第十九話 ララとの冒険

「お、なんか明かりが見えるぞ」

「外かな~」


 光に向かって洞窟の通路を進んでいくと急に開けた場所に出た。


「なんだよ。外じゃなくて光ってたのは扉かよ」

「金色見飽きた~」


「でもあの奥を抜ければ戻れるような気がするな」

「ん、でもでも魔物が~」


「なんだよ。余裕が出て来たな。やっと調子が戻って来たか?」

「だって~カイトっちが全部倒してくれるも~」


「他人まかせかよ……」

「むりむり~。あれ見てから言ってよ~」


 扉だけでなく、室内全てが眩かったのだ。まさに金一色。牙を剥いたライオンの頭で埋め尽くされていた。


「キマイラが五十体はいるな……。こりゃ、ちとやっかいだな」

「ちょっとじゃないよ~。私死んじゃうよ~」


 ララの語尾を伸ばす口調は相変わらずだが、その声は震えていた。よく見ると涙目で体をプルプルと震わせていた。これは不味いかな。


「だいじょ――」

「グゥゥゥゥウウ!!」


 腹の底に響くような野太い唸りが俺の声を遮った。その主はどうやら扉の前に寝そべっていたようだ。体をゆっくりと持ち上げる。それは巨大な竜だった。扉全体を覆い隠して余るほどの巨体。だが、所々透けて奥の扉が見えていた。


「ひぃぃぃい!?」


 我慢できずにララが俺に飛びついて来た。


「おい、あの骨野郎はもしかしてドラゴンゾンビか?」

「つ、通常は…ギルドランク段位か……英雄五人以上…必要……でも……」


「黄金色だから、あれも変異種だってか」

「多分……。でも、私じゃ鑑定できない」


「どれどれ……。うお! レベル七十一だってよ」

「終わった」


 とうとうララが泣き出してしまった。


「おいおい、勝手に終わらせるな」

「だって…それ……魔王とほぼ同じ」

「えっ!?」


 まじかよ。なんで初めてのダンジョンで魔王級と遭遇しなければならないんだ。そんな中ボスがこんな所にいたら駄目だろ。


「まあいけるだろ。任せとけ!」


 ララにそう微笑みかける。幼女をこれ以上怯えさせるなんて心苦しすぎる。まあ、見た目だけかもしれないが。


「無理だよ……。死んじゃう」


 ララは俺の腕をひしと掴んで離さない。俺は彼女の頭にポンと手を乗せる。


「大丈夫だから信じてくれ。やばそうだったらすぐに元の道を引き返すからさ」


 そしてララの手をゆっくりと離すと、俺は扉へ向かって駆けだした。


「駄目だよ! カイトっち!」


 走りながら両手を下げ、掌を魔物達の方向へ向ける。頭のなかに閃いた技。なんとなくだがそれが自分にはできると思った。金色のキマイラを倒しまくってレベルが四十八にまで上がっていることもある。勇者パーティが束になってもすでに俺には勝てないだろう。


『出でよ黒龍!』


 右腕が闇に包まれた。よし、次は――。


『出でよ神龍!』


 今度は左腕が虹色に包まれる。おお、出来た。


「いけぇぇええ!」


 両手の掌を前に突き出す。右手から黒いもやが噴き出し、キマイラへ向かって飛び出した。その途中、靄は巨大化し龍を象る。左手から出た靄も同様に七色に煌めく龍へと変わった。そして――。


「おお、思った以上の威力だな」


 キマイラの群れは成す術も無かった。次々と漆黒と虹色の龍の口へと消えていく。


「嘘だ……。人が龍を司るなんて」


 ありえない光景に呆然と立ち尽くすララ。カイトが強いのは一緒に行動して理解はしていたが、これはあまりにも非常識だった。ドラゴンの竜と龍は根本的に異なる。竜はこの世にもいるが龍はすでに存在しない。彼らは神の眷属であり、この世界の創造に携わった。伝説として語り継がれているだけの存在なのだ。


