第二十五話 赤竜火山

 毒々しいほど赤いマグマがグツグツと煮え滾り、黒煙をあげる火口。


「あれが赤竜火山か」

「離れているのに、ここまで熱を感じる気がするわ」


 俺とルシアは飛空艇の甲板から目的地を見下ろす。


「情報通りワイバーンが群れているな」


 火山の周りに無数の黒い影が飛び回っていた。


「じゃあ近づくぞ。準備はいいか」

「うん、私はいつでも大丈夫よ」


 火口に向かって高度を下げながら近づく。お、ワイバーンたちがこっちへ群がってきたな。これも想定通りだな。


『風の精霊よ、向かい来る脅威を押し返せ! 出でよシルフ!』

『風の精霊よ、御身の刃で愚かなる輩を切裂け! 出でよビエントス!』

『風の精霊よ、自然への敬畏を忘れし種族に破滅をもたらせ! 出でよジン!』


 おお、これは壮観だな。下級から上級までの風の精霊が揃い踏みだ。早速、同時召喚のスキルが役に立っていた。空を埋め尽くすほどの風の刃がワイバーンの上空から襲いかかり次々と切裂いていく。


「うはー、こんなのは俺でも避けようがないぞ」


 でもこれでルシアのレベリングは進みそうだ。鑑定しているとレベルが着々と上がっていくのがわかる。ここのワイバーンは特にレベルが高いらしく平均で四十を超えていた。これなら『ワイバーンの切裂き祭り』をもう暫く続けるだけでレベル四十程度にまでは上がるだろう。


「こんなのズルいにゃ! ワイバーンの討伐は険しい山を登り、崖のような急勾配の足場に気を配りながら戦わないとならないにゃ! 誰もが嫌がるクエストにゃのに……」


「ここはさすがコールマンと褒めたたえておくか」



     *****


「さて、ルシアのレベル上げを何処でしようか?」


 ソファーに腰かけカフェを啜る。むむむ、今日のは苦みよりも酸味が突き抜けているな。これはこれでありだな。さすが料理長。また新しい豆を入手したようだ。


「私だけみんなと差が開いているもんね」

「別に気を落とす話でもないさ」


 先日のダンジョンではオーグも俺も高レベルの魔物がわんさかと待ち受ける場所に強制的に転移させられた。結果、俺もオーグもかなりレベルが上がったのだ。だがルシアは同じ場所に留まっていたため、そこまでレベルが上がっていなかったのだ。いまの彼女のレベルでは魔王と戦うには少し心許なかった。なので何処かに魔物を倒しに行こうと俺が提案したのだ。


「ララが一番詳しそうだけど、何処か近くにいい場所ないか?」

「いいとこが思い浮かばないにゃ。そもそもあのダンジョンが最適だったからわざわざやって来たんにゃ」


「そういえばそうか。でもあのダンジョンはもう転移ができないからな。それだと魔物のレベルが低すぎるし」

「言っていることがおかしいにゃ。本来はあのダンジョンのレベルは相当危険にゃ。英雄ランクじゃないと生きて帰るのも難しい場所なんにゃ」


「んーでもそれだと、ちまちまとしかレベルが上がらないじゃないか」

「そもそも高ランクになると一日二日でレベルが上がるものじゃないにゃ!」

 

 ララは完全にあきれ顔だ。


「それはそうなんだけどなあ」


 ちゃちゃっとルシアのレベルを十以上上げれる場所はないかねえ。


「主様、飛空艇が使えるのであれば場所を選ばないかと」


 恭しく執事が進言してきた。


「あっ、そっか。なら良い場所あるか?」

「赤竜火山が良いと愚考します」


「赤竜の!? あれは駄目にゃ! 暑いし崖は急だし、煙で目も痛くなるにゃ。そんな状況でワイバーンの群れに襲われでもしたらひとたまりもないにゃ」


「上空から攻撃すれば良いのです。幸いルシア様は召喚魔法がお得意なようですし」

「そっか、船に乗りながら遠距離攻撃すればいいのか」


「そうでございます。そうすればララ殿の言った懸念は全て払拭されます」

「なるほどにゃー。そんな奇想天外な戦い方があるとは知らなかったにゃ」


「いや、そもそも飛空艇あっての戦法だから普通は無理だな」


「火口付近には灼熱の大剣が刺さっているとも伝えられています。あれは魔剣にも劣らない逸品ですから主様の予備の剣として持っておくのも一つかと存じます」


「よし。そこにしよう」


「それともし赤竜めと遭遇しましたら、倒さずに泣かす程度にして頂けますでしょうか」

「え? なんで?」


「あれは古竜でございまして半ば精霊化しております。殺してしまうには惜しい存在ですので。ただ、あやつの涙には炎系のスキル付与効果があります。是非、主様でお試しになってみてください」


