第2話 ああ今日だ。俺はげんなりとした気持ちで会社から出た。

年は二十歳ごろだろうか。左目に傷のある若い男が、ひーふーみーと札束を数え、とんとんと整えてから「今月もありがとね、おじさん」と笑った。


俺は男の手にある札束を見て、「今月もこいつらに搾取される」と考えげんなりした。

顧客のお陰で、そこらのサラリーよりは多分に貰っているほうだが、こうも露骨だとさすがに妻も不満に思うんじゃないか。

が、そこは妻の美点、美緒はそのほんのりと相手を癒すオーラを放ちながら、何も言わずに毎朝俺に「行ってらっしゃい」と言ってくれる。

俺は本当にいい妻を持ったと思う代わり、抱えてしまった負債に頭を悩ます。



初めて彼らを連れてきたとき、俺は美緒に「ビッグダディプロジェクトっていうのがあるんだけど」とそのマルチの才能を発揮して言いくるめ、比較的顔の整った、そして絶対に悪さをせず、本物の子供のように懐いてくれるという彼らを紹介し、目を丸くした美緒は、「ふざけないで」とでもいうかと思った。

しかし美緒の不思議ちゃんともいえる面白がりな一面が発揮され、美緒は「いいじゃん、それ、私大家族って憧れてたんだよね」と意外にも乗ってきた。

俺は「うげえ」と内心思ったが、断る権利などこちらには無く、美緒を如何に納得させるかが重要なのだった。

以来この体たらく。


目の前の男、蛍は今じゃ家にも入り浸り、美緒と仲良く家事を手伝いながら談笑し、表面上では好青年を気取っているが、こうして毎月俺の給料から金を採取していく。


「じゃ、早く帰ろう」

今日はカレーだってさと、「ビッグダディ・宮下家」とグループ名のついたLINEでやり取りしながら俺を早く早く、と促した。

俺はああ、と言いながら、まるで息子のようになっている蛍を連れて、駅近くの清潔感のある公衆便所から出た。


美緒は持ち前の母性を持って、彼らを暖かく迎え入れている。

苦労して買った庭付きの一軒家で子供たちが遊びまわる様子を見てほほ笑む妻を思い出しながら、俺は足早に蛍に連れられて帰った。

帰ると、「おかえりー!」と十数名いる子供や若者の中から、「パパー」と八歳になる息子が飛びついてきた。

「おおー、光輝、重くなったなぁ」と抱き上げてやると、「私も私もー」「僕も僕もー」と次々に子供たちが飛びついてくる。

俺は本当にげんなりとした気持ちで、「よーし」とその気もないのに父性を発揮して、美緒の手前格好つけて子供らを腕にぶら下げ、ぐるぐると回って見せた。


キャーキャーと笑う子供らを尻目に、蛍が「ちょっとコンビ二行ってくる、マナ、」と同年代のリーダー格、真奈美を呼び、一緒に玄関を出ていく。

「気を付けてね」と美緒が声をかけ、「うん、早く帰るから」と明るく答える彼らは、どこへ行き誰に何を渡すのか。

俺はそれを考えると、無性に腹が立ち、無性に虚しかった。ぐるぐると回りつかれて、倒れ込んだ俺に子供たちが乗っかってくる。

「いい加減にしろ!」と怒鳴りたいのをこらえていると、美緒と数名の女子が「みんなー、ご飯だよ、席ついて!」と号令をかけた。

はーいと皆が離れていく。

俺はソファに寝転がりながら、はーあとため息をついた。

乱れたシャツとネクタイが、俺の甲斐性と情けなさを物語っている。

キャンプよろしく庭で煮られた鍋からカレー皿をはい、はい、と渡しながら、聖母のように笑う妻は本当にこの生活に疑問を持っていないのか、あるいは何か悟っているのか。


俺は美緒の不思議なほど深い愛情に癒しを覚えながら、くうと寝かけた。

パパカレー無くなるよ、と甘えっ子のヒナが俺に乗っかってきた。ぐえっと声に出す。

