第四十一話 パートナー

「さて、これをどう扱えば……」


 俺は頭を擦りながら考える。目の前の地面には大の字に横たわるショートカットの少女。瞳をぐるぐると回し泡を吹いていた。


 もうすぐ入学式が始まる。急いで学校にいかないと初日から遅刻だ。イメージが悪いのでそれは避けたい。不良と思われて友達ができなかったら大変だ。


「よし! 見なかったことにしよう!」


 学校に向かおうとしたが足がうまく動かない。


「お、置いてかないで……」

 

 道端にうつ伏せの少女が必死に手を伸ばし俺の足首を掴んでいた。こら、止めなさい。周りの視線が痛いじゃないか。


「俺は今から入学式で急いでいるんだ。悪いな」

「ぼ、僕も……。新入生……」


 僕っ娘ちゃんは何と学園の同級生でした。ちっこいから街の子供かと思ってた。いや、空から降って来た時点で普通の人だとは思ってなかったけど。


 そうこうしているうちに、ゴーンという街の鐘が鳴った。この世界では一時間おきに鐘がなる。しかも十分前から五分おきになるのだ。三回目の鐘がなったら入学式が始まる。


「はぁ、仕方ねーな」

「あぁっ!?」


 俺はちびっ娘を両手に抱えて走り出す。所謂お姫様抱っこだ。


「おい、暴れるな!」

「は、恥ずかしいから、止めて!」


 うーん、軽いな。しかし、俺は貧乳属性でもあるんだろうか。こいつは全くの皆無だな。



「ギリギリセーフ!」


 講堂に入った途端に扉が閉まった。


「お、大きい……」


 僕っ娘が室内のあまりの広さに仰天していた。いや、俺もびっくりだよ。三階席まである巨大なホールだった。新入生二千人すべて収容してもまだ席に余裕がありそうだ。


「ようこそ新入生諸君! 私が学園長のピッサ=エルダーソンじゃ」


 白髪の老人が壇上に立ち訓話を始め出した。どうやら入学式が始まったようだ。


「おい、さっさと空いている席に座ろうぜ」

「う、うん」


 二階の後ろの席に座り、学園長の有難い訓話に耳を傾ける――。

 

「ねえ、起きてよ! もう終わったよ」

「んん?」


 爺の話はやたらと長かった。村の村長も長かったけどな。とりとめもない話を一時間以上するんじゃねーよ! 貴重な若者の時間を無駄にしやがって。


「やっと爺の長話が終わったか」

「え? いつから寝てたの?」


「んー、爺が自分の学生の頃の話をし始めた時かな」

「それ、始まってから五分しかたってないよ。それにもう入学式は全て終わったよ」


 俺の言葉に呆れる僕っ娘。どうやら新入生代表挨拶や上級生の歓迎の言葉などがあったらしい。しかも入学式は一時間じゃなくて二時間だったようだ。ふぁあ、よく寝たよく寝た。


「それで次はどうするんだ?」

「教室に移動だって。一年生はみな北棟らしいよ」


「しっかし二千人って何クラスなんだよ」

「一クラス五十人制だから四十クラスかな」


「自分がどのクラスかわかんねーよ」

「クラスの前に名前が貼ってあるそうだよ」


「そんなのに目を通してたら日が暮れそうだ」

「あとは……。身分証にも印字はされているけど」


「それを先に言えよ」

「持っていない子も結構いるんだよ」


 身分証を見ると確かに一年二十八組と書いてあった。なんだよ二十八組って。


「あ、僕と一緒だね!」


 凄い偶然だな。四十分の一を引き当てるとは。さすがファンタジー。


「僕の名前はパド=ボルン。パドって呼んで」


 そう言って手を伸ばして来た。


「なんだよ。名前まで男の子っぽいな」

「え? 僕、男だけど?」


「へ? えぇぇええ!? 女じゃねーのかよ!」

「し、失礼だな!?」


 見上げるように睨むパドくん。うーん、顔の作りが中性的すぎる。男と言われればそんな気もしてきた。あ!? 俺は男をお姫様抱っこしていたのか。


「くっ……。不覚だ」


 俺は床に両手をつく。しかも男の胸をガン見するとか気持ち悪いとしかいいようがない。


「どうしたの?」


 パドは腰を曲げて俺を覗き込む。だから仕草一つ一つが女っぽいんだって……。




「おおう、これが一年生だけの棟か」


 北棟だけで普通の小学校の二倍くらいの大きさがあった。五階建ての立派な校舎だ。廊下もやたらと長い。


「五十人クラスというだけあって教室も広いな」

「えへへへ、机も隣通しだね」


「これはなんの嫌がらせだ……」


 頭を抱えていると教室に誰かが飛び込んできた。


「パド! 無事だったのね!」


 すらりと背の高い女性。赤いラインの入った純白のジャケットとズボンを履いていた。顔立ちは美人だが気が強そうな顔つきだ。ちなみに今度はどうみても女性だ。胸も僅かだが膨らんでいる。


