第二十一話 お金は天下の回りもの

「ふぁぁああ、良く寝た]


 ベッドから起き上がり背伸びをする。んー、朝の陽ざしが心地良い。


「カイドぉ、やっと起きたが。オラ待ちくたびれたダ」

「仕方ないだろ。昨日は働き過ぎで疲れたんだ」


「オラは変な時間に起きて眠れなかったダ」


 ダンジョンから出ると目が眩んだ。すでに夜も更けていると思っていたのだ。しかし、外は朝日が降り注いでいた。一瞬、ダンジョンに潜っていると時間が止まるのかと思ったがそうではなかった。どうやら徹夜で闘っていたようだ。洞窟内は基本的に暗闇なので時間感覚が狂うのだ。ずっと気を張っていたので、まったく眠気も感じなかったことも原因だろう。


 宿に戻って遅い朝飯というか早い昼飯を食べていると急に睡魔に襲われた。それでも風呂には入った。生活魔法で体は綺麗にできる。だが疲れ切った心は温泉という安らぎを求めていた。風呂で寝落ちした時は大変だったが……。

 そして昼過ぎには寝たはずだ。ということで余裕で二日分は寝たな。お蔭で心も体も完全リフレッシュだ。


「あー、腹減ったな。朝飯でも食いにいこうか」

「プリスマ食べてもいいだカ!?」

「普通、朝飯にはそんな高価なものないはずだぞ」


 ああ、味噌汁が恋しい。



「めちゃくちゃ美味いだ! お代わり欲しいダ!」

「おう、どんどん食え」


 朝からありましたよ。さすが超高級宿。刺身から焼き物、煮物、揚げ物に到るまで全てのメニューが揃っていた。テーブルの上は完全にプリスマフルコースだ。いやほんとに美味いなコレ。


 今日は特別だ。昨日のダンジョンの制覇のご褒美もあるが、おそらく明日明後日にはこの街を出ないといけないだろう。そうすると暫くプリスマにはありつけないのだ。俺の場合は、もしかしたら二度とありつけないかもしれない。そう考えると俺まで箸が止まらなくなった。


「おはよ……。あなたたち朝からどれだけ食べる気なのよ」

「プ、プリスマにゃ!?」


 テーブルを見たララが涎を垂らす。今にもこちらに飛びかかって来そうだ。


「ララ、慌てなくても大丈夫だ。今日は思う存分食べるがいい!」

「やったにゃ!」


「あ、でも前回のような食いすぎでお腹を壊すのは駄目だ」

「にゃぁぁ……」


 ピンと立っていた耳がペタンと萎れる。


「大丈夫だって。夜もまた食べれるから。お腹壊して食べれなくなったら悲しいぞ。それに、ほどほどにしておいた方が次も美味しく食べれるぞ」


「なるほど! わかったにゃ!」


 そうして四人で朝からディナーのような優雅な食事を取る。


「しかし、ララもそういう格好するんだな。まるで小さなお姫様みたいだよ」


 俺はコーヒーを嗜みながら、いまだプリスマと格闘するララを眺める。今日は一日オフということにしてある。ララの私服は真っ白なフリフリのドレスだった。食事で純白の服が汚れるかと心配していたがそんなことはなかった。もの凄い勢いで食べていたが食べ零しなどは一切ない。器用な奴だ。


 それに比べて……。


 隣の豚人間は食い方が汚い。シャツが染みだらけだ。すでに元の色が消えつつある。お前さ、ここ高級宿だって自覚ないだろ。周りのサービススタッフの視線が痛いんだけど。


「んにゃ? 何いってるにゃ? ララはお姫様にゃよ」

「!?」


「あぢぃぃいい!? カイト何するダ!」

「わ、悪い……」


 口に含んでいた熱々のカフェをオーグの顔へと盛大に噴き出してしまった。でもオーグの方を向いていて良かったよ。俺の向かいにはルシアが座っていたからね。危なかった……。


