第28章:予兆
[1] 死守命令
11月22日、第4装甲軍司令部にカラチの橋を占領されたという報告が届いた。第6軍司令官パウルス大将はようやく、自軍が一刻の猶予も許されない危機的状況にあることを悟った。参謀長のシュミットと第4装甲軍司令官ホト上級大将と話し合った後、パウルスは再びB軍集団司令部に電文を送付した。
「第6軍はとりあえず現状の展開地を保持するつもりだが、軍の南翼での防衛線構築がうまく行かなかった場合に備えて、行動の自由を保障されたし。その場合、軍は全力で現在地を放棄して南西への脱出作戦を行なう」
ヒトラーはこの時、バイエルン州ベルヒテスガーデンのベルクホーフ山荘にいた。参謀総長ツァイツラー大将がソ連軍の大突破作戦を伝えると、ヒトラーは苛立ちと怒りを爆発させた。さらに、B軍集団司令部から第6軍の「脱出計画」に関する報告を聞き、数時間と経たぬ内に次のような返電を送らせ、パウルスにグムラクの司令部に戻るよう命じた。
「第6軍は現在位置を固守し、次なる命令に備えて待機せよ。次は全力を挙げて貴軍の現有兵力を支援し、交替部隊を用意するであろう。行動の自由は認められない」
11月23日午後4時、南西部正面軍の第4戦車軍団とスターリングラード正面軍の第4機械化軍団は互いに打ち上げた緑の照明弾を頼りに、カラチ南方のソヴィエツキーに広がる大草原で合流を果たした。ついに、第6軍の背後は遮断されてしまった。
グムラクの第6軍司令部に戻ったパウルスは麾下の軍団長たち―第14装甲軍団長フーベ中将、第8軍団長ハイツ大将、第51軍団長ザイドリッツ=クルツバッハ大将、第4軍団長イエネッケ大将を招集した。軍団長たちと対応策を協議した後、パウルスは悲痛な内容の電文をヒトラー宛で送付した。
「総統閣下。22日の夜に御命令を拝受した後、情勢は大きく変化しました。弾薬および燃料の不足は深刻で、手持ちの砲弾を撃ち尽くした砲兵も少なくありません。陸路での補給が不可能となった今、スターリングラードの全師団を引き上げて、南西方向の敵と差し向かわない限り、軍が生き延びる道は存在しえないでしょう。その場合、おそらく装備の大半は失われるでしょうが、貴重な人命を救うことはできるはずです。本報告の責任は私にありますが、指揮下の軍団長も私の見解に賛同しております。どうか、状況をご理解いただいた上、行動の自由を軍に与えてくださるよう、改めてお願い致します」
同刻、ヒトラーはカイテルとヨードルを伴ってラシュテンブルクの総統大本営に向かっていた。北へ向かう旅の途中、ヒトラーはツァイツラー参謀総長にこう言った。「ヴォルガ戦線は、いかなる犠牲を払っても確保しなければならない」
ヒトラーは直感的に、空路補給によって第6軍の陣地を保持させるという考えに飛びついた。この考えは、前年度の冬季戦にデミヤンスク包囲戦で空路補給によって陣地を確保できたという実績にあった。
空軍総司令官ゲーリング元帥はヒトラーの意向に基づき、輸送担当将校たちを招集して会合を開いた。悪天候、航空機の運用、敵の迎撃などを考えれば、輸送量を確保できる見込みがないにも関わらず、ゲーリングは無責任にもヒトラーに対して1日300トンの空路補給が可能であると確約した。この確約により、ヒトラーの決心は固まった。
11月24日午前8時30分、夜を徹して待ったヒトラーの返電が第6軍司令部に届けられた。
「総統指令:第6軍はドン河西岸に残る部隊を収容しつつ、現在位置にて戦線を構築し、死力を尽くしてそれを固守せよ。必要な物資は空輸によって補給されるであろう」
ヒトラーからの新たな命令を受けたパウルスは再び軍団長を招集して、今後の方針について会議を開いた。総統命令の内容を知った軍団長たちはヒトラーの現実離れした認識に唖然とし、異口同音に「包囲網を南西へ脱出する」よう進言した。
だが、パウルスの結論は軍団長の期待を大きく裏切るものだった。パウルスは断固とした口調で言った。
「軍人の本分は、命令への絶対服従である。違うかね?」
「我々は上からの命令に服従しなくてはなりません」シュミットが言った。
パウルスはあらためて自らの主張を口にした。
「打てる手は全て打った。私は総統指令に従うつもりだ。それ以外に道はない」
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