[3] 「火星(マルス)」作戦

 スターリングラードで「天王星」作戦が大きな成功を収めていた時、「最高司令部」は同じような成功を中央軍集団や北方軍集団の戦区でも成し遂げようとしていた。

 中央軍集団(クルーゲ元帥)の戦区では昨年末のモスクワ攻略が失敗した後でも、第9軍(モーデル上級大将)と第3装甲軍(ラインハルト上級大将)が、ルジェフからヴィヤジマに至る巨大な突出部を保持していた。

 ルジェフ突出部の最東端に位置するグジャツクからモスクワまで約150キロの距離があったが、「最高司令部」はこの突出部を挟撃してモスクワへの脅威を完全に取り除くのと同時に、敵の2個軍を包囲殲滅するという野心的な計画の立案を「天王星」作戦の立案と並行して進めていた。

 最高司令官代理ジューコフ上級大将が立案した「火星マルス」作戦は、ルジェフ突出部を東西翼からカリーニン正面軍(プルカーエフ大将)と西部正面軍(コーネフ大将)によって突破して、第9軍を殲滅してヴィアジマに迫るというものだった。この攻勢には、ヴェリキエ・ルーキに対する第3打撃軍(ガリツキー大将)の攻撃が含まれていた。

 そして「火星」作戦が成功した段階で、西部正面軍が第2次攻勢(作戦名は「木星」または「海王星」)を開始し、戦略予備の第3戦車軍(ルイバルコ中将)も加えてスモレンスクで合流して新たな包囲網を形成する作戦も計画されていた。そのため、「火星」作戦に対する「最高司令部」の期待は大きく、作戦の立案に大きく関わったジューコフが作戦の調整を行なった。

 11月25日、「火星」作戦が開始された。カリーニン正面軍の第22軍と第41軍がベールィ南北のドイツ軍陣地を圧迫し、西部正面軍の第21軍と第31軍がシチェフカの北東から攻勢に出た。

 第41軍(タラソフ少将)は第1機械化軍団(ソロマーティン少将)と第3機械化軍団(カトゥコフ少将)がベールィ東方で第41装甲軍団(ハルぺ大将)を50キロ近く押し返した。同軍はカリーニン正面軍と合流するため、ルチェサ河に沿って突進した。

 だが、「天王星」作戦の場合と異なり、第9軍は厳冬の中でも崩壊することなく、頑強な抵抗拠点をいくつも構築していた。さらにルジェフの突出部にはスターリングラード周辺の戦場と異なり、多数の装甲部隊を含んだ戦略予備が配置されていた。

 西部正面軍の第21軍と第31軍はルジェフ南方の第39装甲軍団に繰り返し攻撃を仕掛けた。だが第39装甲軍団の3個装甲師団(第1・第9・第14)の反撃によって、5キロほど進出できただけでソ連軍の損害は増すばかりだった。

 カリーニン正面軍の戦区では、第41装甲軍団が3個装甲師団(第12・第19・第20)を反撃に投じた。これにより、第3機械化軍団がベールィ北方のルチェサ渓谷に閉じ込められてしまった。ベールィの南方でも第6狙撃軍団と第1機械化軍団が包囲され、ほとんど壊滅してしまった。

 ヴェリキエ・ルーキに進撃した第3打撃軍は市内で立てこもった北方軍集団の第16軍(ブッシュ元帥)に所属する第83歩兵師団との市街戦に発展していた。ドイツ軍は街の建造物を堅固な要塞に造り替えて、頑強な抵抗を見せた。ヴェリキエ・ルーキからヴィテブスクまで進出しようというソ連軍の計画は頓挫し、当初の目標の1つであったレニングラード=ヴィテブスク鉄道の遮断には失敗した。市街地を奪回できたのは1943年1月19日のことだった。

 12月半ばには、「火星」作戦の失敗は明らかになった。スモレンスクに向かう第2次攻勢は中止され、この線区に投入されるはずだった第3戦車軍はただちにドン河上流のヴォロネジ正面軍に配属された。「火星」作戦を頓挫させることに成功した中央軍集団だったが、数か月後に予想もしなかった事態が生じた。

 1943年2月6日、ヒトラーがルジェフ突出部の放棄を命じた。ヒトラーとしては苦渋の決断だったが、南方における大量の部隊損失を埋めるために前線を短縮せざるを得なかった。この撤退は「水牛ビュッフェル」作戦と名付けられ、ルジェフ突出部に展開する第9軍は3月1日から撤退を始め、同月22日までに無事に完了した。

「水牛」作戦により、ドイツ軍は22個師団を戦略予備として抽出することができたが、モスクワへの新たなる攻勢は完全に潰えてしまった。しかし、陸軍総司令部に他に選べる道は無かった。南部の危機的状況を脱するためには、1個でも多くの部隊が必要だったからである。

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