第三十三話 Darkness Dragon
「あれがそうか」
「うん。上空からだと探すのも楽チンだね」
眼下に流れる黒い川。薄っすらとだが銀色に輝く神殿が浮かび上がって見えた。
「闇竜って強いかな」
「ええきっそそうでしょう。悪の権化ですから。ああ統一神よ。我らを護りたまえ」
「大丈夫よ、いまの私達なら余裕よ!」
そもそも悪なら神殿にいるのおかしくないか? ああでも破壊神とか魔神とかも神の部類か。でもその確率は低いよな。それに統一神なんていないと思うぞ。漠然とそんなことを考えながらも、飛空艇の高度をゆっくり下げ、死の谷へと降り立った。
「ほんとに真っ暗なんだな。周りが何も見えねーぞ」
『光の精霊よ、漆黒なる闇を神聖なるその輝きで掻き消せ、出でよウィル・オー・ウィスプ!』
「ぎにゃっ!?」
三個の光の玉が現れ漆黒の谷を昼の世界へと変える。光量ゼロの世界から急激に明るくなったのだ。あまりの眩しさに目が痛かった。特に猫獣人であるララは未だ目を押さえていた。
「魔物にはこの光は武器になるみたいだね」
「ルシアがいれば、例え徒歩でも死の谷を抜けるのが楽そうね」
「光とは聖の象徴。神々しさに魔物は恐れおののくのです」
一瞬だが視界に多数の魔物が映ったのだ。しかし、悲鳴のような叫びを漏らしながら、視界の隅の闇の中へと逃げ去っていった。神々しさというか、光の存在しない世界の住人にこの光量は凶器そのものだろうな。
「しかし、この神殿の扉のでかさ半端ないな」
「竜が出入りするからかにゃ?」
「カイト。見上げてないで中に入ろうよ」
「ああそうだな。あ、ちょっと待ってくれ」
俺は一旦船へと戻る。忘れ#者__・__#をしていたからだ。
「やめてけれ! オラ、空は嫌ダ! 高いところは嫌ダァアア!」
「だから陸に降りたっていってるだろ!」
「ブヒッ!?」
俺の言葉が聞こえないのかオーグはジタバタと騒ぐ。鬱陶しいので甲板から外に蹴りだした。
「死にたくないダァァアアア!」
ドスンと音を立てながら、オーグは顔面から着地する。
「あれ? 痛くないダ! オラとうとう無敵になったダ!」
「オーグくん。久しぶりだね」
「なんで勇者が落ちた先にいるダ?」
「面倒だから早く行くにゃ」
「そうね」
「そのまま船室に篭ってもらっていても良かったのではないでしょうか」
あ、オーグの奴、とうとう誰からも構ってもらえなくなっちゃったよ。
「動かない大地は最高ダ!」
死の谷の地面は土ではなくゴツゴツとした硬い岩だ。にもかかわらず、オーグは豚っ鼻を擦りつけてブヒブヒ喜んでいた。ほんとにマイペースな奴だ。
*****
神殿に入ったら直ぐに出くわしました。というか侵入者に気づいて待ち構えていたようだ。
「あら? 闇竜ってこんな感じだったかしら」
アンジェリーナが首を傾げる。
「いえ、前回はもっとこう禍々しいというか、猛々しい雄叫びで威圧していましたね」
ソフィも不思議そうにしていた。ユーキが俺の隣で口を開く。
「ねえ、カイト」
「なんだ?」
「竜も降参のポーズって、あーいう感じなのかな」
「俺が知るかよ。直接本人に聞け」
漆黒の闇を纏う超巨大な竜。確かにそれはそこにいた。しかし、仰向けになって黒い腹を見せる姿はなんといえばいいのだろうか……。少なくとも可愛くはない。
「貴方様があのお方の使徒でございますね」
「「「竜が喋った!?」」」
