第三十一話 アキラメルナ

「ぐぅぅううう!?」

「「「カイト!」」」

 

 雷で打たれたように全身が痺れる。両手足が四方に引っ張られ、このままでは千切れてしまいそうだ。HPが急激に削られていくのがわかる。それでも銀光の塊の輝きは弱まる気配がまったくなかった。塊が砦に落下するのを食い止めようとしたが、落ちる速度を緩めるので精一杯だ。


「くふふふ! 傑作です! 長年かけて編み出した我が究極魔法。ソウルイレイザーは大成功のようですね。くふふふ、これがあれば魔王も勇者ももはや敵ではありません」


「あがぁぁああああ!?」

「カイト! 止めてよ! もういいから!」

 

 ルシアの泣き叫ぶ声が耳に届く。ああ、これは本当にまずい……。すでにHPも半分を切っていた。このままでは死は免れないだろう。


「カイド! そこから逃げるダ!」


 確かに全力で上空に退避すれば、少なくとも俺の命は助かるだろう。その代わり眼下の生命は全て一瞬でこの世から消え去るだろう。これには、それだけの威力があるのだ。


 そういえば、この世界で俺が死んだらどうなるのかな。魂の欠片は他の世界にもあるんだよな。なら、死んでもすぐに別世界で直ぐに生まれ変わるのだろうか。


「カイトっちぃいいい!」


 みんなの魂はこの世界で輪廻している。だから死んでもこの世界でまた生まれ変わる。死んでも魂が消えるわけじゃない。この世界の人はそう信じている。そしてそれは紛れもない事実だ。


 俺のなかに諦めともいえる考えが芽生え始めていた。


『風の精霊よ、尊い生命を穢すあの存在を空の彼方へ吹き飛ばせ、出でよジン!』

「なっ――。精霊魔法が使えない!?」


「くふふふ、無駄です。無駄。ここでは魔力が形を成す前に全てあの塊に吸収されますからね」


「お前がいなければいいダ!」

「おっと、危ないですね」


 オーグが渾身の力を籠めてバトルアクスをマテウスへと投げつけた。しかし、遥か上空に浮かぶマテウスの所に辿り着くころにはその勢いも弱まり、簡単に躱されてしまった。


「諦めたら駄目よ! きっとカイトを助ける方法があるはずだわ!」

「そうにゃ!」

「負けないダ!」


 ああ……。俺は何を弱気になっていたんだ。仲間は誰も生を諦めていないじゃないか。例え来世があるからといって現世の人生を簡単に手放したりしない。そもそも来世の存在を心の底から信じているかは疑問だ。それに記憶も完全に失ってしまう。そういう意味ではやはり死なのだ。


 この世界に生まれ落ちてからここまで人生を共にしてきた幼馴染のルシアとオーグ。彼らは今も必死に生にしがみついている。いや、むしろ自分の命のことなんか考えていないだろう。俺の命を助けようと必死なのだ。出会って間もないララでさえそうだ。


 生まれ変わるから彼らがこの世から消え去ってもいいのか。嫌だ! 生まれ変わったら俺の知っているルシアでもないしオーグでもララでもないだろう。


 この身が犠牲になっても構わない。この世界から消滅してもいい。仲間たちには最期まで人生を全うしてもらいたい。どちらにしろ俺はこの世界から旅立たなければならないのだ。それが早いか遅いかの話だ!


「ぐぅぅぅうう! く、くそぉぉおおお!」


「くふふふ、命を失う刹那に儚く輝く尊い魂。なんと素晴らしいのでしょう。さあ、この美しい魂たちを全て愛しき貴方に捧げます。そしてデーモンよ蘇るがいい!」


「な、なんだと……」


 こいつは悪魔にみんなの魂を捧げる気なのか。捧げられた魂はどうなる。死んでも転生すら許されないじゃないか。畜生! なにか、なにか手はないのか。HPはすでに三分の一を切っていた。残された時間は僅かしかない。


 軋む体に鞭をうち、マテウスの方へと手を伸ばす。闇魔法を放とうとした。が、ルシアと同じようにすぐに魔力が霧散してしまう。


「くふふふ、往生際の悪い。そんな必死に生に執着しなくても大丈夫です。安心してください。もうすぐ永遠の命が手に入ります。仲良くデーモンのなかでね。さあ、ソウルイレイザーへと取り込まれるがいい!」


 取り込む? それだ!