「こう見えても獣人皇国の第三皇女らしいわよ。びっくりよね」


 アイスのスプーンを咥えて話すんじゃない。はしたない。というかルシアさんよ。知っていたら教えてくれよ。


「政治とか難しのは嫌いにゃ。みんな顔は笑っているけど目が笑ってないにゃ」

「獣人の世界もそうなのか。うーん。獣人は力こそが全てだ、とか言ってそうなイメージだったんだけどな」


「そんなの大昔の話。そんな事してたら魔族にも人間の国にも隙を見て侵略されるにゃ」

「世知辛い異世界だな」


「ねえ、今日はどうするの?」

「うーん、旅をするにあたって必要な物資を一通り揃えたいかな。あとオーグの防具か」


「確かにボロボロになっちゃったわよね」

「嬉しいダ! でもカイトは変えなくていいダか?」


「あー、俺はこれで別にいいよ」


 別に痛んでないし。そもそも俺の場合はステータスが凄すぎて何を着ても誤差にしかならん。


「その前にギルドに寄るにゃ」

「あー、はいはい」


 ララの拾ったアイテムは全て俺の無限収納に入っていた。さてと、皆、飯も食い終えたようだし行くとするか。


「こちらになります」

「うげ!?」


 ボーイの置いた勘定を見てマジで目が飛び出すかと思った。見間違いかと思って目を擦っちゃったよ。二十六万八千五百ジェン。サービス料いわゆるチップが食事代の大体一割が相場だから……。三十万ジェン払うことになる。なんで朝飯に三百万日本円も支払わないといけないんだ。


「お腹いっぱいにゃ~」


 オーグも原因だが。やはり腹をさすって満足そうな顔を浮かべているこの駄猫が主因か……。糞、ユーキめ。まさか財務担当者からこいつを放逐するように頼まれていたのじゃないだろうな。これは財布の紐を引き締めないとすぐに破産するな。


 心で涙を流しながら支払いを済ませ、宿を出た。


     ◇◇◇◇


「これは……。金製? 見たこともない物ですが凄く高そうなアイテムですね」


 買い取りカウンターの猫嬢は目を輝かせる。お、久々の登場だね。存在をすっかり忘れていたよ。


「それはキマイラ。しかも変異種のにゃ!」

「あなたも猫獣人? えっ!? ラ、ララ様!? き、きゃぁあああ!? な、なんでこんなところに姫様が!?」


 床に頭をこすりつけて平伏しちゃったよ。周りの視線が突き刺さるように痛い。


「ちょっと目立ってるから! ここじゃあれだから場所を変えれないか?」

「あ、は、はいぃいい! 上に、上にいきましょう!」


 俺らは上の階に移動するためにエレベータへと向かう。し、視線が痛い。特に獣人がいただけない。みなさん床に平伏するの止めましょう。はあ、ララの事めっちゃバレているんですけど。


