第十八話 金と銀

「キシャアアア!」


 右手側から巨大な何かがうねうねと迫り来る。赤、青、黄、紫、オレンジなど色鮮やかな大蛇の群れだった。どれも全長は十メートルを超える。


「ヘビー級だな」

「「寒いギャグは止めて頂戴」」


 凍りつくような声がハモり、鋭い視線が同時に俺を射抜く。


「いや、あまりにお前らがギスギスしてるから和ませようと――」 

「ウゴォォオオ!」


 左手からは一つ目の巨人の群れが押し寄せていた。トロルよりも一回り大きいのに動きは俊敏だ。


『立ちはだかる敵を火で覆い尽くせ、スナマジンゴエフ!』

「きゃっ!」


 一瞬、視界が真っ赤に染まる。カラフルな大蛇の群れは一瞬で消し炭に変わっていた。


「ふふん。魔法ってのはこうやって使うのよ」


 無い胸を張るのは、魔道王アンジェリーナ。


「熱風で肌がかさついたじゃない。まったく貴方にはお似合いのガサツな魔法ね」

「なんですって!?」


『水の精霊よ、我に仇なす不当な輩を清らかなる水で洗い流せ、出でよウィンディーネ!』


 ルシアの前にゆらりと現れたのは蒼い水を纏った少女の精霊。優しそうな見た目だが、その右腕は剣の形を象っていた。彼女は柔らかに微笑みながらその右腕を繰り返し水平に振る。その都度右腕から水の刃が生み出されて飛んでいく。一つ目のサイクロプスたちは成す術も無く細切れになっていった。


「ちょっと! 何てことしてくれるのよ!」


 アンジェリーナがびしょ濡れだった。まるで頭からバケツの水を被ったかのようだ。赤い髪だけでなくローブからも水が滴っていた。おかしいな。彼女以外は水滴の一つもついていないのに。