「くふふふふふふふ! これで最期です。逝ってしまいなさい!」


 恍惚な顔で両手を突き上げ天を仰ぐマテウス。

 そして、巨大な銀白色の隕石は小さな砦を押潰すように落ちた――。

 

「くふふふふふ! 目的は達せられました。さあ、出でよ愛しき貴方!」


 静寂な時が流れる。暫くしてもデーモンの姿は一向に現れなかった。


「くふ? なぜ現れないのです……。あれだけの魂を吸い取ってもまだ不足だとでもいうのですか」


 怪訝に思って眼下を見下ろしたマテウスは目を見開く。


「ぐぶっ!? な、なぜですか! 砦の連中が取り込まれていないじゃないですか!」


 砦の中は隕石が落ちる前と変わらなかった。そう、誰一人として消えていなかったのだ。


「ふう、いやほんとマジで死ぬところだった」


 地に降り立ち、息を吐く。


「カ、カイトっ!」

「うおっ!?」


 涙目のルシアが勢いよく抱きついてきた。


「おい! びっくりさせるなよ」

「良かった……。ほんとに無事で良かった。カイトが、カイトが死んじゃうと思って……」


 彼女の細い肩も声も震えていた。良かった。心配させたが何とか大切な人を守ることができたみたいだ。溢れ出る感情に抗えず、俺もルシアを強く抱きしめていた。


「ぐぶぶぶぶ! 何故だ!? 何故お前は無事にそこに立っているのです!」

「収納したからな」

「はい?」


 マテウスは気味悪く笑うのも忘れたようだ。呆けた面でただ俺を見つめていた。


「だから、俺のストレージに取り込んだんだよ」

「ぐぶっ!? そ、そんな馬鹿げたことなんか出来る訳がない!」


 んなこと言われてもな。生物は取り込むことはできない。と説明にあったがエネルギーを取り込めないとは書いていなかったし。無限に収納できるようだからエネルギー量は関係ないだろうと試してみたらスッと消えたよ。ただしこれは二度と取り出したいとは思わないけど。


「さあて、クライマックスも過ぎたことだし、そろそろ舞台から去ってもらおうか」


 剣先を空中に浮かぶマテウスに向ける。


「くふふふ、学習しない人ですね。この子を殺しても意味がないですよ」


 左手で片眼鏡を押さえ、右手で自身を指さす。だが、その顔にはすでに余裕はない。口惜しそうに顔を歪めると、さらに言葉を続ける。


「いいでしょう。今回は私の負けです。出直すとしましょう。あなたさえいなければ魂は集めることができますし。次に会いまみえる時はデーモンが貴方を八つ裂きにすることでしょう。くふふふ」


「次があるのはバ〇キンマンだけだ。お前にはない。最早どこにも逃げ場はないぞ」


「くふふふ。何を意味不明なことを。あそこにも――。くふ? いや、あいつだったか……。くぶっ!? いや、あ、あそこなら――」


「無駄だ無駄。全部無いぞ」


「ぐぶっ!? 何故だ! 百カ所以上に設置していたあれがどこにもないのです!?」

「もしかしてこれのことか」


 俺の両手が片眼鏡で溢れていた。


「ほんと随分とあるわね」


 ルシアの両手も一杯だ。


「これを破壊すればいいダか?」

「ガッシャーンにゃ!」


 ララが両手に抱えていた片眼鏡を一斉に地に叩きつけた。おー、全部粉々だ。


「ぐぶっ!? な、何をするのです!?」


 ララに続いて俺らも全てを地に叩きつける。割れた片眼鏡をオーグが嬉々として踏みつけていく。眼鏡のフレームまで完全に粉々だ。


「ぐぶぶぶぶ!? な、なんてことを!? なぜあなたたちがそれを持っているのですか!?」


 空中でわなわなと震えるマテウス。完全に涙目だ。見た目は少年だからちょっと心苦しいな。


「ねえ、カイト。確かにこんなに山盛りの眼鏡をどうやって手にいれたの?」

「さっきの魔法だ」


「あの馬鹿でかい光りの塊?」

「ああ、周りの人たちは苦しんでいたけど、お前らはなんともなかっただろ」


「そういえば……」


「あれはな魔道具を通して生命エネルギーを吸いとっていたんだ。俺はエネルギー体を全て取り込んだんだ。そしたら吸収源のその魔道具ももれなくオマケで付いてきたってこと」

「なるほどにゃ。カイトはやっぱりチート過ぎなのにゃ」


「そ、そんな馬鹿な……。わ、私の転生先がどこにも……」

「さて、残るはそれだけかな」

 

「くぶぶぶ!? や、止めてください! こ、これが本当に最後の一つなのです! これを失ったら私の魂は砕け散り、契約不履行でデーモンに取り込まれてしまいます!」


「そんなこと知るか!」


 俺は奴の上空まで一気に飛び上がる。


「死にたくないですぅううう!?」


 両手を突き出し、必死に懇願する。


「あの世で、くふふふ笑っとけ!」

「ぐぶぁっ!?」


 すっと剣を振り片眼鏡だけを真っ二つ斬り割いた。眼鏡が割れた瞬間、一瞬、悪魔の笑ったような顔が見えた気がした。


 気を失った少年が頭から大地へと落ちてゆく。空中でそれを抱き留めるとゆっくりと地面へと降り立つ。母親らしき女性が駆け寄ってきたので少年を受け渡した。母親は涙を流し、大笑いしながら少年を抱きしめていた。


