第三十四話 前夜
「始めて食べたけど、これ病みつきになる味ね!」
「しかし、神職に司るものとしてはこれはいささか味が濃いといいますか、刺激がちょっと……」
額に汗を掻きながらも食べる手を止めないソフィ。
「「「お代わりっ!」」」
「おい、俺は料理長じゃないんだ。そんなに量は作ってない。お代わりは一人一杯までだ」
「「「そ、そんなぁ!」」」
先ほどまで貪るように食していた三人。俺の言葉に一転して今度はゆっくりと味を噛みしめるように食べ始めた。約一名は完全に泣いていた。
「生きていて良かった。カイトに出会えてよかった……。専属料理長にしたい……」
「まったくオーバーな奴だな」
「大げさじゃないよ!? 和食をいつでも食べられるカイトにはこの有難みがわからないんだよ!」
「お、おう……」
「確かにこの世界には良い食材もたくさんあるよ。でも、来る日も来る日も似たりよったりの味付けには飽き飽きしていたんだ」
「そうか。まあ、喜んでもらえて何よりだ」
死の谷を抜けた頃には日も暮れだした。暗闇の移動中に何かあっても対応に困るので、着陸して一晩過ごすことにしたのだ。寝ているときに叩き起こされるとか勘弁だし。
「しかし贅沢な旅よね。食堂で出来立ての暖かくて美味しい料理を食べれるなんて」
「しかも、船室のベッドで寝れますし」
「まあ、この船は一個小隊が十分に寝泊りできるスペースがあるみたいだしな」
「カイトにも一度でいいから旅の過酷さを味わってもらいたいよ」
妬ましそうな視線で俺を睨むユーキ。だが、スプーンを動かす手は止まらない。ここまで人気だと考え直さざるを得ない。
すまん赤竜。君にはもっと泣いてもらうしかないようだ。
「さて、腹もこなれたところで少し話があるんだが」
俺はそうユーキに切り出した。
「改まって何かな?」
「魔族のことだ。実は先立って魔族の街に潜入してみたんだ」
「えっ!? どうやって……。あ、そうか。飛空艇があれば海を超えられるんだったね」
「ああそうだ。変装して街を歩いたのさ」
「見つかって襲われてたらどうしたのよ!」
「悍ましい魔族の街に入るとは、なんと穢らわしい……」
おい、外野は煩いぞ。
「でだ、あることがわかった」
「なに?」
「人族や獣人、エルフ、ドワーフなどの種族と、魔族との間には感情表現の仕方に大きな乖離があるんだよ。俺はその誤解が無駄な争いを引き起こす種だと思っている」
「どういうことさ……」
ララ以外の勇者パーティの目が険しくなる。彼らは魔族を、魔王を倒すことを至上の命題としてここまで必死で戦い抜いてきたのだ。それを無駄な争いといったのだから当然の反応かもしれない。根底を揺るがす話なのだ。
「魔族は我々と正反対なんだよ」
俺は魔都での出来事を子細に話す。セガドール団の事を含めた全てだ。しかし――。
「そんな馬鹿げたこと。僕は信じられない!」
「そうよ、ありえないわ!」
「魔王は悪の化身。昔からそう神託が降りています」
理解し難いのはわかる。だが、神託とかが余計こじらせる原因なのは間違いない。だから宗教関係は嫌いなのだ。
「その固定観念の所為で、今なお多くの命が流されている」
ユーキが机をバンと叩き立ち上がる。
「あれは残虐で残忍な存在なんだ! 僕らが死の谷に来る途中に寄った村だってそうだ!」
「もしかして、あの黒く焼け焦げた村のことか」
「カイトも見たの!? 見てまだそれを言うの!」
「だが、あれが魔族の仕業だなんていう証拠はあるのか?」
「あんな残虐な殺し方を普通の種族はしないわ! 絶対に魔族がやったのよ!」
「その通りです。魔法ではなく素手で人間の体を引き裂いた痕跡があちこちで見つかりました。あんなことは人族や獣人族などには到底できません」
うーん。こちらとしてもあれを百パーセント魔族ではないと言い切れないところが苦しい。セガドール団の残党の可能性も否定できないしな。あの襲撃の際に砦の外で活動していた輩もいるだろう。
「もしかしたら魔族の中でも犯罪者の仕業かもしれないにゃ。街の人たちは表情以外はいたって普通だったにゃ。人族にだって犯罪者はいるにゃ」
ララは魔都やセガドール団の砦を生で体験したので冷静だった。
「ララ!? 私達を裏切るの!」
「違うにゃ!? そういうことじゃないにゃ……」
こりゃあ、何を言っても今は無駄そうだ。なら実際に会って生で体感してもらうしかないか。百聞は一見にしかずとも言うしな。
「わかった。なら、とりあえず魔王と対談してみようじゃないか」
