第29章:破滅

[1] 救出作戦

 ドン軍集団は第6軍の救出作戦である「冬の嵐ヴィンテルゲヴィッター」作戦を、総統大本営との十分な協議を重ねた末に立案した。

「冬の嵐」作戦の目的はソ連軍の包囲を突破して、第6軍に補給物資と増援部隊を送るための「回廊」を作り上げることだった。ヒトラーは第6軍の陣地を保持し続けることによって、今後もスターリングラードをうかがうことを考えており、孤立地帯の包囲突破を許可するつもりは毛頭なかった。

 しかし、ドン軍集団司令官マンシュタイン元帥は第6軍が孤立地帯で越冬できる状態にないことを把握していた。そこで、独自に「雷鳴ドンネルシュラーク」作戦の立案を命じていた。「雷鳴」作戦は「冬の嵐」作戦が成功した後、第6軍は陣地を放棄してドン軍集団と合流するという内容だった。

「冬の嵐」作戦のために、A軍集団から引き抜かれた第57装甲軍団(キルヒナー大将)はあまりにも弱体化していた。マンシュタインは軍団麾下に第23装甲師団(ボイネブルグ=レングスフェルド少将)の他に、フランスから第6装甲師団(ラウス少将)を編入させた。第6装甲師団は11月27日にコテリニコヴォに到着した。

 12月3日、コテリニコヴォから北西約11キロの地点にあるパフリョービン村近くで、第6装甲師団は第4騎兵軍団との猛烈な戦闘に巻き込まれた。固い氷を踏み砕きながら進撃するドイツ軍の戦車部隊は、第81騎兵師団に多大な損害を与えて排除した。

 この報せを知ったスターリングラード正面軍司令官エレメンコ大将はスターリンに急報する。すなわち、ドイツ軍が増援部隊を得てコテリニコヴォから北東に攻めるのではないかというジューコフの危惧が具現化したのである。だが、スターリンは孤立地帯の南西に兵力を移すことを拒否した。

 12月10日、ヒトラーはもはや一刻の猶予もならないと主張して「スターリングラードに救援攻撃を行うべし」という指令をドン軍集団司令部に送った。「冬の嵐」作戦は包囲網から125キロ南のコテリニコヴォから開始されることになった。

 12月12日、第57装甲軍団による「冬の嵐」作戦が始まった。孤立地帯に閉じ込められた第6軍の兵士たちは遠くで響く支援砲撃の轟音に耳をそばだてた。噂が第6軍を駆けめぐる。兵士たちは口々に「マンシュタインが来るぞ!」と言い合った。

「最高司令部」はドイツ軍の救出作戦がこんなに早く行われるとは予想していなかった。ドイツ軍攻撃のニュースが無線で伝えられた時、第51軍司令部にいたヴァシレフスキー参謀総長はクレムリンに電話をつなげる。だが、スターリンは出なかった。次にドン正面軍司令部に電話を入れたヴァシレフスキーは第2親衛軍(マリノフスキー中将)を反撃のためにスターリングラード正面軍に移すよう要請したが、ドン正面軍司令官ロコソフスキー中将は強く抗議した。夕方になってようやくスターリンと連絡が付いたが、自分に決断を迫る気だと感じたスターリンは腹を立て、ヴァシレフスキーの要請に返事を渋った。

 エレメンコは包囲網の南西でドイツ軍の攻撃を受けている第57軍を救援するため、第4機械化軍団と第13戦車軍団を派遣した。第57装甲軍団の先鋒をゆく第6装甲師団はすでにアクサイ河を渡り、48キロも前進していた。翌日の朝までクレムリンは討議し、2日のうちに第2親衛軍を移すことをエレメンコに伝えた。

 12月14日、第6装甲師団はヴェルニフェ・クムスキーに到達した。ここにソ連軍の戦車部隊が駆けつけ、3日間の攻防が始まった。ドン軍集団はイタリア第8軍の後方にいた第17装甲師団(エッターリン少将)を応援に送り、損害は大きかったものの第57装甲軍団はムイシコワ河の南岸に到達した。

 スターリンはドイツ軍の進撃の速さに驚きつつ、ジューコフとヴァシレフスキーの情勢判断が正しかったことにすぐ気づいた。第6軍の救出作戦を粉砕する最も効果的な方法を求められたヴァシレフスキーは、ひとまずムイシコワ河の線で救援部隊の攻勢を阻止しながら、他の地点からドイツ軍に打撃を加える案を示した。そのため、「土星」作戦は予定されていたロストフへの進撃を中止し、ドン河とチル河の南岸を守っているイタリア第8軍とホリト支隊だけを包囲することを最優先目標に変更された。

「土星」作戦は名前も「小土星マルイ・サトゥルン」に変更された。第2親衛軍がムイシコワ河におけるドイツ軍の反撃に投じられることになり、包囲網の締め上げから外れることになった。

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