第十四話 勇者御一行

「うへぇ、まじかよ」


 勇者の一行を直に見た俺は無意識にそう言葉を発していた。あれはパーティと呼べるのか? 少し離れて先頭を歩くのは四人だ。その中に勇者がいるのは発するオーラでわかった。


 まあ、ここまではいいとしよう。


 問題はその後ろだ。馬車と人の列が半端なかった。これではまるで大名行列じゃないか。まあ、大名行列も見た事はないが。


「でも……。現実はこんなものなのかもしれないな」


 世界を滅亡させる力をもった魔王。それを唯一倒すことのできる勇者はまさにこの世の救世主だ。ある意味一国の元首よりも高い立場に相当してもおかしくはない。勇者が魔王を倒さなければ国の存続すら危ういのだから当然だろう。さらに勇者が敵に回ったら同じようにその国は亡ぶだろう。


 そんな大層な御仁にパーティとはいえたった数名のお供しかつけないのか。飯や着替えもままならない不便で過酷な旅に放り出すのか? 否、それはないだろう。しかも行方知れずになったらどうするのか。逃げてもサボっても誰もわかりやしない。そんな不確実な事に国の、いや世界の命運をかけるはずがない。


 馬車の御者、洗濯、買物、風呂、マッサージ、遊具の準備等々。旅を充実させるのに十分な数の召使い。酒の相手を務める女性も必要だろう。そして料理は気力と体力の維持に欠かせない。最重要ともいえる。このため一流のシェフが数人体制でつくことになる。まさにVIP待遇。国賓中の国賓だ。


 当然のことながら召使いだって飯も食べれば着替えもする。相当量の物資を運ぶのに馬車が長蛇の列になるのは避けられない。そして旅には魔物や盗賊がつきものだ。お供の者や物資を勇者パーティがその都度守っていたら本末転倒だ。そのため相当な数の護衛が必要になる。高額な金品や若い女性も多いのでへたな冒険者に護衛させるわけにもいかない。国の騎士隊が周りを固めることとなるのも当然の帰結だろう。


 このため勇者御一行の旅を維持にするには相当な経費がかかる。各国はそれぞれ勇者補正予算を組んでいた。護衛任務については各国で持ち回りとなっている。早く魔王を倒してくれないと国の財政が傾きかねない。各国の財務担当者が悲鳴を上げているのが現実だった。


「こんな大行列に空から舞い降りたら大騒ぎになるのは確実だな……」


 へたすると袋叩きに合いそうだ。仕方ない。先回りして森の中で待つことにしよう。



「ユーキは目を離すとすぐにサボって雲隠れするんだから!」


 お、少しずつ近づいて来たかな。風魔法で会話を拾いながら勇者の近くにいる精霊の視覚と同期させる。


「リーナ、固いこというなよ。異世界の大自然は見ているだけで感動するんだよ!」

「だ・か・ら、アンジェリーナよ! 勝手に縮めないでって何度も言っているでしょ」


 腰に手をあてながら声を荒げるローブ姿の女性。美人だが吊り上がった目尻と燃えるような赤髪が気性の強さを感じさせる。金持ちのお嬢様かね? 漆黒のローブ全体にこれでもかと意匠の凝った赤と金の刺繍が散りばめられている。


「まあまあ、お二人ともそれ位で……」


 二人を宥めるのは純白の衣に覆われた女性。こちらは所々に銀色の刺繍が織り込まれている。服装を見る限りシスターのようだ。しかし……。聖職者なのに背徳的なものを感じてしまうのはなぜだろう。やはり、あの自己主張激しい熟れた果実のせいだな。うーむ、俺がもぎ取ってあげるのに。


「ソフィー、いちいち構わなくてもいいって。二人はいちゃついているだけだから~」

「「ちがっ!?」」


「ほらほらハモってるし~」


 そう茶化していたのは猫耳の幼女。その耳をピクピクと動かす様は非常に愛らしい。が……両手の指には物騒なアダマンタイト製のナックルを嵌めていた。語尾を可愛らしく伸ばしながらも、ガキンガキンとそれを打ち合わせている。なんていうかとても形容しがたいシチュエーションだな……。


「あらあら、ララのいう通りかしらね。私ったら無粋な真似を」


 顔を赤くして俯むく二人に、両手の指を組み合わせて懺悔するように頭を下げるシスター。あ、シスター。その格好は不味いですってば。


「ユーキ! なに鼻の下を伸ばしているのよ!」


 ほら……。健康な男子なら普通の反応だが、女性にはそれが許せないらしい。


「あらっ……?」


 頭を上げる途中で俺に気づいたようだ。もしかして俺から禍々しいオーラでも出ていたかな。


「やあ」


 俺は切り株に座りながら手を上げる。


「あなた何者っ!」


 ええっ、ローブのお姉ちゃんいきなり臨戦態勢なんですけど。黄金色の杖の先端を俺に向けていた。つーか、その杖いくらするんだよ。あと重くないのか?