「あら、濡れ鼠のような格好して可笑しい人ね」

「おかしいのは貴方の魔法よ! このへっぽこエルフ!」


「耳はついているのかしら。私は『我に仇なす輩』と言ったの。あなたが私に対して敵意でも抱いているのじゃないかしら?」


 ふふふふ、とルシアは口元を押さえて笑っていた。なんかとっても怖いんですけど……。


「よろしいわ。受けて立ちましょう!」


 アンジェリーナが金色の杖を掲げる。


『この世界の万物を地獄の業火で焼き尽くせ、ノルエイゴエ――」

「リーナ!? それは駄目っ!」


『土の精霊よ、この世の全てを踏み均せ、出でよタイタ――』

「ルシア、お前もそこまでだ!」


 ユーキがアンジェリーナを、俺がルシアを後ろから羽交い絞めにする。そして睨みあう二人を引き離した。あ、危なかった……。


「こんな洞窟であんな極大魔法を使ったら全員に誤爆するでしょ!」

「ご、ごめんなさい……。でもっ!」


「ルシア、お前、いま踏み均せって言ってたよな。洞窟を踏み均したら崩れるだろーが!」

「うっ……。だって!」


「「でも(だって)じゃない!!」」

「「はい……」」


「「はあ~」」


 女性二人は項垂れ、俺と勇者は二人で深いため息をつく。


「あらあら大変そうだわ」

「二人とも同じタイプだから合わないの~」


 ほんとそうなのだ。さっきから何かと争ってばかりだ。


「でも、お蔭というかなんというか僕らは全然戦っていないね」


 ユーキのいう通りだった。俺らはいま地下五層にまで来ていた。ここまで火力担当の二人が我先に魔法をぶっ放すから魔物が近づいて来ることすらなかった。


「でもMPの方は大丈夫~?」

「「あっ!?」」


「おい、お前らまさか」


 あんな馬鹿げたMP量を保有しているくせにほとんど使い切っただと。


「だ、大丈夫よ。私はどっかの貧乳と違ってMPが自動で回復されるのよ」

「あなたにだけは言われたくないわ。私はあなたよりはあるんだから」


「は? 何を言っているの。どう見ても私の方があるに決まっているじゃない!」

「二人とも無い胸を張り合って何してるダ?」


 不思議そうな顔でオーグはそう呟いた。


「「なんですって!?」」


「あ、馬鹿……」


 オーグがこれでもかとボコられていた。それは思っていても言っちゃいけないNGワードだろう。それ位わかろうぜ。


「おい、そろそろ止めろ。オーグのHPがまじで半分を切っているぞ」


 再び二人を引き離す。はあ、なんて緊張感のない奴らだ。


「いでぇええよ、おなごはごええよぉぉ……」


 床に転がったまま体を震わせるオーグにソフィが歩み寄る。


「あらあら大変だわ。『傷ついた御身を癒したまえ、ヒール!』」


 オーグの体を優し気な光が覆う。


「あ、痛ぐない! もう平気ダ! ありがとう聖女様!」


 オーグは立ち上がると、感動してソフィの胸に飛びこ――。


「あがっ!?」


「ちょっとカイト! 折角ソフィが回復したのに君は何をしているんだい」

「あ、わりぃ。つい手が滑って」


「カ、カイト、なんで…ダ……」

 

 豚さんが洞窟の壁にめり込んでいた。我が聖域に土足で踏み込むような真似は許さん!


「それよりルシア。お前はMPどうするんだよ。俺らはもう街に戻るか?」

「もう回復したわよ」


「え!? MPの回復アイテムなんて持ってきたっけ?」

「お願いしたら一瞬よ」


「誰に?」

「決まってるじゃない。ミヤロス様よ」


 なにその馬鹿げたスキル。『神の寵愛』はお願いするだけでMPが完全回復する効果があるっていうのか。


「それは俺にでもできるのか?」

「ええ、スキルさえあれば出来ると思うわよ。『ミヤロス様大好き』そう頭で願えばいいの」


「わかった。絶対に使わない」


 あの野郎。どこまで舐めているんだ。俺らはお前の玩具じゃない! 何でも自分の思い通りに出来るなんて思い上がるなよ。あ、でもここはあいつが創り出した世界なんだよな。むしろ俺が余所者なのか。うーん。


「ねえ、カイト。あそこに何か怪しげな扉があるよ」


 洞窟の暗がりの中に金色こんじきに輝く観音扉。自己主張が激しいな。


「見るからに奥には何かが居ますよって感じだな」

「そうだね。おそらく低層のボスじゃないかな。他のダンジョンでもそうだったし。まあ、あんなド派手な扉は初めて見たけどね」


「扉に入ったら最後、ボスを倒さないと出れないとか?」

「基本的にそうだね」

「いけそうか?」


「うん、ここまで余裕だったし。というか僕らほとんど戦っていないしね。問題ないと思う」

「よし、じゃあさっさと行こうぜ!」


「なんか嬉しそうだね」

「ああ、初のボス戦だからな。危険もそれほどなさそうだから楽しみだ」


 そういって金色の扉に触れる。不思議なことに質量は感じなかった。ゆっくりと開いた扉の向こうには大理石の床が広がる。部屋の奥はひな壇状になっていた。その一番上の玉座に座っていたソイツは俺らを一瞥すると、すくっと立ち上がる。


「グゥゥォオォオオ!」


 分厚い胸板を張り出し雄たけびを上げる。そしてひな壇を一歩ずつ降りてきた。


「あれってミノタウロスだよな?」

「そうだね。でも変異種かな」


「角がゴールドとシルバーとか。どんだけ派手なんだ」

「レベルは……三十八か。問題なさそうだね」


 俺たちと勇者パーティはそれぞれミノタウロスの左右に別れて武器を構える。


「ルシアは後ろから援護、オーグは俺と一緒だ。行くぞ!」

「わかったダ!」


 ほぼ同時に勇者とララも駆けだした。


「これを食らうダァアアア!!」


 蒼い光に包まれたオーグがミノタウロスに向かって飛び跳ねる。そして身体強化された右手を大きく振りかぶった。勇者もすでに天井近くにまで飛び上がり剣をミノタウロスの頭上へと振り下ろそうとしていた。


