能かもしれない」

「な、な、な、な、なんだって!? そ、それは本当か!?」


「確実とはいえないがな」

「何でもする!? 頼む、頼むから、これを直してくれ!」


「お前のようなお子様の依頼じゃだめだ。公爵家として正式に依頼しろ」

「どういうことだ……」


「そうだな。依頼料は公爵家の領地の半分。成功報酬でいいぞ」

「き、貴様!? ふ、ふざけるな!」


「俺は本気だったんだけどな。まあいい。それでは、その剣はそのままということだ」

「くっ!? いや、しかし――」


「とりあえず今すぐ領地に戻ってパパンに正直に話すことだな。国宝を失うか。領地の半分を失うか。どちらかを選べとな。国宝ともいえる聖剣を失ったらそもそもどうなるか知らんけどな」


 おそらく、国宝がないと公爵家は失脚するのではないか。公爵家たる所以とか言ってたしな。そうであればこの馬鹿げたともいえる要求に乗って来る可能性が高い。


 ふふふふ。俺のレッスン料は高いのだよ。


「わ、わかった……」


 顔を青褪め、ふらふらとした足取りでカラード君はそのまま領地へと直帰した。うん、これで暫くはあいつの顔を見ないでも済むだろう。


「やっぱり鬼畜ね」

「カイトが悪魔みたいな顔で嗤ってる……」

「これはカイ兄じゃない、カイ兄じゃない……」


「でも神剣なんてほんとうに直せるの?」

「さあな、神のみぞ知るだな」


 さて、あいつなら何かいい手を知っているだろう。



--あとがき-----------------------

別作品:『異世界でぼっちになりたいけどなれない俺』も宜しくお願いします。更新はそちらを優先しています。

-----------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る