第九話 とっておきの夕飯
「うめえ! オラこんなうめえ魚食ったの初めてだ!」
「確かにこれは」
プリスマは評判通り滅茶苦茶美味かった。白身魚だが淡白な味ではなくほどよく脂がのっている。身もプリプリだ。何よりこの煮付けのタレと絶妙にマッチしていた。醤油ベースのようだが塩辛くなくコクがある。しかもフルーティ。最上級の金目鯛の煮付けといったところだろうか。
「さすがは幻の魚と言われるだけあるわね」
「値段も幻かと思ったけどな」
煮付け定食一人前で一万ジェン。三人で三十万円だぞ。流石にないわ。定食一食で俺のワイバーンのグローブが買えてしまうんですが……。
「オラ、嬉しいダ! こんなのを毎日食べれるなんて」
「食えるか馬鹿!」
「オラ、もう馬でも鹿もいいど。これ食べれるなら」
「破産するわ!」
「オーグ、今日は特別よ。だからゆっくりと味わって食べなさい」
「う……。そうダか……」
先ほどまでの勢いよい箸運びから一転。味わうように咀嚼して食べるオーグ。ちなみにこの異世界は米もあるし箸文化も普通に根付いていた。味噌は見かけていない。俺は白米には椀物が必ず欲しい派だった。だからもの凄く味噌汁が恋しい。
「しかし、ここってかなりの宿だよな」
食堂を見回すと所々にサービススタッフが立っている。俺らは酒の代わりにフルーツジュースを頼んでいた。残り少なくなるとこちらが頼むよりも先に注いでくれるのだ。水、ウーロン茶、フルーツジュース、そして食後のカフェや紅茶のようなソフトドリンクは全て無料だ。建物も広く五階まである。もしかしたらギルドの次に高い建物かもしれない。
「そうね。初心者向けの宿だと三百ジェンで二食付きが相場だもの」
「ここは一泊五千ジェンで食事代は別だもんな」
素泊まり五万円。駄目だ。日本人の時の貧乏性の感覚が抜けん。そもそも鍛冶屋のオッサンはなぜ俺らが金を持っているのだと分かったんだ。やはりこの身から出る高尚なオーラのせいか。
「なに自分の体をペタペタ触っているのよ。汗でも掻いたの? そういえばこの宿、大浴場まで付いているらしいわよ」
「みたいだな。どうだ久々に一緒に――」
「馬鹿じゃないの!」
ただの冗談なのに真っ赤になるルシア。故郷の街には風呂はなかった。そもそも湯あみも水浴びもしない。なぜなら生活魔法で体は綺麗にできるからだ。だから風呂はあくまで金持ちの道楽なのだ。ただ俺は風呂に入らないとすっきりしない性質だ。孤児院の誰にも教えなかったが、森の中に土魔法で風呂桶をわざわざ作ったほどだ。魔法でお湯を注いで時たま入っていたりした。
まあ、ルシアにはバレてしまったがな。小さい頃はよく一緒に入ったもんだ。成長するに伴いルシアが来なくなったけどね。ほっと一安心したよ。いまのルシアと一緒に入ったら俺は我慢できる自信がない。
この街に来てよくわかった。エルフは確かに顔が整っていて美男美女揃いだ。しかし、ルシア親娘はそのなかでも頭一つ飛びぬけて美人だということが。胸は格段に無いが……。
「ねえカイト」
「は、はい!」
「なによいきなり。明日はウォーウルフを狩りにいくのよね?」
「ああ、そうだな」
「でもカイトは東を目指したいって言ってたけどいいの?」
「あーまあな。もう少しレベルを上げてからにしようかと思って」
「そう、私は別に構わないけど」
「だがあまりここには長居はしたくないな。ギルドの件もあるし」
「ギルド?」
「ああ、流石に今日のは悪目立ちし過ぎた。絶対に目を付けられているだろ」
「まーあれはそうよね」
この流れだと王城かギルドマスターから呼び出される展開になりかねない。そんな面倒臭いことは避けたいのだ。
「オラ、あとはこのアイスクリームというの食べてみたいダ!」
「ええっ!? アイスクリームあるの!」
「色々な味があるみたいダ!」
二人はメニューに顔を寄せ合ってうんうんと唸っていた。どれも結構なお値段なのだ。何を食べるか悩んでいるのだろう。ルシアはそういえば大の甘党だったな。
(で、なんですかい旦那。いい情報って?)