 おい、おまえら。そんな渾身の一撃を入れたら俺の見せ場が無いじゃないか。


「だ、駄目っ!?」


 ララの叫びとほぼ同時にミノタウロスの銀の角が眩く輝く。そこから発せられた光線が勇者とオーグの体を貫いた。そして――。


「おい、どういうことだ!?」


 二人の姿は忽然と消えていた。まさか死んだわけじゃないよな。


「これで終わり!」

「グギィィイイイイ!?」


 一瞬の隙をついてララが渾身のアッパーカットをお見舞いしていた。おお、ミノタウロスの姿が薄くなっていく。どうやら倒したようだ。


「なにっ! まさか!?」


 死滅する間際に金の角が輝きだした。それが空中に飛び上がった無防備な体勢のララ目掛けて光を放つ。


「危ない!」

「あなた、なんで――」


 気づいたときには俺は上空に飛び上がり、ララを庇うように手を広げていた。黄金の光が俺とララを包む。


「ぐっ! なんつー光だ」


 完全に視界を奪われた。目を瞑っていても関係ない。直接眼球に照射されているようだ。


「ぐぅぅ……。くそっ、目の奥がチカチカする」


 目頭を揉みながら目蓋を開ける。視界から変な模様が消えない。眼底検査の後を酷くしたような感じだ。


「ぁ……ぁ…ぁ……」


 隣でララが仰向けに倒れていた。白目を剥き、口からは泡を吹いている。ビクビクと全身を痙攣させていた。獣人は人間よりも遥かに五感が鋭いから余計きつかったのだろう。


「ララ、大丈夫か!?」


 そういえば奴はどこだ! 左右を見回すがミノタウロスの姿はすでにない。


「倒したか。しかし……。ここはどこだ。ルシアとリーナもいないようだな」


 ボス部屋の外なのは確かだ。


「うぅ……。こ、ここはどこ? 視界が滲んでよく見えない」

「お、気がついたか」


 上半身を起こして頭を振る猫耳幼女に近づく。


「誰っ!?」

「うおおっ!? おい! あぶねーじゃねーか! 何するんだ!」


「あ、カイトね……。一瞬知らない男だと思って」

「お前は知らないだけでナックルパンチを股間に向けてお見舞いするのか」


「この体勢からじゃ、それが一番効果的」

「俺じゃなかったら多分重症だぞ」


「それより、ここはどこ?」

「どうやら転移させられたらしい。おそらくミノタウロスの角の光を浴びた所為だな」


「じゃあ、消えたユーキとそっちの……」

「ああ、オーグと一緒にどこか別の場所に転移させられたのだろう」


「どうすれば戻れる?」


「わからん。とにかくこの洞窟内を探索するしか――」

「ちょっと待って!」


 普段垂れがちな猫耳がピンと立っていた。それがピクピクと小刻みに動く。


「何かが複数こっちに近づいてくる。この肌を刺す感じはヤバい……」

「わかった。とりあえず臨戦態勢をとるぞ」


 ララの手を取り立たせる。


「おいでなすったようだ」


 ライオンの顔と山羊の体、そして尻尾には蛇の頭がついている。背中には蝙蝠のような大きな翼がついていた。大きさは小型のマイクロバスほどもある。これまで出くわした中でもレベルが最も高いであろうことを肌で感じる。


「あれはキマイラ。でも……」

「売れば高そうだけどな。みんなあんなに煌びやかなのか?」


「あれは特殊」

「やっぱりそうか」


 □金色こんじきのキマイラ LV58


 そいつが五体はいた。 ああ、これはちょっとまずいかもな。はぐれたルシアとオーグのことが心配だ。早いところ合流しないとな。


「ララ、さっさと片付けるぞ」

「あなた変。あれはそんな雑魚じゃない。でも……。あなたとなら確かにそう思える」


「おう、任せとけ! 危なくなったら俺がフォローする」

「ん……」


 ララの口元が少し緩んだような気がした。が、それも一瞬ですぐに彼女はキマイラに向かって走りだす。おっと俺が遅れるわけにはいかないな。彼女に傷の一つでも負わせたらユーキに何を言われるかわからない。


 ルシア、オーグ、持ちこたえろよ。すぐに助けに向かうからな。

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