第四十四話 平和な学園生活
「出でよ炎……。くっ、明かりを灯せ! ファイヤ! 燃えよたましぃいい!?
」
「カイト、さっきから一人で何騒いでいるの?」
怪訝そうに俺を見上げるパド。
「いや、やっぱり魔法が全然使えないなと思ってさ」
わかってはいるけどショックなんだよ。前の世界で好き放題していたがゆえに余計だ。ちなみに今は魔法の授業で生活魔法のおさらい中だ。
「うわぁ! 凄い凄い! ぼく初めて魔法を使ったよ!」
近くで一人のクラスメイトがはしゃいでいた。生活魔法はごく一般的でほぼ誰もが使える。だが、ド田舎ではその存在が知れ渡っていないこともあるのだ。
「おい、ジェミー。あの竜人みろよ。魔法がまったく使えないようだぞ」
「エディったら~。冗談やめてよ~。これ誰でも使える初歩の初歩よ~」
灰色がかったのロン毛の男が、金髪女の肩に手をまわし俺を小馬鹿にしていた。とても一年生とは思えない態度だ。確かに歳が十四歳と平均年齢よりかなり高い。それもあってか、事あるごとにクラスメイトを見下す発言を口にするのだ。
「竜人族は脳筋だから仕方ないんだよ」
「え~なにそれ~。竜人族ってノンキで下履かないの~。うちの爺ちゃんみたい~」
なんだこの馬鹿女は。こんな奴らに、この俺が脳筋扱いされる日が来るとは……。MPさえ、MPさえあればお前らなんて闇魔法で異次元へとサヨナラしてやるのに!
「たぶんアイツ、#清潔__クリーン__#の生活魔法すら使えないんじゃないか」
「え~まじで~。超よごれじゃ~ん。くさっくて近づけないよ~」
ゲラゲラと笑う品のない男女。
言っておくが俺は断じて臭くない。人化してはいるが本来は竜なのだ。なので外皮は鱗だ。お前ら人族と違って肌から汗や老廃物など一切出さんわ! 塵や埃をたまに拭き取るか、水で洗い流すだけで十分なのだ。お前らの方がよっぽど臭いわ!
「魔法なんて使えなくても大丈夫だよ。カイトは前衛タイプだし。僕がその分、魔法を頑張るから。こう見えても魔法には自信があるんだ!」
「入学初日に空から降って来たお前が?」
「うっ――」
パドは俺からさっと目を逸らす。ほんとこんなパートナーで大丈夫かねえ。
「エディ、3×8は幾つだ?」
教官がロン毛に問いかける。二時限目は算術だった。
「え、あ、えっと……。ちょっと待ってください」
手の指を順番に折り始めるロン毛。全ての指を折り終わると彼は胸を張って答えた。
「10です!」
「残念だが違うな。じゃあその隣の女子。答えてみろ」
「も~エディったら~。足の指を忘れちゃだめだよ~」
「あ、ああ、そうだった!」
「答えは20で~す!」
駄目だ、こいつら。十四歳にもなって、こんな初歩的な計算もできないのか。教官も呆れ気味だ。
「では、カイト。お前はどの問題を選ぶ?」
「超難問でお願いします」
「なっ――」
周りがざわつく。先生も絶句していた。ふふん、俺は算術のスキルを極めているんだ。異世界程度の暗算ならどんとこいだ。
「では、36,563×82,215は幾つだ?」
ぶっとばすぞ!? この野郎、そんなもの暗算出来る奴はコンピュータしかいねーだろーが!
「3,006,027,045です」
「せ、正解だ……」
「ば、ばかな!? あいつ脳筋じゃなかったのか……」
「竜人は手と足の指が多いのかー」
「そうか! なら繰り返せばいいんだ。ぐぅっ――」
「ジェミー~。どうしたの~。だいじょうぶ~?」
「足の指を攣った……」
いやはや算術スキルは凄かった。暗算結果がなんか頭に閃いたんよ。ある意味、PCを脳内にしょっているみたいだ。それはそれでコンピュータ人間っぽくていやだが。
三時限目は美術だ。
「ねえ、カイト。それってなに?」
「ん? どこからどうみても、スライムじゃないか?」
ただいまデッサン中。モデルは中央の檻に入れられた青いスライムだ。ピョンピョン飛び跳ねるから描きにくいったらありゃしない。
「ね~エディ。あれなに~? 腕と手が生えてるし~」
「ぎゃははは! あいつへたくそすぎだろ! なんで体もあんなに巻いているんだ。うんこだうんこ!」
ロン毛野郎が俺の芸術を見て腹を抱えていた。失礼な奴だ。画伯な俺のセンスがわからんとはな。まあいい。凡人にはピカソの絵のなにが良いかわからないのと一緒だ。ちなみにうんこはトグロなんて巻かないぞ。あ、もしかして異世界のうんこは巻いているのか!? 気になる……。
四時限目は格闘術。待望の時間だ。
「さて、覚悟はできたか?」
俺はポキポキと指を鳴らす。組手の相手が最高のチョイスだった。
「ま、ま、ま、待てっ!? 僕はお前のような筋肉馬鹿とは違って繊細な――」
「おらっ!」
「ぎゃぁああああ!」
おー、ロン毛が地面を勢いよく転がっていった。さーて、たまりまくったストレスを発散させてもらおうか!
