第5話 “過去”



○病院の一室 真夜中

ふと、目をさますと、真っ白な天井が目に入る。灯りは付いたままで、他の患者は居ない。

絢「......。」

ボーッとしながら上体を起こすと

絢「...!」

日向「おはよう。まだ二時を回った頃だけどね。」

絢「...何で......❪嫌悪を示し❫」

日向「そんなに嫌がんないでよ。悲しいなぁ。自分の教える学生を心配しちゃダメなのか?」

絢「......❪むすっと❫。」


日向「......。」


絢「......。」


日向「...いつから異変に気付いた?」


絢「......❪無視❫。」


日向「...答えて。」


絢「......っ」



(F.B)

大学二年の冬。

少し痩せた絢を心配する瀬戸と詩緒。

瀬戸「うわ、細。食ってんのか、お前〜?」

詩緒「あんまり細いと心配するよ〜...今日午後無いし、甘いの食べに行こうよ!」

絢「うん、行く。とっておきの場所、教えてね?」

詩緒「任せて!」

そう、先に歩いていく詩緒を見つめる絢。

晃晶「❪絢の頭に手を置き❫...無理すんなよ。」

笑う絢。


その数日後、瀬戸が斗々を連れてくる。

絢(...わ、かっこいい)

晃晶「❪絢の様子を見て❫お前みたいなやんちゃな娘、あんな優男に釣り合わねぇぞ。」

絢「う、うるさいな、晃晶!!」


(...もしかしたら、忘れられるかもしれない...。友達と笑って、遊んで...少し、好きな人も作って.........)


その頃からだった。

不可解(ふしぎ)に、傷をよく作るようになったのは。



絢「...(でも、耳がおかしいと感じたのは、少し前から......)」


ゴゥッ


という大きな音に我に返る。


絢「...え?」


窓から見えたのは炎。反対側の病棟が炎で包まれていた。


そしてまた、聞こえてきた。



かごめ かごめ かごのなかの とりは

いついつ でやる よあけの ばんに

つると かめが すべった

うし...の ... ...うめん だ...れ...



日向「聞こえるか?」

絢「...っ!何、で......」

日向「取り敢えず落ち着いて。」

絢「...落ち、ついて...いられるわけ...っ」

日向「落ち着け。」

絢「...っ」

日向「耳に意識を向けるな。俺を見ろ。」

眼鏡の奥の、真っ直ぐな瞳が、絢を見返して居た。


日向「...かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる」


絢「!」


日向「夜明けの晩に 鶴と亀が滑った」


カタカタと震える絢。


日向「人当て遊びの一つ。最も良く知られているもの...又の名を“地蔵遊び”とも言われる唄だ。これで遊んだ事は有るか?」

首を横に振る絢。

絢「......何処かで…聞いた事が有る程度で...あまり、憶えてない...。」

日向「この歌詞の意味はな、小豆沢。❪絢を見て❫...


“かごめ”は籠の女と書き、妊婦の暗喩だそうだ。」


絢「...っ!」


日向「“籠の中の鳥”は誕生を待ち望んだ赤ん坊。


“夜明けの晩”...つまり、光が現れる直前である臨月に...」


絢「......っ」


日向「長寿の象徴である“鶴と亀”が揃って“滑る”...


流産の事だ。」


絢「......っふ......❪涙を堪え❫」


日向「......かごめの、最後の節を言えるか?」


絢「......っ


......う...、しろ...の.........」



後ろの正面 だぁれ?



ボゥ...ッと背後に、白い男の子が立っていた。

絢「......っ❪振り向き❫(...鬼、じゃ...無い............?)」


日向「...悲しみに暮れた彼女の後ろに立つのは、産まれ出る事の叶わなかった、水の子の霊...お前の子供だ。」


絢「あ......」


日向「今までのお前の事故の原因は、この水の子の霊。そして、お前自身だ。」


絢「......え?」


日向「その子は、お前の所を選んで、産まれて来ようとしたんだ。例え結果が、流産だったとしても。」


絢「......っ」


日向「お腹に居る間、どれだけその子を愛した、どれだけ幸せな未来を描いた。...憶えているだろう。」


絢「......ふっ...❪口に手をあて、涙を堪える❫」



(F.B)

近所の人と話す、絢と真嵜。

おばちゃん「男の子かしら、女の子かしら。」

絢「まだ分からないんです。❪嬉しそうに❫」

真嵜「どっちでも名前は同じにしようって決めたんですよ❪笑う❫。」

おばちゃん「あら、何て言うの?」

顔を見合わせる二人。



日向「......それは、決して忘れてはいけない。小豆沢が忘れようとする度に、その子は苦しみ続ける。」


水の子の霊「......❪俯く❫。」



(F.B)

