第四十三話 温泉クラブ

 学園の中央を二分するように大河が流れていた。その両脇にはサッカーコート十面分を超える巨大なグラウンドがある。生徒数が多いこともあるが、スポーツだけではなく魔法や戦闘の授業でも使われるためだ。そしてグラウンドの周囲には様々なクラブの部室が並んでいる。


「こんちわー」


 入学二日目。今日は週に二回のクラブ活動推進日。短縮授業で午後三時には終了するのだ。俺は目的の温泉クラブ部の部室にお邪魔した。


「ウホッ! ようこそ温泉クラブへ! 私が部長のカリエンテ=アグアスだ」


 差し伸べる手がゴツかった。というか全てのパーツがデカい。身長も二メートル超え。特に胸板が厚い。


「部長! 新入生が怖がっているじゃない。みんな大丈夫よ。部長はゴリラの獣人だから見た目は怖いけど、中身はただの臆病な猿だから」

「おい! カリド!」


 そういえば猿って温泉好きなイメージがあるけど、ゴリラも入るんだっけか?


「さあさあ、そこに座って。まずは、この入部届に署名してね」


 副部長のカリドさんは人族の眼鏡美人。線がすごく細いけど爆乳だった。いいね!


 部長副部長ともに六年生のようだ。こうしてみると六年生はもはや成人だな。俺たちは言われるがまま数枚の書類にサインをする。あれれ? 書類が光ったぞ。


「ウホッ! 野郎どもこっちに注目しろ! 新しい部員が入ったぞ!」

「おお! 今年も命知らずの一年坊が来たか!」


「あのガタイのいいあんちゃんは竜人族か。これは期待が持てるな」

「あんなちっこい女の子で生き抜けるのか!?」


 あれ? なんか体育会系のノリなのはなぜでしょうか。なんがガラもあまり良さそうじゃないな。温泉に入るにしてはやりすぎな重装備の面々だし。


「すみません。ここって温泉クラブですよね?」

「ウホッ!」


 いや、それもうただ吠えてるだけですけど。なんで、温泉に入るのが命知らずなんだ? 俺がまた教官の話でも聞かなかったのだろうか。そう思い、パドやアルタを見るが、二人ともキョトンとしていた。ふーむ。


「勧誘の結果ゼロだったので今年は諦めていました。しかし、まさか自ら志願される方がいらっしゃるなんて感激です! さあ、勇気ある新入生に乾杯しましょう!」


 副部長が部員たちにソフトドリンクの入ったコップを渡していく。ゴリラ部長が立ち上がり、皆に宣言する。


「ウホッ! 野郎ども! 今年も百パーセントの生還を目指すぞ!」

「「「「オォォオオオオオ!」」」


 なんすか、このノリ。ついていけない。まったりスローライフな温泉生活は何処へ?


