第四話 旅立ち

「それじゃみんなも元気でな」

「「「カイトお兄ちゃーん!」」」


 小さな子供達が抱きついてきた。俺は一人一人の頭を撫でていく。年少組の世話は俺が担当してたからな。いつの間にか懐かれていた。


「僕たちを置いていかないでよ!」


  や、止めろ。そんな捨て犬のような潤んだ瞳で見上げないでくれ。決心が鈍るじゃないか。


「ほらほら、そこまでにしなさい。寂しいのは分かるけどカイトをそれ以上困らせないの」

「院長先生。これまで本当にお世話になりました」

 

 僕は感謝を込めて頭を下げる。


「ほんとあっという間に大きくなって。見違えるようだわ」


 サファイアブルーの瞳を優しく細める院長。初めてのあの雪の日を思い出しているのだろうか。


「院長先生は変わらず、お若く美しいですね」

「あらあらあら、この子ったらお世辞まで上手くなって」


 いやいやいや。お世辞じゃなくて本気です。本気で惚れそうでした。


「い、痛っ!」

「早く行くわよ」

「何でお前はすぐに蹴るんだよ……」


 尻を擦りながら涙目でルシアを睨む。見た目は同じ美人でも醸し出す雰囲気が全く違うんだよな。院長がサラブレッドなら、こっちはジャジャ馬――。


「どうやら蹴り足りないようね」

「こら! ルシア! あなたは無理をいってカイトに付いて行くんでしょ。迷惑掛けるんじゃないわよ。じゃないと……。逆に嫌われちゃうわよ」


 そう言って院長は意味深に笑う。


「お母さん!? もう! カイト早く行くわよ!」


 そう、俺は町を出るのを許された。まあ、そりゃそうだろな。危険だから大人になってからという理由は俺には通用しない。街を襲ったゴブリンをほぼ一人で壊滅させたのだから。


「でも心配だな。またモンスターがこの町を襲ってこないとも限らないし」

「大丈夫よ。貴方が元まで絶ったじゃない」


 そう、俺はあのあとやらかしてしまった。羞恥心で森へと逃げ込んだらゴブリンの巣を見つけてしまった。ひゃっはーと叫びながらゴブリンジェネラルとゴブリンキングまで屠ったのは若気のいたりだ。うん、精神が肉体年齢に引っ張られたんだ。そうに違いない。


 ちなみにゴブリンジェネラルのレベルは15、ゴブリンキングに至ってはレベル20だった。もう国の騎士団が出動しないと対応できないレベルにまで巣が発展していた。あれも魔王の復活に関係があるのだろうか。


「それでは行ってきます!」

「今度帰ってくる時は良い話を手土産にね」

「お母さん!?」


 うん? 魔王を倒してこいって意味かな。あれ? でも院長先生にはそんなこと言った覚えはないんだけどな。


「なあ……。みんな、オラのこと忘れてねえか?」

「あ、オークも一緒に行くんだったよな」


「オラはオークじゃねえ! オーグだ! 何度言えばわかるだ!」

 

 豚君の名前を初めて聞いた時には笑ったよ。彼もいまや十二歳。職業授与も受けている。いまはどんな感じかな。鑑定してみると――。


□名前:オーグ

□種別:獣人(豚)

□年齢:12歳

□レベル:10

□HP:450/450

□MP:30/30

□敏捷:24

□職業:猪戦士

□魔法:なし

□スキル:斧術初級(2/5)、盾術初級(5/5)、嗅覚中級(2/10)、ある神の加護(小)


 うん、案外強いんだよね。ていうかこの前のゴブリン襲撃においてルシアの次に活躍したのがオーグだ。HPが飛びぬけて高い。多分、俺を除けばこの町で一番なはずだ。スピードが壊滅的だけどな。まあ盾役にはちょうどいいか。というかルシアの理不尽な練習台にずっとされていたのだ。必死になって身を守っていたら盾のレベルが最大になったらしい。なんか可哀想だ。

 しかも神の加護持ち。これは非常に珍しかったりする。ただ……。ある神ってどの神だよ! 嗅覚はまあ御愛嬌だな。


 本当は連れて行く予定はなかった。ただオーグはもう孤児院を出る年齢になっていた。世界を見て廻りたいというのが彼の夢だった。

 俺が旅に出る事を知って一緒に連れて行って欲しいとお願いしてきたのだ。豚の男を侍らす趣味はない。が……俺は快く了承した。だってこの人、俺の命の恩人だもの。この人いなかったら俺は一瞬で氷の彫像だったからね。これで少しは恩返しできるかなって思って引き受けたのだ。


 こうして、別れを惜しみながらも孤児院を後にした。


「カイトって案外泣き虫なのね」

「泣いてねーよ!」


 俺は目尻を擦る。そうこれは汗なのだ。だからそんな瞳で俺を見るな。


「いつでも戻って来れるわよ。大げさなんだから」

「んダ」


 ルシアの言葉にオーグが頷いていた。


「お前らはな……」俺はボソッと呟く。

「カイト、今なんか言った?」


「いや……。何でもないよ」


 魔王を倒すと魂の欠片が手に入るかもしれない。おそらく手に入れた瞬間、俺は他の異世界に転生するのではないだろうか。だから孤児院のみんなとはもう二度と会えないだろう。そう思うと胸が苦しくなったのだ。


「で? カイト。これから何処を目指すんだ」


 俺の背中をバシバシと叩きながらオーグが聞いてきた。


「だから力の加減ってのを知らないのか。この馬鹿が!」

「馬でも鹿でもない! オラは豚だ!」


 地球でそれを言ったら完全に女王様の踏まれ役だな。まあ今もルシアがいるから同じようなものか。


「それで?」


 ルシアが目を細めて先を促す。こいつ鋭すぎだろ。


「まずはこの町の北に位置するターウォの町を目指す」

「何か目的があるの?」


「ああ、ターウォはここよりもかなり大きな町らしいな。冒険者ギルドがあれば登録しようと考えている。あと武器と防具を揃えたい」


「も、もしかしてそこまで徒歩だか?」


 オーグは顔を顰める。


「ははっ、心配するな。あそこを見ろよ」


 町の門をくぐった所に大きな馬車が止まっていた。御者台に座る小さな人がこちらに気づいたようだ。飛び跳ねて手を振っていた。


「ノムルさん。宜しくお願いします」

「こちらこそターウォの町まで護衛を宜しくね。まーあんなに強いのだから心配してないけどね」


「こちらは商人のノムルさんだ。荷物の護衛をする代わりに馬車にただで乗せてもらう」

「おめえ、いつの間に……」

「カイトって案外したたかなのね」


 商人の集う酒場に行って馬車に乗せてもらえる人を探したのだ。すぐに見つかり交渉もスムーズにいった。算術スキルは交渉スキルも兼ねているのかな。

 ちなみにノムルさんは子供ではなく小人こびとだ。小人種族は商人が多いらしい。


「じゃあ出発しようか。ターウォまでは馬車で三日もあれば着くからね」


 離れゆくこの異世界での故郷。俺は街の塀が見えなくなるまでずっと眺めていた。

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