「さあ! かかってこい! って……」
先ほどの一発でノックアウト。白目を剥きながらピクピクと体を痙攣させていた。うーむ、デコピンといえども馬鹿にできないな。あ、股間から透明な液体まで。やりすぎたか……。
「エディかっこわる~」
あらら。デコピンなんかでお漏らしするから、彼女に愛想をつかれたようだ。
そして、五時限目に入る。
「腹が減って集中できん」
「今日は珍しく起きているもんね」
失敬な。昼食の時間が遅すぎるんだよ。昼食は十三時からなんだもん。日本人の腹時計を引きずってる俺には慣れない感覚だ。
あーでも前テレビで観たな。確かメキシコだったか? お昼は遅いから間食する文化だって。朝早くに食べて、十時くらいにオヤツ代わり〇ちゃんのカップラーメンを食って、十三時からランチを食べていた。
そうそう、〇ちゃんってメキシコではむちゃくちゃ売れているんだよ。それこそあの国の郷土料理の崩壊が問題視されるほどに。恐るべし日本製カップラーメン。ていうかカップラーメンはオヤツじゃねーよ! と突っ込みたかった。そして十五時とか十六時にもオヤツとは思えない量を食べていたな。ハンバーガーとか、ポテチ大袋とか、ケーキは口に入れた瞬間、砂糖が口でざらつくほど甘いらしい。さすがは肥満率世界一位。
「きゃぁあ!? 超おいしぃいい!」
「あまぁぁあい!」
「こんなのわたし初めてー」
「カイト君、凄い!」
むふふふ。俺はいま女子に囲まれていた。料理の授業はまさに俺の独壇場だ。女子といえばスイーツ。和菓子も和食の範疇だからスキルもいかんなく発揮された。ソフトクリーム山盛りのあんみつは女子に大盛況だ。昼食前でみんな腹ペコだしな。
エディの元カノはもう俺(のお菓子)にメロメロだぜ。いや、まったくもってタイプじゃないけどね。
「これほんとにおいひ~よ~」
パドもあんみつにメロメロだ。お前もやめてくれ。気持ち悪いというか、中性的な顔で蕩けないでくれ。それは色々と不味い。
「カイトって両極端だよね。めちゃくちゃ飛びぬけているか、壊滅的か」
素直に喜べない。凄いのってスキル持ってるやつか種族属性だよな。逆にいうと俺の素は壊滅的ってことじゃないか。まあいい。いまは一年生女子に囲まれた天国を味わおう。ちなみに俺はロリコンじゃないぞ。精神年齢は肉体年齢に引っ張られるのだ。そこんとこ間違えないように。
パリッ――。小気味よい音が響く。
「うわっ! なにこれ。じゅわっと肉汁が染み出てきた!」
「むむっ……。外の薄皮に肉を包んで焼いている……。いや、茹でてる? 肉は細かく刻んでミンチ? でもこんな薄くて食べられるような皮なんてあったかしら……」
「この黄色い料理が甘くて美味しいのー」
「むむむ……。これは卵巻き? でも味付けが……。これもダシと呼んでいたものが中に入っているのね」
「相変わらず、アルタはいい舌をしているな」
「どれも最高だけど、僕はこれが一番! 外はカリカリで中はジューシーなんだもん!」
「むむっ、むむむむ……。外に何かをつけて油で揚げたのね。ただ天ぷらとは違って衣自体に味が染み込んでいるわ……」
「あっ! 今日はウメじゃない。でもこれも濃厚な味がして美味しい。はぁ……。チカは毎日お昼の時間が待ち遠しいの! もう身も心もカイ兄の虜なの」
「俺じゃなくて和食のだろ」
そして俺はいつからチカの兄貴になったのだろう。チカは八歳、大して俺は四歳。こっちが年下なんですが。いつのまにか自分の事をチカと名前で呼びだしたし。まあでも、こっちが彼女の素なんだろうな。可愛いから許す。
俺たちはいま、学園の中庭の芝の上でランチを食べていた。食堂の料理があまりに微妙で耐えられなかった。いつのまにか俺が弁当を作るのが定番となりつつある。一人分作るのも四人分作るのも手間は大して変わらないからいいけどさ。
ちなみに今日のメニューは、出汁巻卵と鳥の唐揚げとウィンナー。それとオニギリだ。具にはイクラのような魚卵の醤油漬けを入れてある。どれも出来立てほやほやだ。やはりアイテムボックスは素晴らしい。ラノベで感動していた主人公たちの気持ちをまさに実感している。これ有るのと無いのでまじ全然違うからな。
「これも、初めは苦かったけど今は慣れたわ」
「病みつきになるよね」
ずずずずず、と淹れたての緑茶を啜りながら、みなでほんわりする。
六時限目からエディの姿を見ることはなかった。そして翌日からは誰も彼に絡まれることはなくなった。めでたしめでたし。
俺はそんなどうでもよく平和な日常を過ごしていた。温泉クラブの活動が本格化するまでは――。
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