「こーら、パパ疲れてるんだから」と年上の穂乃果が俺からヒナをどかし、「パパごめんね、疲れてるよね」と気遣ってくれた。

俺はありがとう穂乃香、と答えながら、子供を人質に取って蛍達に対抗することも考えたが、すぐに打ち消した。

そんな度胸もないし、第一この人数に勝てる気がしない。子供とは、意外と力がある。


俺はネクタイを外し、Tシャツと短パンに着替えてから、ビッグダディよろしく「みんな、残さず食べろよー」と声を上げた。

家族を演じること、毎月金を払うこと。


それが蛍が俺に提示した要求だった。


俺は今のところ、それに従順に従っている。

罪悪感さえ捨ててしまえば大金が手に入る仕事をしている俺も、彼らと同罪と言えば同罪だった。

その弱みに付け込まれた。

俺はきゅっと唇を噛み、むりやりポジティブシンキングをして理想の父親を演じた。

大丈夫、金の元手はあるんだ。

俺は今日も売りさばいた件数を思い出しながら、カレーをガーッとかき込んだ。

雄太がそれを見て、「負けるかー」とむしゃむしゃと食べ始める。

美緒と光輝が楽しそうに笑っている。


俺達は傍から見ればどう見ても、理想の大家族だった。



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失礼しましたーとその古民家の玄関を出ると、ちょうど帰ってきたご主人と出会い、焦りながらも「こんにちはー」と挨拶して、怪訝な顔で見送られた。俺は速足で通り過ぎ、車に乗り込む。

「どうかばれませんように」とあの老婆がドジを踏まないことを願う。

ブオオオオンとエンジン音を響かせながら、俺はその顧客の家を辞した。

次に向かうは、別の顧客だ。

俺は蛍が「消した」と語った真崎かなこの顔を思い出しながら、俺と奴らとどちらの刑が重いだろうかとちらり考えた。

真崎かなこは蛍が語った通り、商品の購入を止め、連絡も途絶えている。

思えば真崎かなこの一件に出会ってから俺の評価も上がり、俺は「あの人は福の神か、死神かどちらだ」と頭を悩ませ、ボンネットをドンと叩いた。

お陰で厄介な連中に目を付けられ、家にまで踏み込まれる始末。


俺は妻と息子の顔を思い出し、ぐっと気を引き締め次の顧客先へと向かった。


ありがとうございましたーと新築一戸建ての家から出た途端、「お疲れさま」と声を掛けられた。

見ると、蛍がスマホを弄りながら立っていた。

俺は「監視のつもりか」と低い声を出し、「まさか、たまたまだよ」と蛍は答えた。

それに、監視するなら別の相手がいるでしょ、と笑った。俺は何も言わず歩き出した。

「なあ」

歩きながら俺は聞いた。

「お前ら、もう大人なんだし、働こうと思えば働けるだろ、何も俺から採取しなくたってやっていけるんじゃないのか?」

蛍は甘いね、と笑い、「こんなに需要があって且つ僕らの要求を満たしてくれる相手を、そう簡単に離すと思う?」そう言ってから、「それに僕、結構あんたらのこと気に入ってるんだ、パパ」と言い、俺はぐっと言葉に詰まった。

死神ならぬ、貧乏神みたいにしつこい。

俺はもう慣れた調子で、蛍が「マナ?今何してる?俺?俺は今パパと行き会ったとこ。うん、もうすぐ帰るから、なんか買うもんあるかママに聞いといて」とスマホで軽快に話すのを聞きながら、休憩がてらコンビニに入り、缶コーヒーと餡パンを買った。蛍が棒アイスを持ってきて、「安いからいいでしょ?」とまるで父親と話すかのように気軽に言う。俺はそのアイスの安さに案外気を悪くせず、一緒に買ってやり、コンビニの外で道端に二人で座り込んだ。

