ハロウィンナイトの奇跡
リョウ
ハロウィンナイト
僕の名前は
そして今日は10月31日。街中至るところ仮装した人たちで溢れかえっている。それこそ一般的な服を着ている人が逆に目立つ程にだ。
だからと言って僕は仮装はしない。単にコンビニに行くだけなのだから、仮装する意味が無い。
いつものお決まりと言ってもいい紺色のジャージに身を包んだ僕はいつもの道を通りコンビニに向かっていた。行き交う人たちは鋭利な牙を持ち合わせるドラキュラだったり、全身に包帯を巻いたミイラ男?
あるいは女だったり、更には女刑事の格好をした人やメイドの格好をした人などコスプレの範囲は様々であった。
だがしかし、コンビニはいつもと同じだった。お決まりの青と白の縦縞の制服に身を包んだコンビニ女店員は毎度気怠げな声で接客をする。それは店員としてどうなのだ? と疑問を持ったことは多々あるが今となってはこれが普通だから変に笑顔を浮かべられたりするとこっちが困る。
僕はカロリーメアトのチョコ味と紅茶を買ってコンビニを後にした。
家に帰るまでには必ず通らなければいけない大通りの方からハロウィンで大いに盛り上がっているのが予想される。
基本的に祭りごとが嫌いな僕にとっては異国の文化であり、それを嬉しそうに一緒になって祝っている日本人がどうにも考え難かった。
ハロウィンは元々収穫祭であり、日本にはなんの関係もない。
にも関わらずはっちゃけてコスプレなどをしている人たちを見ると頭が痛くなる思いになる。
僕はそんなことを考えながらぼーっと歩いていると不意に何かとぶつかった。
脚に当たったことを鑑みても小学生くらいであろうと予測が立てられた。
真っ直ぐ前だけを見ていた僕はその事がきっかけとなり、視線を下へと向けた。
道路には大きなカボチャが飾られたりしていた。それが目に入り、嫌気がしたがすぐにそれを視界から追いやりぶつかった正体を確かめるべく視線を足元にもっていった。
するとそこにいたのは何とも可愛らしい子どもだった。
夜空に浮かび妖しげな光を放つ月をその大きな瞳に移しながらその子どもは舌足らずで言った。
「今日はなんの日?」
あまりに唐突な問いに僕は一瞬戸惑ったが、すぐさまその答えは口から無意識的に出ていた。
「今日はハロウィンだよ」
「はろうぃん?」
その子どもは不思議そうにそう聞き返した。
「そうだよ、ハロウィンだよ。トリックオアトリートって言ったらお菓子貰えるよ」
どうして僕はこんな見ず知らずの子にこんなこと言ってるのでろう──。
「とりっくおあとりーと?」
「そうだよ」
僕はいつの間にか腰を折ってその子と視線を合わせていた。上からでは分からなかったが、顔や纏っている胸元に小さなリボンの着いたワンピースの服に泥が跳ねている。
「君、凄く汚れてるけど……ご両親は?」
「パパとママのこと?」
「そう」
その子は一瞬不思議そうな表情を浮かべてからかぶりを振った。
「いないよ、ここに来たのは私1人だから」
私ってことはこの子は女の子なのか。そんな余計な思考が巡る。
「そっか。でも、そんな泥々じゃな──」
困ったことになったなぁ。僕は心底そう思っていた。その子のここに来たという訝しげな言葉をそれほど気に留めることなく、これから先の事を考えていた。
警察に届けても迷子じゃないしな──。
「どうして君はここに来たのかな?」
「遊びに来たの」
「帰り方は分かる?」
「うん、分かるよ。明日には帰れるから」
泥々のまま帰すのも……。そう思って僕はこう提案した。
「シャワーだけでもしていく? 僕の家近いんだけど──」
誘拐──とかにならないよね? 言い出したものの恐ろしくなり辺りをキョロキョロも見渡す。
様々な露天が出ており、明々とライトアップされており、仮装した人々が行き交う仮装者同士に笑顔を振りまいている。時折離れた場所から大きな音が聞こえるが、パレードでもしているのだろうか。
ほとんどの人は仮装した者同士で会話をしてこちらに興味が無さそうである。時折、こちらに気づくものもいるが、しかし年の離れた兄妹が話しているようにしか捉えられていない。
こんなことしなければ大丈夫──だよね?
