第二十話 それぞれの闘い

 

 さて、まずはルシアたちを探すことにしよう。勇者とオーグは転移先からまだ戻ってきていないのかもしれないし、行き方もわからない。野郎は自分で何とかしろと言いたい。


「ねえ、あそこ見てにゃ」


 ララが指さした場所に魔物のドロップアイテムが転がっていた。よく見るとあちこちに点在している。アイテムを見る限り魔物のレベルは二十台後半から三十台前半だな。これならそこまで心配しなくても大丈夫か。


「これを追っていけば二人のところに着くはずにゃ」

「確かにそうだけどさ……。拾う必要はないよな?」


「何いってるにゃ! 勿体無いにゃ!」


 そんな事をしてる暇はないだろ、と言いかけた。だが、彼女は物凄い勢いで全てを回収していく。走らないと追いつけないほどだ。なんか残像まで見える。これって戦闘時よりも速くないか。


「ここにも! あそこにも! にゃははは!」


 目が完全にドルマークになっていた。いや、この世界ではジェンマークというべきか。そんなどうでもいい事を考えながらも洞窟内をひた走る。むっ、少しずつだが魔物のレベルが段々と上がってきている。後衛陣だけで大丈夫かな。少し心配になった。


「あ、あそこに二人がいるにゃ!」


 洞窟の壁を背にするルシアとアンジェリーナの二人。腰を抜かして互いに抱き合っているのが見えた。二人ともブルブルと震えながらある方向を凝視していた。しかし、その場所は少し開けているようでここからは死角になって魔物を確認できない。


「おい、大丈夫か!」


 二人の下へと走るが、辿り着く前に、白く眩い光が視界の先を走った。


「きゃぁああ!?」


 アンジェリーナの叫び声が洞窟内に木霊する。白い閃光に体を貫かれた彼女はガクリと首を落とした。糞っ、不味い! 走りのギアをさらに上げて二人の下へと飛び込む。


「ルシア!」

「ああっ!? カ、カイト! た、助けて!」


「もう大丈夫だ。心配するな」


 ルシアの前に両手を広げて立つ。これはいったい何が起きているのだ。正面に見えるのは魔物の山。なぜだろう、魔物の身体が消滅せずに白化したまま残っていた。


 その白い屍の山の頂上にソレは立っていた。は、般若だ――。


「ソ…ソフィ……さ……ん?」


 俺は目を疑った。いつも柔らかでおっとりとした雰囲気の彼女。それがいま、長い髪は逆立ち頭上でトグロを巻いていた。血走った目はこれでもかと吊り上がっている。こりゃあ完全に逝っちゃっている……。


「お、おい、ソフィ……」


 腕を組んで仁王立ちする般若に一歩一歩近づく。心臓がバクバクと高鳴るのが抑えられない。そして何とか彼女の元へと辿り着く。よ、良かった。攻撃されなかった。しかし意識はあるのだろうか。正面に立つ俺には焦点が合っていないようだ。


「おーい!」


 目の前で手を振ってみた。駄目だ。気づく素振りすらない。ん? よく見ると彼女の薄紅色の口が僅かに動いていた。俺は彼女の口元に耳を寄せる。


「これは脂肪じゃない……。デブでもない……。牝牛なんかじゃない……」


 これは一体、どういうことだ? 暫し黙考する――。


 ああそういうことか、ちっぱい同盟からの僻み妬み攻撃でこうなったと。腕を組んでいたんじゃなくて胸を覆い隠していたのか。


「違うもぉおおお!!」


 あ、不味い! 天に掲げた杖からヤバそうな白い光が溢れ出していた。おい、こんなところで神聖魔法の奥義とかやめてくれ! どうしたら止めれるんだ。頭を振り絞って考える。まずはとにかく杖を下げさせないと。


「待て待て待て!」


 彼女の腕を掴む。ぷにっとした感触だ。白くて柔らかい二の腕だった。二の腕の軟さは……。いかんいかん雑念が! あ、待てよ。コンプレックスを解消させればいいのか。俺はソフィの耳元に口を寄せる。


