第四十二話 学園初日
「凄い混みようだな」
「そうだね。もしかしたら座れないかも……」
マンモス大学の学生食堂のようにただっぴろい。それでも空いている席がほとんど見当たらないのは、やはり生徒数が半端ないからだ。こんなに混むなら学園の外の飯屋にいくのもありか。
「あ、あそこ!」
遠くでこちらに手を振る女性。こうやってみるとやはりアルタは頭一つ飛びぬけているな。上下とも純白という姿もあり非常に目立つ。ちびっこで見えないけど、おそらくあそこにチカもいるのだろう。
「遅いよ、もう!」
「ご、ごめん……。隣のクラスに行ったんだけど見当たらなくて」
「食堂の席はあっという間に埋まるのよ。講義が終わったらすぐに食堂に来てっていったじゃないの」
「そ、そうだっけ」
二人はちゃんと俺らの分の席まで確保してくれていたようだ。有り難い。
「もういいから、パドと……」
「カイトだ」
人の名前をすぐに忘れるな。
「そうそうカイトも、早く食事をとってきなよ」
「それで、ここはどういうシステムなんだ?」
「AからCまでの定食を選んでそれを伝えるだけよ」
「値段設定は?」
「なに言ってるの? 入学式での話を聞いてなかったの?」
「学習していてな」
睡眠しながら。
「ここの昼食は全てただよ、お金はかからないわ。大盛にしようが何杯食べようが」
そういうアルタの皿は確かに超大盛だった。育ちざかりなのね。よくこれだけ食べて腹は出ずに、他の所だけでるものだ。スタイル抜群の欧米人のようだ。でも彼女らって若い時は、ボン、キュッ、ボンだけど、三十路を超えたあたりから代謝が落ちるのか急激に腹が出るんだよな。ボン、ボン、ボンの三拍子。キュはどこへ行ってしまうのだろう。
「しかし、この学園、六年間ずっと授業料もかからないよな。財源は一体どこから確保しているんだ?」
俺は当然の疑問を口にする。
「卒業生達が収入の五パーセントを寄付しているのよ。もちろん、善意でね」
「ほー、なるほど。アルタはよく知っているな」
「入学式で学園長が言っていたわよ」
「カイト! 早くしないと列がどんどん長くなっちゃうよ!」
「ああそうだな」
急かすパドと一緒に長蛇の列へと並ぶ。会計がないし、定食の数も少ないためか意外と早く前に進む。
「さて……。AからCと言ったが、何があるのかね」
「僕はBランチの魚にしようっと!」
「うーん、Aは肉でCはパスタか。まあ、Aが無難だろうな」
ボリュームたっぷりの料理を受け取り、席に戻って食事を開始する。
「んん? 見た目は美味そうだったが、これは……」
「微妙よね。ただだから文句いえないけど」
なんか、どれもこれも薄くて何かが足りていない。そんな味付けだった。
「そう? 僕は十分、美味しいけど!」
もしかして、パドは実家が貧乏なのだろうか。チカも文句を言わずに小さな口を必死に動かして食べていた。なんか小動物みたい。兎だけど。ていうかチカちゃん少しは喋ろうぜ。
「それでパドは決めたの?」
「え? なにが?」
「クラブ活動に決まっているじゃない」
クラブなんてあるのか。
「いや、まだ決めてないけど」
「種類が多すぎて難しいわよね」
「迷う……」
お? チカがやっと口を開いた。
「ちなみに何があるんだ?」
「あなたって授業にちゃんと出ているのよね?」
「当たり前だ」
寝ているけど、出てはいるぞ。
「これ配られたでしょ」
アルタは綺麗に折りたたまれたプリントを取り出し俺に渡す。そういえば目を覚ました時、机のうえにやたらと紙が積まれていたな。その中にこれもあったのだろう。何も見ずに机のなかに押し込んできたけどね。
「おお、マジで多いな」
さすがマンモス学園。種類が半端ない。剣道、体術、馬術、魔術から各種スポーツ、手芸や絵画などの趣味に至るようなものまで全てが網羅されていた。
「おっ! 俺はこれにしようかな」
「え? カイト、それ温泉クラブだよ?」
「ああ、俺は温泉が大好きなんだ」
「えー、カイトがそれに入るなら僕もそれにしようかな」
「クラブの時くらい自由を満喫させてくれ! 温泉の醍醐味は一人でゆったりだ」
「それってクラブ活動なのかなぁ」
「パド、あなた魔術クラブに入らないの?」
「うーん。それも魅力的だけどさ。どうせ高学年の授業でその専攻を選ぶから。クラブ活動くらいは全然違うものでもいいかなとか」
「たしかにそうね。じゃあ、あたしもそうしようかな」
「わ、私も……」
なんだよお前ら。他に山ほどクラブがあるじゃないか! 俺の憩いの邪魔をするな!
