閑話 ロージェンのその後(一)

「ルシア、オラもう疲れたダ……」

「オーグ、もう少しの辛抱だから頑張って」

 

 私は弱音を吐くオーグを励ます。


「HPが一番あるのにだらしがないのにゃ!」


 頭上からララの声が響く。前方の木々の枝が次々としなっていく。枝と枝を飛び渡っているのだ。オーグと違い彼女は元気一杯だ。


「オラ、腹が減って力がでないダ……」


 カイトがいなくなって良く分かった。長旅というのは精神的にも体力的にもかなりの負担を強いられるのだ。食料は乾パンや干し肉などの保存食が中心だ。たまに獣を仕留めても、調味料は限られているため薄味にせざるをえない。野営中も交代で見張りに立たなければならなく、まとまった睡眠がとれなかった。


「目的地に着いたら、美味しい物食べて、ゆっくり寝よう……」


 自分もかなり疲れているのが実感できた。それでも森はエルフの領域だ。オーグと比べれば随分ましだと思う。こういう時、ララがベテランだというのがよくわかる。同じ旅をしていても疲れはあまり蓄積しないようだ。移動中に獣も仕留めてくれる。伊達に勇者パーティの一員だったわけではないのだ。野営のときも私とオーグの睡眠時間が長くなるように配慮してくれていた。


 正直、ララがいなかったらこんなに早くここに辿り着けなかっただろう。屋敷に戻ったら感謝の気持ちをこめてプリスマを腹一杯食べさせてあげよう。


「オラずっと同じところ歩いている気がするダ……」

「迷いの森と謂われるだけのことはあるにゃ~」


 鬱蒼と生い茂る木々。大地にはほとんど光が届かない。歩いていると今どの方角に進んでいるのかもわからなくなってくる。


「大丈夫。こっちで間違いないわ」


 私は自分の感覚を信じて森を進む。

 

 カイトがいなくなってすでに六か月が経とうとしていた。ここまで大変な道のりだった。


 勇者と魔王が死に、そしてカイトも消えた。もうあの場に留まる意味はなかった。むしろ騒ぎが大きくなる前に魔族の国を出ようと思っていた。しかし、引き留められたのだ。あろうことか魔族に。


 魔王のいなくなった魔族を纏める人物がいなかったのだ。彼らはカイトの事を救世主だと讃えた

。自らの身を顧みず、魔王の仇である宿敵勇者を倒してくれた。そう信じていた。自分の想い人の事を褒められるのは正直うれしかった。しかし、カイトがいないがゆえに、そのパーティだった私とオーグが英雄扱いされてしまった。魔都を凱旋すると言われた時にはさすがに丁重にお断りした。


 それでも新しい王が決まるまでは魔都に留まって欲しいと懇願された。さらには、ソフィとアンジェリーナからも頭を下げられた。魔族との間を取り持ってもらえないかと。彼女達もさすがに理解していた。勇者ユーキは明らかに悪の存在だったと。人族の街を襲っていたのも彼だったのだと。そう認識すると、魔族のことも冷静に観察できたようだ。感情表現こそ逆だが、魔族は他種族となんら変わらない。その言葉が真実である事を実感できたようだ。


 二人は魔族に対し素直に謝罪した。大変申し訳ないことをしたと。無論ヘラヘラ笑いながら。自分達の罪をどのように償って良いのかわからない。それでも魔族と他種族との平和の架け橋になることで少しでもその罪を償いたい。幸い自分たちは人族の国の王の娘である。必ず父親たちを説得する。そう約束したのだ。

 魔族はこの提案を快く受け入れた。なによりそれは死んでいった魔王の望みでもあったのだから。


 新しい魔王が即位するまで見届けていたら約三か月も滞在してしまった。



「なにか複数の気配がするにゃ!」



 その後、魔都から約一か月の馬車旅。そこから徒歩で死の谷超え。これはソフィとアンジェリーナも一緒だったのでそれほど苦ではなかった。


 死の谷を出てすぐに元勇者組の二人とは別れた。魔族に誓った約束を果たすためだ。力強い眼差しだった。困難な道のりであるが近い将来魔族の国との和平が成立することだろう。正直言うと彼女達が羨ましかった。


 いつまでも待っている。そう宣言したものの最愛の人を失ったショックから立ち直れていなかった。小さな頃からずっと一緒だったのだ。彼のいない世界はどこか色褪せていた。


 そんな私は死の谷から西へと向かうことにした。カイトのいないターウォの屋敷へはなかなか足が向かなかった。じっと待つことに耐えられる自信がなかったのだ。


 魔都に滞在中、魔族の高官からエルフの隠れ里の位置を教えてもらった。高官は魔王からそれを聞いたらしい。なぜ魔王がそれを知っていたのかは不明だ。


 エルフの隠れ里の場所は秘匿されている。同族以外には死んでも漏らしてはならない。母は知っていたようだが、私はまだ教えてもらっていない。禁忌を犯すことのないように成人になってから伝えようとしていたのだろう。



「どうやら囲まれたみたいダ!」



 迷いの森。それは死の谷から徒歩で西に二週間ほど行ったところにある。エルフの隠れ里はその中心にあるらしい。行き場のない私はそこを訪れることにした。


 母がなぜエルフの里から出たのかも知りたかった。そして自分がなぜエンシェントエルフという種族に変わったのかも。そこにいけば何か手がかりが掴めるかもしれない。


 当初、私は一人で行くつもりだった。しかし、オーグが一緒にいくと譲らなかったのだ。私に何かあったらカイトに縛られて茹で殺される。煮豚は嫌だと。単に気落ちしていた私を心配してくれていたのだと思う。ララは面白そうだからついていくの一点張りだった。彼女は祖国に帰らなくていいのだろうか。魔族との橋渡しをしてもらいたいところなのだが……。自由奔放なララが少し羨ましい。


 そんな物思いに耽って森を歩いていた――。


「危ないダ!?」


 キン! という金属音で我に返った。いつのまにかオーグが私の前に立っていた。斧を振るい、次々と迫り来る弓矢を弾き飛ばす。


「誰なの! 止めなさい!」


 ほどなくして弓の嵐が止んだ。私の叫びにというよりもオーグに弓を射たところで無意味なことに気づいたようだ。


「ここより先はエルフの領域だ! 他種族はいますぐに立ち去れ!」


 森の奥から敵意の籠った声が響く。どうやら目的地は近いようだ。


「私は里に用があるの! 通して!」


「聞こえなかったのか! 他種族を里に入れるわけにはいかぬ。先ほどの弓は単なる威嚇だ。今すぐ立ち去らねば、エルフ秘伝の精霊魔法が一瞬でお前らの命を奪うことになるだろう」


「見てわからないの! 私はエルフよ!」

「なにを馬鹿げたことを! さっさと去ね醜い魔族よ!」


 こいつらの目は節穴なの。私はフードもなにも被っていないのに。


「ルシア、腕輪を外さないと駄目にゃ」

「あっ――」


 左腕に目をやるとシルバーのブレスレット。執事さんからもらった変化の腕輪だ。魔都に滞在中に何度も街中に出た。市井を無駄に騒がせないようにこれを装着していたのだ。すっかり忘れてつけっぱなしだった。


「これでどう!」

「むっ――。なんと、本当に同胞なのか……」


 木陰から数人のエルフの青年が出て来た。街で見かけるエルフとは違う。穢れを一切寄せ付けないような雰囲気を感じる。というか……。


「えらく、みんな無表情にゃ」


 そう、まるで感情を失った人形のようだった。

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