俺が煙草を一服していると、蛍が「俺さあ、このコンビニで働くの、夢なんだよね」と言った。

「なんで」と聞くと、「なんか、普通に働いてる気がするから」と言い、レジの女の子をじっと見ている。

「すればいいじゃん」

俺は午前中に走り回り、疲れ切った肩をこきこき鳴らしながら、「汗かいて働くってのは、結構楽しいもんがあるぞ」と言った。

「俺だって、ブラックな会社で結構苦労してるんだぜ」


それを聞いて、蛍は「ふーん」と言って、しばらくアイスの棒を咥えていたが、立ち上がってゴミ箱に捨て、「じゃね、パパ」とひらり手を振ってまたどこかへ消えて行った。

俺はそれを見やりながら、「さあて、もうひと頑張りだ」と腰を上げた。


俺はその日も成果を上げ、ほくほくとして会社に報告し、また成績棒が上がったのを見て「っし」とガッツポーズを取った。

上司は相変わらず悪人面だが、会社内での立ち位置は前より安定している、というか既にエリート枠だ。

俺は「先輩凄いっすね」と金髪の後輩が持ち上げてくる中、でも家には小悪魔がいるんだよ、と声に出さず皮肉に笑った。

これで今月は、結構潤うかもしれない。

俺は頭を抱えている存在に贅沢をさせてやることを考えているのに気づき、すっかり汚染されたビッグダディの思考に鳥肌が立った。

違う違う、俺の息子は光輝一人だ。

すると上司が「おい」と呼び、はいと出向くと、「これ、ボーナスな。この調子で頼むぜ」と、暗に逃げたら許さない、とまた脅しをかけて俺の腹を軽く殴り、俺は「う、はい」と答えながら、心の中で震えた。

果たして俺たちの未来に、希望などあるのだろうか。



ある日蛍が皿を洗っていると、「ただいまー」と美緒が買い物から帰ってきた。

何度も車と玄関を往復して買い物袋を抱えている。

その様子を見て、蛍は半ば舐めた口調で「母親って大変だね」と言った。

すると美緒は「うん、大変で楽しい」と笑った。

は?と蛍が怪訝な顔をすると、美緒は「私ね、もう子供産めないの。だから蛍ちゃん達が家族になってくれるって聞いた時、本当に嬉しかったの。上から下まで、男の子も女の子もいるんだもの」と笑った。


うーどっこいしょ。


そう言って袋をテーブルに置く美緒に、蛍は何も言えなかった。

しばらく黙って、この母親の様子を見ていた。



その日は子供たちの内、三人の子供の誕生日だった。

昼間上司に久しぶりに脅されたことからの心理的作用だったかもしれない。

俺は義務的に、しかし無意識に普通の父親のような心境でホールケーキを三つ買い、それぞれに「なんとかちゃん、誕生日おめでとう」とチョコレートを載せてもらった。

家に帰ると「パパお帰りー」と小さな子たちの無邪気な笑い声が上がった。

俺はすっかり疲れていたが、「ああ、ただいま」と笑って答えた。


そーら、慶介、七海、浩太、誕生日だろ、肩車してやるぞー。

キャー!


そんな俺達を見て、蛍が細く目を細めた。真奈美はそれに気づき、蛍、どうしたの?と聞いた。

蛍は「・・・・何でもない」と言い、「ちょっと、出てくる」と言って家を出た。


蛍はその日から、家に帰って来なかった。

これは珍しいことで、一番力があるだろう存在を失った子供達は不安気な顔をしていた。

俺はこれはチャンスかもしれない、と思い、美緒、と妻を見た、が、そのとき。

美緒が背筋をすっと伸ばし、大きな声で言い放った。

「みんな、大丈夫。お兄ちゃんは必ず帰ってくるから」


だからそれまで、ママ達が守ってあげる。ねえ、あなた。


そう強い意志を持った目で言われ、俺は「う、うん」と頷いていた。

皆が俺を見つめてくる。まるで二十四の瞳だ。

俺は不安の中にいるだろうその瞳を励ましてやりたくなり、美緒に背中を押されるように「大丈夫、パパ達が、お前らを養ってやる」と力強く答えていた。

真奈美と穂乃果が、半ば疑問符を浮かべてこちらを見ている。

俺と美緒は「ほーら、だから晩御飯にしよう!」と皆を急かし、その日も庭で大騒ぎしながら夕飯を食べた。

皆、どこか不安げに、それでも安心したように食べ、遊び、そして疲れて眠った。


俺と美緒は、敢えて何も語らず、そっと襖を閉めた。

真奈美と穂乃香が、廊下に立っていた。何か決意したように口を開きかけた真奈美に、美緒は「だーいじょうぶ、きっと数日すれば帰ってくれるわよ」


だから安心して、今日は一緒に寝よう?


