第二十六話 食卓を囲んで

「辛口の鳥でお代わりするダ! こんな美味いどんぶり、オラ初めてダ!」

「いや、それ丼じゃねーし」


 オーグよ。どんだけ食うんだ。


「白い米とこのソースとの相性が抜群にゃ~」

「いや、ソースじゃないぞ」


 ララさんや、小さい体で食いすぎじゃないかい?


「ソースの色はかなりいまいちだけど。辛くて病みつきなる味よね。私は甘い方が好きだから後入れは少ない方がいいけど。これってもしかしてこの前の赤竜の涙を使っているの?」

「ご名答。料理長が作った料理を食べて、そーいやと思い出したんだ。作り方は和食創造スキルでバッチリさ」


「ワショクはどれも美味しいにゃ~」

「オラもワショク大好きダ!」


「旦那様、このような素晴らしい料理をご教授くださってありがとうございます」

「いやいや、料理長には敵わないよ。俺が教えたものよりも味がかなりグレードアップしている。色々とアレンジを加えたね」


「いえいえ大したことはしておりません。ターウォ周辺の農場で朝に採れた温泉玉葱と太陽トマト、そして出来立ての若いワインをふんだんに使いました。素材がいいのですよ」


「それは謙遜だな。このどろどろ感は水を一切入れていないっぽいし、玉葱も三種類に分けているだろ。かなり凝っているようだ」


「さすが旦那様ですね……。まず、教えて頂いた通りに玉葱を飴色になるまでバターで炒めました。これで深いコクのある味わいを出せました。そこにすりおろした玉葱と人参、潰したトマト、そしてワインをふんだんに入れ、蓋をして長時間煮込むことでルーとしました」


「なるほどね。それがこの濃厚な甘みの元になっているのか。でもすりおろしの玉葱だと辛くならないのか」


 新鮮な玉葱だから辛くないのか? でも、温泉玉葱って結構辛くてサラダには向いていなかったような。


「ですから長時間煮込みました。熱をかけると辛み成分は徐々に飛んでいき、甘味成分だけが残ります。辛い玉葱ほど辛み成分とともに甘味成分も多く保有しています。辛み成分を飛ばせば非常に甘い味わいに仕上がります」


「そうだったのか。ルーの甘味とコクが非常に深まっているから、スパイスとしての赤竜の涙がさらに引き立つと」


「ええ、その通りでございます。そして仕上げに薄切り玉葱を入れて少し火を通しました。これで食感とともに野菜そのものの味を楽しめるように工夫しました」


「ララもお代わりにゃ~。中辛の牛でお願いにゃ~」

「かしこまりました」


 今日はダイニングの長テーブルに大きな寸胴鍋を置いてシェフ自らが目の前で仕上げてくれている。ルー側にも煮込み用のスパイスが入っているが、それだけだと甘口設定なのだ。


 一旦、フライパンにルーを取り出し、個人の好みに応じてスパイスとトッピングを追加する。なによりスパイスをまぶした肉を直前に焼き、フライパンでカレーと絡めるためだ。これがさらなる美味しさの秘訣だ。無論薄切り肉で構わない。むしろルーとよく絡むのでお勧めする。これにより肉本来のジューシーな味わいを楽しめる。肉の種類も都度、鳥、豚、牛と変えれるしな。


「私も少しだけお代わりしようかな。甘口の野菜、ハーブは多めにいれてくれるかしら。米は少しでいいから」

「かしこまりました」


 煮込むと例え肉の周囲に焼き目をつけたとしても旨み成分は抜けてしまう。これではぼそぼそとした味で肉のジューシさが失われてしまう。長時間煮込むカレーの場合は特にそうなる。なので所謂、シチュー用のブロック肉は肉の出汁を取る目的で入れるといい。これによってルーのコクは格段に高まるからな。


 そして、ルーを入れる前に肉を取り出すのがポイントだ。短時間しか煮込まないのなら肉を初めから投入しても構わないのかもしれない。だが、俺は薄切り後入れ派だ。まあ、カレーは人それぞれ色々とこだわりがあるようだけどね。