「あ、もうそろそろ午後の授業が始まる時間だよ」
「じゃあ、パド。また放課後ね!」
勘弁してくれ。授業が終わったらさっさと家に帰りたい。
****
「ねえ、カイト! 起きてよ」
「なんだよ煩いなぁ。昼食後にお昼寝の一つくらいさせてくれよ……」
「もう、今日の授業は全て終わったよ」
「そうか、今日も一日疲れたな!」
「カイト、眠ってばっかりだったじゃない」
「お前知らないのか? 寝るのにも体力を使うんだぞ」
「もう、そんなの知らないよ」
「あれ? でも、まだ午後三時じゃないか。終わるのが早くないか」
「今日は初日だからね。みんな色々と準備するものもあるだろうし、短縮授業なんだよ」
ふむ、早く終わるにこしたことはない。さっさと家に帰って寝ようか。
「パド、買い物に行くわよ!」
教室を出たらデカい女が待ち受けていた。ストーカーか。
「俺は先に寮に帰るぞ」
「夕食はどうするの?」
「寮で食べるさ」
「もう、買ってあるの?」
「なにを?」
「食材とか、日用品とか」
「え? 寮に食堂はないのか?」
「食堂はあるよ。でも――」
「あなたは本当に授業を受けているの!?」
横からアルタが割り込んできた。ピーチクパーチク煩い奴だな。ちなみに受講してはいるが、聞いてはいない。
「自炊なんだよ」
「まじか!? めんどくせーなー」
「さては、あなた料理ができないのね」
勝ち誇ったように胸を張るアルタ。おお、でかい。
「なんだよ。お前は出来るのかよ」
どっかの貴族のお嬢様風だからな。料理ができるとは思えない。
「炊事、洗濯、掃除などの家事は一通りできるわよ」
「僕はできない……」
「私もちょっとしか……」
アルタが一番家庭的とか。うーん、これは想定外だ。人は見かけで判断してはいけないという良い見本だな。しかし、無い袖は振れないもんな。仕方ないので俺も買い物に同伴することにした。
学園の門を出るとすぐに市場だ。学園が街の中心に位置しているから当たり前といえば当たり前なのだが。駅前に大学があると思ってもらえばいい。コンビニエンスな環境にバンザイ。
市場には多種多様な国の食材や雑貨品が並んでいた。さすがは学問の国の首都。様々な国から生徒達が集まるから、必需品の種類もまた多いのだろう。
「しかし、こうまで種族も国も違うと、料理の嗜好とかも分かれそうだな」
「だからあの学食になるのよ」
なにげない俺の呟きにアルタが答える。
「どういうことだ?」
「学生それぞれに合わせた料理を作るとメニューが膨大になって大変なのよ」
「まあ、それはそうだよな」
「誰かが美味しいと思う料理は、他の人が苦手だったりする」
「ふむふむ」
「で、誰もが微妙と思うけど食べられるあの味付けに落ち着いたってわけ」
「ああなるほど」
その説明には合点がいった。味気ないからこそ誰でも食べれるのかもしれない。何かしらパンチを利かせると食べれない人がいるってことだな。俺もパクチーが大量に入っている料理は苦手だったりする。辛いのが苦手な奴もいるだろうし。
昼は時間がないから自分では作れない。弁当を持参しない限りな。ただ夜の寮食もそうとなると、食べる楽しみがなくなる。三大欲求の一つがずっとそれだとさすがに耐えられないよな。だからいっそのこと自分達で作れってことなのか。
「ねー、僕の分は誰が作ってくれるの?」
「わ、私のも……」
パドもチカも作る気はなさそうだ。
「私が作ってあげてもいいわよ。でも、私はカイトが作った料理に興味があるけどね」
口角を吊り上げるアルタ。なんだこいつ。俺が料理できないと思っているのか。それとも自分の料理の腕に自信があるのか。俺のを初めに食べさせて、自分の番を引き立てようというのか。残念だが俺は噛ませ犬になるつもりはない。
「あ? でも、男女の寮は別なんだよな?」
「だからちゃんと教官の話を聞きなさいよ!」
「す、すまん……」
「食堂は男子寮と女子寮の間にあるわ。男女共通で使えるのよ」
なるほどね。
「わかった。じゃあ、今日は俺が故郷の味を振る舞ってやろう」
「「やった!」」
嬉しそうなパドとチカ。いつか二人にも料理を教えないと、依存人間になってしまうな。
食材と日用品を一通り揃えて学園へと戻る。金貨を出したら店主に驚かれた。お釣りで財布がパンパンになってしまった。
