第7章

『なみはまむら銀座通り』と書かれた看板が、遠くに見えてきた。

 街灯の明かりの下、ポツンと浮かび上がるその看板にさえ、不気味さを感じる。

 最初は誰かに助けを求めようと思い、明かりの点いた民家を目指していた。

 しかし、今のキョウジたちの脳裏には、村の呪われた歴史『おっぱぎ』のことが浮かんでいた。

 自分たちは、今まさにおっぱぎのために村人から狙われているのだと思った。

 確信があるわけではない。

 それでも、この村の人間に助けを求めるのは危険だと思えてならなかった。

 民家が密集する場所を避けているうちに、この商店街まで辿りついた。

 そこで、自分たちの誤りに気付く。

 商店街に挟まれた国道は、確かに村の外へ通じているが、街灯の数が多い。

 隠れる場所も殆どない。これでは村人に見つかってしまう。

 商店街の入り口。崩れ落ちたまま放置されている民家の生垣に隠れ、キョウジたちは辺りを伺った。この辺りに人気は無いようだ。

「ここまでは誰にも会わなかったが、これからどうする」

 宇川は肩で息をしながら話しかける。

「村から出た方がいいと思う。商店街を抜けるのは不味いから、山の方を目指そう。今ならここを通るより、安全に出られると思う。だけど…」

「江田先輩がまだ戻ってない…」

「ああ。江田さんは夜には戻ると言っていた。このまま俺たちが逃げれば、江田さんも危ないかもしれない」

「万事休す、か」

「もし、これが本当に村ぐるみのおっぱぎなんだとすれば、俺たちを村に呼んだ役場の東浜さんもグルってことになる。迂闊に助けを求めることもできない。携帯も無いしな」

 宇川のほうも、ポケットに入れていた携帯電話を奪われていた。

「もう誰を信用すればいいのか分からないな。クソ!いっそのこと、こっちから襲ってやろうか。どうせ年寄りばかりの村だ。やりようはあるかもしれない」

「早まるな。これがまだおっぱぎだっていう確証すらないんだぞ」

「だったら、あの宿でのことはどう説明がつく?あれは明らかに俺たちを狙っていた。それに、俺とおまえが同時に寝込んでいたのだっておかしい。睡眠薬かなにか盛られていたんじゃないか?」

 同じことはキョウジも考えていた。おそらく、食事などに薬を盛られていたのだろう。

 食事に手をつけないときに勧められた、あのお茶もそうかもしれない。

 キョウジは夕飯の後に出されたお茶を、全て飲み干したわけではなかった。

 キョウジの眠りが浅く済んだのは、それで説明がつくと思われた。

「確証が得られないからって、いつまでもこうしていられないだろ!だったら、直接捕まえて聞けばいいことだ。俺は行くぞ」

「待て!向こうから誰か来る」

 キョウジたちが隠れている場所とは反対の方。

 村の外へ通じる、商店街の出口の方から集団が歩いてくるのが見えた。

 その集団はそれぞれ手に懐中電灯やら、くわ、角材。猟銃を手にしている者もいた。

 殆どが老人であり、浪浜村の人間と思われた。取材の最中に見た顔の者もいる。

 集団の先頭には、キョウジたちに同行していた東浜マサシが立っていた。

 やはり、あの男もグルだったのだ。

 老人たちは辺りを照らしながら、何かを探している。恐らく、自分たちを捜索しているのだろう。

 こちらへ向かってやって来る。

 キョウジは宇川に目配せし、集団とは反対側、来た道を戻る方向へ逃げるように促した。

 生垣を抜けようとしたその時である。

 先ほど通った道の方からも、明かりを持った集団が近付いて来るのが見えた。

 戻る道を塞がれ、挟まれる形となってしまった。

 こめかみを嫌な汗が流れる。手足が痺れ、目の前が真っ白になる。

 恐怖によって身体が強張り、すっかり動けなくなってしまった。

 死ぬかもしれない。キョウジはそう思った。

 ふいに、背中を叩かれた。見ると、宇川が声を出さずに何かを伝えようとしている。

 宇川が指差したのは、傍に立つ電柱だ。

 この電柱だけ街灯が点いていない。

 昇ることができそうだ。

 キョウジたちは必死に音を立てないようにし、なんとか見つからないであろう高さまで昇ることができた。

 柱に抱きつくような姿勢をとり、息を潜めた。

 程なくして二つの集団は、先ほどまでキョウジたちが隠れていた場所で合流した。

 キョウジたちの足元で、何事か話し始めた。

 どうやら、こちらには全く気付いていないようだ。

 耳をそばだて、会話を拾おうと試みる。

「宿場からずっと周って来たが、見つけらいね。まだこの辺にいるんでねえが」

 あれは、宿の主人だ。漁で使うと思われるもりを手にしている。

「村の出口には見張り付けでるばって、山の方さ逃げられると面倒だ」

「山狩りするにも人手が足りね。なんで宿で捕まえらいねがったのよ。ちゃんと眠らせるに、薬盛らねがったのが!」

 キョウジたちを取り逃がしたことで揉めているようだ。

「ちゃんとままさ入れだね。だばって、あの若者わげもの。飯も茶も残してらったはんで、薬の効き目が弱がったらしい。かがまいねんだね」

「やめろ。ここでおらたちが揉めでもしょうがねえべさ」

 東浜が老人たちの間に入る。

「二人は逃がしてまったばって、他の三人は捕まえてウミナギ洞さ送ってある。いざとなれば、あの若者わげものたちを使って人質さ使える。今はとにかく、逃げだのを村から出さねばいい」

