第三十七話 誓い

「ユーキ、お前っ!? 何てことを!」


「あははははは! 馬鹿みたい! 平和だって? 寝ぼけるなよ! ここは異世界だぞ! 人を殺そうが女を犯そうが、何をしたって強ければ許される天国みたいな世界なんだ!」


「ユーキっち!?」


 あまりの豹変ぶりにララも困惑していた。


「さあ、生まれよ。最恐の剣!」


 ユーキは右手に握る聖剣と、左手の魔剣を共に天へと翳す。聖剣は神々しく輝き、魔剣は紫炎に包まれる。


「馬鹿な!? なぜ人族が魔剣を使えるのだ! あれは魔王様にしか――」

「あははは!」


 驚愕する魔族たちを傍目に、ユーキはその二つの刀身を打ち合わせる。紫の炎と白い光が融合し、爆発するように煌めいた。とてもじゃないが目を開けていられない。


 光が収まったとき、ユーキは両手で一本の大剣を握っていた。それはもはや聖剣でも魔剣でもなかった。柄も刀身も黄金に輝く剣だ。


「あははは! とうとう無限の力を手に入れたぞ! これでもう何も恐くない。世界は僕の玩具だ! 蹂躙祭りだ! ひゃはははは!」


 明らかにヤバそうなオーラがプンプンする剣だ。俺は即座に鑑定し、そして絶句した。


□ラグナロク:闇と光が融合したことにより生まれし世界最恐の剣。光属性(超級)、闇属性(超級)、全ステータスが五倍に上昇する。


 五倍だと……。なんだよそれ。くそ、あいつを止めないと。だが、それよりも――。


 俺は魔王の亡骸へと目を向ける。奴が死んだということは魂の欠片が現れるはずだ。それを俺が取り込んでしまうと何もできずに別世界へと飛んでしまう。それだけは何としてでもも避けたい。


「余所見しているなんて余裕だね!」


 いつの間にかユーキが目の間に迫っていた。何て速さだ。剣の出どころが見えない。本能的に剣を構えた。そうしないと死ぬと思った。


「ぐぁぁあああ!?」


 気づい時には弾き飛ばされていた。何て力だ。剣を構えていなかったら今頃真っ二つだったかもしれない。


「ぐぅっ!?」

「カイト!」


 太い柱に衝突して何とか止まった。くそ、ここまで圧倒的なのか。あいつの今のステータスはどうなってるんだ。


「まさか……。そんな、嘘だろ……」


 ラグナロクの存在なんかが吹っ飛ぶほどの鑑定結果に俺は愕然としていた。ステータスは確かに飛びぬけて高かった。だが、それに衝撃を受けたわけではない。


□職業:勇者異世界の快楽殺人鬼 

□スキル:異世界言語、異常性癖(絶倫)、剣術上級(20/20)、体術上級(20/20)、聖属性(超)、闇耐性(大)、闇属性(超)、聖剣の使い手、魔剣の使い手、隠蔽(5)、鑑定(4)、不屈の闘志、MP自動回復(大)、HP自動回復(大)、魂の欠片の保有者、闇に堕ちし者


 俺の鑑定レベルは上がっていたので、以前不明だったスキル部分の全貌が明らかになったのだ。ああくそ! なんでもっと早く鑑定しておかなかったんだ。ユーキのことを信頼していてすっかり忘れていた。


 まさか同じ世界から召喚されたユーキが俺の魂の欠片の保有者だったとは……。そういえば、勇者召喚に使用した極大の魔結晶と言われていたもの。それが魂の欠片だったのかもしれない。


「まさかお前が欠片の保有者だったとは……」

「へえ、鑑定できちゃったんだ。でももう遅いよ」


「ユーキ! 無事だったのね!」


 今の騒動でアンジェリーナとソフィが気がついたようだ。


「ああ、僕の愛しのリーナ……」


 駆け寄って来たアンジェリーナにユーキは微笑み、ゆっくりと剣を振り降ろす。


「えっ!? あぁぁああ!?」


 悲痛な叫びをあげて床を転がるアンジェリーナ。白い絨毯が深紅に染まっていく。彼女の左手は必死に右肩を押さえていた。右腕のつけ根から噴き出す血を何とか止めようとしていた。なんて奴だ。パートナーともいえる相手の腕を躊躇なく斬り落としやがった。


