第三十六話 魔王との闘い

「ユーキ!」


 床に倒れた彼の元に駆け寄り、体を仰向けにする。背後からは彼の名を叫ぶ悲痛な叫びが重なる。アンジェリーナもソフィも駆けつけたいが、どうやら魔族に阻まれているようだ。


「ああ、良かった……。まだ諦めていなかったか」


 腹部にぽっかりと開いた穴が徐々に塞がっていく。勇者固有スキル『不屈の闘志』。それは生を諦めない限り自然治癒能力が超級まで高まるといったチートなスキルだった。おそらくこれがあるから前回も魔王から逃げ通せたのだろう。


「ふむ、やはり勇者はやっかいだな。ならば、バラバラに刻んでも蘇れるかどうか試してみるか」


 背後で物騒な事を言っているのは魔王だ。俺は立ち上がると魔王へと向き直る。後方にソフィとアンジェリーナの姿が見えた。二人とも完全に顔が青褪めている。ユーキのことが気掛かりなのだろう。すでにその動きは精彩に欠けていた。いつ致命傷を受けてもおかしくない状況だ。


「とりあえず、一旦争いを止めてもらおうか」

「やはり敵に回るか。勇者とは違い、お前はやっかいそうだな」


「降参する気はないか?」

「我は魔王としての責務があるのでな。ここまで来て引くわけにはいかん」


「そうか……。ルシア! オーグ! ララ! 魔王以外の魔族の制圧は宜しく。くれぐれも殺すなよ」

「「「わかった(にゃ)!」」」


「さて……。魔王様のお手並みを拝見といきましょうかね」


 愛剣を無限収納から呼び出し、正眼に構える。


「その剣は……。なんて神々しさだ」

「わかるやつには、わかるんだな!」


 魔王へ詰め寄り、剣を振り下ろす。それを事もなげに魔剣で受け止める魔王。糞っ! へらへらと笑いやがって! あ、違うか。わかっていても、ついそう思ってしまうのは避けられない。他種族との間に誤解が生じるのも無理ないわ。これは頭で理解をさせても争いを全て無くすのは相当難しいかもしれないな。


「ぬぅ、なんて力だ……。お前は本当に勇者じゃないのか?」

「ああ、俺はトラベラーなんだよ」

「は?」


 あ、隙発見! 間抜けな面を浮かべた相手に剣を斬り上げる。魔王はそれを大きくバックステップして躱す。


「くっ! 我としたことが油断したか……」


 魔王の頬に大きな刀傷がついていた。どうやら躱しそこなったようだ。顔から緑の血を垂れ流しながら嗤うその姿は不気味でたまらない。



『土の精霊よ、我の視界を遮る目障りな者達の動きを止めよ、出でよノーム!』


 詠唱が終わるとともに至る所からワラワラと現れる小人。全員、緑の服と三角のとんがり帽子姿だ。


「なんだ! 足が動かない!」

「くそ! 土の癖に固くて崩れないぞ!」


「峰打ちダぁぁああああ!」


 足を止められた魔族たちにオーグが次々と襲いかかる。バトルアクスの刃のついていない側を勢いよく振り回し、次々と殴り飛ばしていく。いやいやいや、それ普通に死ぬから……。剣の背ならわかるけど斧は鈍器だからね。


 殴り飛ばされた魔族がピクピクと床で痙攣していた。ああ、頑丈で良かった。瀕死だがなんとか命は繋ぎ止めているようだ。


「く、来るなぁああ――。ギャア!?」

「なんなんだこい――。グァァ!?」

「勇者パーティより強――。ウッ!?」


 オーグとララは謁見の間を縦横無尽に駆けまわる。オーグの鈍器も凶器だが、ララのナックルパンチが魔族たちの顔面を破壊していく。おい陥没しているけど……。本当に加減しているんだろうな。


