第三十九話 次元回廊

『主様、その名の通りでございます』


 突然の声に驚いた俺はキョロキョロと当たりを見回す。だが、両親以外の誰も見当たらなかった。なんだ気のせいか。気のせいに違いない。


『いえいえ、その世界にわたくしめは存在しておりませんで』


 頭に直接響いた。それは聞き覚えあるが、あえて聞きたいとは思わない嫌味ったらしい声だ。思い当たる奴は一人しかいない。ただ認めたくなかった。


『主様、失礼ですが考えていることがダダ漏れですよ』


 ちっ! それよりも、なんで別世界のお前の声が俺に聞こえるんだよ。


『主様のスキルの賜物でございます』


 次元回廊か……。このスキルの効果は?


『その名の通り世界と世界を繋ぐものでございます』


 次元の狭間はどこにも見えないけどな。まあいい。このスキルがあれば別世界の者との会話が可能ということか?


『いえ、それはごく一部の機能でございます。それを使えば、主様の今いらっしゃる世界とわたくしめのいる世界。その間の行き来が思いのままに可能でございます』


 えぇぇえええ!? マジかよ! そんな話聞いてねーよ!


『ええ、ご説明しておりませんでしたので』


 ふざけるな! 俺が魔王を倒すまでの間、どんだけ悩んだと思っているんだ! お前と会ったのはかなり早いタイミングだっただろ! これまで葛藤してきた時を返せ!


若人わこうどは悩むだけ悩むがいいのです』


 そういうことじゃないだろ! 俺はもう二度とルシア達に会えないと思って……。


『では、今からこちらにお呼びしましょうか?』


 なに!? ちょ! 待て待て待て待て待て!


『どうかしたのですか?』


 どうしたもこうしたもあるか!? 俺はルシアにいつか必ず戻って来ると言ったんだ。


『ですから、戻って来ればよいのでは?』


 あそこまで引っ張ったんだぞ。直ぐに「やぁ、ただいま!」なんて軽いノリで行けるか馬鹿野郎!?


『僭越ではございますが、主様それは間違っております」


 なにがだよ! どう考えても「はあ?」ってなるに決まってるだろ!


「いえ、まだルシア様たちは屋敷に戻ってきておりません。ですからこの場合は「お帰りなさい」とお迎えするのが正しいかと』


 そういう話をしてるんじゃねえんだよ!


『そうそう、失念しておりました』


 あ?


『精神がそちらの体に定着するまで。つまり、二年ほどは世界間の移動はできません。わたくしめを通しての連絡なら可能ではございますが」


 この糞野郎! お前、俺をおちょくっていやがるだろ!


『まさか! わたくしめも最近歳でして。直ぐに大事な事を忘れてしまうのですよ。いやはや寄る年波には勝てません。フフフフ……』


 絶対にわざとだコイツ。


『それに、わたくしめは申し上げました。これからもずっと主様のお力になることを誓います、と」


 あれはそういうことだったのか。要するに、こいつの手の平の上でもて遊ばれていたってことか。

はぁ……。なんかもう疲れたよ。


 ん? ということは、一度渡った世界は全て自由に回れるようになるってことなのか?


『その限りではありません。一つだけ条件がございます』


 それは?


『その世界で眷属をつくる必要があります』


 眷属ねえ……。して、眷属の定義は?


『そうですね。少なくとも亜神級以上の存在を隷属しなければなりません』


 亜神の上って神様しかいなくね? ハードルがたけーな。そうするとコールマンは少なくとも亜神級以上ということか……。まあ、創造神ミヤロスの実の兄貴だしな。明らかに魔王よりも強そうだし。


『まあ、主様のことですから運命が引き合わせてくれるかと』


 そうか……。もしかしてお前さ、この世界の事もよく知っているんじゃないのか?


『いえ、さすがに万能なわたくしめでもそこまでは……』


 いま何気に自分は凄いぞアピールしなかったか? あ、そうだ。もう一つ聞きたいことがある。


『はい、なんでございましょう?』


 そっちの世界に移動すると俺の姿はどうなるんだ? まさか竜だったりするのか? そしたら誰も俺だってわからないぞ。これは事前に確認しておくべき重要な事だな。


『ところで主様、ご両親が心配していますよ?』


 いいから質問に答えやがれ!


「ねえ、あなた……。この子、さっきからピクリとも動かなくなったけど大丈夫かしら」

「ああ……。我らの呼びかけにも一切反応しないな。医者に連れて行った方がいいかもしれん」


 あ、両親が俺をガン見していた。脳内会話をしていて全然気づかなかったよ。くっ! コールマン! とりあえずまた今度だ。お前を呼び出したいときはどうすればいいんだ?


『次元回廊のスキルを鑑定すれば良いだけです。それでは良き竜生を……」


 執事が胸に手をあて、流麗にお辞儀する姿が目に浮かぶ。正直、ルシアの待っている世界と連絡がとれるのは凄く嬉しい。でも、あいつはそれをわかっているのだ。絶対に俯いて口角を吊り上げているはずだ。畜生め。だいたい眷属なら眷属らしく主に報告すべきだろうが。全然忠実じゃねえぞあいつ。


「どうしましょう! カイトがプルプルと震え出したわ」

「ま、不味いな! やはりなんかの病気かもしれない! 急いで医者に連れて行くぞ!」


 病院の一室で、俺はついにこの世界での産声をあげる。


「ギャァアア!?」


「あ、あなた!? やっとこの子が鳴きましたわ!」

「ああ、元気な鳴き声だ。これも先生のお蔭です」


「いやいやいや。儂の力というよりもこれの力じゃな。景気づけにもう一本いっておこうか」


「ギャァアアア!?」


(あはははは!)

(あの竜の子、おもしろいね~)

(泣いてるのに鳴いてるだって、きゃはははは)

(アンコール! アンコール!)


「ふむ、なぜかもう一本いかないと駄目なような気がしてきた)


 そういって、医者は太い筒を俺へと近づける。


「グァッ! グァツ!」


(いけいけGO!GO!)

(竜の子、ファイト―!)

(いっぽーん!)


「グギャァアアア!?」


 こうして俺は正常なのに竜用のブットイ注射を合計三本も尻尾に打たれる羽目にあった。人間でいえば尻の穴に直接注射針を刺すような感じだ。気絶するほど痛かった……。


 妖精たちは腹を抱えて笑い転げていた。この恨みはらさでおくべきか。

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