「ソフィ、君の胸は凄く魅力的だ。脂肪じゃないし、デブでもない。理想の女性の証だよ。俺は好きだよ(その胸が)」


「えっ……あ……カ…カイト…さん……」


 良かった。どうやらうまくいったみたいだ。焦点が俺に合っていた。逆立っていた髪も背に降り、いつもの艶やかなストレートロングに戻っていた。だが、真っ赤な顔は元には戻らない。むしろ酷くなっていないか? 血走った瞳は治ったが、今度はなぜか潤んでいた。うーん。このままではプシューと音を立てて倒れそうだ。


『穢れたあの魂を灰燼と帰せ、カラムナルゴエフ!』

「え”!? あ、あぢぃいいい!?」


 いつの間にか俺は火柱に包まれていた。


『氷の精霊よ、不浄なる価値無きモノを凍らせ噛み砕け、出でよフェンリル!』

「うぉっ!? いだぁっ!?」

 

 氷狼が鋭い牙を剥いて俺の急所に飛びかかって来た。咄嗟に庇った左腕を噛まれたが、なんとか大事な所だけは死守した。あ、危なかった……。


 振り返ると俺を刺すような二人の視線。ふらふらのアンジェリーナにルシアが肩を貸して立っている。おい、お前ら、いつからそんなに仲良くなったんだ。


「お前ら……。フザケルナよ。いま殺す気だったよな」


 アンジェリーナの魔法とルシアの召喚獣による口撃で俺のHPが二千も減っていた。ちなみにこの威力の攻撃を食らえば、アンジェリーナもルシアも一発で即死だ。


「死ぬわけない。穢れた化け物だもの」

「ル、ルシア、お前……」


「男なんてこの世から消え去ればいいのよ!」


 二人は血の涙を流していた。な、なんでだ!? 俺は耳元で囁いたからバレていないはずなのに。これが女の勘だというのか。どう収拾しよう……。


「あーカイト! 良かった! 無事に合流できた!」


 さすが勇者、ピンチの時に現れるヒーローだ。


「カイドォォ!」

「うお! オーグ、お前はボロボロだな」


 防具が穴だらけ。体も血塗れだ。それに驚いたソフィが我に返り、オーグに駆け寄ると治癒を開始する。


「銀色こええ、甲冑ごえぇえ……」

 