あれ? 竜が人間の言葉を話すのって一般的に知られていないのか? 赤竜も喋っていたから普通かと思っていたよ。
「俺自身は全くもってそれを了承した覚えはない。だがまあ、そういうことにはなっているな」
表面上の職業は……。
「やはりそうですか。あのお方の匂いがしましたので」
「えっ!? マジで!」
「ええ、凄く強い香りです」
鼻をヒクヒクさせる闇竜。ミヤロスの野郎……。なに勝手にひとをマーキングしてるんだ。毎日体を魔法でクリーニングしているのに落ちないとは頑固な穢れだな。
「おい、ユーキ。恐らくこいつは、この世界を創造した神の関係者だぞ」
「えええっ!?」
「畏れ多いことです。わたくしめはあの方の下位の下位の下位に連なる矮小なただの竜でございます」
「めっちゃ低姿勢だな。お前らこいつを本当に殺すのか」
「えっ、いや、でも……」
「あ、悪の権化ではないのですか……」
「むしろ神罰が降るんじゃね?」
そのキーワードにぶるっと体を震わせるソフィ。神に使える徒としては神罰ほど恐ろしいものはないようだ。しかしなかなか二つの半球体の揺れが収まらないな。俺が止めてあげようか。
「ユーキ。やっぱり止めましょうよ」
アンジェリーナも完全に及び腰だ。
「でも、スキルが……」
えっ? ユーキさんよ。竜を倒すと言っていたのは、悪だからという理由ではなく実はスキル目当てだったんですか。勇者のくせにがめついなあ。
「スキルであれば、お授けいたしますのでご安心ください」
そう言うと闇竜は仰向けの体勢から立ち上がる。おおデカい。というかいままで仰向けでずっと喋っていたんだ。
闇竜は頭上を見上げて大きく吠える。と、勇者パーティ全員が一瞬だが闇に包まれた。
「わっ、凄い! 本当にスキルを得ているわ」
「ほんとだ。闇属性(中)か。これで魔王との闘いが少し楽になるかな」
「別にいらないけどただだからもらっておくのにゃ」
「私は聖職者なのに闇属性なんて良いのでしょうか」
複雑そうな顔のソフィ。いや、そもそも創造神が闇を司る者なんですけど。
「なあ、闇竜さんよ。俺らは何も得てないんだけど」
俺もそうだが、ルシアもオーグもスキルは得ていない。
「い、いえ! 貴女様方には、わたくしめからは何も与える物はございません。私のちっぽけな加護とは違い、最大級のものをすでに得ておりますので……」
ああ、そうか。ルシアとオーグは神の寵愛を受けているもんな。俺なんてその前に無限という修飾語が付いているんだぞ。限度を弁えて欲しい。
「あれ? でもおかしいな。それならコールマンの野郎は何故この地点に印なんかつけたんだ?」
「「「きゃぁっ!?」」」
闇竜の巨体が文字通りビクンと飛び跳ねた。その振動で神殿の上からパラパラと石のようなものが落ちて来た。
「コ、コ、コ、コ、コ……」
「とりあえず落ち着け。神殿が崩れるだろ」
「コ、コ、コル、ココ、コル…」
「おい、だから落ち着けって。そうだ、まずは深呼吸しろ!」
目を彷徨わせてキョどっていた闇竜が大きな口を開けた。
「うおっ!」
「ちょっと勢いよすぎよ! 吸い込まれちゃうわ」
脚を踏ん張って耐える。見る間に闇竜の腹がパンパンに膨れ上がった。おい、待て――。
「どわぁぁああ!?」
もの凄い突風に襲われた。吹き飛ばされないように必死に神殿の柱に掴まる。やべえ、柱が軋んでいるぞ。ほんとに建物が崩れるってば!
そして俺はあるものに目を奪われた。うおお、果実が、禁断の実が捥げそうなほど揺れている!
