第二話 五歳になりました

 無数の氷柱が空気を切裂いて飛んでいく。そして、ざくざくざくと音を立てながら人型の人形に次々と突き刺ささった。しかも、両手、両足、頭部、胸、腹部など全ての氷柱が異なる部位にだ。でも股間はえげつないから止めて欲しい。


「うわー、ルシアちゃん凄い!」


 子供達が飛び跳ねて喜んでいた。ここは河原近くの訓練場だ。子供だけでなく大人の姿も多く見られる。いや、むしろ訓練場なので大人の方が多い。剣で人形に斬りつける戦士風の男や、弓で射る冒険者風の女性、魔法は……。うん、ルシア以外には居ないようだ。まあ、人族で魔法を使える人は稀だからな。ルシアのも正確には魔法じゃなくて精霊魔法だしな。


「まあ、こんなもんかな。どう、カイト」

「え、あ、うん。ほんと見事だよね」

「ふん」


 絶壁の胸を張るのは俺より四歳年上の九歳の少女。サファイアブルーの瞳、ショートカットのゴールドヘアーが日の光を反射して眩しい。細くてスラリと伸びた耳がピクピクと動いている。褒められて嬉しい証拠だ。そう、彼女は孤児院の院長の娘だ。つまりエルフだ。


 俺は五歳になっていた。ここはロージェンという異世界だということがわかった。その南西に位置するカナン国の中心からさらに南に下ったところにマテウスという小さな町がある。そこに俺は暮らしていた。


「ねえ、聞いているの?」

「え、何が?」


「だから私を護身役に連れて行った方がいいってこと」

「またその話? 危険だから駄目だって言っているじゃないか」


 俺は正直いうとこの町を気に入っている。平和でのんびりとしていて自分の性に合っているのだ。でも、やらなければならないことがある。そう、この世界にあるはずの自分の魂の欠片を集めないといけないのだ。

 どうやら数年前にこの世界の東の大陸で魔王が復活したらしい。しかもこれまでにないほど強力な力を持っているようだ。何組かの高位の冒険者が討伐に向かったが帰って来ることはなかった。さらに少し前に勇者パーティも討伐に向かったようだが、ボロボロになって逃げ帰ってきたらしい。なんか嫌な胸騒ぎがする。

 ちなみにこんな大陸の外れにある小さな街にはそのような情報は入ってこない。なぜ俺が知っているのかというと――。


(このエルフも諦めが悪いよね~)

(でも若いのに凄く優秀だと思うよ~)

(僕らの力の一端を使えるようだしね~)


 これだ。知らないうちにまた河原の近くに集まっていたみたいだな。俺の情報源は妖精たちの世間話。どうやら地球で聞こえていたのは妖精の声だったようだ。魂の欠片を回収したことで何を言っているのかはっきりとわかるようになった。その姿は集中しても薄っすらとぼやけるだけで良く見えない。おそらく魂の欠片をもっと回収すれば、はっきりと見えるようになるのだろう。


「危険っていうならカイトの方でしょ。私はもう大人よ」


 そう、この世界ではエルフは成長が早かった。八歳にはすでに成人に近い姿になる。そこからの成長は非常にゆっくりだ。そして寿命が尽きるぎりぎりまで若々しい姿を保つのだ。人族からすれば何それ羨ましいという特性だ。なのでルシアは超絶美少女に仕上がっている。残念ながらまだ胸は絶壁だけ――。


「い、痛っ! 何するんだよ!」


 俺は後頭部を押さえてルシアに抗議する。スラリと細長い足でハイキックしやがった。


「なんかもの凄く不快な視線を感じたのよね」


 院長先生もそうだけど、なんかやけに鋭いんだよね。この親娘。


「むしろカイトは、あと二年はここから出れないと思うわよ」

「いい加減に許して欲しいよなあ」


「無理よ、職業授与もされていないのに」

「はあ~」


 八歳になると子供達はみな教会に行く。そこで職業を授与してもらうのだ。それまでは無職なただの子供なのだ。ちなみにあそこで剣を振っている人を鑑定すると。


□名前:ドラン

□種別:人間

□年齢:23歳

□職業:戦士

□レベル:6

□HP:110/160

□MP:27/27

□敏捷:28

□魔法:なし

□スキル:剣術初級(2/5)、盾術初級(1/5)