「カイト! これは一体どういうことよ!」

「いや、俺に聞かれてもさっぱり」


 今度は眼鏡美人の副部長がすくっと立ち上がる。意外と背も高いな。 


「今年の目標は十八階にあると言われている秘湯です!」


 え? ちょい待ち。なんか嫌な予感をひしひしと感じる。


「まさか温泉って……。ダンジョンの中ですか?」

「はい? それ以外の温泉に入って何の意味があるの?」


 副部長が不思議そうな顔をしていた。いやいやいや、逆だろ。それこそ何の意味があるのだ。周りを魔物に囲まれた状況下でリラックスして湯に浸かれるとは到底思えませんが。


「ダンジョンの温泉に入るとどういう効能があるんですか?」


 パドが新入生を代表して疑問を口にした。新入生っていっても俺ら四人しかいないけどね。


「スキルよ、スキル! え? あなたたちもしかして……。知らないで入部してきたわけじゃないわよね。体なんて生活魔法で綺麗になるし」


 くっ、ここに俺の同志はいないのかもしれない。身体が綺麗になればいいというものじゃないのだ。こいつらは地球だと絶対にシャワー族だな。


「やっぱり止めます」

「え!? ちょっと待って。竜人族には期待しているんだから。すぐに辞められたら困るわ」


 むむむ、俺は入部することを止めると言ったのだが。副部長にとって俺らはすでに部員らしい。いずれにしても辞めるべきだ。俺はまだしも……。


「いや、辞めさせてもらう。パドやチカを見てみろ。とてもじゃないがダンジョンに潜れるような体つきじゃないだろ」


 授業だって二年生になるまでダンジョンには潜らないのだ。


「ねえ? 私の名前が含まれていないのだけど」


 アルタはなんとなくいけちゃいそうだし。


「ウッホッホ。辞めるんだったら、ちゃんと契約に従ってもらわないとな」


 ニタリと笑うゴリラ部長。やっぱりさっきの書類に何らかの制約をつけていたのか。これは諮られたな。


「で? 契約では辞める場合はどうするんだ?」

「部の顧問と立ち合ってもらう」


 顧問? そういえば各クラブには教官が顧問となってつくんだっけか。


「そろそろ来るはずだ」


 部長がそういったところでタイミングよく部室の扉が開く。


「どうだ? 新入生は何人入った? 最近、よくない噂が流れているようでな。今年はあまり期待できないかもしれん。あれ? お前たちは……」


「これはまさかの展開だな」


 温泉クラブの顧問は一年二十八組の教官だった。要するに俺とパドの担任だ。


「ちょうどいい。ミランダ教官、ちょっと俺ら勘違いしていたみたいで。いまさっき入部したことにされたんだけど。別のクラブに変えたいんです」


「お前らは契約書にサインをしたのか?」

「署名はしたよ。入部届と言われてね。契約書とは一切いわれていなかったし。制約についても聞いていないんだ」


 詐欺だろ詐欺。


「書類にサインをするなら文面を読むのは当然のことだ。それをしない方が悪い。今後は気をつけるようにな。でも、今回は諦めろ。契約は契約だ」


 口角を吊り上げるミランダ教官。こいつもグルかよ。いや、こいつが主犯の可能性が高いのかもしれん。やり方が学生のすることじゃない。


「で? 何をすればいいんですか?」

「私との決闘だ。まあ、入学仕立てのひよっこどもだ。私も鬼ではない。ここは大目にみて、竜人族のきみ一人が代表でもいいぞ」


 まあ、どうみても俺が一番ガタイがいいからな。身長はアルタの方が高いけど、どうみても前衛タイプではない。 


「大目にみて、そもそも決闘を無しにはできないのでしょうか?」

「残念だがそれはできない」


「無茶よ! あの人は元A級ランカーよ!」

「元とは失敬な。まだギルドを辞めてないぞ。私は生涯現役だ。当然、勝てとまではいわない。本気でかかってこれば退部を認めてやろう」


「わかった」

「カイト! そんな僕らのために……」


 まあ、この部に入ろうと言いだしたのは俺だしな。勝手についてきたのはお前らだが。女子供に戦わせるわけにもいかないだろう。


 ここで戦うわけにもいかないので隣のグラウンドへと出る。


「武器は何でもいいぞ」


 そう言うと、ミランダ教官は大剣を上段に構える。おい、大人気ないぞ。なら俺は――。


「ほう、その紅い煌めき。お前さんは素晴らしい剣を持っているようだな」


 俺の武器は赤竜火山で手にいれた灼熱の大剣だ。前の世界に戻った時に異世界アタッシュケースに入れて持ち出したのだ。オブシビダンソードは無理だった。神剣のせいか、あの世界から持ち出せないようだ。うーむ、残念。


「ではいくぞ!」


 ミランダ教官が瞬時に距離を詰めて来た。こういうのって胸を貸すつもりで、生徒がかかってくるのを待つのが道理じゃねーの。しかもこの速度――。


「うわぁあああ!」


 叫びながら右手に転がる。ひゅんっという音が耳元を掠める。俺のいた場所に大剣が振り下ろされ、大地が大きく爆ぜた。おいおいおい、生徒を殺す気かよ。


「ぼーっとしてると死ぬぞ!」


 続けざまに地面に転がっていた俺へと大剣を振り下ろす。くぅっ! だからこの速度は……。俺は後転してぎりぎりでその刃を交わす。


「この、ちょこまかと動きやがる!」


 俺が立ち上がるとすぐに間を詰め、剣を横薙ぎにしてきた。おれはそれをバックステップで躱す。うおっ、前髪が少し斬り落とされた。しかし、この教官、口が悪いよな。


「「「カイト!?」」」


 これがこの世界のA級ランカーの腕前なのか。これは想定外だ。長引かせると不味いな。俺は一旦、教官と距離をとって剣を構える。次の一撃で終わらせたいところだ。


 ふと視界に俺らを取り巻く観戦者の姿が映った。パドたちは息を呑んだように戦いを凝視していた。そして温泉クラブの部員たちまでも顔を青褪めていた。部長や副部長までもが。お前ら、自分たちが契約させた所為でこうなっているのに何を震えているんだよ! なら初めから入部届に契約なんかさせんな!


