第四部 文官列女文化人
ごきげんよう、崔浩である。
ここで少し柔らかい面々を語ろう。
文官、列女、文化人である。
・文官
八王の乱に絡んではくるものの司馬懿の息子である。人生のラストにまさかあのような馬鹿げた争いが起こるとは。南無。
この人は普通に宰相枠でも良いのだが、こう、何というか、エピソードを読めば読むほど「内政の化け物」と言う印象が焼き付いてしまう。晋の支配を一族郎党で結束して振り切り、ようやく「成漢」を樹立した
三国志末期を彩る名将
司馬衷の弟。しかし
※事後演繹予言ビーム:歴史著述者、即ち後の結果を知る者が、ある人物の見識高さを演出するために飾り付ける、後の結果を踏まえた提言。中には実際に言われたものも少なくなかろうが、あまりによく使われたため、二十一世紀日本にて「軍師の頭の良さアピールで事後演繹予言ビーム照射されると萎えるよねーwww」などと囁かれている。と言っても人間、自分よりも頭の良い人間の思考などそう簡単に想像できるものでもないのよなあ。おっと余談が長くなった。
三國志、
石勒の配下として清冽な存在感を示す。ある日石勒の召喚を受け、ぼろを着たままで参内した。「お前、この俺に会うのにその格好はどうよ」とさすがの石勒も突っ込んだが、ここで樊坦は「いやぁ、クソ羯どもにむしり取られましてね」と返した。この頃樊坦の任地は石勒の同族、羯族の収奪に遭っていたのだ(なお「クソ羯」については、うっかり口が滑っただけのもよう)。それを、服装という形で訴えに出た。この訴えに石勒は感心し、多大な褒賞を下している。樊坦が本当に窮状に晒されていたにせよ、儒者的演技の賜物にせよ、石勒の人物をどのように表現したいと考えているか、がよく分かるエピソードである。
なおこのエピソードは、石勒が目指した胡漢融合と言う境地から眺めることでより補強される。即ち、例え石勒の同族たる羯族であっても特別扱いはしない、と言うことだ。樊坦は、いわば石勒の胡漢融合政策の象徴的存在である、と言える。
官僚としての印象が強い人物であるが、劉琨に従い石勒と戦ったりもしている。劉琨は敗色濃厚を悟ると温嶠を使者として司馬睿の元へ派遣。劉琨の敗死や西晋の滅亡を受け、司馬睿に仕えることとなった。そして司馬睿を帝位に推戴。しかし東晋は琅邪王氏の権勢が非常に強く、
前燕対後趙という図式を描けば、世代的に衰退王朝対成長王朝、となる。即ちしばしば後趙軍と渡り合った悦綰は、爾後の前燕の雄飛を占うが如き治績を上げた、と言っても過言ではあるまい。世代交代の象徴として、この能吏は深く民心に覚えを保たれるべきである。この人の活躍の舞台はまさに甲趙と前燕が衝突しまくっていた地域であり、当然荒廃していた。しかしそのような場にあってよく民を守り、一方では戸籍調査などを行って実態を確認、税収確保に努めた。晋書ではこれらの功績を疎んだ慕容評に殺されたことになっており、資治通鑑では病死となっている、と言う。慕容周りのこの……
前秦に仕えた、苻堅にとっての諫義大夫。いや、それにしてもこの言葉は非常に便利であるな。唐代にて制度化するわけである。多くの苻堅を諫めるエピソードがあり、その信任の厚さたるや想像を絶するものがあるのだが、……ところでかれのエピソードの中に「苻堅が慕容垂の奥さん寝取ったのでおいバカやめろとツッコんだ」と言うものがある。斯様な真似をしでかし、何故苻堅は、慕容垂が自分に忠誠を尽くし続けてくれると思えたのであろうか。苻堅の死後は仏門に入り、東晋の
郗鍳の孫。桓温の参謀としての働きを見せた。京口に赴任するもいちいち腰の重い父の郗愔に業を煮やし、その名を偽って実質的な前線引退しますよ宣言をさせた。これによって桓温は北西両府の軍権を掌握するに到る。桓温にとっての比類なき功労者であり、また晋書観点では「元凶」とも呼ぶべき存在ともなる。桓温の簒奪謀議の立ち上げにも絡んでおり、また「枋頭」前夜には諫止の奏上をなし、後日桓温に「あの時超の言を容れておれば」とも言わしめた。郗愔よりも先に亡くなるが、全力で不仲であったためあまり悼まれなかった。行状よりすれば、やむなきことである。
ストレスがマッハな人、と言う総括である。桓温の弟。兄の死後には西府軍を継承。簒奪の意図をあきらかにしていた兄の後であるから、はじめに「いやいやさすがに俺らはそんな大それた野望持ってないですからね?」と、晋朝に行動で示さねばならなかった。つらい。淝水の戦いに際しては西府防衛を任じられ「おいおい謝安あんな小僧っこどもに任せるとかヤキ回ったんじゃネーノ」と愚痴を漏らしている。ちょっとかわいい。とは言えその顛末を知っていても、桓沖のぼやきには同意せずにおれぬ、それが淝水の恐ろしさであろう。そんな淝水の直後に病死。恥ずか死ではないかと疑っている。