学園に行く際にママンが愛息子の俺に渡してくれた布袋。そこには金貨が多量に入っていた。というか金貨しか入っていなかった。だから、あまり気にも留めていなかったが、相当な金額だったようだ。
これは自分で稼がなくても六年間は生活に不自由しそうにないな。ママンはどこでこんなに稼いだのだろう。冒険者時代のものなのかな? ああ、ありがたや。とりあえず竜の村の方角に向かって拝んでおいた。
****
「わあ! サクサクしていて美味しい!」
兎耳と小さな口を忙しなく動かすチカ。うーん。愛らしくて頭を撫でたくなる。
「むむむ、付け合わせのこのタレが衣に絡んで……」
そうでしょう。そうでしょう。前の世界でもこれは大絶賛だったからね。今回は野菜の天ぷらだけどね。
「このスープがさっぱりしていてご飯に合うよね」
「むむむ、色は透明なのにこの深い味わいは……」
椀は、お吸い物にした。市場で昆布を見つけたのだ。利尻産に負けない立派なものだった。あと鰹かわからんが魚の削り節もあった。贅沢に一番出汁で作っております。
「でもやっぱり、このどんぶりっていうのが美味しいよ!」
「むむむ、上に載っているこの具材は……。肉は柔らかで上品なこの脂は――」
「なんといってもこのタレが最高だよ!」
「ま、負けたわ……」
周りの寮生たちが、うらやましそうにこちらを見ている。まあ、かなりいい臭いを漂わせたからな。
しかし、皆の口にあって何よりだ。特にうな丼を提供するのは一つの冒険だった。店でこれを買おうとしたときにかなり嫌がられたのだ。チカなんて涙目だったもんな。あまり食べられないらしく天然物なのに激安だったのだ。今後もうな丼食べ放題だな。捌くのと、焦げ付かせずにじっくりと焼くのがしんどいけどね。これもそれも和食スキルのお蔭だ。まるで自分の腕じゃないような見事な手捌きだった。
しかし、醤油も米酒も普通に棚に並んでいたな。安くはなかったけど。どこかに日本料理を作るような国があるのだろうか。俺は幻のジパングに思いを馳せる。
「ねえ、カイトあなた。もしかして有名な料亭の跡取り息子かなんか?」
「自分で俺の事を竜人だと言ってただろ」
「まさか竜人って、みんなこんなに料理が上手なの」
「いや、俺は特別だ。料理が趣味なんだよ」
「カイトのパートナーで良かった! 毎日こんな美味しい料理を食べれるなんて!」
おい、俺はお前の専属コックじゃないぞ。
「お、お代わり……」
恥ずかしそうに上目遣いで俺を見あげるチカ。どうやら相当お気に召したようだ。可愛い妹がいたらこんな感じなのかな。うむ、彼女のためだったら毎日でも腕を奮ってもいいかも。
食事も終え、俺らは女性陣と別れ寮の自室に赴く。まさかの十階建て。魔道エレベータまでついていた。俺らの部屋は六階の東端だった。
「まあ、それなりだな」
「うわー。こういうの初めて!」
シングルベッドと学習用机が壁際にそれぞれ一つずつ。その間には共有のテーブルとソファーが四脚。あとはトイレとシャワーがついている。比較的高級なホテルのツインルームのような感じだ。
生活魔法があるため、シャワーは本来必要ない。おそらく生活魔法が使えない生徒のためにあるのだろう……。って、俺のことかよ!?
ちなみに地下には大浴場とトレーニングルームがあるらしい。学生に贅沢させ過ぎだと思う。若い時くらい苦労しようぜ。
飲料水は部屋に備え付けられているボトルウォーターだ。十リットル程度の交換可能なボトルがサーバーの上に載っていた。蛇口は二つ付いている。片方からは冷水、逆からは熱水が出て来た。どうやらサーバー内に小さな魔石が内臓されているみたいだな。これなら、お茶などのホットドリンクは自室で作れそうだ。
まあ、飲料水で風呂に入り、トイレを流し、食器を洗い、はたまた洗車までするのは日本くらいだろう。地球にいたときもそこまでやる国は日本以外には非常に稀だったもんな。水道は通じていても飲料用とは別というのが普通だ。おい、過払いした水道料金を返せ。
ベッドに寝転びながらパドと明日以降の授業の話をする。横になっているせいか、あっというまに睡魔が襲ってきた。
「え!? もう寝ちゃったの! カイトって、一日に何時間寝るのさ……」
パドの呆れたような呟きはすでに俺の耳には入っていなかった。
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