農協おくりびと (115)エピローグ・その2 先輩女子と荒牧クン
5分ほど遅れて先輩女子が、バタバタとスナックへ飛び込んで来た。
「こちらどす」手を挙げる妙子のもとに先輩女子が、親を見つけた子ウサギのように、
満面の笑顔で駆け寄ってきた。
幸福の絶頂にいることは一目でわかる。
それほど先輩女子は誰が見ても分かるほど、極限状態に舞い上がっている。
果たして。「わたし、プロポーズされてしまいましたぁ!」
と妙子に向って先輩が、嬉しそうに報告する。
「ついにプロポーズされたのどすか。そらまぁ、おめでとうはん」
またとない紅葉見物になりましたなぁと、妙子がほほ笑む。
「はい。最高です。真っ赤な紅葉がわたしたちを祝福する錦のベールに見えました」
「そら、なによりどすなぁ。待ちに待ったプロポーズどす。
けどなぁ。舞い上がり有頂天な気分でそのまんま、『はい』と答えがちどす。
磯崎はん(先輩の本名)。結婚は、人生のターニング・ポイントどす。
焦ったらいけまへん。
女の人生を左右する一大事どす。
その場の雰囲気に流されず、よ~く考えて決断するべきどす」
妙子が先輩女子の有頂天ぶりに、水を差す。
「よ~く考える?。何を考えればいいのですか?」
「イエスと答えるのは簡単どす。けど結婚は女性にとって、生きるか死ぬかの一大事。
いろんな角度からよく考えて、ほんでから結論を出す必要があります」
「はぁぁ・・・例えば、どんなことを考えたらいいのですか?」
「例えば彼を、自分の子どもの父親として考えられますか?。
結婚したら当然子どもの話もでてきます。
あんたが母親になっとったいなら、彼は自分の子どもたちの父親として
相応しいと言えますか?。パパをやっとる彼の姿が、あんたは想像ができますか?」
「荒牧クンは、子供は大好きだと言っています・・・
たぶん。良いパパになってくれると思います。確信は、有りませんが・・・」
「例えば、ドライブで渋滞したとします。
それがまる1日かかったとしても、荒牧クンは、飽きんといられる相手かしら?。
結婚して夫婦になると、一緒にいる時間が一番長い相手になるんどす。
そうなっても飽きたりせず、居心地のええ関係をず~とキープできますか?」
「閉塞状態におかれても、明るく乗りきれるかどうかの質問ですね。
彼は無口です。でもその分、わたしがお喋りだから大丈夫。
そうよね。これからさき、24時間を一緒に過ごす相手だもの。
居心地のいい場所を2人で守りつづけることは、大切なことです」
「あんたが病気になったとき、彼はちゃんと面倒みてくれるかしら?
健やかなるときも、病めるときも、ともに過ごすと結婚式で誓い合います。
実際のトコ。あんたが病気になったとき、彼はどんな対応をするでしょうか。
見放したりせず、病気になっても変わらず愛してくれると100%確信できなければ、
結婚は、せえへんほうがええかもしれませんなぁ」
「手厳しいなぁ・・・大丈夫です。彼が病気になったら私は懸命に看病します。
たぶん彼も、同じようにしてくれると思います・・・」
「もうすこし難しい質問どす。
彼はあんただけでなく、あんたの家族も愛し、尊重してくれるかしら?
結婚は本人同士だけでなく、両家の家族も巻き込みます。
彼はあんただけでなく、あんたの身内も、新しい家族として受け入れてくれる
包容力を持っとるかしら。
自分勝手やったり、家族をないがしろにするようでは、
結婚しても、不安な要素が残ります」
「私は彼の家族を、せいっぱい大切にしたいと考えています。
ねぇ妙子さん、なんで意地悪い質問ばかりを、次から次にぶつけるの。
なぜ祝福してくれないの?、わたしたちの結婚を・・・」
「ふふふ。なんの問題もありません。磯崎はんは立派に合格どす。
そういえば、お相手の荒牧クンがまだのようどす。
どうしたのかしら、姿が見えまへんなぁ。おかしいどすねぇ」
「彼ったら超が付くほどの、恥ずかしがり屋なんです。
わたしが先に報告して、みんなの賛同を得られたら、こっそり入ってくる予定です」
「早う呼んでらっしゃいな。この寒さどす、風邪をひかせたら可哀想。
あ・・・その前に、彼のほっぺに着いたキスマークは、ちゃんとふき取ってきてな。
秘め事いうのは、みんなに分かれへんようにするさかいに秘め事どす。
うっふっふ。おめでとう、磯崎はん」
(116)へつづく
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