[5] 終焉

 1月26日未明、「赤い十月」工場の労働者居住区に近い「ママイの丘」の北で、第21軍の戦車部隊と第62軍の第13親衛狙撃師団が合流を果たした。ほぼ5か月間自力で戦ってきた第62軍の兵士たちにとって、その光景は予想に違わず感動的だった。チュイコフは次の言葉を書き記した。

「筋金入りの強者たちの眼に喜びの涙が溢れていた」

 スターリングラードの孤立地帯は2つに分断された。続く2日間で、パウルスら高給将校たちは南部の狭い地域に、第11軍団は北部の工場地帯に閉じ込められた。負傷兵も戦闘神経症の者も、まだ体力が残っている部隊も寒さと砲弾を避けて建物の地下室に身を潜めた。外界との連絡は、第24装甲師団の無線機だけだった。

 パウルスとシュミットは赤の広場に面したウニヴェルマーク百貨店の地下に新たな司令部を置いた。ドイツ軍の占領を示す物は玄関の上のバルコニーに取り付けられた間に合わせの竿に下がるハーケンクロイツだけだった。

 1月30日、第64軍司令官シミュロフ中将は工兵大隊を加えた第38自動車化狙撃旅団に市南部の中心街を制圧するよう命じた。建物の中や地下室に潜むドイツ軍兵士の間に絶望感が漂い始める。狂ったように譫言を言う兵士や、極度の緊張と栄養失調で幻覚を見出した兵士が増加した。

 1月31日、ヒトラーはパウルスを含めて4名の上級大将を元帥に任命した。「ドイツ軍の元帥は決して降伏しない」という、自身の勝手な神話に基づく思い付きであった。最後に開かれた将官会議で、パウルスは部下の1人に力を込めて言った。

「あのボヘミアの伍長のために自殺するつもりなどない」

 第64軍はスターリングラード中央部の全域を事実上確保した。破壊された建物や地下室は手榴弾と火炎放射器で一掃された。赤の広場は火砲による集中砲撃にさらされ、ドイツ軍の地下司令部の上にいた第194擲弾兵連隊の近衛兵は降伏した。

 午前7時35分、タガンログの「特別参謀部」は第6軍司令部から最後の通信を受け取った。

「玄関にロシア兵あり、我々は降伏する」

 その2時間後、第64軍参謀長ラスキン少将はパウルスの正式な降伏を受諾した。パウルスとシュミットはベケトフカに置かれた第64軍司令部に連行された。東プロイセンのラステンブルクにいたヒトラーは第6軍降伏の報せを無言で聞いた。

 2月1日、ヒトラーは怒りを爆発させた。パウルスはなぜ自決しなかったのか。その後に北部の工場地帯に閉じ込められた第11軍団に対して、次のような総統命令を下した。

「孤立地帯を死守し、出来る限り多くの敵兵力を釘づけにして他前線の作戦を促進せよ」

 最後の孤立地帯を粉砕するため、ソ連軍は約800メートルの前線に300門もの火砲を集中させた。打ち壊された工場地帯に潜む第11軍団長シュトレッカー大将の心中は複雑だった。戦闘の続行がマンシュタインの援護という立派な目的があると信じ、部下の降伏要請は拒否していた。だが、ナチの宣伝目的に自滅することは不本意だった。

 2月2日は深い霧とともに明けた。風が出て霧は晴れた。早朝、シュトレッカーは部下の将校がソ連軍と降伏の交渉をするために出発したという報告を受ける。ついに決心を固めたシュトレッカーは最後の通信文を起草し、ドン軍集団司令部に送付した。

「第11軍団はその6個師団とともに奮戦し、最後の一兵まで任務を遂行した。ドイツ万歳!」

 第6軍の全面降伏が第62軍に伝えられる。信号弾が空に打ち上げられた。外を歩いている人々は嬉しさのあまり誰彼なく出会った人と抱擁した。都市を巡る悲惨な戦いを思い出すにつれ、生きている我が身は驚異でしかない。戦前は60万を数えた市民はわずか9796名に激減していた。街は打ちのめされ燃え尽きた残骸だった。

 ソ連軍の兵士はドイツ軍の敗残兵たちに命令を下した。「歩ける者はみな表に出て収容所まで行進せよ」捕虜たちは武器も鉄兜もなく、収容所へ向かってとぼとぼ歩いて行った。捕虜たちの前に立ちはだかったソ連軍将校は周囲の廃墟を指して叫んだ。

「ベルリンだって、こうなるんだ!」

 ドイツ軍はスターリングラードにおいて、不敗の名声以上のものを失った。第6軍は完全に消滅した。戦死者は14万7000人を数えた。9万6000人が捕虜となり、故国に帰れた者はわずかだった。ソ連軍もまたスターリンの名を冠した工業都市を奪還するために、兵員約169万人を動員した。そのうち戦死者47万9741人を代償として支払ったのである。

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