「アンジェリーナ! 治療しますから動かないでくださ――。ぎゃっ!?」


 アンジェリーナに駆け寄り、床に屈みこんだソフィ。その顔面をユーキが蹴りあげたのだ。宙を舞ったソフィは数メートルほど飛ばされ、全身を床に強打する。


「折角リーナがいい顔しているのに、邪魔をしないでくれる。ソフィ?」

「げほっ!? あ、あなたは何を!?」


 体を起こしユーキを睨むソフィ。彼女の鼻からは止めどなく血が流れていた。


「もう村人なんかで我慢する必要なんてないんだ! リーナもソフィも犯しまくりだ! あははは! さあ泣け! 喚け! この僕を満足させてくれ!」


「ま、まさか!?あれは、あなたの仕業だったというの!?」


「あはっ? あれってのはどの村のことかなー? 君たちの監視の目を逃れて性欲処理するのは正直面倒臭かったよ」


 そうか、村を襲ったのも魔族ではなくユーキだったのか。俺が魂の欠片を通して見た夢。あれも魔王ではなくユーキのものだったのだろう。


「くそ、魂の欠片がユーキを狂わしてしまったのか……」


「え? カイト、なに馬鹿なこと言ってるの? 僕は変わらないよ。あっちの世界でもこっちの世界でも。僕は僕さ! 向こうでは犬や猫ばっかで飽き飽きしていたところだったんだ。人間は殺したくてもなかなか殺せなかったからね。そんな時、この世界に召喚されたのさ。まさに僕の理想郷さ! あはははは!」


 どうやら、召喚してはならない者を召喚してしまったようだ。


「あなた狂っているわ!」


 ルシアがユーキを睨みつける。


「あははは! その眼差しいいねー。エルフを凌辱するのって夢だったんだよね!」

「ルシア逃げろ!」


 俺の言葉に答える代わりにルシアは右手を掲げる。


『土の精霊よ、目の前の悪しき存在を押潰せ、出でよベヒモス!』


 超巨大なサイのような魔獣だった。それがユーキの頭上に現れ、押潰そうと落下する。ほぼ同時にオーグが走りだしていた。


「おい、無茶だ!?」


「ふん、雑魚が」


 ユーキが頭上に向かって剣を振った。超高速の一振りは真空の刃を生み出し、ベヒモスを事もなげに両断した。


「悪者は死ぬダぁあああああ!」


 一瞬の隙をついて、オーグが斧を振り上げ、ユーキの頭部へと振り下ろす。


「家畜が僕に近寄るな!」


 ユーキが剣を横薙ぎにする。ただそれだけでオーグの頭が床を転がった。


 それは、あまりにもあっけない最期だった。


「オーグ!!」

「そ、そんな――」


 呆然と立ち尽くすルシアに、ゆっくりと近づいていく殺人鬼。


「あはははは! 気の強いエルフが絶望の表情へと変わる。うーん。最高にそそるね」

「止めろ! ルシアには手を出すな!」


 俺は立ち上がり、再び剣を構える。


「安心してよ。カイトは殺さないよ」

「どういうことだ!?」


「僕の大好物の作り方をマスターしているのは君しかいないからね。快楽の満たされる最高のこの世界。だけど唯一不満なのが、日本食を食べられないことだったんだよ」


「この糞野郎! 誰がお前なんかに作るかよ!」


「うん、君は料理人にレシピを教えるだけでいいよ。だから両手両足は必要ないよね。斬り落として達磨にしてあげるね」


「カイト! 無茶よ! あなただけでも逃げて! あなたならできるはずよ!」


 逃げた所でどうなる。この世界の国家戦力を全て投入してもこの怪物を倒すことはおそらく不可能だ。それに――。


「ルシアのいないこの世界には生きる意味など存在しない」

「カイト……」


 魔力の全てを剣へと集中させる。魔力だけじゃ足りない。俺の全ての生命力を注ぐのだ。奴を倒せば俺は別世界に転生するかもしれない。だが、奴がこの世にいる限りルシアたちに平和な未来なんて訪れないのだ。


