第三十話 対決
「お前……。何者だ」
「くふふふ、私はマテウス=モルスレーといいます」
肌がざわつくような気味の悪い笑いだった。いま、マテウスと言ったよな。洞穴の見張りの話を思い出す。どうやら、いきなり幹部がお出ましのようだ。あれ? なんかおかしいな。
「くふふふ、恐怖で声もでませんか?」
そうだ、こいつ笑っているんだ。ここは怒った表情じゃないのか?
「あ、思い出したにゃ!?」
「ララ、どうした?」
「獣人王国の南にルイシェンという名前の魔道王国があるにゃ。そこの宮廷魔術師のナンバーツーに同じ名前の魔導士がいたにゃ」
「くふふふ、どこかで見覚えのある顔だと思ったら、私も思い出しましたよ。獣人王国ガータの第三王女。いき遅れの王女。なぜなら呪われし――」
マテウスがそれを言い終わらないうちにララが殴りかかっていた。ほんの一瞬で距離を詰めていた。あまりの速さにマテウスは身動きがとれず、驚愕の表情を浮かべことしかできなかった。そして、ララの拳がマテウスの顔面をしかと捉える。パンという音とともに呆気なくその顔が爆ぜた。拳闘鬼の称号を持つララの実力はやはり伊達ではなかった。
ララを怒らせてはならない。そう思った。
「くふふふ……。いきなり撲殺とは。やはり、王族にあるまじき残忍なお人です」
え? 背後を振り返ると片目眼鏡をかけた若い女性が薄ら笑いを浮かべていた。見た目も声も完全に別人だ。しかし、纏っている不気味なオーラとその特徴的な笑い。先ほどまでの青年と完全に同じものだった。
「おい、これはどういうことだ?」
「私にもわからないわ」
首を振るルシア。ララも目を瞠っているところを見ると、何が起きたのか理解できていないようだ。オーグは……語るまでもない。
「くふふふ、形ある資産はいつか朽ちるもの。ならば資産を持たなければいいのです。リースですよリース。それこそが永遠の命を保つ秘訣です」
「お前、悪魔に魂を売ったにゃ!?」
「くふふふ、契約と呼んでください」
「リース? 契約? お前は一体何を言っているんだ」
「くふふふ、契約金は中古の自らの身体。維持管理費はリースした対象の定期的な提供といったところですかね」
「要するに……。罪なき人々に憑りつき、必要なくなったら殺しているということか?」
「くふふふ、憑りつくなんて失礼ですね。中古の肉体を前の所有者から譲り受けているのですよ」
「無理やり身体を強奪しているとしか思えないが」
「くふふふ」
くふふふ、くふふふ煩い奴だな。
「色々と問い詰めたいところだが、まずは豚獣人の解放を優先させてもらおうか」
「くふふふ、残念ながらそれは受け入れられません」
「カイド! やづを放っておいたら駄目ダ! オラが殺すダ!」
「止めろ。あいつを殺しても他に乗り移るだけだ。とりあえず豚獣人達を牢から出して一緒に逃げるぞ」
「くふふふ、残念ながらそれは彼が許してくれませんよ」
マテウスは後ろを振り返る。そこには身の丈が五メートルを超える筋肉隆々の男が立っていた。
「おまえらか! ぼくの愛しのおもちゃに手を出すな! この盗人ども!」
周囲の人垣が口々にギルウェーだ、筋肉馬鹿だ、ジャイアントマンだと騒いでいる。
「くふふふ、彼は力だけなら勇者にだって劣りません。残念ですがあなた達の命もここで終わりです」
「おい、ギルウェーとかいう木偶の坊。お前もこいつと同じように人に憑依するのか」
「そんな薄気味の悪い奴とぼくを一緒にするな! お前ら何てみんなぐちゃぐちゃの肉塊にしてやる!」
「なんだ、モブか。オーグさんやってしまいなさい」
「わかったダ!」
大男に向かってオーグが駆けだす。
「ちょっと顔がいいからって! その整った顔を踏みつぶしてぺちゃんこにしてやる!」
巨大な足を上げ、オーグを押潰そうと振り下ろした。しかし、オーグはその足首を事もなげに掴みとる。
「なんだこいつ!? 踏みつぶせない!」
「そんなものオラにはまったく効かないダ!」
ギルウェーの足首を持ったまま、その場で回りだすオーグ。
「あばばばばば!?」
ジャイアントをジャイアントスイングするオーグ。周囲の人垣は巨大人間竜巻に巻き込まれては堪らんと必死に逃げ惑う。オーグの回転する速度はさらに速まる。軸となる足元の土が徐々に削られていく、そして――。