 治癒が完了してもオーグは顔を青褪めたままガタガタと体を震わしていた。


「ユーキ、やっぱりそっちも大変だったか?」

「うん、本気でヤバかった……。まさかレベル四十台のスペクターアーマーがあんなにいるなんて。正直、僕一人じゃ死んでいたかもしれない」


「そうか……。無事生還して何よりだ」


 金色に飛ばされたのが俺だったのは不幸中の幸いだったかもしれない。こいつらがあっちに飛ばされていたらまず無事に帰ってこれなかっただろう。


「ララ、呪いが解けたにゃ!」

「「「えっ!?」」」


 勇者パーティが一斉に驚く。そして猫耳外見幼女の下へと駆け寄った。


「良かったな、ララ!」

「ほんとに……よかったわ。私の聖魔法でも駄目だったから……半ば諦めていたのに」


 ソフィはララを抱きしめ涙ぐむ。


「あー、ちゃんと瞳の色も変わっているし、尻尾も生えたわね! ララもこれで一人前の女性ね」

「うん。これで交尾もできるにゃ~」

「「「えっ!?」」」


 おい、ララ。このタイミングで俺を振り返るのは止めようか。


「不潔……鬼畜……変態……最低……」


 なんか背後でゴゴゴゴというオーラを感じる。怖くて振り向けない。


「あ、ああそうだ! 呪いが解けたといえば、俺たちが飛ばされた先に石像があったんだけど、ユーキたちの所にもあったか?」

「いや、僕らの所には何も。最後の部屋にあったのは、ここに戻って来るための転移結晶だけだったよ」


 あら可哀想。死と背中合わせで戦って何も無しかよ。ハズレクジだな。


「あっ! 石像で思い出しました。あそこにある扉」


 ソフィの指す先には質素な扉があった。というか本来この程度が普通なんだろうな。


「またボスでもいるんじゃないだろうな?」

「それは私達でもう倒したわよ」


 だから胸を張るな。残念なのが際立つだけだぞリーナさんよ。


「そこに地上への転移結晶とスキル授与の像があったわよ」


 なんだよ。ラスボスだったのかよ。呆気ないな。やはり俺が飛ばされた先がメインダンジョンだったのかもしれない。


 部屋の中央に銅像があった。うん、金、銀と来て銅ね。あれ、この銅像どっかで見たことがあるような。ああ……。ミヤロスの所に行った際に平伏していた神の一柱だな。


 銅像に触ると皆それぞれ違うスキルが授与された。俺は心の中でガッツポーズする。『即死回避』をゲットしたぜ。これは値千金だ。はっきりってこの世界で即死するようなことは最早無いはずだ。そう思いたい。ただ次の異世界に転生した際にこれは極めて重要になってくる。なんせレベルがリセットされるのだから。そういう意味で一撃で死なないというのは非常に有難い。


「それで、これからユーキたちはどうするんだ?」

「ダンジョンは踏破したしね。何より目的であったレベル上げに大成功したのでここに留まる必要はなくなったかな。いまなら魔王を倒せそうな気がするし」


「なら、俺も魔王討伐にご一緒していいか?」

「勿論! それは願ってもない申し出だね。カイトがいるなら心強いよ。ただちょっと色々と準備しないといけないから一か月後位になるかな」


「ユーキ、でもどうやって連れて行くの?」

「あっ! そうだった……」


「ん、どうした? ユーキは転移が使えるんだよな」

「そうなんだけど……。実はこの転移スキルは一度に僕を含めて四人までしか移動できないんだ」


「そうか。でも、こいつらを送った後でユーキだけ戻って来ればいい話じゃないか」

「いや、一度転移すると転移元には暫くの間戻れないんだ」


「なんだその物凄く不便な転移は」

「運送チートとかをさせないためなのかなぁ。僕にもよくわからないよ」


 うーん。なんてケチくさいスキル。ああ、だから勇者パーティはこの数なのか。


「あれ? でも馬車とか召使いとかいたじゃん」

「あれは各国で用意させているんだよ。事前に連絡して準備させているのさ」


「げ、護衛の騎士だけじゃなく、身の回りの世話役も各国ごとに用意させているのかよ」


 こりゃ勇者で国庫も傾くわけだ。しかもこれで終わりじゃない。一人目、二人目、三人目と勇者は続くのだ。魔王を倒すまで延々と。魔王を倒しても国が荒廃しそうだな。


「わかった。なら俺らは別の手段で向かうよ」

「じゃあ、ここから東に向かうと海があるから、そこから船で北上してルチオの街を目指してもらえるかな。そこから東に進むと死の谷への入口があるから。そこで一か月後に落ち合おう」


「死の谷?」

「うん、その谷を超えると魔族の国なんだ」


「でも、初めてなんでしょ。迷わず死の谷に来れるかしら。あそこは怖がって街の人は誰も案内してくれないいわよ」

「ああ、そうだよね……」


 アンジェリーナの言葉にユーキが肩を落とす。 


「大丈夫にゃ。ララが案内するにゃ」


「えっ? ララは私達と一緒に転移するのにどうやって? ルチオの街まで迎えに行く気?」

「違うにゃ。ララはカイトと一緒に行動することになってるにゃ」


「おい、そんなこと言った覚えはないぞ」

「だってそっちの方がもうか――安全そうだからにゃ!」


 お前さん、いま儲かりそうって言おうとしなかったか。


「そっか。ララが案内してくれるなら確かに安心かな。カイト、ララを宜しく頼むよ」

「おいおい、仲間を置いていくのかよ」


「僕らが戻る先は城だし。式典やら何やら戦いとは関係のない雑務ばっかりをこなさないとならないのさ」

「ララは面倒臭いのは嫌いにゃ~」


「まーこんな感じだしさ。城にいても隠れちゃってなかなか見つからないんだよ。寧ろ探す手間が省けてちょうどいいかも」


 おい、それって厄介な奴を俺に押しつけてないか。


「むー」


 しかも、ルシアさんは何か不機嫌そうだし。はあ。これから先が思いやられる。

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