 と、まあこんな感じだ。戦闘に向かない町の人の職業は大体が村人。レベルは平均で3から4といったところ。なのでこの人は比較的レベルも高い方だ。戦士なのでHPの補正が入っているから町では強い部類だと思う。


 ちなみにルシアは――。


□名前:ルシア=ノートン

□種別:エルフ

□年齢:9歳

□職業:森の狩人

□レベル:8

□HP:150/150

□MP:140/160

□敏捷:105

□魔法:なし

□スキル:弓術中級(2/10)、短剣術初級(3/5)、精霊氷魔法初級(3/5)、精霊風魔法初級(2/5)


 とても九歳とは思えないハイスペックぶりだ。特にMPの高さと敏捷が際立っている。弓術も中級だしね。ちなみに3/10とは弓術中級の最大レベルが10で今はレベル2ということだ。23歳の戦士でも剣術初級レベルが未だ2なのだ。ルシアの優秀さが良くわかるだろう。


「でも歳を言わなければ街の外ではごまかせると思うけどなあ」

「あなた本当に人間なの?」

「失礼だな!」


「だってカイトはおかしいわよ。エルフみたいな成長しているじゃないの。十歳と言われても納得しちゃう見た目よ」


 成長促進スキルはその名の通りだった。ほぼ二倍の早さで体が成長していた。院長がエルフで良かった。じゃなかったら気味悪がって途中で捨てられたかもしれない。少し気になるのが寿命も半分ってことはないよな。あっという間に老化とか嫌すぎるぞ。


 しかしあと三年も待っていたら魔王の件が深刻化しそうだしなあ。さて、どうしたもんか。うんうん悩んでいるうちにそれが起きた。


 河原の対岸にある森から鳥が一斉に飛び立った。そして木々の間から転がるように飛び出して来たのは、革鎧の兵士。


「ゴブリンの襲撃だ――。ぎゃぁっ!」


 兵士の叫びは途中で遮られた。腹部から槍の穂先が飛び出していた。背後からゴブリンに突かれたのだ。兵士は口から血を吐くと河原へと突っ伏し、動かなくなった。


 森からゴブリンがわらわらと出て来る。その数はすでに百を超えた。おいおいおい、なんだよこの数は。さすがにこれは不味くないか。


「カイト! 孤児院の子供たちを避難させて」

「ルシアはどうするんだよ」


「ここで戦うわ!」

「馬鹿いうな! あの数を見ろ」


「早くして! でないと子供達が!」

「わかったよ! 無理は絶対にするなよ!」


 孤児院の子供を一か所に集める。恐怖に竦んで動けない子は担いだ。どんどん担いだ。そして子供達を先導して孤児院へと先導した。道すがら武装した人とたくさんすれ違った。街の中心にある鐘がずっと鳴っていた。非常事態に街中の戦える大人が集まっているようだ。しかし、それでもあのゴブリンの大群が相手では大してもたないだろう。


 ふう、やっと孤児院に着いた。院長先生が駆け寄ってきた。どうやら子供達のことを心配して孤児院の外に出ていたようだ。


「院長先生! 子供達を避難させて来ました! じゃっ!」

「ちょっとカイト! あなた何処いくの!」


「ルシアのとこに決まってる!」

「待ちなさい! 魔法の使える私が行くわ」


「大丈夫、僕が行った方が早いから! 先生は万が一のために子供達の傍にいてあげて!」

「何を言っているの! あなたはまだ職業授与も終わっていないのに。無茶よ!」


「大丈夫だよ!」

「ま、待ちなさい! えっ――」


 院長先生の制止を振り切って河原へと急ぐ。ルシア頼むから無茶してないでくれよ。あいつは血の気が多いからな。しかし、どうやってこのピンチを乗り切ろうか。空を駆けながら俺は思案する。

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