第十三話 ギルドランクも上がりました
「はっ!」
高さ二十メートルほどの木の枝から颯爽と飛び降りた美しきエルフ。その細く長い両手を伸ばし、十字の体勢のまま、前向きに回転しながら落下していく。
「やぁっ!」
標的の目前で電光石化のごとくミスリルの双剣を交差させる――。
「ギャ!?」
緑の鮮血が魔物の首筋から勢いよく噴き出す。斬り取られた大きな頭がゆっくりと体から離れ落ちた。
「グギィイィイイ!!」
魔物は大きな咆哮を上げた。苦しみなのか怒りなのかはわからない。ただ、首一つ失ってもその命は尽きることはなかった。しかし形成は圧倒的に不利だと悟ったようだ。これまでと進路を変えて走りだした。
「オーグそっちに行ったわよ!」
「わかったダ!」
身長一メートル八十センチの大柄なオーグが赤い斧を構えて立つ。
そこにズシンズシンと大地を揺らしながら近づく魔物。全身が不気味な紫色に染まっていた。身の丈は五メートルの巨体。横幅も数メートルはあるだろう。醜く突き出た腹がこれでもかと揺れていた。その右手には身長と同程度の太い棍棒が握られている。突起で覆われたそれは見た目の凶悪さを一層引き立てていた。そして左手には……。今しがたルシアに斬り落とされた自らの頭部を大事そうに抱えていた。
気持ち悪っ!
魔物は双頭のトロルだった。そいつは行く手を遮る小さな存在には微塵も脅威を感じないようだ。邪魔者を踏み蹴散らそうとオーグへと猛進する。
「オーグ! 無理はするな!」
「オラは大丈夫ダどぉおおお!」
そう叫びながら、オーグは下向きに構えていた斧を勢いよく頭上へと振り上げる。
あいつ何をしているんだ。距離は未だ離れているだろうに。それに近距離だったとしてもリーチの差が大きすぎる。足を削るくらいしか出来ないだろ。えっ――。
「グガァッ!?」
トロルが突然叫びを上げて、その歩みを止めた。左目の部分から勢いよく鮮血が噴き出ていた。
「まだまだダ! ごれを喰らえ!」
振り上げていた斧を、今度は逆向きに振り下ろす。ザシュッという鋭い音とともに何かが飛んでいった。あれは――。
「グガァァァ!?」
「いつの間にあんな技を……」
両目の視力を失ったトロルが怒り狂ったように再び走り出した。もしかしたら本能が危険を察知したのかもしれない。そして向かう先にはオーグがいた。
「おい! 今すぐ回避しろ!」
「オラは……。オラは逃げないダ!」
雄叫びをあげながら斧を何度も上下に激しく斬り返す。その都度、風の刃が生み出された。ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!と音を立てて飛んでいく。
「グガッ! ガァッ!」
トロルの首から噴き出す鮮血がどんどん勢いを増す。
「彼、凄いでしょ」
「ルシア、お前は知っていて止めなかったな……。同じ部位に重ねて斬りつけるなんて芸当は相当練習していないとできないぞ」
どんどんと切り口が深くなっていく。もうすぐだな。
「グガァ……ガァ…ァ……」
ついにトロルの残された頭部が胴体から離れた。二つの頭を失った体はさすがに機能を止めたようだ。前のめりになって地へと倒れ込む。
「どわぁぁぁああ!」
オーグの悲鳴が聞こえる。
「ったく、最後は締まらない奴だな」
トロルの巨体に押し潰されそうになっていた。その場から四つん這いで必死に逃げようとしていた。
ドスンと地面を揺らして地に伏したトロル。もはやピクリとも動かない……。いや、右手が動いているな。
「し、死ぬかと思ったど!」
丸太のように太い右腕を押しのけて、オーグが這い出して来た。
「おい、オーグ。お前いつの間に風属性のスキルなんて身に付けたんだ?」
確かに斧は頑丈な物に新調したようだが、それには属性は一切ついていなかった。
「これもカイトのお陰だ!」
「は? なんで俺?」
「あの風呂ダ! 風の刃で全身を細かく切り裂かれる感覚。何度もしゃぶしゃぶされて一晩中うなされただ。だども朝に目が覚めたらこのスキルが使えるようになっていたダ! ありがとうカイド!」
「凄い……。カイトはそこまで見越していたのね」
「あ、ああ……」
き、気不味い。
「し、しかし……。二人とも凄いな。あのトロルは変異種でレベル二十五だぞ。ギルドランクでいえばソロで倒したら二級に上がれるほどだぞ」
「あー、それは勿体無い事しちゃったかな。依頼受けとけば良かった」
「いあでも、オラ一人じゃきつかったど」
「まあ、最近頑張り過ぎだったしさ。怪我もなくて良かったんじゃないか」
「そうね。ランクなんてすぐに上がるわね」
昨日までの三日でギルドランクを十級から四級にまで上げていた。俺も二人に付き合ったから同じだ。
「いや、このスピードは異常だろ。毎日一人二つも依頼をこなすとかしんどいわ」
主にギルドと狩場の往復が大変だった。なんでランクアップのクエストを複数受託できないんだよ。不便すぎるだろ。
しかし、ギルドランク四級といえばもう一流冒険者。完全に
ちなみにギルドランクはレベルに応じて巷では通称で呼ばれていたりする。十級で『駆け出し』、レベルが上がるごとにそれぞれ『ひよっこ』『新人』『それなり』『いっぱし』『猛者』『一流』『化け物』『人外』そして誉ある一級が『英雄』となっている。
ちなみに段位にも名前がついているようだが教えてもらうのを忘れた。でも段位はこの世界で三人しかいないようだ。
「レベルも結構あがったよな」
ルシアがレベル十八でHP 300、MP 310、敏捷 250。オークの職業はいつのまにか猪戦士から猪勇士に変わっていた。どうやら猪戦士はレベル十五でカンストらしくクラスアップしたようだ。まだレベルは五だが、HP 950、MP 60、敏捷 48だ。筋力の項目はHPに連動しているようだから、ほんと体力馬鹿というか筋力馬鹿というか……。
「魔王を倒すには、まだまだ力不足ダど!」
「そうね。私も置いていかれるわけにはいかないから」
「お前らまじで付いてくる気なんだな」
「当たり前よ(ダど)!」
はぁ、と俺は深いため息をつく。こいつらの命を失わすわけにはいかない。一緒に行くとなると俺は自分の身を守るだけじゃなく、二人を護れるほど強くならないといけない。最悪ルシアを護れば良いと思っていたのにオーグまでか。さらにハードルが上がってしまったな。
「おおっ!?」
「カイト、いきなりどうしたの?」
「いや……。とうとう勇者ご一行様がお見えになったようだ」
こことは少し離れているが、森へ入ろうとする一組のパーティの姿が妖精から送られてきた。一目見てわかった。滲みでているオーラが圧倒的なのだ。
「お前らは先に街に戻っていてくれ」
「カイトはどこ行くのよ!」
「ちょっくら、ご挨拶をしてくるわ」
そう言って俺は空に飛び立った。
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