そう言って二人を二階へと連れて行った。

俺はすっかりくたびれた体と頭で、ふいーっと息を吐き、ビールをあおって、その日はソファで寝た。


闇の中へ消えていく蛍の夢を見て、待て、蛍、と俺は手を伸ばし、目覚めると嫌な汗をかいていた。


俺はその後、仕事の合間に蛍を探した。

路地裏、コンビニの前、怪しいビル群の奥。


どこにも蛍はいなかった。数日経ち、諦めかけた、その時。


ブルルルル、とスマホが震えた。見れば、どこか見覚えのある番号。

俺は「はい」と出た。すると、「お久しぶり」と、意外な声がそれに答えた。




俺は車を飛ばし、そこへ急いだ。

いつか見たマンションの前、車を路肩に停め、慌ただしく扉を閉めると、その部屋へと急いだ。

最上階角部屋南向きの、豪勢な部屋。

チャイムを鳴らすと、インターホン越しに「はい」と聞き覚えのある声が答えた。

「俺です、宮下です、真崎、さん?」

ドアが開いた。

間違うことなき真崎かなこ夫人が、ピンクのドレープの利いたワンピースを着て立っていた。

俺に向かって、「お入りください」とそのふっくらとした福のある顔で、優し気に微笑んだ。


部屋に入ると、「シーッ」と口元に指を当てて、真崎さんはベッドルームの扉を開けた。

シンプルな黒と白の色調の部屋の中で、蛍がベッドに横たわっていた。

顔も体も、包帯や絆創膏だらけで、腕は折れているのか、添え木がしてある。

「蛍!」

俺は駆け寄ろうとしたが、真崎さんに止められ、「こちらへ」とリビングへと促された。

そこでお茶を飲みながら、俺は真崎さんからすべてを聞いた。


蛍達は、元々が虐待されたり捨てられたりした子供達で、ヤクザ系列の経営する形ばかりの養護施設で、真崎さんのような高級層に取り入って金を巻き上げるやり口や、大人を上手く脅して騙し、搾取する方法を学んでいたこと、そのターゲットが俺であったということ、そして蛍は「園長先生」と手を切るべく、一人暗闇の中に入っていき、恐らく園長先生は生きていないだろうということ。そして、真崎さんから俺と同じようにとはいかないが、相変わらず搾取し続けていたこと。