「あんな不気味に嗤っている奴となんて話にならないわよ」
「だから言っているだろ。それはそれだけ相手側も真剣だっていう証だ。むしろ向こう側もお前らに同じ事を思っているはずだぞ」
「カイト……。悪いけど僕はそんな無駄な事する気はないからね」
はあ、どうやら勇者と魔王の間に入らないといけなくなりそうだ。ああ、とっても面倒くさい。だが、それにこの世界の命運がかかっているのだ。気が重くなってきた。俺の魂の欠片もどうしよう。そういえばルシアにもまだその話を切り出せていなかったな。
「よし、とりあえず寝るとしようぜ」
全て先送りにすることにした。
*****
「はあ……。夜風が心地いいな」
甲板の手すりに寄りかかりながら空を見上げる。宝石を散りばめたような満天の星空だ。月は存在しないため辺りは暗い。だがその分だけ星の輝きが増しているようにも思えた。大気汚染もないから空気が澄んでいることもあるのだろう。
この数多ある星の幾つかが別世界で、そのうちの一つが地球なのだろうか。もしそうなら地球人からすると今の俺は宇宙人になるな。それとも、この星すべてをひっくるめて一つの世界なのだろうか。そうだとすると神々の管理する世界はいかに無限で広大なことか。
夜空を見ながら何となしにそんなことを考えていた。
「ねえ、カイト。眠れないの?」
いつのまにかルシアが肩を並べていた。
「ん……。ちょっとな」
これが最後の夜になるかもしれない。そう思うとなかなか寝つけなかった。短いといっても五年も過ごしたのだ。思い出もたくさんあるし、大事な人もできた。
「ねえ、カイト。最近おかしいよ。なんか隠していない?」
「え……。そんなことないだろ」
「ううん。物思いに耽っていることが多いし……。今だってとても悲しそうな顔してるよ」
そうか、知らないうちに感情が表情にでていたのか。
「ルシア、もしだよ。もし万が一、俺がこことは異なる世界から転生して来たって言ったらどうする?」
「ふーん。やっぱりね。と思うわ」
「えっ……。頭がおかしいとか。もの凄く驚くとか。そういったものは?」
「ないわね」
「即答かよ。なんでだよ」
「だって、カイトだもん」
「なんだよそれ」
「それに……。勇者との会話を聞いていたらなんとなく察しがつくわよ」
「あ、そうか」
そうでした。勇者は別世界から召喚されるのは誰もが知っている事実。ユーキと俺が普通に会話していたらおかしいと思うよな。この世界は地球よりも別世界の存在に対して寛容なのかもしれない。
「転生だろうが召喚だろうがカイトはカイトだから。心配しなくても大丈夫よ」
ルシアがさらに身を寄せて来た。ああ、なんかいい匂いがする。
暫く黙って二人で星空を見あげる。このままずっとこうしていたかった。だが、それはもう許されないだろう。
「じゃあ、この世界である事を成し遂げたら別世界に旅立つといったら……」
「えっ――」
俺はルシアに向き直る。彼女の目は大きく見開かれていた。そして困惑したように瞳が彷徨いだした。
「え、う、嘘だよね……。今のは冗談だよね? カイトはずっとこの世界にいるでしょ? 家も買ったんだし。ねっ、ね? そうでしょ!?」
「ん……。い、いや……」
「嫌だよ! 絶対に嫌だからね! そんなの絶対に認めない!」
「お、落ち着けって……」
「じゃあ嘘だって言ってよ! ねえ! 今のはいつもの冗談なんでしょ!?」
ルシアが俺の肩を強く掴み、そして激しく前後に揺さぶる。
「そう言いたいけど……。そうしたいけど……」
バチンという乾いた音がした。彼女の手の平が俺の顔の前にあった。どうやら俺はぶたれたようだ。痛みは一切感じなかった。それよりも、彼女のサファイアブルーの瞳から大粒の涙が止めどなく溢れていたのだ。
「信じられない!? カイトにとって私なんてそんなものだったのね!」
「あ……。ちがっ……待っ……」
ルシアは船室へと走り去る。その背に向かって手を伸ばす……。
だが、俺には引き留めることはできなかった。その資格がないと思った。
「俺だって泣きたいくらい辛いよ……。どうしたらいいんだよ……」
魂の欠片を奪わないとおそらく魔王は暴走するだろう。だけどそれを取り戻すと次の世界へと旅立ってしまう。こんな俺が彼女に一体何が出来るっていうんだ。頼むから誰か教えてくれ――。
俺はその夜、一人でずっと星を眺めて過ごした。この世界に来て初めて孤独を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます