第三十二話 勇者との合流

「では行ってくる」

「ご主人様も皆様も、どうかご無事で。使用人一同、お戻りされるのを心待ちにしております」


 メイドの皆さんが泣いていた。メイド長なんてララをその豊満な胸に抱きしめていた。いいなあ。


「泣かないにゃ。ララはちゃんと戻ってくるにゃ」

「すみません、最近涙もろくて。みっともない顔を晒してしまいました」

 

 そういって、メイド長は鼻をかむ。


「ああっ!? ひとの尻尾でチーンするの止めるにゃ!」


「大丈夫だ。オーグ以外は俺が責任を持って守るから心配するな。ちゃんと無事にここに帰らせる」


 俺はおそらく無理だけどな。あれれ? そういえば、ララって勇者パーティの一員だよな。ただの道案内役のはずだ。いつのまにか仲間として同化していたな。しかも姫様なんだから魔王倒したら城に戻らないと駄目じゃないのか。まあ、その辺りはララの好きにさせよう。


「カイト! なぜオラ以外なんダ!」

「自分の身は自分で守れ。男は女を守るものだろ。そんな弱気でどうするんだ!」


「ダか……」


「そうですよ。私達の素敵な勇者様なら魔王なんて屁でもありませんわ」

「帰ってきたら大好きなプリスマをご馳走できるように私も頑張りますわ」

「ああ、私の愛しの王子様が行ってしまう……」


 豚が豚に囲まれていた。だから嫉妬なんてするわけがない。そう、さっきのはあくまで叱咤激励なのだ。


「旦那様、暫く新しい料理の種をご教示頂けないこと大変残念でなりません」


 沈痛な面持ちで俺に訴えかけるのは料理長だ。うん、それって俺の事というよりも料理のレシピが気になっているだけだよね。この人もぶれないよな。


「それは問題ない。俺の知っている限りの調理法を紙に綴って自室の机に置いておいた。あとで――」


「それは本当ですか!?」

「あ、ああ……」


 俺の返事を聞く間もなく、料理長が屋敷の中へと一目散に走っていった。おい、まだ見送り終わってないよー。


「相変わらずね」

「そうだな。まあ、あの人らしいといえばあの人らしいか」


「旦那様ぁ! 儂は寂しいですじゃ!」


 だれ? 俺はルシアに目で訴えかける。だが、その問いには答えずに目を逸らしやがった。


「庭師のゴンゾウでさあ! 旦那様の帰りを一番初めに出迎えるのは我が庭ですじゃ! 整備を怠らずにお待ちしておりますだ!」

「おう……。そうだな、頼んだぞ」


 やべ、庭師の存在を完全に失念していたよ。そういえば会話したことすらないんじゃなかろうか。それと今、我が庭って言ったよな。いや、それ俺の庭だからね。そこんところ履き違えないでくれよ。我が庭のように可愛がってくれるのならいいけどさ。


「ルシア様、頑張って下さいね! 朴念仁にはハッキリ言わないと駄目ですよっ!」

「も、もう! 何いってるのよ!」


 ルシアが若いメイドさん達とキャッキャしていた。いつのまにあんなに仲良しになっていたのだろう。羨ましい。でも、この屋敷を買って良かった。いまになってしみじみそう思う。みんなの帰る場所がここにある。それを創れただけでも満足だ。


「主様、討伐の道中でスキルが取れそうな場所をマップに落としておきました。時間はないかと存じますが、もし機会がありましたら寄ってみてください。必ずや今後・・もお役に立つものが得られることでしょう」


「おお、それは有難い」


 俺に地図を渡して頭を下げる執事のコールマン。いま今後も、と言ったがそれはどういう意味だ?こいつまさか知っているのか。そういえば創造神の兄だったな。俺の秘め事を知っていてもおかしくはないか……。


「じゃあ今後もよろしく頼むな」


 ルシアたちを……。


「ええ、これからもずっと主様・・のお力になることを誓います」


 あれ、気の所為だったか。そしてなんで口角を吊り上げるんだ。くそぉ、こいつの考えていることは最後まで読めなかったな。だが、この屋敷はこいつがいる限り安全だろう。例え魔王が来てもお引き取り願わせることだろう。


「おい、みんな。そろそろ出発するぞ」


 正直、名残惜しい。住んでいた期間はたったの一か月弱。それでも俺の中ではこの世界における第二の故郷ともいえる我が家になっていたのだ。


 後ろ髪を引かれる思いでターウォの街を出立した。


     *****


「何度乗ってもこれはずるいにゃ!」


 甲板の上から見える下界の景色が目まぐるしく変わっていく。飛空艇は風を切るようにぐんぐんと北へと進んでいく。


「ルシアのお蔭で甲板の上でも快適だしな」

「私じゃなくてあの娘ね」


 甲板の舳先に立つ一人の少女。両手を広げた格好で進行方向を向いていた。全身は緑の出で立ち。服から露出する腕と足は透けるように白い。いや、薄っすらと透けていた。そしてその背には薄緑色の一対の大きな羽が生えていた。


 風の精霊シルフがそこに在る。それだけで物理法則は無視されるようだ。要するに風圧を一切受けない。しかも無風ではなく心地よいそよ風が流れていた。甲板に椅子を持ち出し、カフェを啜りながら贅沢な空の船旅を満喫する。


「しかし、こうやって見下ろすとこの世界は自然が豊かだよな」

「そうね。だからこそ私たちエルフは精霊を通して自然の恩恵を受けることができるのよ」


 鬱蒼と茂る森が何処までも続く。その森を分かつように蛇行する大河。ここまで来る途中も山岳地帯、砂漠、湖など大自然で溢れていた。地球のような大都市はほぼ存在しない。自然とともに在るというのはこういう世界を指しているのかもしれない。


「そういえばオーグは?」

「船室に篭ってあいかわらずよ」


「まだ慣れてないのか。前回も乗っただろうに」

「誰かさんが船から落とすからじゃない。これに乗っている位なら、早く魔王と戦いたいって震えていたわ」


「ある意味、お気楽でいいよな」


 結局のところ、俺は方針を決めることができなかった。魔王を倒すべきなのかそうでないのか。人族と獣人族の宿敵を倒すのを手伝うのか阻止するのか。しかも俺自身の問題もあった。殺さなくても魔王から俺の魂の欠片を奪うことは果たして可能なのだろうか。それともいっそのこと魔王の寿命が尽きるまでこの世界に留まろうか。そしたらルシアたちともずっと一緒にいられるしな。


「カイト! あれ見て!」

「ん? なんだよあれ。村なのか。だけど――」


 眼下には黒い塊が点在していた。この高度からの大きさと形からすると、どうやら家屋であったもののようだ。いまだ燻り黒煙を上げているものもあった。


「酷い……。ねえ、近くに降りようよ」


「そうだ――」

「駄目にゃ!」


 悲痛な顔をしたララが俺らの会話を遮った。


「なんでだ? 怪我している人がいたら助けてあげないと」

「いないにゃ!」


「え? それって……」

「みんな殺されているにゃ……」


「焼死体ってことじゃなくてか?」

「違うにゃ。みんな惨い形にゃ。脚も手も、胴体までも引き裂かれているにゃ……」


「そんな、ひ、酷い……」


 この中で一際視力の良いララには全てが見えたようだ。俺らが地上に降りてから、その惨状を目の当たりにするのを止めてくれのだ。しかし誰がこんなことを。戦争でもあったのか。


「ララ、教えてくれてありがとな。ただ、お前も少し休んだ方がいいぞ」

「大丈夫にゃ……。それにもう死の谷に着くにゃ」


 ララが指さす方向に長大な山脈が聳えていた。五千メートル級の大連峰で、上半分は白銀に覆われていた。この山脈が他種族と魔族の大陸間の行き来を阻んでいるのだろう。


 ララが詳しく説明してくれた。この大連峰は二つの山脈から構成されている。そしてその山脈の間には深く長い谷が広がる。この谷こそが人族と魔族の大陸を繋ぐ唯一の陸路である。長大な山脈の影になるため谷には太陽の光は一切届かないそうだ。昼夜問わず一年中が永遠の闇なのだ。


 そして、そこは闇を好む魔物の巣窟となった。この谷は他種族側、魔族側からともに『死の谷』と呼ばれ恐れられている。稀に漏れ出した魔物が近隣の街を襲うこともあるようだ。ここを抜けるには最低でも英雄級が何組もパーティを組まなければ不可能。それも闇のなかで何日もの間、死闘を繰り広げなければならないのだ。


 他種族と魔族間の理解しあえない深い溝。おそらく死の谷もその原因の一つに間違いないだろう。


「おい、あそこにいるのは勇者たちじゃないか?」


 死の谷の手前に小さな山小屋のような建物が見えた。その傍に人影が見える。


「そうにゃ、高度を落としてにゃ」

「わかった」


 ゆっくりと高度を落としていくと山小屋の庭にユーキの姿が見えた。こちらに向かって手を振っていた。その隣には見覚えのある紅い髪。黒いローブから片腕を出し、その手に黄金の杖を掲げていた。