 捕まえた三人というのは、江田たちのことか。

 どうやら三人ともウミナギ洞に連れて行かれたようだ。

「村の出入りの見張りさ、もっと人を増やせ。村のなかは、女達おなごだちさも出てもらって探してもらう。残りのものは、これから山狩りさ入るぞ。なんとしても、生かして村から出すな」

「殺してしまってもいいんだが?」

「こうなったら、村の秘密を守る方が大事だ。逃げた若者わげものは殺しても構わねえ。行くぞ」

 老人達は別れ、それぞれの方向へ去っていった。

 誰も居なくなったことを確認し、キョウジたちは電柱から降りる。

「これで決まりだな。あいつら、俺たちを殺そうとしてやがる。銃まで持ち出して、とんだ人殺しの村だぜ」

「江田さんや荻上たちが捕まっているらしい。幸い、今なら村の中は手薄なようだ。この村の人口は五十人にも満たない。さっきの連中と合わせても、村にはそう残っていないはずだ」

「今なら三人を助けられるかもしれない」

「ああ、ウミナギ洞へ急ごう」



 途中、畑に放置されていたシャベルを拝借し、キョウジたちは武装した。

 なにも無いよりは、今は心強い。

 村の中は相変わらずひっそりとしているが、あちこちで明かりが動いているのが分かる。

 あの後、指示を受けた残りの村人たちが、総出で村の中を探し回っているのだろう。

 村人たちをかわしながら、ウミナギ洞を目指した。

 海側を捜索する人間は少なく、比較的安全に辿りつくことができた。

 岩場の陰に隠れ、東浜がウミナギ洞に続いていると言っていた、あの階段の場所を窺う。

 見張りと思われる老人が二人立っていた。

 それぞれ、もりと出刃包丁で武装している。

「見張りは二人だけか?」

 後ろから宇川が声をかける。

「ここから見えるのは二人だけだ。でも、奥にもいるかもしれない」

「なるほどな…。キョウジ、俺に考えがある」



 老人たちは、階段を背にし、懐中電灯で辺りを照らして警戒していた。

 一人が被っている帽子の位置を直し、もう一人が明かりを先に向けたときだった。

 そこには一人の青年が立っていた。手にシャベルを持っている。

 突然のことに、老人たちはギョッとした。

 その隙を狙い、背後から忍び寄っていた宇川は、思い切りシャベルを振り下ろした。

 鈍い音が響き、帽子を被っていた老人は前のめりに倒れこむ。

「おめんど…この!」

 一瞬遅れて気付いたもう一人の老人が、手にしていた出刃包丁を宇川に突き出す。

 しかし、その刃は獲物を捕らえることなく、老人は気を失って倒れた。

 宇川に気を取られた瞬間を狙い、キョウジが老人の頭部を強打したのだった。

「なんとか上手くいったな」

 宇川は汗だくになりながら、そう言った。

「ああ…。心臓が止まるかと思うくらい緊張したよ」

 応えるキョウジもまた、肩で息をしている。

「それにしてもシンジ。おまえ結構、度胸があるんだな」

「これだけおっかない目に遭って、逆に腹が据わったかもな。…こいつら死んじまったかな」

 地面に倒れたまま動かない老人たちを見る。

「わからない。でも、今は気にしていられない」

「そうだな…。今の物音を聞いても誰も来ないってことは、少なくとも階段の先には誰も居ないだろう。洞窟の中まではわからないけど」

「ここまで来たら進むしかない。洞窟へ急ごう」

 キョウジたちは、懐中電灯と武器を老人たちから奪い、階段を降りることにした。


 階段は岩肌に沿って、下へ伸びていた。

 明かりを頼りに進むと、途中から海水面が上がり、階段が沈んでいるのが見て取れた。

 階段はまだ下に続いているが、このままでは先に進めない。

 何かないかと思い、辺りを照らしてみる。

 すると、無人の手漕ぎボートが傍に係留されている。

 宇川に目配せすると、キョウジたちはそのボートに乗り込んだ。

 船頭に立ってキョウジが照らし、宇川がオールで漕ぎはじめる。

 海水に沈んだ階段を、懐中電灯で探すように照らす。

 数メートル進むと、階段は途中で途切れているのが分かった。

 岸壁に明かりを向けると、洞窟があるのが見えた。

「あれがウミナギ洞か」

 宇川が呟く。

 洞窟は海水が入り込み、海水面から洞窟の天面までは、三メートルほどの高さしかない。

 奥へ進むには、泳いで進むか、今乗っているようなボートで進むしかない作りだ。

 岩肌は波によって侵食されており、自然によって作られた洞窟と思われた。

 入り口まで船を寄せ、明かりで中を照らしてみる。

 洞窟の奥まで光は届かず、かなり先が続いているらしい。

 風が吹き抜けてくる。

 震えを感じるほどに冷たい風が、キョウジたちの肌をなでる。

 潮のにおいとは違う種類の、生臭さが混じっているようだ。

 その風が吹き抜けるたびに、獣の唸り声のような反響音が鳴る。

 この奥に一体、何があるのか。

 キョウジたちはウミナギ洞へと入っていった。

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