「ほう、スキルコレクターとしては聞き逃せない話だな」

「大変貴重な代物でもございます。もしよろしければお土産にお持ち帰りくださいませ」


「おうわかった」


「面白そうだから私もいくにゃー」

「オラは嫌ダ! あの船には乗りたくないダ!」


 声を荒げるオーグは体を震わせていた。ああ、この前、船がウィリーした時に湖に落ちたもんな。次は大地に叩きつけられたらと考えてしまったのだろう。


「わかった。その間、オーグは装備を整えておけ。鍛冶屋のドワーフの爺さんに予算は一千万ジェンと伝えて選んでもらうんだ」

「わかったダ!」


「カイト、金の使い方が豪快になってきたわね」

「流石にもう麻痺してきたよ。それに命をかける装備に金はケチりたくないしな」


 そういう成り行きで赤竜火山を目指すことになった。ターウォの街から馬車で一月以上、超高位ランクの冒険者でも登山に最低三日かかると言われる赤竜火山の火口。そこにたったの数時間で着いてしまった。空を飛べるって最高だ。



     *****


「カイト、そろそろいいかな」

「お、取りあえず目につくワイバーンは全て倒したようだな」


「うん、レベルもいっきに上がったよ」


 ならメインの目的は達成されたな。


「じゃあ火口に降りてみようか」


 飛空艇を停泊させるような開けている場所はなかった。なので地上から僅かに浮かせて船を待機させる。アイドリングストップできないから俺のMP燃料はだだ漏れだ。まだまだ余裕だからいいけどね。


「お、あそこに刺さっているのがそうか」


 火口付近に一際大きな岩があった。そこに深紅の柄が刺さっていた。俺は歩み寄るとその柄を手に握る。力を籠めずともスッと抜けた。


「わっ、刃まで赤味を帯びて光輝いているわね」

「なんだ。いやにあっさり手に入ったな。認められた者でないと剣が抜けないかと思った」


 よくあるファンタジーゲームのような展開を期待していたんだが。選ばれし者のみが抜けるみたいなね。


「カイトっち、普通はワイバーンの群れに阻まれてここまで来れないにゃ。ここに辿り着けた時点で選ばれているにゃ」

「あーそっか。裏技使ってショートカットしたようなものだしな」


 灼熱の大剣は『火属性(超)』となっていた。火属性攻撃の威力と耐性を飛躍的に向上させるようだ。あと寒い時にはストーブ替わりにできるらしい。こりゃ便利。


「ねー、なんか暑さが増していない」

「暑いというよりも、熱いにゃ!?」


「ん? そうか。あ、そういえば俺の装備ってワイバーン製だったから熱耐性があったんだよな」


 もしかして剣のストーブ機能が入っている? 剣の刃に触れてみたが常温だった。


「あそこ見て! 火口のマグマが盛り上がってる!」


 おお、ほんとだ。ドロドロのマグマが持ち上がり、竜の頭を象る。いや違うか。単に竜がマグマの中で眠っていただけだな。


「グォオオオオオオ!」

 

 咆哮とともにその口から火柱が迸り天を貫いた。


「あれが赤竜か」


 深紅の竜はマグマから飛び立つと、火口付近をぐるりと飛び回る。雄大なる王者の威容だ。羽ばたく度にその全身から赤い雫が滴り落ちる。


「あづぅ! にゃぁああ!? マグマが飛び散ってるにゃ!」


 ララが悲鳴をあげて逃げ回る。


『水の精霊よ、冷涼なる癒しの水で我らを包め、出でよウィンディーネ!』

「あ、冷たくて気持ちいにゃ」


「精霊って普通の魔法と比べて融通が利いて便利だよなあ」

 

 薄い水の膜が身体を覆っていた。マグマの雫が肌に触れるとジュっと音を立てて消え去る。水の膜のお蔭で熱さをまったく感じない。


 赤竜は侵入者の存在に気づいたようだ。羽ばたくのを止めると、ゆっくりと俺らの近くへと降り立った。うーん、近くでみるとやはりデカいな。見上げるだけで首が痛い。

 