 二体の龍はものの数分で食事を終える。最後にメインディッシュとばかりにドラゴンゾンビへと襲いかかった。


「グゥゥゥオオオ!」


 ドラゴンゾンビの咆哮が大気をビリビリと震わせる。


「あいつ骨しかないのにどうやって獲物を食べるんだ?」


 大きく開いた口を見てそう思った。食べようとしても骨の間からポロポロと落ちそうだ。そもそも

臓器もないから消化できないよな。呑気にそんなことを思っているとドラゴンゾンビが紫の霧を吐き出した。


「ひっ!? 腐蝕の息吹き!?」

「なんだそれ?」


「カイトっち!? いつの間に」

「いや、俺の出番が無さそうなんで戻ってきたわ。で? それ何なの?」


「S級危険スキル。触れるものを全て溶かすの。生物だろうが岩だろうがお構いなし」

「まーでも、あれはもともと溶けているようなものだし」


 靄は溶けても靄?


「カイトっち……。あなたの存在が異次元」


 二体の龍は腐蝕のブレスをものともしなかった。むしろ紫のガスを嬉々と食い尽くす。そして最後に残ったドラゴンゾンビを仲良く半分個していた。


「お疲れさん」


 龍に労いの言葉をかけて手の平を向ける。龍は徐々に靄へと戻ると出現した時とは逆の流れで俺の掌へと吸い込まれていった。


 うお、またレベルが上がってしまった。これなら魔王もソロで倒せるのでは?


