第三十五話 謁見

「見るからに魔王の居城といった感じね」

「闇に包まれ禍々しいオーラを感じます」


 確かに真っ黒な城だけど……。


「カイト、それでどうするんだい?」

「正門から入ろうとしても戦闘になるのは目に見えている。だから城の中に直接降りる」


「え?」

「みんな! しっかり掴まっていろよ!」 


 のんびりと漂っている間に魔法で打ち落されでもしたら大変だ。


「おい、ルシア! ぼーっとしてないで、お前もしっかり掴まっていろ!」

「……」


 彼女は今朝からずっと無口だ。俺と顔を合わせようともしない。だが、手すりには掴まったみたいだ。はぁ、どうしよう。


「墜落するダぁあああ!」


 船室から聞き慣れた叫び声がしたが無視だ。


「あぁぁあ!? おしっこが漏れるぅううう!」


 無視だ無視。養豚場を真似てオーグの籠る船室に藁を敷いておいて良かったな。




「お、お前ら! 何者だ!」


 城の中庭に降りたら兵士にとり囲まれた。まあ当然だな。ただ、急着陸したのは正解だったようだ。想定外の空からの襲来に浮き足だっているのが見て取れる。


「ぼ、僕は勇者だ! お、お前ら魔族を根絶やしにするためにここに来た!」


 ユーキが勇ましい宣言をする。が、残念ながら膝が震えていた。これは魔族に恐怖したわけではない。どうやらジェットコースターが苦手だったようだ。

 しかし、当然ながら、この言葉に周囲が一気に殺気だってしまった。お前さん、なにいきなり喧嘩売ってくれてるの?


「糞っ! あいつら僕らを馬鹿にしたように嗤いやがって、いますぐその首をへし折ってやる!」

「ユーキ! お前は少しじっとしていろ!」

「なんでさ!」


 食い気味の勇者がメンドクサイ。


「魔王の前に辿り着くまで力をなるべく温存しといた方がいいだろ」

「むっ、それはそうだけど。だからってどうするのさ」


「ま、俺に任せておけ」


 甲板の手すりを飛び越え、地へと降り立つ。周囲の兵士がばっと飛びのいた。俺から一定の距離をとると剣の切っ先や槍の矛先を向けてきた。


「魔王と話がしたい! 俺たちは平和的な謁見を求める!」

「何を馬鹿なことを! おい、こいつらを絶対に魔王様のもとには行かすな!」

「「「おう!」」」


 やはり簡単には魔王との謁見は叶わないようだ。無力化しないと先に進めないか。


「お前ら止めなさい!」


 奥の方から声が聞こえた。


「ス、スベオ大臣!?」

「し、しかし!」


「お前らが束になっても勝てるような相手ではない。儂の鑑定すら効かないのだからな」

「な、なんと!?」


「儂が相手をするからお前らは控えなさい」


 兵士たちが一斉に道を開けると、奥からローブを来た魔族が進みでてきた。おお、羊さんのような角が生えている。上級魔族かな?


「さて、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「それは魔王に直接会って話す」


「そういうわけには行きません……。と言いたいところですが、とても私一人でお相手できるような面子ではなさそうですね。いいでしょう。ついて来てください」


「わかった。おい、お前らも降りて来い! あ、ルシア! オーグも連れてきてくれ」

「……」


 ルシアはこちらを見向きもせずに甲板の奥へと消えていった。オーグを連れに行ってくれたのだろう。


    ****


「勇者よ。懲りずにまた来たか」


 野太い声が室内に響き渡る。


 おお!? 俺はいま感動している。ゲームの世界で見たような謁見の間だ。しかし、VRとは違う。柱一本とっても均一ではなく真実の歴史を感じさせる作りだ。ただ、全ての柱が黒光りしているので異様だった。全てが闇で覆い尽くされた空間。そこに唯一敷かれた真っ白な絨毯。王の玉座まで伸びるそれはまるで宙に浮いているように見えた。


「醜悪な存在め! 今度こそこの世から掻き消してやる!」

「相変わらず、なんて悍ましい顔なのかしら」

「ええ、神があのような存在を許すはずがありえません……」


 玉座から立ち上がってこちらを見下ろす偉丈夫。頭部に生える二本の黄金の角は羊のそれと同じように内側に反り返っていた。背には身の丈と同じほどの大きな漆黒の翼がついていた。はち切れんばかりの筋肉質な体。肌の色はとうぜん紫だ。眼は鋭く吊り上がり眉もない。無数の鋭い牙が並ぶ口を吊り上げ嗤っていた。