 奇跡的に死者が出ていないのは、偶然なのか狙ったものなのか……。俺には前者に思えてならない。


「あなたたち、いつのまにそんなにつよ――。ぎゃぁああ!?」

「ララ! 助けに来てくれたので――。ひゃぃい!?」


 あ、勇者パーティも問答無用で無力化された。容赦ないね、君たち。


「どうやら向こうは順調のようだな」


「まさか、これほどまでとは……」

「思い直して降参する気になってくれたか?」


「魔王は死んでも降参などせぬ。今までも、そしてこれからもな」


 こちらを睨むように見据える魔王。両腕をゆっくりと上げ、剣を天に突きあげて構える。魔剣を包む紫炎が一際大きくなった。先ほどの勇者に対してのあれは本気ではなかったようだ。


 ここが正念場か。俺も自分の剣に漆黒の闇を纏わせる。なんか黒って悪者っぽくて嫌だな。


 先に動いたのは魔王だった。距離を一瞬で詰めてきた。俺も踏み込み魔王へと突っ込む。先ほどの勇者と魔王の戦いの再現だ。違うのは今回は魔王が上段からの振り下ろし、俺が下段から斬り上げる形だった。


 勝負は一瞬だった。


 カランカランと金属が転がるような音が室内に響く。


「グゥッ……。わ、我の負けか……」


 左手で右の肩を押さえながら魔王が呻く。すでにそこには腕は存在しない。魔剣と一緒に床を転がっていったのだ。


 魔王はそれ以上反撃せずに、床にどしっと座りこむ。そして笑った。


「さあ、我の首を落とすが良い」


 なんて潔い。「魔王様!」という悲痛な叫びが周囲から響く。すでに魔族たちも戦意を喪失しているようだ。勝敗はすでに決したのだ。


「俺は別にお前を殺そうとなんて初めから考えていない」

「なんだと」


「こうでもしないと冷静に話を聞かなさそうだったからな」

「いったいなにが目的なのだ」


「だから最初から言っているだろ。俺は魔族とその他の種族との争いを止めたいと」

「しかし……。お前らは我らを襲ってきた」


「俺たちじゃなくて勇者たちの間違いだ」

「お前らは違うと?」


「ああ、その証拠に、あそこを見てみろ」


 アンジェリーナとソフィが昏倒していた。


「仲間ではなかったのか?」

「うーん。意見の相違の結果といえばいいかな。何れにしろ勇者個人と魔王が話をしても時間の無駄だ。人族を含めた他の種族、それを束ねる王たちと魔族代表のあんたとの会見の場を設けたい」


「そんなことができると? 互いの憎しみは広く深いぞ。そう簡単にはいくまい」

「俺が間に立つ。仲裁人ってところだな。まずは停戦だな。憎しみはいつか時が解決してくれるのを待つしかないだろう」


「だが、そんなことをして、お前に何の得があるのだ? 我の首を持って行った方が英雄としてその名を世界に轟かせることができるであろうに」


「そんなこと興味ないし。日本人はとにかく戦争が嫌いなんだよ」

「は? にほんじん?」


「なんでもない。俺の心の故郷の話だ」


 とりあえず、勇者パーティの女性陣は各国の姫様だ。まずは人族と魔族の争いを止めることが先決だな。それが成功すれば、その他の種族との争いも少しずつ改善することができるだろう。


 俺の話を聞いた魔王は暫く目を瞑っていた。


「わかった。いいだろう……。例え、お前の話が嘘であったとしても、この命はすでにお前のものだからな」

「疑い深いことで」


 これでなんとか目途がたったかな。あ、それよりも。


「ところで魂の欠片のことなんだが?」

「魂の欠片? はて、なんのことだ」


 やはり本人には自覚がないのだろうか。うーん。とりあえずそれはおいおいと調べるしかないか。


「いやなんでもない。とりあえず平和への一歩前進ってことで」


 まだ座ったまま俺を見上げていた魔王へと手を伸ばす。腕はまだ一本残っているからね。握手を兼ねて立たせるためだ。魔王は仏頂面で俺の手を掴もうとする。こういう場面は笑って欲しいところなんだが。


「あっ――」


 誰かがそう呟いた。そして、魔王の手は俺の手を掴むことはなかった。


 謁見の間に魔族達の絶叫が木霊する。


 魔王は座ったままだ。しかし、その体には頭部がすでに存在しなかった。それはゴロゴロと今も白い絨毯を転がっていた。


「あはっ! 油断は大敵だよね~」


 魔王の背中にはユーキが立っていた。その手に聖剣と魔剣の両方を携えて。

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