「あ、扉が開いた~」


 お、ララの声の調子が戻ったようだ。項垂れていた耳も元気よくピンと立っていた。良かった良かった。


「さて、これで終わりだといいけど」

「カイトっち、それフラグ~」


「さあ、いくぞ」

「あ、ちょっと待って~」


 ララはちょこまかとその場を走り回る。あちこちに転がる金色の尻尾を回収していた。キマイラのドロップアイテムだ。ちゃっかりしてやがる。


 黄金の扉の先は小さな部屋だった。扉の反対側で大きな青色のクリスタルが煌めていた。


「あれ確か転移結晶だよな」

「ん、そうだけど~」


「じゃあ、行こうぜ。触ればいいんだろ」

「いや、カイトっち。待とうよ~」


「いいから行こうぜ」

「なんであれを無視するの~」


 部屋の中央の台座に金色の大きな像が立っていた。自己主張が激しすぎる。


「え、ただの置物だろ。無視だ無視」

「女神像だよ~。ご#利益__りやく__#あるかも~」


「俺には災厄としか思えない」


 しかもそれ女神像じゃないからな。正しくは創造神像っていうんだよ。


「あ、なんかいま女神様が微笑んでくれた気がする~」

「そうか、俺には不気味に嗤ったようにしか見えなかったが」


 俺は金ピカの像を無視してスタスタと部屋の端へと歩き、クリスタルに手を伸ばす。


「ちょ! ほんとに無視するの! 待って! こんな所に置いて行かないで!」


 慌ててララが追いかけて来た。


「……」

「転移しないね~」


 畜生。どうやってもあの像に絡まないとここから帰さない気だな。


「仕方ない。あれに触れるぞ」

「わかった~。じゃ~お先に~」


「お前、怖いもの知らずだな」

「あっ!?」


 像に触れた瞬間、ララの全身が金色に輝く。なんで闇を司っているくせに金色が好きなんだ。もしかして神の間で根暗とか呼ばれてコンプレックスでも感じているのか。


「あああああ!?」

「おいどうした! ララ! 大丈夫か!」


「呪いが解けたにゃ!?」

「おお、マジか!」


 そこには、巨乳美人になったララが――。


「おい、変わってないじゃないか!」


 幼女のままだった。


「失礼だにゃ! 変わったにゃ!」


 頬を膨らませたララは自身の顔を指さす。


「あ? もしかして瞳の色が変わった」

「ん……」


 薄緑だった瞳が濃いエメラルドグリーンへと変わっていた。うわー微妙過ぎる。言われないとわからねーよ。


「あ、あと……。ここにゃ」


 ララは恥ずかしそうに後ろを振り向いた。


「おおっ!?」


 尻尾だ! 反射的にもふもふさんに手を伸ばす。


「ギニャァ!」

「ぐあっ!」


 思いっきり殴られた。それアダマンタイト製ってわかってるよね? 普通の人だったら頭が弾けてるよ。猫なら可愛らしく引っ掻く位にしとけよ。


「信じられにゃい! 乙女の大事な部分に無断で触れようとするにゃんて!」

「わ、わりぃ……。そ、そういえば、語尾が変わっているんですけど」


 頬を擦りながら疑問を口にする。


「大人に戻ったからにゃ! これが淑女の嗜みにゃ」


 う~ん。俺にはさらに幼女化が深まった気がするだけだが。でも愛らしくなったし、まーいいか。


「しかし背は伸びないんだな」

「猫獣人は寿命が長いにゃ。死ぬ間際にならないと大きくならないにゃ」

「なにそれ……」


 どうやらエルフとは逆のようだ。しかし爺ちゃん婆ちゃんになってから背が伸びることに何の意味があるのだろう。


「カイトは触らないのにゃ?」

「あ、すっかり忘れてたわ」


 あー気が重い。嫌な予感しかしねーよ。俺は右手に力を籠める。いや、ここはむしろ肩の力を抜くべきか。すーはーすーはー。蝶のように舞い、蜂のように――。


「ほりゃぁ!」

『あっ――』


 ふう、成功したか。俺は額の汗を拭う。渾身の力を振り絞った最速のジャブ。タッチに成功だ。一瞬、ミヤロスがこちらに手を伸ばしている姿が見えたが気のせいだろう。


「カイトいま触ったのにゃ!? まったく見えなかったにゃ。でも女神像に罅が入ってる。罰当たりなのにゃ。呪われても知らないのにゃ」


 もう手遅れだ。呪われているというかストカー被害にあっている。


「とりあえずこれで帰れるはずだ」


「カイトは何も起きなかったのかにゃ?」

「ん……。そういえば」


 恐る恐るステータスを確認する。お、想定外だ。使えるスキルをゲットしていた。その名も『スキル鑑定』。今までどうしてたって? そりゃあ勘だよ勘。しかしこれで検討がつかなかったものも調べられる。


 とりあえず、ずっと気になっていた二つのスキルを鑑定する。


□『十一神の加護(MAX)』:全ての領域にまたがる魔法が自由自在、思いつくままに使える。初めの異世界限定のサービス。次はないよ。


 ええええっ!? まじかよ! 次からは魔法なしかよ。急に難易度があがるじゃねーか。チートはどこいった!?


「カイトっち! だ、大丈夫にゃ!?」


 膝から崩れ落ちた俺を心配してララが駆け寄ってきた。


「あ、ああ……。何でもない」


 とりあえずもう一つの方も鑑定してみるか。


□創造神の無限の寵愛:神級の闇魔法を自由自在に操れる。異世界に転生した際には一ランク落ち、闇魔法(超級)へと変わる。


 うっ……。こ、これは有り難い。だが、そう思ってしまった自分が凄く負けた気がした。


「うん。先を気にしても仕方ないな。今を精一杯生きよう!」

「カイトっち……」


 立ち上がった俺をララが微妙な顔で見つめていた。


「なんだよ! いいからいくぞ!」

「はぁ、わかったにゃ~」


 今度は二人一緒にクリスタルを触る。結晶が眩く光ると俺たちを包み込む。


「おお! 戻って来た!」


 ミノタウロスと戦った元の部屋だった。色々あったが、無事に帰還を果たせたようだ。

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