僕は至って平然を装ってその子の返事を待った。
その子は顔を綻ばせ、柔和な笑顔を浮かべ大きく頷いた。
***
1LDKの至って普通のマンションの部屋。部屋に備え付けのLEDライトの電気が明々と部屋を照らし出す。
奥の部屋からは僅かに水の音がする。街でばったり会った小さな女の子──
「海唯ー、水が熱いのだっ!!」
浴室の方から大きくて元気な声が響いてくる。
「そりゃあお湯だからな」
この子はどんな家で生活してきたのだろう、と思うほど様々なことに驚き、興味を示す。
「な、な、なんだ!? このモヤモヤっとした白い煙は何なのだ!?」
「湯気だよ」
浴室の外からコンの声に合わせた大きめの声で答えるとコンは嬉しそうに僕の答えを復唱している。
いつ以来だろ、こんなに家が騒がしいのは──。地方から都内の大学に進学したのは良いものの、お金の面でも勉強の面でも苦労が耐えず結局就活も上手くいかない。だからかな、いつの間にか自分を塞ぎ込んでたような気がするな。
そんなことを考えながらぼーっとしていると不意にぺちゃぺちゃという音が耳に入った。
何の音だ?
意識を引き戻し、前を見るとそこには全裸のコンがいた。
全身が仄かに蒸気していて紅潮しているが、やはり子どもの身体だ欲情など全くしない。
「私ベチャベチャだぞ! 体振っても水滴落ちないぞ!」
真剣な顔でそう告げてくるコンに僕は本気で笑い、
「それができるのは犬とか狐くらいだよ」
「むぅ──。いつもは出来てたはずなのにな」
僕に聞こえるか聞こえないかでコンは告げた。
「ちょっと待ってて」
僕は床に着いた小さな濡れた足跡を見ながら小さく微笑み、浴室にわかりやすく掛けていたバスタオルを手に取り、コンの下へと戻った。
「これで体拭きな」
頭の上からタオルを被せてそう言うとコンは不思議そうにそれを受け取った。
「これ……、フワフワだぞっ!」
「洗濯してるからな」
そんなことでも驚くのか。色素の薄い茶色の髪に狐のようにつった大きな焦げ茶色の瞳のコンに視線を向けながら僕は本気で彼女の生活を疑った。
それから僕はコンに僕のTシャツを着せた。体の小さなコンが着ると普通のTシャツがワンピースのようになる。
「コンの服はいま洗ってるからちょっとそれで我慢してくれ」
「ありがとなのだ!」
黒地に白の英字が書かれた服をマジマジと見つめながらコンは礼の後に加えた。
「これは海唯の匂いがするのだ!」
「えっ、臭いか?」
唐突な台詞に思わず体を乗り出して訊いてしまう。しかし、コンはかぶりを振って続けた。
「いい匂いなのだ! 優しくて思いやりがある匂いなのだ!」
「それ──、洗剤の匂いだよ」
僕は苦笑気味にそう告げたのだが、コンは満面の笑みを浮かべていた。まるでコンの告げたことに偽りがないかのように──。
***
それからしばらくして洗濯機が止まった。乾燥まで掛けておいたので時間もかかり少し皺がついたが着れないこともない。
「ほら、乾いたぞ」
コンは目を光らせるようにして「うおぉぉ」と歓声をあげた。
「ありがとなのだ!」
そこまで喜ばれちゃな。ただ洗って乾燥掛けただけの僕は無性に恥ずかしくなりどう答えればいいか分からなかった。
「ど、どういたしまして」
子どものころに叩き込まれたありがとうにはどういたしましてが口から零れていた。
時刻は23時46分。デジタル時計がそうさしていた。
「いつの間にこんな時間になってたんだ」
コンのことどうしよ……。
時間は遅いし、今頃交番連れて行っても何か変な誤解されそうだし──。
「大丈夫だよ」
そんな時だった。コンが先ほどまでの舌足らずの言葉ではなく、妖艶さを纏う声で僕に告げた。
「コ、コン──?」
見違える……いや、聞き違える程に別人の声に僕は思わず声を裏返していた。
「はい、コンです」
長く腰のあたりまで伸びる茶色の髪が部屋を照らし出す明かりを反射して薄茶色に見える。そして、狐のようにつった目には優しさがこもっている。
輪郭も子どものようなふっくらとしたものではなく、スッと大人びた雰囲気になり、身長も僕が洗った服も伸びて大人のようになっている。
「ど、どうして──」
予想だにしないことが起こった時、人間は思いの外冷静みたいだ。僕は頭が真っ白になるのではなく、コンが急成長したことを理解できていたのだ。
「もうすぐお別れです」
意味がわからなかった。まだ夜だ、コンはここから飛び去ったりするのか?
