新一年生

千里温男

第1話

 ぼくは小学一年生。

一年生になってから、もうすぐ1ヶ月。

帽子をかぶるのも上手になった。

ランドセルの重さもあまり感じなくなった。

先生にも、クラスのみんなにも慣れてきた。

もうずいぶん学校の行き帰りの道にも慣れてきた。

 きょうは今までと違う道を通って帰ろうかな。

ママは

「寄り道しちゃだめよ。遅くなると心配だから、まっすぐ帰って来るのよ」と言ったけれど、でも回り道してしまおう。

学校の門を出ると、左へ行く道と真っ直ぐ行く道と右へ行く道がある。

左にまがれば、いつもの慣れた道。

でも、きょうは少し回り道の真っ直ぐの方へ行ってみよう。

この道は山の畑の方へ行く道。

だけど前におじいさんと一緒に歩いたから、途中で町の方に曲がれば、ちゃんと家に帰れることはわかっている。

しばらく行くと、道の東側には今は使われていない漬け物屋さんの古い倉庫がポツンポツンポツンと3つ建っている。

西側には学校の運動場よりももっと大きな池があって、水面はなんだか怖くなるくらい静か。

池の横を通り過ぎると、道の西側は遠くの方まで緑の畑が広がっている。

ずーっとずーっと遠くの方で、空と畑がひとつになっている。

そのひとつになっているあたりに、うっすらとかすんだ山が幾つか横に並んでいる。

立ち止まってぼーと眺めていると、すうっと景色の中に吸い込まれそう。

ふと振り向くと、ぼくひとりだけ。

ぐるりと見回しても、誰の姿も見えない。

こんなに広い広い所に、ぼくひとりだけ。

急に心細くなる。

やっぱり、回り道なんかしない方がよかったのかなあ。

それでも頑張って、また歩きはじめる。

枯れ枝を拾って、振り回しながら歩いていたら元気が出てきた。

周りが畑ばかりの道を行くと、お地蔵さんが立っている三叉路まで来た。

お地蔵さんは、離れた所からはにこにこして見えたのに、近づいたらむっつりして機嫌が悪そう。

ぼくがママの言いつけを守らない悪い子なので怒っているのだろうか。

今にもぼくを怒鳴りつけそうな気がしてしかたない。

急いで町の方にまがって、畑の中の道をどんどん歩いて行く。

なんだか勝手に足が速くなっているみたい。

ぽつりぽつりとおうちが見えてきて、それから、おうちがたくさん見える所まで来た。

 向こうに生垣に囲まれた親戚の山田さんちのおうちが見える。

遅くなったみたいだけど、ここまで来れば、もうだいじょうぶ。

あとは一本道で、スーパーの屋根の上の『まるみや』と書いてある大きな看板まで見通せる。

あのスーパーからぼくの家まで、そう遠くない。

ぼくはほっとして、枯れ枝を放り出して、ゆっくり歩く。

 道をはさんで、山田さんちの生垣の斜め反対側に、道に沿った細長い菜の花畑がある。

菜の花の黄色がとってもきれい。

世界中の黄色を集めたみたいに黄色がいっぱい。

白い蝶々がたくさんふわふわ飛んでいる。

ぼくも蝶々をまねて両腕をひらひらさせてみる。

両腕をいっぱいに広げて空を見上げながら高くスキップする。

ぴょんと跳ぶと、お空の白い雲にすっと近づいて行く。

わっ、すごいな、手が届きそう。

またスキップする、また白い雲に近づいて行く。

わっ、雲の中に入ってしまいそう。

わっ、すごい、すごい。

 菜の花畑の真ん中あたりまで来た時、ぼくは、はっとして、スキップをやめて立ちすくんだ。

前の方にセーラー服のお姉さんたちが、通せんぼするみたいに、4人ならんで立っている。

4人ともカバンを持っていないけど、どうしてだろう…

4人はじっとぼくを見ている。

ぼくをいじめるつもりかしら…

左から2番目にいるのは、山田さんちのアケミさん。

4人の中で一番きれい。

ぼくは、口に右の拳を当てたまま、じっとアケミさんを見ていた。

いきなり、お姉さんたちがわっと駆け寄って来て、ぼくを取り囲んだ。

つかまれたり引っぱられたり撫でられたり、顔を上向かされてキスされたり…

うんと上を向かされたので、気が遠くなっていくみたい…

 「きゃー」

アケミさんが声をあげたかと思うと、ぼくを突き放すようにして、山田さんちの方へ走り出した。

ほかの3人も口々に声をあげながら、アケミさんに続いて走って行く。

4人とも何かから逃げるように走って行く。

どうしたのだろう…なんだか雲の上から落っことされたような気分。

突然、アケミさんだくるりと向きを変えると、ぼくのそばにかけ寄って来た。

ぼくの帽子を拾って、自分の服にパタパタさせてから、ぼくの頭にのせてくれた。

そして、ぺこりと頭を下げると、さっと身を翻して、また走って行ってしまった。

どうしてお辞儀したのだろう?

かわいがられたような気がするけれど…何がなんだかよくわからなくて、ぼんやり見送っていた。

 急にランドセルが重くなったので、はっとして、われに返った。

ランドセルはどんどん重くなっていく。

どうして?

後ろに何か怪しいものがいる?

ランドセルは、もう立っていることができないくらい重い。

怖い。

ぼくは必死でこらえていた。

「ふふふ」と笑い声が聞こえて、ランドセルの重みが無くなった。

よく知っている声。

ふり向くと、すぐ後ろにママがいた。

ママがランドセルを押さえていたずらしていたのだ。

ごくは、ぷーとふくれて、ママをにらんだ。

「見てたわよ。もてるのね、光夫ちゃん」

ママはぼくの口をちょんとついた。

ぼくの頭の中にアケミさんの顔が浮かんだ。

でも、ママには内緒。

(おわり)

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新一年生 千里温男 @itsme

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