「どわぁぁぁああああ!?」
ジャイアントが空を飛んでいった。あっという間に人並みサイズになり、小人になり、そして見えなくなった。うーん、やはりモブな倒され方だったな。
「はい、お疲れさん」
オーグの肩をぽんと叩く。
「はぁ、はぁ、はぁ……。お、重かったダ」
さすがのオーグも肩で息をしていた。
「くぶぶぶぶぶ!? な、なんなんだお前らは!?」
「勇者様かっこいい!」「ああ、素敵だわ!」「穢れた私だけど……。あの引き締まったボディで私を抱いてくれないかしら」
後ろの檻から黄色い声があがっていた。なんかもう、早く帰りたい。
「ララ、豚獣人を頼む」
「わかったにゃ」
ララが檻に軽く触れるだけで牢の錠が開いていく。やはり便利だな開錠スキル。俺も欲しい。
「さてと、とりあえず一旦ずらかろうか」
奴の倒し方の作戦を練らないとな。アーティファクトに魂を宿しているのであれば、それを破壊すればいいはずだ。おそらく奴の場合はあの片眼鏡なのだろう。しかし、最初の男の眼鏡は顔が弾けた際に同時に砕け散ったはずだ。なのにあの女は片眼鏡を掛けていた。どうなっているのかさっぱりだ。このまま戦ってもおそらく無駄に犠牲をだすだけだろう。
「なあ、あいつを縛ってくれ」
ルシアは黙って頷くと片手をあげて唱える。
『木の妖精よ、我に仇なす輩をその蔓で絡めとれ、出でよドライアード』
「くぶぶぶぶ! な、何をするのですか! あああ、締めつけられる! くふぅ! くふふふふ!? もっと、もっと強くです!」
「変態には構わずにいこうぜ」
「そ、そうね」
縛られて恍惚な表情を浮かべるマテウス《変態》に、ルシアはどん引きしていた。
「おい、これは一体なんの騒ぎだ」
マテウスの背後に一人の男が突然現れた。そいつが剣を振るうと、マテウスを縛っていた蔓があっけなくパサリと落ちる。全身黒装束。忍者みたいな野郎だ。
「くふふふ……。ガウラさん助かりました……」
「その割に残念そうな顔を浮かべやがって、この変態野郎が」
「くふふふふふ……」
「それよりギルウェーはどこいった? あの野郎、急に外に飛び出していきやがったんだ」
なに、こいつが、ガウラ=セガドールか。セガドール団の首領がとうとうお出ましのようだ。早く帰りたかったんだがどうやらそうはいかないようだ。
「くふふふ、奴らに殺られましたよ」
「ああ!? 手前は何をやっていたんだ!」
ガウラと呼ばれた男はにこりと笑うと、若い女性の姿のマテウスを一刀両断にした。おい、仲間じゃねーのかよ。
「くふふふ、酷いじゃないですか。とーっても痛かったですよ」
別の場所から声が聞こえた。今度は禿げた中年オヤジだ。片眼鏡をかけた恍惚な顔でガウラを見つめる。
「相変わらず気持ち悪い奴だ」
ガウラは地にぺっと唾を吐き、新しいマテウスを笑顔で見つめる。そして、こちらに向き直った。だからそんなに朗らかに笑いかけないでくれ。調子が狂うだろ……。
「それで? お前らの目的はなんだ?」
「まずは豚獣人の解放。次にこの犯罪組織の解体だ」
「ふん、豚達は十億ジェンを支払うなら解放してやろう。もうやり飽きたしな。この組織の解体は到底無理な相談だ」
「俺は金を払う気なんてこれっぽちもないぞ」
「お前は馬鹿か。代償も払わずに解放させるわけがないだろう」
「そうだな……。代償はとりあえずお前らの命まではとらないでやろう。大人しく一生牢獄に繋がれていろ」
「カイト! こんな奴ら生きてる価値なんかないダ!」
「ちっ、顔が良い奴はすぐにつけあがりやがる」
「ガァッ!?」
「オーグ!」
一瞬でオーグが吹っ飛ばされ、石造りの建物に叩きつけられた。オーグの居た場所には剣を振り抜いた姿勢でガウラが立っていた。おいマジかよ……。なんだ今の動き。いつの間にオーグに斬りつけたんだ。俺にも見えなかったぞ。
「くふふふ、団長は超越者です。君達が束になっても勝てるようなお方じゃないです」
「お前はうるせーよ」
気づくと眼鏡のオッサンの首が地に落ちていた。
「くふふふ、だからすぐに斬りつけるのは止めてください。癖になっちゃうじゃないですか」