頭の中がこんがらがる。
「コン──。君は一体?」
どうにか言葉を紡ぎ、身体も大人に成長したコンに訊いた。胸元のリボンは大きくなり、そこから覗く胸の谷間にはエロさより美しさを感じさせる。
膝上丈の裾から覗く細く白い脚にも魅力を感じる。
「私は──」
コンが口を開いた瞬間、時刻が23時50分になった。刹那、コンの通った鼻が黒くツンっと尖ったものになる。
そしてその瞬間、僕の頭の中に昔おばあちゃんに聞いたある話を思い出した。
『海唯、よく聞きや。10月31日はハロウィンと言ってな秋の収穫を祝うために悪霊を追い払うという祭りごとなのじゃ。それでその悪霊を追い払うために常には見えない心綺麗な
「──化け狐です」
コンの表情が一瞬だったが
多分自分でそれを言うのは嫌なのだろう。
「そっか……」
僕は務めて表情を崩さずコンに言葉をかけた。
「──っ! 驚かないのですね?」
コンは端正な顔に器用に驚きを刻み、言うのを聞いて僕は弱々しく笑った。
「驚いてるさ。でも、昔ばあちゃんに心の綺麗な妖が出るって聞いたことがあったからさ。だから──」
「そうでしたか。でも、あなただけでした。私に声を掛けてくださったのは 」
刹那、コンの頭に狐の耳が生える。そして、重々しい沈黙が流れた。
「有難うございました」
コンは立ち上がり、綺麗な分離礼をした。
僕は釣られて立ち上がって、頭を下げた。
久しぶりだな、こんなにキチンと心を込めて礼をするのは。
就活の時だって、こんなに気持ちのこもった礼をしたことはない。
「僕の方こそありがとう。コン、君と出会えたお陰で僕は生きる勇気が貰えたような気がするよ」
コンはパッと顔を上げて、真剣に告げる僕の顔を見た。耳と鼻が狐のそれになっていても見とれてしまうほど綺麗な顔のコンに見つめられ、ほんのり顔が紅潮するのがわかった。
「そんな──。毎年この日に
僕はどこか悲しげな表情を浮かべてコンを見て胸が苦しくなるのが分かった。
「でも、誰にも声など掛けて貰えなかった。だから、はろうぃんとかとりっくおあとりーとなんて言葉も初めて知りました」
100年前にハロウィンもトリックオアトリートって言葉も無かったと思うけど、という台詞は飲み込み僕は頷く。
「だから私、とても嬉しかったのです。海唯に話し掛けていただいて」
コンの大きな瞳には真珠のような涙が浮かびあがっている。
その涙には僕の部屋にある家具が反射していた。けど、僕にはそれがコンが100年間体験した悲哀に見えた。
「本当に有難うございました」
時刻は23時58分から59分に変わる。残す時間はあと1分。雪のように白かった肌が薄茶色になって、小さな尻尾まで見え隠れし始めた。
そんなコンは「最後に──」と言った。
僕はそれに大きく頷くことで応えた。
コンはそれを見るや瞳に溜まった涙を頬から顎へ伝え地面へ落とした。
同時に僕に抱きついた。
僕の家のシャンプーの匂いがした。成長してもお風呂に入った事実は変わらない。
頭洗ったんだな──。
僕は不意に感慨深くなった。巣立ちを見る親の気分になり、涙が流れた。
自分でもびっくりした。内定貰えなくても泣くことはなく、「やっぱりか」としか思わなかった僕がほんの数時間前にあった子どもとの別れに涙していたのだから。
「あと15秒です」
耳元で囁かれる人間の姿をした狐の体温は母親のように暖かく僕を包み込んでくれた。
「もしもあなたが同じ種族ならば──」
コンはそこで言葉をきった。いや、切れたのだろう。
そしてそれと同時にコンの温もりが消えた。
僕は慌てて時計に視線を移した。
11月1日0時0分。日付が変わっていた。
ハロウィンは終わったのだ。だから悪霊は追い払われ、妖は隠世へと帰ったのだ。
不意に生暖かい風が僕の頬をなでた。
窓も開けて無ければ、暖房をつけているわけでもない。
そして瞬間、『好きになったでしょうに──』と先ほどのコンの言葉の続きが僕の頭の中に流れた。
僕は何故か涙が溢れた。たった数時間、ほんの数時間しか一緒にいなかったコンに僕はここまで思い入れをしていたようだ。
部屋の中は妙に閑散として、やけに広く感じられた。
浴室からリビングに繋がる床には小さな人間の足跡が残っている。コンが小さな子どもであって、僕の家にいた証拠だ。
それが目に入って僕は悲しみがこみ上げてきた。何とも言えない哀愁に襲われ、布団に潜り込んで大きな声を上げて泣いた。
どれくらい泣いただろうか。僕はそれが分からないほど泣き、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
***
次の日、僕の携帯に1通のメールが届いた。
「株式会社○○△△コーポレーション──」
僕が書類審査を送った数多ある会社の一つだ。
メールによれば、是非面接に来てくれの事だった。
要するに1次は突破したという事だ。初めてだった。今までは全てメールに不合格と書かれて届いていたので、嬉しかった。でも、自然と口に出ていたのは「やったー」と言った喜びを表したものではなく、お礼だった。
「ありかとう、コン」
刹那、
「来年もお会いしてください」
そう返ってきたような気がした。
ハロウィンナイトの奇跡 リョウ @0721ryo
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