「旦那様はお代わりは宜しいのですか?」


 しかし、ご都合主義のようにカレー粉に似たような混合スパイスがこの世界にあって良かったよ。仕上がりの色がちょっと違った感じになったので、ターメリックは入ってないのかな。


 このカレー風スパイスと小麦粉があったから簡単に作れたのだ。じゃないとスパイス探しの旅から始めないといけなかった。どうやらこのスパイスは炒め物用として使われていたようだ。逆にいうと、カレーライスはこの世界の住人にも受け入れやすいということだ。


「大辛の豚! 三種のチーズトッピングでお願いするダ!」


 オーグの叫びで我に返る。食事中に大声をあげるな。俺の方にカレーのミストが飛んで来たじゃないか。しかし、まだ食うのか。そしてとうとう共食いに手を染めるのか。


「かしこまりました。あ……。申し訳ありません。ルーがだいぶ少なくなってきました」

「にゃぬ!? 甘口のプリスマソテーを大盛でお代わりにゃ!」


 この二人の胃袋は異次元にでも繋がっているのだろうか? 回転寿しの皿のようにカレーの皿が積み重ねられていく。もちろん大皿だよ。


「カイトってほんと食べ物への拘りが強いわよね。ワショクって初めて食べるけどどれも凄く美味しいもの」


 俺じゃなくて日本人がグルメなのだと思う。海外に長く暫く滞在すると同じ味つけばっかりで直ぐに飽き飽きするからな。


 日本は和洋折衷、中華もござれ。米、パン、麺など多種多様だ。しかもほぼ全てがジャパナイズされているんだからびっくりだよね。ラーメンとカレーが最も良い例かな。コンビニなんか本家発祥の米国よりもサンドイッチが柔らかく挟む具材も新鮮で豊富だ。来日した外国人が食べて感動していたぞ。むしろ本家の米国のコンビニチェーンを日本側で立て直しを図っているくらいだしな。