北魏の誕生を支える名外交官。と言うよりこのただ事でない名前の厨二臭は何なのか。代の末期から北魏の建設に至る、いわゆる拓跋の雌伏期を繋いだ。なおこの時期はまるまる道武帝の幼年~少年時代に当たる。道武が立ち上がる時匈奴諸部よりの後見を得ているが、この影に燕鳳の仕事があるのは間違いがあるまい。とは言えそこまでは前説である。この人のエピソードの出色は「代が滅んだとき道武が前秦の都長安に人質として差し出されそうになったが、それを燕鳳が食い止めた」である。即ちこの人がいなかったら道武は
赫連マジキチ勃勃の臣下であるから当然マジキチである。勃勃が遺した統万城は、発掘調査の結果、その威容堅牢たるを衆人に知らしめている。と言うのも建築責任者となった叱干阿利が、例えば城壁工事にて「錐を打って一寸以上壁に食い込めばその部分を築いた者を即座に殺して壁に埋めた」そうである。なるほど、職人の育成はこのように行えばよいのであるな。やれるか。勃勃も、どちらかと言うと城壁に職人を埋めているのを見て爆笑したので叱干阿利を信任したのではなかろうか。
・列女
賈南風
恵帝
賈南風が廃されたあとの、司馬衷二人目の皇后。あまりにも偏りが激しいが仕方がないのである。皇后位を七回廃された上で七回復位し、最終的には劉曜の皇后になるなど、ドラマチックにもほどがある。本人としては堪ったものでもなかろうが。激動の人生ではあったが、劉曜の皇后に収まってからは幸福であった、とされる。ただ劉曜とのやり取り「前の夫はろくろく家族も守れないダメ亭主でしたが、あなたは全然そんな事ないです! 最高!」のあの言わされてる感は割とヤバいようにも思う。
石勒の皇后。諱は残っていない。石勒の正妻兼参謀という装いの人物であり、女傑と呼ぶに相応しい。才色兼備で嫉妬しないという美徳を持ち合わせた、とされる。一夫多妻制の中で嫉妬しない、が美徳とされるのは、ある意味でやむなきことではある。しかし男側に基づいた観点であると思わずにはおれぬ。ところで前漢の創始者劉邦の皇后、呂雉の再来と呼ばれたそうである。いいのか、あれ割と簒奪者枠の気がしたのだが。
東晋明帝の皇后。皇后にしてレイプ被害者。なんだこの地獄は。蘇峻の項で建康陥落、と書いたが、ともなれば当然建康に住まう人物は全員が被害者となり得るのである。また庾文君は姓が示すとおり、庾亮の親族である。反乱軍のフラストレーション及び性欲のはけ口になるのは当然の流れであった。五胡十六国時代は北の蛮族、南の貴族とカテゴライズされることが多い。だがご安心頂きたい。どう考えてもどちらも普通に蛮族である。ただしボスニアヘルツェコビナの例を持ち出せば、「紳士と思っていた隣人が獣と化した」例も決して少なくはない。庾文君の悲劇は、どう徳化を試みたところで、結局のところ人間はその獣性を簡単には捨て切れぬ、と示すエピソードなのやも知れぬ。
田中芳樹氏が大好きで仕方ない人物、と言う印象である。三国志は魏の
東晋康帝の皇后。本名は
・文化人
五胡十六国時代以前にも西方伝来の異教、即ち仏教はおらぬでもない。しかし存在感を増すのは間違いなく五胡十六国時代以後である。このひとは石勒、石虎の庇護を受けている。中原にのさばる儒と言うゲテモノに対し、恐らく漢族でない石勒は拒否感を得ていたのであろう。ところで思想史を辿ると、仏教的思想は道家、即ち老荘思想と非常に親和性が高かった。また東西両晋時代に渡って麻疹の如く蔓延した「清談」志向は老荘に準拠している。実を求めた後趙朝と、虚に耽溺した晋朝貴族層のナレッジベースに老荘という共通項を得ているのが、なかなかに皮肉が効いていてよろしい。
二十一世紀に到るまで「書聖」として書道界のレジェンドたる地位を確保しているひとである。琅邪王氏である。割と政治には興味がなく、隠遁生活を送っていたりする。この人を見ていると、つくづく文化とは余剰と保護と安穏の先に産み出される退廃の副産物であるな、と思わずにおれぬ。一方では文化とは平和の副産物であるとも言えるので、簡単には弾劾し切れぬところはあるのだが。ただし琅邪王氏の平和は間違いなく民庶の流す血涙の上にある。王羲之の筆が神がかっていることに異論を差し挟む余地はないが「ところで筆は矛より強いんですか?」とは詰問してみたくもある。
法華経を漢訳した。ホケキョウ。サンスクリット語と漢語という死ぬほど相性が悪そうな言語の橋渡しをした労苦は、手放しで称賛されるべきであろう。はじめ
筆名は
以上である。
次がラストである。
ある意味では次ページが本編、ともいえるのやも知れぬな。
では、また次部。
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