第四十話 さあ、学園へ行こう

「カイト、忘れ物はない?」

「母さん、それ何回目だよ……」


 目の前を右往左往する母親に俺は呆れる。

 

「向こうにいっても歯磨きは忘れちゃだめよ! 竜は歯が命だからね!」

「もう、子供じゃないんだから」


「いいえ、あなたは超早熟なだけで、実際はまだ四歳なのよ!」


 白髪の若い女性が俺を抱く。優しい臭いがした。人化したママンは超絶美人だった。もちろん、血が繋がっているのでやましい気持ちなど一切抱くことはない。


 初めは成長促進スキルの所為で騒がれるかと心配していた。でもそれは杞憂だった。竜人族は人によって成長するスピードが大きく異なるのだ。早熟型、晩成型など様々である。なんか競走馬みたいで嫌だよな。なので俺は超早熟型とみなされていた。


「そうだな。本来は誰か上級生の子供と一緒に行けたら良かったのだが……」


 それに比較する相手もいなかったのだ。俺の住む竜人の村は過疎化が進んでいた。というか竜人は寿命が長いせいか、なかなか子宝に恵まれないのだ。俺はこの村で約三十年ぶりに出生した赤児だったのだ。当然、同年代の友達は一人もできなかった。子供がいないからね。寂しい幼少時代だ。でも地球で三十年間友達いなかったことに耐えたのだからこれくらいへっちゃらなのだ。そういう自分がちょっと虚しい。


「他種族は、私達とはちょっと違うところがあるけど気にしちゃだめよ」

「わかってるよ。村長からも耳が痛くなるほど聞かされたよ」


 そして、あまりに子供が貴重なので皆やたらと過保護だった。どこに行っても長話されるので正直うんざりだった。なので最近は自室に引き籠りがちだったりした。


「ホワイティ、さすがに心配しすぎじゃないか?」


 パパンも若干呆れ気味だ。


「なに言っているのよ!? 一人息子に何かあったらどうするのよ!」

「あ、いや……」


「いっそ私もついて行こうかしら」

「おい、俺はどうなる?」


「あなたこそ、もう大人なんだから一人で大丈夫でしょ」


 ちなみにママンが一番、過保護だと思う。俺の見た目はすでに十歳くらいだ。なのに食事の時は未だ「はい、あーんして」とスプーンを差し出してくる。拒否すると今にも泣き崩れそうな顔をしやがる。俺はもう精神年齢がアラフォーなのだ。なんの罰ゲームかと思ってしまう。


「カイト、俺も寂しいが竜人族は大きくなると一度村を出るのが定めだ」

「外の世界を見て、他種族と触れあい、理解しあうんだよね」


「ああそうだ。相互理解を深めることが平和を維持する秘訣だからな」

「うん。学園で友達をたくさん作ってくるよ!」


「友達ができたらお母さんにも知らせてね。くれぐれもメスには注意するのよ」

「う、うん……」


 メスの部分で目が光ったママンが恐かった。


 この世界も前の世界と同じように様々な種族がいるようだ。魔族もいるらしい。国同士の小さな小競り合いは少なからずある。しかし、種族間の戦争のようなものは起きていないようだ。差別はあるが、それほど深刻ではないと聞いている。


 世界平和を維持するための施策として学園が創設されていた。全ての種族にその門戸を開き、種族間の交流を深めようという狙いだ。実際に戦争が起きていないところを見ると案外効果があるのかもしれない。そして俺はこれからそこに入学するのだ。


「それと、魔法には気をつけてね」

「はいはい」


 魔法といえば、俺は超級の闇魔法の使い手だ。だが、俺は魔法を使うことができない。意味が不明だって? 仕方ないだろMPがほぼゼロなんだから……。


 竜人族は肉体に特化しており魔法を一切使えない種族だったのだ。異世界トラベラーだからそんなの関係ねえ! と言いたいところだが、その分、HPと筋力にステータスの増加率が振られていた。これじゃあ、オーグのこと馬鹿にできないじゃねーかよ。


 あ、オーグといえば。俺は前の世界に三回ほど戻った。だいたい年一のペースだ。向こうでも色々と騒動があったけど、それはまたこんど。しかし、向こうでは竜の姿じゃなくて、前の姿だったから安心したよ。ルシアとの甘い恋の進展は……。残念ながらほとんどなかった。もっと頻繁に帰らないと駄目かも。