「でも、私もこのカレーライスっていう丼がワショクで一番好きかも」

「だから、丼じゃねーよ!」


 しかも、和食と呼んでいいのか西洋カレー。まあ、ジャパナイズ化された時点でそれは和食なのだろう。だからスキルで作れたに違いない。そういうことにしておこう。


「いいじゃない丼でも。ご飯の上にかかっているんだから同じでしょ」

「カレー丼は蕎麦屋が開発したものだ! カレーを出汁で割って片栗粉で固めているんだ。玉葱の代わりにネギが一般的だしな」


「時々カイトが何を言ってるのかわからないわ……」

「オラはいつもわからないダ」


「美味しければ何だっていいにゃ~。長ったらしいウンチクはうざいにゃ」

「じゃあ食うな!」


 ララのカレーを取り上げる。


「何するにゃ!? 大人げにゃいにゃ! 興味ないことを垂れ流される人のことも考えるにゃ! そして幼女を虐めるなんて酷いにゃ!」


 ララは瞳を潤ませ俺を睨む。


「お前はもう呪いが解けただろ! むしろ年増だ」

「フギャァァアア!」


「いっ、いてぇええ!? や、止めろ!」


 ロリ猫ババアに顔を引っ掻かれました。


「はあ、あなたたちは何をやっているのよ。でも、カイトの説明が長くて話が前に進んでいないのは事実ね。あと十日もしたら魔族の国に行くのに緊張感足りないわよ」


「あ、そういえば、魔族ってなに?」


 皆の食事の手がピタリと止まった。


「え、今更?」

「何しに行く気にゃ」

「カイトもおバカだったダか?」


 最後の奴、お前にそれを言われる日が来るとは思わなかった。その言葉を俺に吐いたことを一生後悔させてやるから覚えておけよ。


「で? 魔族って角でも生えているのか?」


「生えている奴もいるわね」

「それは上級魔族にゃ~」


「じゃあ普通の魔族の見分け方は?」

「肌が紫よ」


「ほう、全身が紫なのか」

「ええそうね」


「それ以外は?」

「見た目は人間と同じね」


「獣人のような見た目の人は?」

「いないわ」


「オラ、あいつら皆殺しにしてやるダ!」

「えーと、なんで魔族を殺さないといけないんだ?」


「「「え!?」」」


「魔王が人族と獣人族を殺戮しまくっているからダ!」

「いつも嗤いながら人を殺すって聞くにゃ」


「魔王が? 魔族が?」


「ま、魔王がそうなんだから、魔族も同じに決まっているダ!」

「そうなのか?」


「魔王と上級魔族以外はこっちの世界には殆どこないからよくわからないわね」

「たまーに奴隷で見かけるにゃ。あいつら鞭で打たれてもいつも嗤っていて気持ち悪いにゃ」


「ふーん。なんか腑に落ちないなあ」


 やはり魔族に関しての情報が極めて少ないことが原因だよな。確かにあの夢が魔王だとすると、魔王は限りなく黒に近いが。魔族もそうとは限らないよな。王様だけが悪い国ってのもよくあることだ。


「主様、宜しいでしょうか」

「お、なんだ? コールマン」


「僭越ながら、一度現地を視察なさってはいかがでしょうか」

「え? 現地を? 死の谷を勇者達よりも先に抜けろというのか」


「いえそうではありません。この人族や獣人族たちが暮らす大陸と、魔族の暮らす大陸は海を挟んで隣り合っているのです。そして最北端の死の谷でのみ繋がっているのです――」


「あれ? なら船で海を渡ればいいじゃないか。その方が近くないか?」


「クラーケンに殺されるにゃ!」

「クラーケン?」


 ララが耳を垂らして震えあがっていた。


「そうなのです。大陸を挟む海にはクラーケンという亜神級の生物がおります。渡ろうとすると必ず姿を現し行く手を遮るそうです。なので魔王を含めて海上を渡ることはできないのです」


「なるほどわかったぞ」


 俺なら問題ないと。


「ええ、飛空艇であれば空の上ですから。そして距離もここから死の谷ほど離れておりません」


「日帰りも可能だと?」

「ええ、そうでございます」


「なるほどな。確かに一度、魔族の国をこの目で見ておきたいな」

「オラは行かないダ!」


 オーグの瞳には深い憎しみが渦巻いていた。そうだよな。こいつにとっては両親の仇なんだよな。でも……。


「魔王を倒すためにも内情は知っておいた方がいいぞ。もしかしたら弱点がわかるかもしれないしな。本気で倒したいのだったら我慢も必要だぞ」


「わかったダ! 魔族の首を絞めてでも弱点を聞き出してやるダ!」


「下手に騒ぐと厄介なことになるから大人しくしてろ。死の谷を抜けたら大軍勢で待ち伏せされてましたっていうのは困るだろ」


「うう……。わかったダ……」


「それではこちらをご着用ください」


 コールマンが銀色の腕輪を取り出しテーブルの上に置く。おい、四つもどこから取り出したんだ。いま、何もない空間から取り出さなかったか。こいつまさか無限収納持ちか?


「これは?」


「変化のブレスレッドになります。見た目の姿はほぼ同じで肌だけを紫となるように調整しておきました。ルシア様とララ様の耳は人間の耳に変わりますのでご安心ください」


「有難いけど随分と準備がいいな」

「執事でございますから」


 コールマンは例のごとく流れるように頭を下げる。なんかその所作、もう慇懃無礼に見えてきたぞ。さては、もともと俺を魔族の国に行かせようと準備していたな。こいつは一体何を考えているんだ。まあいい、俺の意志で決めたことだ。このブレスレッドは確かに助かるし。


「じゃあ、明日は日が昇るとともに出立するぞ」


 こうして俺たちは一足早く魔族の国を訪問することになった――。


「次は、超辛口の羊肉お願いするダ!」

「ララは野菜盛りの甘口でお代わりにゃ~」


 こいつらまだ食い続けるのか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る