「カイト……」
おっと、欲情なんかしている場合じゃない! そう、ルシアがヤバいはずだ! 細身で細実だから軽いのだ。この猛烈な風に耐えられるとは思えない。心配な表情を浮かべ、冷徹な声が聞こえた方を振り向く。
「ルシア大丈夫か! ……おい」
何事もなかったかのように平然とした顔をしてそこに立っていた。緑の精霊を伴って。
「何でお前一人だけシルフに護ってもらっているんだよ!」
「さすがに全員は無理なのよ。なので平等にしたの」
要は独り占めかよ。
「あ、貴女様と、コ、コ、コールマン様とは――。お、お知り合い、な、なのですか!?」
お、深呼吸の効果か、竜が正気を取り戻していた。若干まだどもっているけどな。
「ああ、うちの執事だ」
「ぶっ!? あのコールマン様のご主人様だったのですか!? そ、そんな馬鹿なこと……。い、いえ、た、大変失礼なことを致しました!」
そう叫びながら再び仰向けに転がる。だから暴れると崩れるから落ち着いてくれ。
「いやそれは問題ない。それよりも、あいつがここに来たら役立つ物がもらえるような事を仄めかしていたからな。あの嘘つき野郎め」
「いえいえいえいえいえ! ま、ま、ま、待ってください!」
闇竜は牙を剥き、自分の体に噛みついた。
「グギャァァアア!」
おい、とうとう気でも狂ったか……。
「つ、つまらないものですが……。こ、これをお持ちになってください」
涙目の竜の足元にこれでもかと鱗が落ちていた。
「闇竜の鱗ね。これが役に立つアイテムなのか?」
「い、いえ。それだけでは!? そうだ! そこの猫耳の拳闘鬼のお嬢さん」
「なんにゃ?」
「私の下顎の口の上に乗って頂けますでしょうか」
「にゃっ!? 噛まないにゃ?」
「勿論ですとも! ささ、早く」
「ララ、危ないよ!」
勇者は止めたが、ララはビクビクしながらも闇竜の口のなかへと入る。うーん。閉じてゴックンされたら終わりなのに。あいつ勇気あるな。
「乗ったにゃ。 それでどうするにゃ?」
「わらひのひたのきはをおもいっひりなくってくだひゃい」
口を開けたままなので上手く喋れないようだ。しかし、聞き間違いでなければ牙を殴れとかいってたな。
「よーし、覚悟はいいかにゃ」
ララは握り締めた拳に白い闘気を纏う。そして大きく振りかぶり――。
「ま、まっひぇ!?」
「秘奥義! 闘鬼破神拳!」
「グギャァァアアアアアアアア!」
おー、でかい牙が何本も折れて飛び散った。
「シクシクシク……。一本だけって言えば良かった」
竜の下顎の歯の三分の一ほどが抜け落ち、いや根元から折れ落ちていた。凶悪な顔なのに、どこか間抜けな見た目になっていた。
「なんか、悪いことしたな」
「カイトって中学生をカツアゲする不良の高校生みたいだったよ」
「おい、人聞きが悪いな。俺は何も言ってないじゃないか」
「言わなくてもわかるよな、っていう無言の圧力かな」
失礼な。俺はコールマンの野郎に腹を立てていただけなのに。あの野郎。こうなることがわかっていてわざと印をつけたに違いない。まあ、折角だ。痛みを耐えてまで用意してくれたものだし。有り難く貰っておこう。次の世界に持っていけば、なんかの役に立つかもしれない。
「騒がせてしまって悪かったな」
「い、いえ。くれぐれもコールマン様には宜しくお伝えください。ただ、わたくしめも多忙でして、非情に遺憾ですが暫くお会いすることは叶いません。そうお伝えください」
「あいつに、ここに来てもらえばいいじゃないか」
「い、いえ! そんなめいわ――。滅相もない! 時期が来ればかならず私の方からお伺いしにいきますので。こちらに足を運ぶような無駄で無意味な時を費やさず、ゆっくりとお待ち頂きたいのです」
「ふーん。なんでもいいや。じゃあ、俺達はいくからな」
神殿の外までお見送りする闇竜に別れを告げ、俺らは飛空艇に乗り込んだ。乗り込む際にオーグが駄々を捏ねたが面倒臭いので気絶させた。ちなみにそれをやったのは俺じゃない。ララが後頭部に秘奥義を叩きこんだのだ。
死の谷の上空、魔族の国へと向かって飛空艇は颯爽と進む。
コールマンよ。赤竜もそうだったが、お前は竜たちに一体何をやらかしているのだ。
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