「今度はこっちから行きます!」


 俺はミランダへと突っ込む。ミランダも間を詰めるようにこちらへと猛進してきた。ここの教官は生徒の技を受け止めようという気概はないのか。


「うぉぉおおお!」

「はぁぁあああ!」


 俺とミランダが大剣を振り上げる。くそっ、向こうの方が僅かにリーチが長い。このままでは斬られる。こいつ寸止めする気ほんとにあるのか!?


「あっ――」

「なっ!」


 剣と剣がまさに振り下ろされようという瞬間。俺は足元の石に躓いた。そして、頭からミランダ教官へとダイブする。タイミングをずらされたミランダは剣を振り下ろせなかった。腹部に俺の頭突きが直撃し、後方へと勢いよく弾き飛ばされる。


「ぐ、ぐぅぅ――。ま、まだ――」


 ミランダが腹を押さえ、呻きながらも立ち上がろうとした。その首筋に俺は剣の刃を当てる。


「運も実力のうちです。俺の勝ちですね。ミランダ教官」

「ああ……。確かに私の負けのようだ」


 教官は観念したように剣を置いてゆっくりと立ち上がる。どうやら決闘は無事終了したようだ。


「カイト! やったね!」

「怪我ないっ!?」

「凄いですぅ!」


 パドたちが俺の元へと駆け寄ってくる。


「いやあ。まじ勝てて良かったよ。危なく死ぬところだった。これでみんなで仲良く退部だな。今日は疲れたからもう帰ろうぜ」


「お前は何を言っている?」


 ん? 後を振り返るとミランダ教官が口角を吊り上げていた。


「だから退部するんだって。運良くとは言え、勝負に勝ったのだからな」

「違うな。お前は残留だ。退部は認めない」


「なんでだよ!」


 ミランダ教官は俺の元へとつかつかと近寄りながら口を開く。


「私はお前が勝ったら退部を認めるとは一言も言っていない」

「なんだと――」


 教官は俺に身を寄せ耳元でこう囁いた。


「本気でかかってきたらと言ったんだ」

「なっ――」


「お前は全然本気を出していなかったからな。この化け物め……」


 ミランダ教官はニタリと笑うと、そのまま俺の脇を通り過ぎていった。そして部員の前に立ち、剣を掲げる。


「おい! お前ら! 今日はこのままここで訓練だ!」


「まじかよ。俺らにはあんな本気で斬りかかってこないよな」

「俺、あんなの躱せないぞ」

「教官の本気を初めてみたかも……」


 くそぉ、バレてたみたいだ。いや、ほんとに大変だったんだよ。あまりに遅くてぎりぎりで躱しているように見せるのが……。


 竜人の村って秘境にあったのよ。そりゃまぁ、周りにわんさかと魔物が棲みついていたわけで。狩りまくっていたらレベルが凄い上がっちゃったんだよね。HPと筋力だけで見たらすでに前の世界を余裕で上回っているし。


「しかし、何だよあの新入生。教官の本気をぎりぎりといえども躱していたぞ。竜人ってあんなに強いのか」

「さすが、祖先に竜の血を引いているということか」

「身体能力が半端ないんだろうな」


 ちなみに、みんな勘違いしている。巷にいる竜人族は竜化できないのだ。なのでHPや筋力は他の種族よりも高いことは高いがそれほどではない。もちろん卵から産まれるようなこともない。うちの村人たちは逆だ。竜が本来の姿で、人化しているだけなのだ。いわゆる真正ってやつですね。


「はぁ、いっそ本気を出せば良かったかな」


 でもそれしたら教官なんて一瞬でミンチだろうしなぁ。


「カイト、あなたって何者なのよ。まぐれとはいえ教官の攻撃を躱せるなんて」

「格好いいですぅ」


 チカの尊敬のまなざしがむず痒い。


「僕はカイトとパートナーで良かった! 危ない時はよろしくね!」


 パドのオレ依存度をさらに強めてしまった。自分の身を守ることぐらいできるように鍛えないといけないな。少なくともダンジョンで一撃で瀕死にならない程度には。


 こうして俺の温泉クラブ活動が始まった。ま、スキルが得られるようだし良しとするか。

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