 ああとても残念だ……。感動的な場面なのに、お笑いをみて涙が止まらないと大爆笑しているようにしか見えない。


「終わったわね」

「ああ、でもこれどうするかねー」


 一般人も多数住む犯罪者集団の魔族の砦。このまま野放しにするわけにもいかないだろうし。でも、全員をどこかの街へと運ぶことは非常に困難だろう。はあ、頭が痛い。


「すみません、勇者様。ちょっと宜しいでしょうか」


 人垣から杖を突いた老人が現れ、こちらを睨みつけながら近づいてきた。


「俺は勇者じゃないけど。どうした?」

「お蔭様で街の悪党どもは全員捕縛することができました」


「おっ? そうなのか? やはり全員が犯罪者ってことではないんだな」

「ええそうです。娼館のための女連中だけでなく、この砦の街を運営するために多くの者達がここへと攫われてきました。奴隷としてずっと扱き使われてきたのです」


「しかし、そんな人達でよく犯罪者をこの短時間で全員捕らえることができたな」

「不幸中の幸いとでも言えばいいでしょうか。先程までの白い光のお蔭なのです」


「ん? どういうことだ?」

「あれで皆の力がほとんど吸い取られてしまったのです。どんぐりの背比べになれば数はこちらの方が十倍はいます。しかもやっかいな三人は全て倒して頂きましたし」


「そうだったのか……。そうするとこの砦街は?」

「ええ、残された住民で運営していこうかと。犯罪者集団は鎖に繋いで労務にでも従事させようかと。これで借りを返せますな。ほっほっほっ」


「みな、故郷には戻らないのか?」

「戻り方もわかりませんしな。どうしても帰りたい者は自己責任で外に出るでしょうが。おそらく道中は魔物も多いでしょうし。大抵の者がここに残るかと。ここで家族が出来た者もおりますし」


「そうか。それは良かった。これで懸念事項は全て解決だな」

「都合が良すぎるにゃ」


 全てが丸く収まったなら、ご都合主義で大いに結構。


「じゃあ、俺たちは豚獣人を連れて戻ろうか」

「ああ、みんなもう大丈夫ダ! 安全な街までオラが送るダ!」


 両手を女性の肩に回しながらオーグが胸を張る。完全にハーレム状態だった。でも豚に囲まれても俺は嬉しくないけどね。


「ああ、勇者様が行ってしまう……。やはり私達のような醜い魔族には振り向いて貰えないのね」

「ああ、一度でいいからあの丸々と張り出したお腹の上に乗りたかった」

「格好いい。いつかあんな旦那様と巡りあいたいわ」


 娼館の娘たちがガックリと項垂れていた。下を俯いて笑っていると馬鹿にしているようにも見えるけど。


「ぎゃぁ! い、痛いダ! 何するダ!」

「ほら、ぼさっとしてないで早く行くぞ!」


 ついつい豚のケツを蹴ってしまった。


「なんかみっとも無いわね」

「嫉妬深き男。哀れにゃ~」


「うるさい! いいから、さっさと行くぞ」


 俺たちは砦の外の丘へと戻り、転移水晶に触れて洞窟の外へ出る。こちらはちょうど日が昇るタイミングだった。朝日が山脈の雪化粧を照らす様はどこか神秘的だった。


 出口には四人の見張りがまだ倒れていた。あ、こいつらのことすっかり忘れていたな。外まで見送りに来た砦の若い連中に彼らの身柄を預けといた。悪さした分しっかり働けよ。


 そして飛空艇で再び海を渡りターウォの街へと戻った。行く時は、ちょっと魔族の街を覗いてみようかという軽い気持ちだったのに。気づいたら犯罪者グループを倒すクエストに変わってしまってたな。はあ、とっても疲れた。


 奴隷から解放した豚獣人の娘達は故郷には戻らずにターウォの街で暮らすそうだ。確かに戻ってもすでに故郷はないだろうしな。オーグの鼻の下がずっと伸びっぱなしなのがとっても気に食わない。


「主様、お帰りなさいませ。さて魔族の街はいかがでございましたか?」


 屋敷の玄関の前でコールマンが出迎える。まるでこの時に帰ってくるのがわかっていたかのようだ。片手を胸に当てて定番のお辞儀をする。俯いてはいるが、その顔はにやついている。俺にはそれがわかった。こいつ魔族じゃないよな? そのしてやったり顔が凄くむかついた。


 だがこれでよくわからなくなった。魔王討伐は本当に正しいことなのかが――。

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