「では、王都の近くまで父さんが送っていってやろう」

「やった!」


 息子に向けたパパンの背中は超広かった。竜だから当然だけどね。俺一人でも飛べるけどさ。成龍のパパンと俺とではスピードが圧倒的に違うのだ。


 俺は荷物を背負ってパパンの背中に飛び乗る。


「カイト! 年に一回の休みのときは必ず帰ってくるのよ!」

「わかってるって! じゃあ行ってきます!」


 ママンの悲し気な咆哮は村を出てから暫く経っても聞こえてきた。可哀想だから、たまには帰って親孝行してあげないと。


「うわー、父さんはやっぱり凄い速いね!」

「ははは、そうか! しっかり掴まっていろよ!」


 青竜はグングンと加速していく。パパンはスピード特化の竜なのだ。ちなみに竜人族における青竜の地位は低い。一方、ママンの白竜は人間でいうところの貴族階級だ。二人は外の世界で冒険者をしているときに偶然出会ったそうだ。ママンがパパンに一目惚れしたんだって。周囲の反対を押し切り、半ば駆け落ちの格好でこの村へと移り住んだらしい。


 普段のママンとパパンの力関係がよくわかる話だ。


 眼下に広がるのは深い森。断崖絶壁や湖をいくつも飛び越えていく。竜人の村は相当な僻地にあったようだ。というかここまで来るともはや秘境としかいえない。


「俺、一人で戻ってこれるかな……」

「大丈夫だ。我ら竜には帰巣本能があるからな」


 四、五時間ほど飛ぶと景色が深い森から平原へと変わった。そこからさらに一時間ほど飛ぶと、ちらほらと畑のようなものが見えて来た。あ、遠くに城壁に囲まれた街が見えて来た。


「そろそろ下に降りるぞ。街の人を驚かせるわけにはいかないからな」


 街道からほど近い小さな森の中に降りる。ちょうど森の中心が拓けていた。というか人為的に木が根っこから引き抜かれたような場所だった。もしかしたら、村の竜の誰かがちょくちょく街を訪れるのかもしれない。ここはそのために整備した着地地点なのだろう。


「送ってくれてありがと!」

「学園生活を存分に楽しむんだぞ。ただ、いいかくれぐれも――」


「人前では竜化しないこと」

「ああそうだ。他種族が見たら大層驚くからな。モンスターだと思われて攻撃される危険もある」


「父さんも帰り道、気をつけてね」

「ははは、父さんのスピードに追いつける奴なんていないさ」


 そう言ってパパンは羽ばたくと、あっというまに空の彼方へと消えていった。確かにはえーよな。ママンの逆鱗に触れた時でも、あっという間に消え去るもんな。


 街道を歩くこと一時間。街の城門に着いた。村でもらった身分証を見せると何事もなく中へ通された。ギルドカードと同じで、これも複製ができないようになっているらしい。


 さて……。学園はどこにあるのかな。街の人に聞こうと思ったが、その必要はなかった。街の中心に馬鹿でかい城のような建物が聳えていた。壁に大きな字でシンドラー学園と書いてあったのだ。


 学問の国ベッカ。その首都には世界中から学びの徒が集まってくる。文武両道で有名な学校だ。種族、年齢関係なく幅広く門戸を開いている六年制の学園だ。平均年齢は一年生で十歳らしい。


「生徒数一万人のモンスター学園とは聞いていたが、これほどとは……」


 全寮制なのでこの規模になってしまうのかもしれない。もはや城より大きかった。


 俺はこの学園で達成すべき大きな目標がある。それは友達をたくさん作ることだ! 魂の欠片? え? なにそれ美味しいの? 俺は地球でできなかった夢をここで果たすのだ!


 決意新たに空を見上げる。門出を祝うように真っ青な空だった。雲一つなく、黒い染みが一つあるだけだ。ん? 黒い染み?

 

 それは少しずつ大きくなり、人型を象っていく。


「うわぁぁああああ! し、死ぬぅぅうううう!?」

「えええっ!? い、痛ぁっ!?」


 空から堕ちて来たそいつは俺の頭に直撃した。それがこの世界でのパートナーとの出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る