「ふん、マゾ野郎は斬っても意味ねーな」
「くふふふ、快楽の代償にまだ使えた体を失ってしまいました。ああ、もったいない……」
今度は幼い少年だった。糞野郎が。なんの罪もない子供にまで憑依しやがって。
俺は『超越者』を鑑定する。どうやら音速を超える速さで動けるようだ。ステータスを見ると筋力やMPはそれほど大したことはなかった。だが、素早さが突出していた。俺のステータスすら凌駕していた。
「あーもう、やっかいな奴らばっかりだな」
「お前らは黙って死ね」
「いてぇ!?」
気づいたら斬られていた。
「なんだお前、化け物か?」
そう言いながらも次々と斬りつけてくる。さほどダメージはないがとにかく痛い。いつの間にか剣を両手に持っていた。
「痛っ!? 畜生! こっちの攻撃が当たらねえ! 痛いっていってるだろ! おらぁあ!!」
蹴り上げた時には既に距離を取られていた。くそ、こいつ速すぎる。
「おい、あの化け物は何なんだ。全然斬れねーじゃねーか。マテウス、あいつのレベルは幾つだ?」
暫し静寂が流れる。
ガウラの問いに対する回答はいつまでも返ってこなかった。
「あ、あの糞野郎!? どこ行きやがった! 化け物に恐れをなして逃げやがったか!」
化け物、化け物うるせーよ! 体よりも心が削られるわ。だいたいお前のその速さも十分化け物級だろ! 確かにいつのまにかマテウスがこの場から消え去っていた。行方が気になるが、今は目の前の強敵に集中しないと。
「なら……。こいつで試してみるか」
ガウラが両手の剣を投げ捨てる。そしてどこからか巨大な剣を取り出した。刃渡りは五メートルを超す。そして刀身が紫の光を纏っていた。鑑定結果は『斬鉄剣』。つまらないものなら何でも斬れるそうだ。
「これは斬られるわけにはいかないな」
つまらない人間に認定されるわけにはいかない。俺も無限収納から漆黒の闇を纏った愛剣を取り出す。
「ほぉ、それもなかなかの業物のようだ。だが無駄だ――」
俺とガウラはほぼ同時に地を蹴る。
「「うおぉぉおおおお!」」
俺の剣とガウラの斬鉄剣が交錯する――。勝負は一瞬だった。
「ぐっ……。ま、まさか斬鉄剣で斬れないどころか……。お、折れるだと……」
その言葉が最後だった。ガウラは斬鉄剣ととも真っ二つになった。
「一応、これ神剣だしな。しかも創造神の」
つまらないものと認定されたら色々と神の立場が不味いだろ。
「カイト! やったわね!」
「いや、まだだ……」
俺は頭上を見上げる。遥か上空に銀白色に光り輝く玉が浮いていた。あれは何だ……。凄まじいエネルギーを感じる。
「くふふふ、ガウラまで倒すなんて素晴らしいです! 我が実験の成果を試すのに最高の素材!」
「「「あぁぁああぁあぁあ!?」」」
砦の住民達が頭を抱えて地に蹲る。そして、大爆笑して大地を転げまわる……。これって苦しんでいるってことでいいんだよな?
「ねぇ……。森の樹木たちの悲鳴が聞こえるわ」
塀の外に見える樹木の葉が、いや幹までもが徐々に白化していく。
「お前! 一体何をした!」
光輝く玉の脇に、右手を天に掲げる姿勢で浮かぶ少年。トレードマークの片眼鏡を左手で撫でながら、口角を吊り上げる。
「くふふふ、仮契約者の生命をここに凝縮しているのですよ。この街ごと跡形もなく消えてしまいなさい。くふふふふふ!」
「カイト! 速くあれをなんとかして! そうしないと砦のみんなが!」
「ああ、わかっている」
正直、あれはやばい。何百人、何千人の生命力、さらには森の多くの生命が凝縮された塊だ。おそらく俺のHPよりも遥かに高いだろう。
だが、背を向けて逃げるわけにはいかない。このままでは仲間たちの、この辺り一帯の全ての生命が刈り取られてしまう。
「お前の思い通りにはさせない!」
俺は大地を強く蹴りあげ、マテウス目掛けて空を駆ける。
「くふふふ、無駄な足掻きです。さあ、肉体も魂も焼き尽くされるがいい! くふふふふふふ!」
マテウスが掲げていた右手を俺に向かって振り下ろす。砦を覆うほど巨大に膨れ上がった銀光の塊が落下し、あっというまに俺の身体を包み込んだ。
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