「で……。なんでこんな所に来なきゃならないんだ」

「カイト、このハゲた爺さんはだれダ?」


 いや、お前さ。普通はわかるだろ。最上階だぞ。っていうか部屋の上に書いてあったよな。ギルドマスタールームって。それ位は読めるだろ。


「これはハゲではない!? スキンヘッドだ! そして儂はまだ四十代だ。断じて爺さんなどではない!」


 筋肉モリモリのオッサンだった。ハゲじゃないと言うが、いまの反応はあれだな。頭頂部が薄くなってどうしようもなくなったので、いっそのこと剃ってしまえってやつか。


「俺の質問に答えろ。俺は買い取りしてくれと言ったのであって、ギルマスに会いたいとは一言もいってないし、むしろ会いたくない」


「お主はそうでもこちらはそうとはいかん。一国の皇女がギルドにいらしたのじゃ。代表が挨拶を忘れてましたでは済まされんのだ」


「しかもララ様はこの世界に三十人ほどしかいないギルドランク一級です! 全獣人の憧れですわ!」


 受付猫耳嬢はあまりの感動に目を潤ませていた。


「カイトっち、ごめん。私の所為にゃ」

「はあ……。もうここでもいいから早く買い取ってくれ」


「あ、そうでした。ギルドマスター、こちらの買い取りを頼まれました。ど、どうやらキマイラ、それも変異種のものらしいです」

「なんだと!? まさかそんな伝説級の代物が……」


「で、幾らになるの?」

「最低でも一千万ジェンは下らないだろう。競売にかけるとおそらくもっと吊り上がると思うぞ。これだけのものだからじっくりと競らせた方が得だぞ」


「いや、一千万ジェンでいい。ただし――」


 俺は七十八個のゴールドキマイラの尻尾を床に転がす。


「これをいまここで全て買い取ってくれ」


 暫く沈黙が続く。やはり全部を買い取らせるのは難しいか。一度に大量だと値が下がってしまうかもしれない。


「おい、駄目ならだめと――。あ……」


 ギルマスも受付嬢も白目を剥いて気絶していた。


「カイトあなた何やっているのよ! さすがにそれは驚くでしょ。非常識さをよく理解しているはずの私でさえこれはびっくりしたわよ。あなたは転移先で何をやっていたの」


「完全に無双してたにゃ。真の魔王はカイトっちだと思ったにゃ」


「あーいいから早く起きろよ。この禿ジジイ」

「儂はスキンヘッドのダンディなオヤジだ!」


 カッと目を見開き叫ぶ。どんだけ気にしているんだか。


「あー、だから買い取るのか買い取らないのか答えろよ」

「全て買い取る! ただそんな金貨はこのギルドにはない。なのでギルドカードへの入金で勘弁してくれ」


 おー、太っ腹だね。七十八億日本円相当を即決かよ。


「ああそれで問題ない。でもララに半分やってくれ」

「いらないにゃ!」


「いや、でも、お前が拾ったものだぞ」

「倒したのはカイトにゃ! 私は一匹も倒せてないにゃ……。そのお金で何かララに買ってくれればいいにゃ」

「そうか。じゃー色々とご馳走しないとな。ララのお蔭で儲かったから」

「にゃ!」


「それとカイトと言ったか、お主のギルドランクは一級に上げさせてもらう」

「えー別に上げなくて構わないけど」


「一日での買い取り額がギルド創設以来の最高額だ。そんな冒険者を下の階級に置いておくわけにはいかん。ギルドにもメンツというものがある。本来は段位相当なんだが、あれは最低でも三カ国以上の王族の推薦が必要なのだ」


「まー俺には無理だし、まったく興味がないな」

「無理じゃないにゃ」


「なんでだ?」

「ララとリーナとソフィが推薦すればいいにゃ」


「へ? もしかして……」

「みんな違う国の王女にゃ」


 あの勇者野郎、王女を侍らしていたのか。許せん!


「ところで、カイトよ。一級冒険者にもなることだし、屋敷でも持ったらどうだ。金は腐るほどあるんだしな」

「え? いらねーよ。もうすぐ旅に出るしな」

 

 そしてこの世界からも旅立つしな。


「パーティの拠点として持っている冒険者は多いぞ。いつでも戻ってこれるホームがあるというのは良いものだぞ。しかもここは都会で自然も豊か、そして食べ物も美味い」


「「「ほ、欲しい(ダ)(にゃ)!」」」


 ありゃりゃ、うちのメンバー簡単に釣れちゃったよ。だが、ララよ。なぜお前が欲しいというのだ。お前は勇者パーティだろうが。


「ちょうど良い物件がある。もともと公爵の別荘だったんだが最近お亡くなりになってな。ご子息が相続税の関係で売り払うことになったそうだ」


「それって相当立派そうね」

「勿論だ。湖畔の閑静な一等地で三十人は優に住めるぞ」


「ちなみに幾らだ?」

「二億ジェンだ。今回、八億弱の大金が入るのだから十分買えるだろう」


「「「買った(ダ)(にゃ)!」」」


 やり手な親父だ。そしてお前ら勝手に決めるな。だからララ、お前は関係ないだろ。まあ、別に金はそんなに必要ないしな。俺がいなくなった後でもみんなが気兼ねなく集まれる場所があってもいいかもしれない。みんなで俺の事を思い出してくれたりするかな。


 ああいかん。なんか感傷的になってしまった。


「はぁ、わかったよ。買うよ買いますよ」


 三人がハイタッチで喜んでいた。まあ、嬉しそうだし、これで良かったかな?


「それで、旅立つとはどこに?」

「船で北のルチオの街を目指す」


「それはまた遠いな。そうだ、魔力で走る高速船があるぞ」

「ほう」


「直接魔力を注がなくても魔石があれば走る。魔力保有量に応じて最大スピードが決まるがな」


 それって、俺の魔力量なら余裕じゃね?


「で、それは売り物なのか?」

「一億ジェンだ」


 ギルマスの顔が完全に商売人になってやがる。出来るだけ回収しようと必死だな。


「いいだろう。買った」

「おお、商談成立だな。では早速、屋敷と船の契約書を作ろう」


「その前に、念のため物件を確認させてくれないか」

「ああ勿論だとも、儂が直接案内しよう」


 ギルマス自らかよ、と思ったがそれだけの取引だよな。そして実物を見た俺は屋敷も船も即決することになる。

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