「あいつ何してるんだ?」


 杖の先端から紅蓮の炎が噴き出していた。そしてそれは徐々に矢の形を象る。その先端はこちらを向いていた。


「えええっ!?」


 炎の矢が放たれるよりも早く、白装束の女性が杖を取り出し赤髪を殴った。あ、危ねぇ。あの馬鹿、飛空艇を打ち落とそうとしやがったぞ。ソフィの機転のお蔭で俺らは無事に山小屋の脇に着陸することができた。



「よお、ユーキ。久々だな」

「カイト! また会えてうれしいよ!」


 後ろでは、ソフィとアンジェリーナがララとの再会を喜んで抱き合っていた。いいなその輪。俺も入れてくれないかな。


「それよりもその飛空艇はなにさ! 新しい魔物でも襲ってきたのかと思ったよ」


 実際、撃ち落そうとしていた奴もいたしな。俺が未遂犯を睨むと目を逸らしやがった。


「知っているか。魔道船というのはな、魔力をたんまり籠めると空を飛ぶんだぞ」

「相変わらずカイトは無茶苦茶だね。もしかしてそれでターウォから来たの?」


「おう、一日もかからずにここについたぞ!」

「え!? なにそのチート。僕もそれ欲しい!」


「いや、お前は転移なんだから一瞬だろ。そっちの方が羨ましいわ」

「僕のは一度行ったことのある場所にしか飛べないんだよ。だから初めがきつくて……」


「あれ? なら死の谷なんて抜ける必要ないだろ。一度行ったんだろ?」

「魔族の国は何故か僕の転移魔法が阻まれるんだよ」


「ふーん、そうなのか。相変わらず使い勝手が悪いな。あ、ならこの飛空艇に乗るか。海も渡れるぞ」

「えっ、凄い! でもクラーケンが。あっそうか、空を飛ぶから大丈夫なんだね」


「そういうことだ。飛空艇でちゃちゃっと魔都まで行こうぜ」

「そうだね!」


「ユーキ、闇竜のこと忘れてない?」


 アンジェリーナが俺とユーキの会話を遮る。


「あ……。そうだった」

「もう、すぐに大事なこと忘れるんだから」


「どういうことだ?」

「あ、実は前回の討伐の帰りにさ、死の谷の中央あたりで闇の神殿を見つけたんだ」


「そこにその闇竜がいたと」

「うん、でも前回は僕らもほら……」


「あーボロボロだったから、とてもじゃないけど竜と戦う余力はなかったと」

「うん……」


「でもわざわざ戦う必要あるのか? もうレベル上げもする必要はないんだろ」


「闇竜は悪の権化で魔王のしもべ。それを討伐せし者には神から強大なスキルが授けられる。そう言い伝えられています。なので今回は行きの道すがらに闇竜を倒してから、魔族の国に渡るという手はずになっています」


「なるほどね。ふむふむ」


 ソフィさん、相変わらず立派ですね。


「どこ見て頷いているのよ!?」


 ルシアに思いっきり背中を蹴られた。


「なら、死の谷を飛空艇で飛んでいこう。神殿付近に着陸すればいいだろ。これを持っていけば魔族の国に入ってからも高速で移動できる」


「うん、そうだね! そうしようか。みんなもそれでいいよね?」

「問題ないわ」

「これなら魔族の軍勢に無暗に襲われることもないですからね」


 アンジェリーナとソフィも頷く。


「じゃあ、船に乗ってくれ。おそらく一時間もかからずに闇の神殿につくだろ」



「わあ、本当に空を飛んでいますわ。しかもなんという速さでしょうか」

「漆黒の闇の中、次々と襲ってくる魔物。それと戦いながら交代で睡眠を取って何とかここを通り抜けた。あの必死の努力って何だったのかしら……」


 いや、それはなんというか悪かったな。まあ、今回は楽させてあげるから勘弁してくれ。しかし、闇竜が悪の権化ねぇ。なんか違うような気がする。だってこの世界の創造神は闇を司るものだし。


 あれ、そこってそういえば……。出立時に執事から渡された地図を取り出す。やっぱりそうか。死の谷の中間地点にマーキングされていた。さて、どんなスキルが得られるのだろう。まあ、行ってみればわかるか。


「あれ? そういえば、オーグ君は?」

「船室にずっと籠っているわよ。いつになったら大地に降りられるんだって震えているわ」


 お前、勇者達に挨拶くらいしろよ。そもそも一回、地上に降りたのに気づかなかったのかよ。

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