「確かにどうみても正しき存在には見えないよなぁ」


 まあでも、逆だしな。おそらく国民から見たら超絶格好良い王様なのだろう。


「気味の悪い顔で嗤いおって! 魔王様、今度こそ奴らの息の根を止めてやりましょう!」


 王座の近辺に集まるのは角をつけた魔族ばかり。魔王の側近たちだろう。そいつの言葉で脇に控えていた兵士たちが一斉に俺たちを取り囲む。おそらく謁見の間の扉の後にもたくさん控えているのだろう。何かあれば兵士たちがどっと雪崩れ込んでくるはずだ。


「待ってくれ」


 俺はヘラヘラと笑いながら魔王の前に歩み出る。


「ほう……。お前、ただ者ではないな」

「仲裁人ってところかな」


「カイト! そんな奴とまともな会話になるはずがないじゃないか!」

「いいから黙ってろ!」


 俺は振り返ってユーキを睨む。そして正面に顔を戻す。にこにこと笑顔で。うーん、表情変換が大変だ。


「魔王よ。俺は魔族とそれ以外の人種との争いを無くしたい」


 そして、個人的な頼みとしては魂の欠片を返して欲しい。


「馬鹿げたことを言う。我らをいつも笑いながら殺してきた醜悪な化け物のセリフとは思えんな」

「なんだと!?」


 勇者パーティたちが剣や杖を抜こうとしたのを、ララとルシアが止めていた。お前らは瞬間湯沸かし器か。


「魔王よ、お前は知っていているのか?」

「なんのことだ」


「感情表現が魔族とそれ以外の種族で正反対なんだよ。美的感覚もな」

「あ? お前は一体何を言っている」


「これまでの他種族との出来事を全て思い起してみろ。正反対だったら辻褄が合うことが多いはずだ」

「なんだと……」


 魔王は目を瞑り、しばし黙考する。


「むぅ……。確かに言われてみればそのような気もするな」

「だろ? その所為で互いの思いがすれ違っていたとしたらどうする?」


「黙れ! 同胞が殺された恨みを晴らしてやるわ!」

「他種族を根絶やしにするまで我らは戦うぞ!」


 魔王の側近が口々に怒声を浴びせてくる。嗤いながらね。ものすっごい違和感を覚える。


「あれ……。確かに逆にしたらなんか普通かも……。あっ――」


 アンジェリーナが慌てて口を覆う。つい口を突いてしまったといった感じだ。うん、もう一押しだ。


「お前ら控えぬか!」


 魔王が側近たちを諫める。そして俺たちの方へと顔を向けた。射抜くような視線だった。


「お前らにはこれがどう見える?」

「おい、アンジェリーナ。答えてやれ」


「えっ!? あ、あたしなの……。す、凄く真剣な表情よね。怖いくらいに……」


 アンジェリーナの膝が若干震えていた。しかしそれが真実を物語っていた。


「嘘だろ! 魔王様があんなにヘラヘラと笑っているのに」

「あんな姿初めてみたわ」

「なんか軽い感じがして私は嫌だわ」


「お前ら!? 黙れと言っているだろ! だが、お前のいう事は正しそうだな」


「だからといって魔王様! これまでの同胞の命が戻って来るわけではありませんぞ!」

「そうです! 奴らに復讐を!」


「煩いと言っているだろう! 我には国民の命と生活を守る責務がある。これからも双方が無暗に血を流すことになんの意味があるというのだ!」

「ですが!」


「では、お前の一族たちは子息も含めて戦地に送っても良いのだな。自分だけでなく家族が血塗れになることも厭わないと」


「い、いえ、さすがにそれは……」


 おお、さすが王様だけあって話が通じるな。過去に囚われず、大局で本質を見通す人物のようだ。どうやら魂の欠片には未だ侵されていないようだ。俺はほっと胸を撫でおろす。


「僕は騙されないぞ! みんな! 奴らを倒すんだ!」

「おい、やめろ!」


「邪魔をするならカイトでも、斬る!」


 勇者は床を蹴り、跳躍して俺の頭上を越える。そして魔王の頭部へと剣を振り下ろした。


「ちっ――」

「これはどういうことだ? 我を誑かそうというのか?」


 いつのまにか魔王は漆黒の剣を手にしていた。それが勇者の聖剣と打ち合って火花が散った。


「それは違う!」

「何が違うというのだ!」


「やはり人族は信用ならん!」

「ほら見ろ! あいつも不気味に嗤っているぞ!」


 くっ、不味い。想定外の出来事に顔の表情を変える余裕を失っていた。このままでは……。