勤務中、対向車のトラックと衝突し、真嵜が亡くなる。


泣き叫び、気力も失った絢は、ご飯も食べなかった。


その時



日向「どんなに辛い過去でも、どんなに短い間でも、小豆沢の身体の中で息づき、生きていたんだ。」



(F.B)

その時


お腹を裏側から蹴る、小さな感触。


絢「...❪目を開く❫

......(お腹にはまだ、この子が居る...。真嵜と私の...)」


涙がお腹に落ちる。


お腹を抱き締めた。


絢「うう...あああ、ああっ」



絢「...うぅ...っ」

ポロポロと涙を零す。

日向「その事を、決して無かった事にしちゃいけない。大切な人との思い出も、全部...消えてしまうんだぞ。それで一番辛くなるのはお前だろう。」



(F.B)

絢「早く産まれないかな。沢山可愛がって、大きくなって、そしてお母さんを大事にして〜!」

母「何言ってるのよ、絢。大事にするのは貴女の役目よ。」

絢「へへ、そうだねぇ...。産まれて来たら、先に居なくなったお父さんの愚痴、いっぱい吐いてやるからなーっ!」

母「こーらっ!」



絢(...そうだよ......)


絢「...けない......(ずっと)...忘れるわけ...ない...っ!」



(F.B)

嗚咽声。

母親に縋り付く様に泣く絢。

床に、崩れるように平伏し、叫ぶ様に泣いた。


細く、痩せこける絢。

つぅっと涙を流す。


絢「......(...私の所に来たから...生まれられなかった......。)」


震える唇を噛み締める。


絢「ごめん...ね...(私の身体に...来ちゃって...)産ん、で...あげられなくっ...て......。」


絢(もう...こどもなんて......、授かっちゃ、いけない...)


絢「子供なんて...要らない...っ」



絢「...産み、たかった...っ。もっと......、もっともっと...、愛したかった。生まれて来て欲しかった!!」


水の子の霊の方を向く。


絢「いっぱい、遊んで、笑って、真嵜との想い出話して...っ......大きくなって行くの、見たかった...!!」

涙を流す。



(F.B)

エコー検査で動いているのを見て、笑う絢と真嵜。



絢「ぎゅっ...て、して...母親ってこんなに暖かいんだよ...て...私、も...教えてあげたかった...っ......。」


ふっと笑みを浮かべる日向。


絢の傍に、白い男の子が立っていた。


絢「あ......っ」

水の子の霊『だいじにだいじにおもってくれて、ありがとう。ぼくも、おかあさんのところにうまれてきたかった。』

絢「......っ❪涙が溢れ出す❫」

水の子の霊『でも、こどもなんていらないっていわないで。ぼくのうまれてくるところがなくなっちゃう。』

絢「...っ!......言、わ無いよっ!また、大事な人見付けて、赤ちゃん授かるよ、...っそしたら...」


微笑みながら消えていく水の子の霊。


絢「...そしたら......」



(F.B)

おばちゃん「あら、何て言うの?名前。」

顔を見合わせる絢と真嵜。笑顔を見せる。



絢「......っ、そしたら、また...私の所にきてね......、“真絢(マヒロ)”......。」


手を振り、小さく、頷いた様に見えた。




残った喰鬼の一部を、小瓶を取り出し、回収する日向。

鼻を啜る絢。

火事は幻覚だったのか、病棟は焼けも崩れもせず、ただ静まり返っていた。

日向「...もう大丈夫だ。小豆沢がやんちゃしなければ、大きな事故には遭わないだろうね。」

絢の頭をポンポンと撫でる。

絢「...ありがとう、ございました。」

泣き顔を見せまいと、涙を拭う。


日向「...笑って。」

絢「......笑えって言われて笑える様な仲じゃ無いと思うんですが。」

日向「そっかー...❪頬を搔く❫...まぁ、ゆっくり普通に笑える様になってくれればいいよ。小豆沢は笑ってた方が綺麗だ。」

一瞬キョトンとしながら目を瞬く。

絢「...口説いてるんですか。」

日向「おっ、こんなおじさんでも相手してくれるのか?」

絢「...馬鹿じゃないですか。」

笑みを漏らす絢。

窓の外から、朝の日の光が二人を照らしていた。


ふと、

病院の外に人影を見付ける。

日向「......❪凝視❫。」


しかし、人影が確認出来るのがやっとで、人物の特定は出来ない。


絢「...先生?どうかしました?」

日向「あ、いや...。何でもない。」







......つづく。

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