「えーと……。モブキャラ?」

「はあ!?」


 あ、杖の先端が光り出した。なんて短気な小娘だ。うちのルシアといい勝負だな。


「純真無垢な子供にそんな物騒なもの向けないでください」

「ここは高レベルのモンスターがウヨウヨしているのよ。子供が居る事自体おかしいわ。しかも一人でなんてそれこそありえない!」


「たしかにこの子、完全にこの場から浮いているよね」


 間違いない。このユーキとかいう男が勇者だ。体から溢れ出すオーラもそうだが、漆黒の防具がそれを明確に物語っていた。


「お前には言われたくない。なんで学ラン着たままなんだよ!」


「えっ!? い、いやこれは……。って、もしかして日本人!?」

「そう見えるか?」


「いや全然見えないよ。髪も目も黒じゃないもの。彫りも深いし」

「まあ、そうだな」


「でも日本人でしょ? さっきもモブキャラとか言ってたし。魔法で姿を変えているとか?」

「いやこれが生まれた時からの姿だ」


「えっ? 僕と同じように勇者召喚されたんじゃないの?」

「ユーキそれは無理よ! 普通の魔結晶だとそれこそ莫大な数が必要になるわ。どこの国もそんな余裕はないわよ」


「俺は転生だ」

「そ、そうなんだ。でも、僕この世界に来て初めて同郷の人に会えたよ!」


「そういえば俺も初めてだな」

「それでここで何をしていたの?」


「いや、勇者が来るって聞いていたからな。ちょっと挨拶しようかと。まさか日本人だとは思っていなかったけどな」

「僕も驚いたよ! 会えて光栄だよ。宜しくね!」


 快活に笑って右手を差し出してきた。見た目から察するに、高校生一、二年生位だろうか。イケメンで人当たりも良さそうな好青年だ。だが魔王を倒すとなると少しばかり心許ないな。ほんとうに大丈夫だろうか……。握手に答えながらも心のなかでそう嘆息する。


「何ですかそのステータスは!?」


 目を見開かせてシスターがこちらを凝視していた。やべえ、見抜かれたか! 鑑定持ちがいたとは完全に油断していた。


「そんな貧弱なステータスでここに居たのですか?」

「ん? ああそうか……。いや能力を隠しているんだ」


 なんだ焦らせるなよ。単に俺が弱すぎてびっくりしていたのか。まあでも、端から見るとここにいるのがあからさまにおかしいステータスだったな。正直に隠しているという事を伝えるのが無難だろう。勿論、詳細は教えはしないがな。


 □名前:カイト=シドー

 □種別:人間

 □年齢:5歳

 □レベル:20

 □HP:30/30《11000/11000》

 □MP:13/15《2135/2500》

 □敏捷:4《400》

 □職業:子供(五歳)《異世界トラベラー》

 □魔法:なし

 □スキル:なし《異世界言語、鑑定(5/?)、隠蔽(5/?)、武術中級(1/10)、交渉術(2/?)、馬術初級(2/5)、算術上級(5/20)、無病息災、成長促進、経験値増加(1/?)、十二神の加護(MAX)、無限収納(低)、異世界アタッシュケース(小)》


 見返すと、やはり我ながらコメントに困るスペックだった。あれ、いつのまにか交渉術のスキルが身についていた。オーグとルシアに嘘をつきまくった所為かもしれない……。それとどうやら俺は剣術や弓術、盾術とかは一切覚えないようだ。全て武術で片付けられるようだ。何か手抜きな意図を感じる。


 そして俺の隠蔽スキルはレベル5だ。ギルドを見ている限り鑑定は高くてもレベル2なので、そうそう見破られることはない。そう思っていたからさっきは焦ったのだ。


 さてと……。勝手に人のステータスを盗み見しやがって。では今度はこちらが見てやろうじゃないか。シスターよ。(ステータスを)丸裸にしてやるから覚悟しろよ! ふへへへ。


「な、なにか悪寒がします!?」



 そして俺は驚くことになる。彼らのステータスは想像を遥かに超えていたのだ。

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