「ユーキ止めろ! お前の思い込みでこの世界を破滅させる気か!」

「カイトこそ! 魔王と手を組み、人族に仇をなすつもりなら僕は君を許さない!」


 そう叫びながらも魔王に剣を振るう手を休めない。いつのまにかアンジェリーナとソフィも魔法を行使していた。すでに上級魔族との戦闘の火蓋が切られていたのだ。


「くそ、どうしたらいいんだ!」

「ねえ」


 いつの間にか隣にルシアがいた。こちらを見ずに正面を向いている。この状況では、さすがに臍を曲げているわけにもいかなかったのだろう。


「いっそのこと、ここに居る奴ら全てを一度叩きのめした方が早いんじゃない。勇者たち含めて」


 確かに、そうするしか手はないのかもしれない。


「仕方ない。とりあえず勇者パーティが負けたところで、間にはいって魔族を制圧するぞ」

「あにゃっ! ま、負けるのにゃ!?」


「ああ、魔王のレベル自体はドラゴンゾンビと同程度だ。だが、あの剣がヤバい」


□魔剣サタン:聖剣と対をなす存在。保有者の全ステータスを倍増させる魔剣。


 あの剣がなければ勇者と魔王は互角かもしれない。だが、ステータスが倍になるとまったく話が違ってくる。


「くそぉぉおお!? どういうことだよ! 前より強くなってるじゃないか!」

「前は弱すぎてこの剣を使うまでも無かったからな」


 どうりで勇者パーティが何組も続かないと倒せないわけだ。今の俺とステータスがさほど変わらないもんな。アンジェリーナとソフィも善戦はしているが、やはり多勢に無勢。詠唱の合間を狙わるなどして少しずつHPが削られているようだ。


「ユーキ! このままでは不味いわ! 一旦退却しましょう!」

「そうですわ。カイトさんが闇に堕ちたこの状況下で戦っても不利なだけです!」


 おい、俺は別に闇になんぞ落ちてないし、敵にも回ってないぞ。中立なだけなんだけど。


「煩い煩い煩い煩い! その剣を寄越せぇえええ!」

 

 ユーキはがむしゃらに剣を打ちつけるが、魔王はそれを全て受け流す。どうしたんだユーキ。何をそんなに焦る必要がある。彼女らの言う通り、また出直せばいいじゃないか。


「確かに速いがそれだけだな。太刀筋が単純で粗い」

「あっ!?」


 ユーキがバランスを崩した隙を魔王が一閃する。ユーキは剣でそれを受け止めるのが精一杯だった。勢いよく後方へと弾き飛ばされる。まあ、もともと平和大国から呼ばれてきたのだ。スキルは覚えても経験が圧倒的に少ないのは仕方のないことだと思う。


「殺してやる殺してやる殺してやる」

「むっ!?」


 即座に立ち上がったユーキは聖剣を頭上へと掲げた。刀身が眩いほどの白い閃光に包まれる。これまでにないほどの強さだった。おそらく必殺の一撃なのだろう。魔王もそう認識したようだ。奴の魔剣もいつのまにか紫炎に包まれていた。あれはさすがに不味いだろ。


「ま、待て――」


「はあぁぁあああああ!」

「うおぉぉおおおおお!」


 止める間もなくユーキと魔王が互いに駆け出した。くっ、間に合わない――。


 ユーキが剣を振り下ろすのに対し、魔王は剣を振り上げた。交差するその瞬間、二人を中心として光の爆発が起きた。


「くっ!?」


 激しい衝撃波が発生し、一瞬だが目を瞑ってしまった。目を開いた時には、そこには二人の姿しかなかった。周りにいた魔族達は室外まで吹き飛ばされたようだ。そう、衝撃波によって謁見の間の壁が全て崩壊していたのだ。柱も大きな罅が入っていた。うん、これはいつ倒壊してもおかしくない。


 ユーキと魔王は互いがもたれ掛かるように密着していた。


「う、嘘…だ…ろ……。ぼ……ぼく……は……ゆ…う…しゃ…な…の…に……」


 聖剣はユーキの手をすでに離れ、床に突き刺ささっていた。刀身が放っていた光が徐々に弱まっていき、完全に消えた。一方、魔王の魔剣の刀身は未だ禍々しい紫炎に包まれていた。ユーキの背中で……。そう、魔剣は勇者の腹を完全に貫いていたのだ。


 魔王が剣を引き抜き勇者から体を離す。支えを失ったユーキは床へとうつ伏せに崩れ落ちた。床に沈んだその体はすでにピクリとも動かなくなっていた。


 それが、勇者・・ユーキ=タクマの最期だった。

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