一人することを無くしていた俺の耳が小声の会話を拾った。一番奥のテーブルからだった。偶然ではない。風魔法というか風の神の加護を使って彼らの声を自分の耳へと運んでいたのだ。
先ほど、この場に似つかわしくないフードを被った男が入店した。キョロキョロと周りを見回した後で、奥へとそそくさと向かった。そして大して混んでもいないのに最奥のテーブルに腰かけた。そこには先客がいた。抜け目のなさそうな鋭い目をした小太りの男だ。フードの男はそいつと何やらコソコソと話をしだしたのだ。そりゃ気になるよね。
(今回のは今までと違ってとっておきだ)
(わかってますよ)
そう言うと小太りの男はテーブルの上に小さな布袋を置いた。どうやら金のようだ。しかもずっしりした音がしたところを見ると結構な金額なのだろう。
(とっておきだと言った)
(ガメツイ騎士さんですね)
(なんだと!)
(わ、わかりましたよ)
小さな布袋がテーブルの上にもう一つ置かれた。
(ちっ、しけてるな。まあ仕方ないか)
(で? 本当にとっておきなんでしょうね)
(ダンジョンが見つかった)
(え!? ほんとですかい!?)
(しっ! 声がでかい)
(あ、新しいダンジョンですかい)
小太りの男の声が少し震えていた。ダンジョンってそんなに珍しいものなのか? 異世界なのに?
(それでどこにですか?)
(さあな)
(くっ……。でも、その情報が本当なら確かに安いものですね)
小太りの男が小さな布袋をさらに二つ置いた。フード越しであったが男がにやけたような気がした。
(蒼の森の奥だ)」
(なっ、そんな危険地帯に……)
(ああ、それを見つけたのは城の調査部隊だ。半分が犠牲になったらしい)
(そんなに……。深くまで潜ったんですかい?)
(いや、入口から湧き出て来た魔物に殺されたようだ)
(ダンジョンから魔物が!?)
(おい!? だから声がでかい!)
(し、失礼しました。でもダンジョンから出て来るなんて聞いたことないですよ)
(これはまだ城の一部の関係者にしか知られていない)
(まだ誰も攻略してないんですか?)
(ああ、まだ一階すらな)
(そうするとお宝がまだ手つかずに)
(ああ十数年前にダンジョンが出来た時には国宝級の宝が数多く見つかったからな)
(では近隣から高ランクの冒険者を掻き集めて……)
(残された時間はないぞ)
(どうしてです?)
(どうやら王が勇者に助っ人を頼んだようだ)
(勇者に! それは急がないと不味いですね)
(ああ、下手すると明日明後日には到着する可能性がある)
(そんなに早くですかい! でも奴らは遠い北の国では)
(勇者は転移が使えるらしい)
(なら急がないと!)
小太りの男は慌ただしく席を立ち店の外に出て行った。フードの男はプリスマを注文すると年代物の高級ワインを頼む。そして一人で優雅な食事を楽しみ始める。
勇者だと……。正直ダンジョンなんてどうでも良かった。しかし勇者が来るとなると聞き捨てならない。なぜなら俺のここでの最終目的は魔王を倒すことだ。それが自分一人で出来るかどうかよくわからない。最悪の場合、勇者の手を借りないといけないと思っていたのだ。この目で彼らを実際に確認しておきたいところだった。
「なあルシア」
「……」
返答がなかった。彼女は目を細めてうっとりとしていた。もちろん俺にではない。紅色のアイスクリームを口に運び、スプーンを咥えたままの格好で止まっていた。
「ウォーウルフって蒼の森にもいるのか?」
「……」
「もう一つアイスを注文してもいいぞ」
「いるわよ。ただ森の周辺と入ってすぐの所までね。奥にいけばいくほど高ランクのモンスターが出現するらしいわよ。すみませーん! レモンアイスを一つもらえるかしら」
この野郎……。
「そうか。じゃあ明日は街の北にある蒼の森で狩りをしようと思う」
「……」
すでに返答は返ってこなかった。ルシアは再びアイスの世界に入っていた。
「カイド、オラは……」
「大丈夫だ。そこまで奥には入らないから心配するな」
「いあ、オラはマンゴーアイスをお替りしダいど」
「ああもう勝手にしろ! 明日の集合は朝の七時。この食堂でだ。じゃあな!」
俺は席を立ち支払いを済ませる。あいつら驕りだというのに遠慮もなにもあったもんじゃないな。まあいい。風呂に入ってこの苛々を吹き飛ばしてゆっくりと寝るとしよう。
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