「ほう、我の眠りを妨げるのは誰かと思えば……。矮小なる人間か」

「お前と比べたらみんな矮小だろ」


「数百年前に来た勇者と呼ばれる輩と同じように尻尾を巻いて逃げ帰るがよい」

「優しいな。逃がしてやるんだ」


 そして、その時の勇者って尻尾あったんだ。獣人族なのかな。


「その剣を置いて命乞いをすれば許してやらんこともない」


 おー凄え、偉そうなだけあるな。レベル七十九だと。ダンジョンのドラゴンゾンビよりも格上だな。もしかして魔王より強いんじゃねーか。さすがは古代竜といったところか。


「なあ、どうでもいいけど涙を流してくれないか。そしたら帰るよ。あ、剣は持っていくけどな」

「我を愚弄するか! いいだろう……。炭も残さずに燃え尽きるが良い」


 赤竜はその巨大な口を大きく広げる。おそらく灼熱のブレスを放つのだろう。


「グギャア!?」


 アッパーをかましたらすぐに閉じたけどな。動きがトロいんだよ。舌を挟んだようで悶絶していた。あ、涙が零れ落ちそうだ。


「よし、涙も回収完了ー」


 コールマンから渡された水筒で零れ落ちた一滴の涙を受け止めた。巨大な瞳だけあって滴の粒がでかい。水筒が思いっきり溢れたよ。ちょうどいいや、俺も飲んでおくか。


「ぬおっ!?」


 喉が焼けるように熱い。あ、でも美味いなコレ。ウォッカとかテキーラとか中国の白酒ぱいじゅうを煽った時みたいだ。これこそまさに火酒か。


 おお、『炎纏闘術』なる代物を覚えた。武器に炎を纏わせれるのか。お、拳にも纏うことができるぞ。これは便利だ。


「お、お主は何者だ!? 我にダメージを通すだと……。しかも我の涙を飲んでも平気なのか。一瞬でその身を内から焼き尽くすはずだが……」


「コールマン!? てめえは何て物を飲ませてくれるんだ!」


「コ、コールマン――!?。お、お主はあいつ、いや、あのお方と知り合いなのか」

「ああ? うちの執事だけど」


「な、なんと――。あのお方の主様でしたか。それは大変なご無礼を……。その剣はどうぞお持ち帰りください。売るなり、溶かすなりお好きにしてくださって結構です。ただ……。一つだけ、わたくしのお願いに耳を傾けてもらえないでしょうか」


「いきなり低姿勢になったなコイツ……。で? 頼みってのは何だ?」


「あのお方に、闇の精霊様に言い聞かせて頂けないでしょうか。我を虐めるのは止めるように……。涙が欲しいなら欠伸でもすれば出ますので。なにも毎回殴らなくてもいいじゃないですか」


 あ、竜の瞳が再び潤みだした。


「お、おお、わかった。諫めておくよ」


 コールマンよ。お前はこれまで何をしてきたんだ。


 さあ、全ての目標も達成したことだし、さっさと家路につくか。なんかお土産に赤竜の鱗を山ほど貰ったけど何かに使えるかな。



「ほら、赤竜の涙だ」

「これはこれは、ありがとうございます」


「なあ、それ飲んだら普通死ぬんだってな。まさか俺を毒殺する気だったのか? そしてそんな物騒なものどうするんだ?」


「御冗談を。化け物には効き目はございませんので。それとこれは通常は千倍以上に希釈して使うもののでございます。大変美味な幻の酒にもなりますし、高級調味料としても使用できます」


 お前、いま普通に俺を蔑まなかったか。


「とにかく、これ以上は赤竜を殴るのは止めろ。可哀想だからな」

「私は可愛さ余ってついつい撫でてしまうだけなのですが。泣くほど喜んでいますし」


「それは本気で泣いているんだよ……。なんかお前と話をしていると疲れるわ」

「でしたら本日の夕飯に赤竜の涙をお使いしましょう。疲れも一気に消え去るほどのお味になること請け合いでございます」


 なんか竜の涙を受け取った料理長が飛び上がって喜んでいたぞ。まじで一メートル近く飛び上がっていたな。NBA選手も真っ青だ。普段はとても寡黙なの人なのにな。余程珍しいものなんだな。



「か、辛っ!? でも滅茶苦茶美味いダ!」

「確かに病みつきになりそうな味ね」

「辛いだけじゃなく、深い味わいがあるにゃ~」


 うん、確かにもの凄く美味い香辛料だ。これで料理の味付けが一つ増えたな。ついつい赤竜を泣かせしまうのも頷けるかも。


「お分かり頂けましたでしょうか」

「まあ、ほどほどにしてやれよ」


 執事は胸に手を当て流れるように頭を下げる。その口元は僅かに上がっていたのを俺は見逃さなかった。なんか全部してやられた感じだな。


 ごめんな赤竜。食卓を潤わし皆を笑顔にさせるためだ。涙を飲んで……。いや流してくれ。

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