「私はね、お金を使うことは、慈善事業だと思ってるバカな女だから」


真崎さんは語った。

「だから、可哀想な子供たちを、ただ気まぐれに可愛がるくらいのゆとりはあったから、世に貢献することだと思ってたのね、お金を使うことって、でも、それって違ったのね」

真崎さんは、一旦言葉を切り、ベッドルームを見た。

「あの子は私を、恨んでいたと思うわ。殺したいと思うほどに」

それでも、最後は頼ってくれた。

だから、これは、私達だけの秘密にしましょう。

真崎さんに強い目で見つめられ、俺ははい、と頷いた。


蛍、お前、闘ってたんだな。


俺はそうっと部屋を出て、いつも通り仕事をこなし、家に帰った。

俺は美緒と光輝を連れて近くのカフェに行き、これまでの経緯を話した。

すまない、と俺が頭を下げると、美緒と光輝はあっさりと「知ってたよ」と言う。

え?と俺が言うと、「だって、みんな体に傷とか火傷の後とか、いっぱいあるんだもん。それに蛍ちゃん怪しすぎだし」美緒がそう言い、ねえ?と光輝に同意を求めた。

光輝は「うん、なんか、お父さんが良いことしてるってことは知ってた」と言った。

そうだ、俺が子供達と風呂に入ったことなどいっぺんも無かったことに気づき、俺は「ヒントはそこら中にありすぎたんだ」と、改めて家族を巻き込んだ自分を情けなく思った。

「怖くなかったのか?」と聞くと、「全然?だってみんな良い子だし」そう言って美緒と光輝が笑った。

俺には二人が、輝いて見えた。この上なく、神々しいオーラをまとった二人に。俺はしばらく考えた。


前向きに検討してみるのも、良いかもしれない。


そして答えを出し、それを二人に伝えた。

二人は「いいねそれ!」とにやりと笑った。


「集合!」と子供たちに号令をかけ、皆がリビングの床に正座すると、俺は話し始めた。


「みんなもう大丈夫だ。蛍兄ちゃんを見つけた。みんながよく知ってる人に保護されてるから、安心して良い」


皆はほっとしたように顔を見合わせ、よかったーと手を叩き合った。真奈美も穂乃果も、ほっと溜息を漏らしたが、どこか不安気な様子だ。

俺は続けた。


「だが、事情があって、今は帰れない。でもこれだけは言う」


俺は息をすうっと吸い込み、言った。


「悪い奴や怖いものは、みんないなくなった。お兄ちゃんが、やっつけてくれた。もうみんなが怖い目に遭うことは二度とない、いいか、二度とだ。この意味が、分かるか?」


みんなは固唾を飲んで俺の言葉の続きを待った。

俺は美緒と光輝を抱いた。三人で顔を見合わせ、美緒が笑って言った。


「みんな、今日から、私たちは本物の家族になるのよ、いい?本物の、大家族よ!みんなは私たちの、本当の子供になるの」


一生離さないからね。そう言うと皆は、それこそもう爆発したみたいに、わっと躍り上がった。

喜びがさく裂し、泣くものも入れば、ばんざーいと抱き合う者もいた。皆美緒と俺の腕に飛び込み、わあわあと騒ぎあった。

いつもはクールな真奈美も俺の首に抱き着いて、「パパ、大好き!」とわんわんと泣いている。

穂乃果が綺麗な涙を流し、「ありがとう、ありがとう」とその場にしゃがみこんでいた。美緒がそれをそっと抱きしめた。

皆安心して泣いて、笑って、抱きしめあった。光輝がイエーイと仲間と手を叩き合い、「ビッグダディ、ばんざーい」と誰からともなく叫び始めた。

ばんざーい、ばんざーい!


俺達のその夜は、一生忘れられない夜となった。奇妙な馴れ合いや相手への警戒心も捨て去り、本当に想いあえる関係となった。


女の人ってすごいな。


俺は美緒と真崎さんの大いなる愛情を思い、感動して打ち震えた。愛情だけで、あり得なかった未来を連れてきてくれた。蛍もまた。


俺は蛍の回復を待ちわび、俺が本当の父親になったことを知ったらあいつはどんな顔をするだろう、と期待に胸を膨らませた。

光輝と交わすはずだった二十歳の酒を、あいつと先に酌み交わそう。


そしてあいつは、あのコンビニで、好きな子と一緒に毎日笑顔で「ありがとうございましたー!」と言って楽し気に働くのだ。俺とは違う、光の当たる世界で。


俺はその日を本当に楽しみにしている。皆が蛍の帰る日を待ちわびている。


美緒が「そうか、蛍ちゃんは、暗闇を照らしていけるように、蛍って名付けられたんだ」と言い、俺は「第一印象でわかるだろう」と突っ込みを入れた。

いや、そういう意味でなくて、と美緒は何か言いたげだったが、まあいいか、と笑った。


俺達家族は蛍の灯してくれた火を、消さないように頑張って生きていく。

だから蛍、早く帰ってこい。

真崎夫人はその頃、蛍の額のタオルを取り替えながら、「お父さん、お母さん」と呟くのを聞いた。

振り向いたが、彼はまだ深い眠りの中にいた。

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