第十話 悪夢

 人を殺したい、女を犯したい、全てを壊したい。全てが憎く、そして堪らなく愛おしい――。


「こ、この化物が!」


 大男がバトルアクスを振り上げ飛び掛かって来た。俺はそれを素手で掴む。大男は信じられないと目を見開いていた。


「あはははっ」

 

 嗤ってそいつの首を掴む。軽く力を籠めただけでポキッと音が鳴った。ほんとに脆い玩具だ。ちょっとでも乱暴に扱うと壊れてしまう。だが、だからこそ愛おしい。俺は手にしていた斧と動かなくなったオモチャを地面に投げ捨てる。


「あなたぁああ!」


 うつ伏せで倒れていた女が手を伸ばしていた。おっ、まだ生きていたか。 

 

「や、止めてください! 私はどうなっても構いませんからその子だけは――」


 懇願する女の腕の優しく手にとる。そして――。


「いーち……にー……さーん……」

「ぎ、ぎゃぁああ!!」


 細長い指を慈しむようにゆっくりと順番に折っていく。ああ、もう終わってしまった。仕方ないな。倒れていた女の両足を持ち上げる。逆さ吊りの格好だ。


「やめてぇえええ! お、おかあさんを離して! あ、あぐぅ!」


 少女は口から泡を吐きながらも絶叫する。煩いから少し激しく突いてやった。俺の太腿を赤い鮮血が垂れる。俺の股に魔法で括りつけていた今日まで純潔であった少女。あまりの痛みにピクピクと体を痙攣させていた。彼女にはすでに抗うための手段は残されていなかった。肘の骨は砕け俺の動きに合わせてプラプラと動くだけだ。


「あはははは! もっとだ! もっと俺を愉しませろ!」

 

 母親の足首を掴んでいた右手と左手を勢いよく広げた。バリバリバリと体が二つに裂ける音がした。いつ聴いても心地よい響きだ。


「はぁ、なんだよ。もうこの村の玩具も全部壊れちゃったじゃないか。つまらないなー。今度はもっと大きな町で愉しもうか」


「ぁ……ぁ……」


 腰の上の少女は、涙と鼻水に塗れ、半開きの口からはだらしなく涎を垂らしてた。瞳も宙を彷徨い焦点が定まっていない。すでに意識は朦朧としているようだ。


「後はお前だけか。もういいや。なんか飽きちゃった」


 俺は少女のいまにも折れそうな白い首筋にそっと手をそえる――。



「う、うわぁああああ!?」


 俺はベッドから飛び起きた! 


「ゆ、夢か……」


 背中にはびっしりと汗をかいていた。ほんとに夢なのだろうか。起きた今でも明瞭にあの非道な光景が目に浮かんだ。とてもじゃないが幻とは思えなかった。

 俺は一つの可能性を思い立った。あれは俺の魂の欠片が映し出した光景なのかもしれない。なぜならあの夢は完全に奴の視点だった。しかしなぜ今頃になって……。この世界に産まれてからこれまで一度もこんな夢は見たことがなかった。


「糞っ!」


 今も魔王に村が蹂躙されているのかもしれない。異世界を甘く見ていた。魔王が現れたと聞いてはいたが現実感がなかった。まさかここまで残虐とは。しかも……。

 あいつは確実に強い。直接見ていないが感じ取れた。正直、俺はチートだと思って油断していたのかもしれない。今の俺では勝てるかどうか微妙な気がする。やはり勇者パーティと行動を共にしないと確実に倒すのは厳しいかもしれない。


 そんな考えに耽っていると部屋のドアがコンコンと鳴った。


「だれだ!?」


 まだ日が昇ったばかりの早朝だった。あんな夢を見た直後ということもあり俺は警戒した。


「わ、わたしだよ」


 扉を開けるとルシアが立っていた。やべ、俺が声を荒げた事で少し怯えている。


「どうした?」


 俺はできる限り落ち着いた声を出すように努めて声をかけた。


「苦しそうなカイトの叫び声が聞こえたの。大丈夫?」


 彼女はほっとした表情を浮かべたが、すぐに心配そうな顔に変わり俺を見上げる。


「あ、ああ……ちょっとな。変な夢を見てしまってさ。心配かけてすまない」

「謝らなくても大丈夫。そうだ、どうせもう眠れないでしょ?」

「まあな」


 さすがにあんな夢を見た後じゃ。目が冴えてしまってどうしようもない。


「じゃあ朝食にはまだ早いから一緒に散歩でもしましょうよ」

「そう……だな」


 確かに気分転換にはいいかもしれない。


「ちょっと着替えて来るね。宿の外で待ち合わせましょ」


 冷たい水で顔を洗い、俺も着替えをしてから外へ出る。


 外は薄っすらと白みがかっていた。まさに湖畔の朝という感じだ。


「あー、空気が美味しい!」


 ルシアが湖面の前に佇み両手を上げて体を伸ばしていた。湖面から立ち昇る朝靄をバックに朝日を浴びるエルフ。まるで北欧の絵画のように美しかった。


「さっ、行こっか?」


 にっこりと微笑んで手を差し出す彼女。俺は反射的にその手を握っていた。手を繋いで小一時間ほど散歩を続けた。どうやら湖の周りには散策道が整備されているようだ。会話らしい会話はなかったけど苦にならなかった。ルシアの手の温もりが心を落ち着かせてくれる。


「ああ、こうしていると子供の頃を思い出すなあ」

「そうね。カイトまだ小さかったからね。今も小さいはずなのに、いつの間にか大人びちゃうんだもの。でも……。あんまり無理しちゃ駄目だよ!」


 繋いでいない方の手を腰に当てると、メっと子供を諭すような素振りをする。ああ、気を使わせちゃったな。でも確かに気分はだいぶ晴れたような気がする。でも、俺の精神年齢はすでに三十を超えているんだよな。九歳の少女に慰められるって……。やべえ、今度は自己嫌悪に陥りそうになった。


「よし!」


 俺は風魔法を使い空中へと浮かび上がる。ルシアと手を繋いだままだ。


「きゃぁっ! 何っ! ええっ!?」

「大丈夫だから。俺を信じろ」

「う、うん……」


 そして、二人で手を繋いだまま湖面の上空を飛び回った。


「朝日で湖面がキラキラしていて綺麗」


 すぐにルシアは飛ぶのに慣れた。あ、これって端から見たらピーターパンのようだな。なんかちょっと恥ずかしくなってきたよ。

 暫く飛びまわると心が完全に清々しくなった。すっきりしたところで宿の前に着地する。


「ルシアありがとな」


 手を離して俺は礼を述べる。


「えへへ、どういたしまして」


 彼女は、そうはにかむと「じゃ、朝食のときね!」と言って身を翻す。宿の扉を開けると軽やかに走り去って行った。

 あのルシアの笑顔を守るためにも魔王は早く倒さないといけないな。ちょっと真面目に頑張るとするか。改めて心に決めた。


 部屋に戻ったら豚の大いびきが待っていた。そういえばこいつとは同室だったな。俺の叫びでも一切目を覚ますことはなかったようだ。まさかこいつの所為で悪夢を見たのじゃなかろうか。


 さてと、まだオーグを起こすには少し早い。俺はタオルを手に取ると朝風呂へと向かうことにした。だってここの風呂って最高なんだよ。

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