「ああ、アルタじゃないか」

「ああじゃないわよ! いきなり空高くぶっ飛んでいくから焦ったじゃないの!」


「いやぁ、思った以上に威力が強くてさ。でも、この人が……。あれ? そういえば名前を聞いてなかった」

「カイトだ。カイト=ブランド」


「そう、カイト君が落ちてくる僕をキャッチして助けてくれたんだ」


 いや、俺の脳天にお前が勝手に直撃しただけだけど。


「そう! ありがとカイト! 私は、アルタ=サントニ。アルタと呼んで」


 いきなり呼び捨てかよ。まあ、別にいいけど。


「ところで、アルタの後に隠れているのは誰だ?」

「あっ……。えっ…と……」


 おずおずとアルタの背中から小さな娘が出て来た。


「この娘はチカよ。私の隣の席になった娘で私のパートナーよ」

「チカ=コネリーです。よ、よろしくお願いします!」


 そう言って頭をペコリと下げる。兎耳がピコピコゆれていた。


「か、可愛い……」

「むっ!? 悪かったわね。私は可愛くなくて!」


「え!? いや、だって……。アルタは可愛いというよりも格好いいからさ」


 パドがチカをみてほんわかしていた。それを気に食わなさそうな顔で見るアルタ。なんだ、いきなり三角関係勃発か?


 しかし、初対面で隣の席の相手をパートナー呼ばわりとは。ほんと馴れ馴れしい奴だな。


「ねえ、あなた。もしかして竜人族なの?」

「よくわかったな」


「いや、瞳の色が蒼かったから。もしかしたらと思っただけよ」


 そういえばパパンもママンも村の連中も、みな瞳が青かったな。なるほどそういうことなのね。


「ガタイもいいし」


 まあ、筋力とHPに特化してますからねえ。なんとか細マッチョですんでるけど。筋肉マッチョにだけはなりたくないのだ。


「パド良かったわね。あなたは後衛だから」

「うん!」


 何が良いのかよくわからんがな。


「あ、先生が来た!」


 廊下から誰かの声が聞こえた。


「パド、じゃあまたお昼にね!」


 慌ただしくアルタとチカが教室から出て行った。どうやらお隣の二十七組らしい。彼女達と入れ替わるように教官が入って来た。


「諸君、入学おめでとう! 私がこのクラスを一年間担当するミランダだ」


 筋肉隆々の女性の教官だった。先生といっても元冒険者らしく革鎧に身をくるんでいる。結構強そうだな。


「知っている者も多いかと思うが、この学校ではありとあらゆる職業について学べる」


 ミランダ教官は学園の教育方針について一通り説明し始めた。


 一年生はカリキュラムが決まっている。まずはとにかく多くの職業について学ぶ方針だそうだ。これは将来の選択肢を増やすためだ。自分が何をやりたいか、何に向いているのかがわからない子にその道を示すためだ。


 別の目的もある。現時点でやりたいこと、自分が向いていると思っている職業が本当に正しいのか? それを改めて確認する上でも重要なのだ。実際、多くの生徒が入学式の時に思い描いていたのとは違う職業につくそうだ。


 二年生からはそれぞれ専門の分野に別れて学ぶ。高学年になるとさらに細かく分かれるらしい。例えば、戦闘科目から冒険者科目、そしてその中でも剣術科といった感じだ。


「また、この学園都市の地下には世界最大とも呼ばれるダンジョンが広がっている」

 

 迷宮キター!? 


「戦闘系の職業につく場合は二年生からダンジョンの課外授業があるので心するように」


 どうやらテストもそこで行うようだ。世界最大の迷宮と言われるだけあって、いまだこのダンジョンを踏破したものはいないらしい。最高探索深度は六十八階。SSSランクの五人の冒険者パーティが達成したそうだ。


「なお、あらかじめ戦闘科目を希望している者と、していない者がいるが……」


 もちろん俺は戦闘科目志望だ。竜人で内政チートはないだろうからな。


「希望に合わせてあらかじめ席を隣り合わせている。そいつがずっとパートナーとなるからな。パーティを組む場合も二組で四人。三組で六人となる。パートナーの変更は原則認めていない。パートナーが戦闘系志望を取り消さない限りな」


 なにぃいい!? そんなん聞いてねーよ! 勝手に決めるなよ! 


「よろしくね。カイト」


 パドはにっこりと微笑む。あー、こいつは知っていたのか。だからさっきもアルタがチカをパートナーと呼んだわけだな。


「それと、寮もパートナーとの相部屋だ。これからの長い学生生活を一緒に歩むことになる。仲良くしろよ!」


 えぇえええ!? だからそんなこと聞いてねーよ! こんな奴とずっと一緒に生活するのかよ。頼りないし不安で仕方ない。魔物と戦闘する姿も全然思い描けないぞ。


「えへへへ、そういうことだから生活面でも宜しくね。カイト!」


 パドとの長い付き合いがここから始まった。

  

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