 俺は生き延びるかもしれないがユーキに支配された世界。俺はいないがルシア達が平和に暮らす世界。どちらかを選ぶなら当然後者だろう。


 それに奴の力の源は俺の魂の欠片だ。俺が責任をとらなくて誰がとるというのだ。


「無駄な足掻きだねー。そんなに早く肉達磨になりたいんだ」

「俺はお前を斬る。ただそれだけだ」


 刀身に纏っていた闇が濃縮されていく。そして視認できなくなった。


「なんだよその剣。気持ち悪いなあ」


 虚無だった。見えないが、確かにそこに存在しているのが感じ取れる。


「これで全てを終わりにする!」


 残り僅かな力を全て右足へと籠める。そして爆発させた。足一本は犠牲になるが、一撃を見舞うには十分な速度だ。


「あはははは! 面倒臭いからもういらないや」


 あとは無心だった。体が勝手に動いていたと思う。気づいたときには剣を振るっていた。それでもユーキには俺の太刀筋が見えていたようだ。黄金のラグナロクと俺の剣がぶつかり合う。不思議なことに感触は感じなかった。



「う、嘘だ……。光と闇の最恐の剣が……」


 黄金のラグナロクは真っ二つに両断されていた。ユーキの体と同じように。


「この剣はな。光も闇も断つ神剣なんだよ」


 神剣オブジビダンソードの不明スキルも最近鑑定して明らかになっていた。それは『闇を断つ者』。『光を断つ者』と二つ揃っていたのだ。おそらくミヤロスの野郎はこの戦いを予見していたのだろう。


「おら! 自然治癒できないほど細切れになれ!」

「嫌だ! 死にたくない! 僕はもっともっと殺戮を楽しみたいんだぁああああ!」


 それが勇者ですらなくなったユーキの最期だった。


 激しい戦いで謁見の間は、いや城そのものがあちこち倒壊していた。細切れにし過ぎた肉片は隙間風に乗って彼方へと飛んでいった。もはや治癒は不可能だろう。


 その場に残されたのは光輝く小さな塊。魂の欠片だ。それは地球の時と同様に煌めきながら俺の体内へと吸い込まれる。


「カイト!? まさか!」

「すまない、ルシア……。こうするしか手は残っていなかったんだ」


「その宝石のような欠片がカイトの探していたもの?」

「ああそうだ。これは俺の魂の一部なんだ。そして、これを取り込んだ俺はじきに別の世界に消えるだろう。俺の意志には関係なくな……」


 すでに体が少しずつ透明になっていた。


「カイト! わたし信じてる! あなたがいつかここに戻ってきてくれるって」

「オラも信じているダ!」


「ああ……。最後だからか、オーグの霊まで見えるよ。あいつを助けてやれなかったことが悔やまれてならない」


「不思議ね……。私にも見えるわ」

「ララにも見えるにゃ」


「えええ!? でも、オーグは死んだはずじゃ!?」


「そ、そうよね……」

「にゃぁ……」


 あ、まさか……。詳細を鑑定していなかった一つのスキルに思い到り、すぐに確認する。


『ある神の加護(小)』:自殺と老衰以外の即死阻止。一度発動すると一年間は無効。


 なにそのチートなスキル……。それで加護(小)とかありえなくない?


「と、とりあえず無事で良かったな!」

「んダ! それよりカイトはいつから透明人間になったダか?」


 最後まで残念な豚だったな。まあ、らしいっていえばらしいけど。


「ねっ、カイト! 絶対に戻って来てよ!」

「わかった……。必死に足掻くよ。そしてルシアの所に何としてでも戻って来る。こんな俺だけど待っていてくれるか?」


 全ての魂を回収した後に自分がどうなるのかはわからない。しかし、この世界に転生できたってことは戻って来る事も可能じゃないのか。確率は決してゼロではないはずだ。


「うん……。わたし待ってる。じゃ、誓って」


 ルシアは柔和に微笑むと、ゆっくりとその瞳を閉じた。


 俺は最愛の彼女と約束の口づけを交わす。いつか必ず君のもとに――。


 


         第一世界 -完-

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