農協おくりびと (112)今日は口説かない


 「たまたま同じ場所に芽を出した杉の木と、楓の木。

 それが長い年月をかけて、根元を共有しあう連理の木として育つ。

 寄り添ったままここまで大きく育つなんて、誰がいったい想像しただろう。

 スポーツ馬鹿の俺でも、この光景には脱帽します。

 幼い時から、いいなずけとして生きてきたちひろさんと光悦さんのようです。

 この木を見たいと言ったちひろさんの気持ちが、いま、ようやく分かりました」


 「あなたは私のために、6時間もかけて京都まで駈けつけてくれた。

 なんでそんな風に言えるの?。

 傷ついている女は、男の優しい言葉に弱いの。

 優しい言葉をささやいてくれたら、イチコロになってしまう可能性があるわ」


 「俺。相手の弱みに付け込むのは、嫌いです」


 「じゃ、なんでここまで来たのよ、無駄過ぎる努力じゃないの。

 わざわざ群馬から車を飛ばして、6時間ちかくも浪費して」


 「浪費したとは思いません。

 ちひろさんのことが、ほんとうに心配だったからです。

 ただそれだけです」


 「馬鹿じゃないの、あんた。

 付け込むチャンスを見送るなんて、とほうもないお人よしだわ。

 口説けばいいじゃないの、願ってもない好機だもの。

 年上だと思って、手加減しないで」

 

 「催促されて口説く男なんか、この世にいないと思います。

 ほら。いつもの元気が、だんだん出てきた。

 ちひろさんを元気にするため、そのためだけに俺たちはやって来たんです。

 俺たちは全員、仲間じゃないですか」


 「仲間?・・・」


 「友達以上で、恋人未満なら、仲間と言うしかないでしょう。

 もと団長の祐三さんから、高速道路なら目いっぱい飛ばしてもかまわないが、

 恋愛の暴走だけは、くれぐれもするなとクギを刺されてきました。

 チャンスは必ず、また来る。

 だから今回は、手を出すなと言われました。

 ちひろをもう一度、光悦の元へ帰すことがお前の役目だと言われました。

 俺もその通りだと、納得しました。

 だから今日は、ちひろさんを口説くわけにはいきません。

 たいへん不本意なことなのですが・・・」


 「あ~あ、ついに全部、ばらしてしまいました」と山崎が、後頭部を掻く。

「言うなと口止めされていたんです。でも、ちひろさんの誘導尋問に負けてしまいました」

まだまだ経験が足りませんね、と山崎が白い歯を見せて笑う。


 「ふふふ。いろいろ言われたんでしょ。もと団長の祐三さんに。

 白状しなさい、ここで全部」


 ちひろが、山崎の真ん前にすすみ出る。

気迫に押された山崎が、思わず1歩、うしろへ下がる。


 「臆病者のちひろが、ひとりで奈良まで行くなんて、絶対にただ事じゃない。

 あいつのことだ。言いたいことを言ったあと、途方もなく落ち込むだろう。

 人を傷つけることが嫌いだが、自分が傷つくことにも慣れていない。

 のんびり屋に見えるが実際のあいつは、自分の本心を言えない臆病者なんだ・・・

 と、祐三さんが言っていました」


 「それから?、まだ他にも何か言っていたでしょう?」


 「優しくするかわりに、半年だけチャンスをもらえとアドバイスされました」


 「半年だけのチャンス?、なに、それ・・・」


 「光悦さんが群馬へ戻ってくるまでの半年の間。

 真面目に交際する許可を、ちひろから絶対にもらって来いと言われました。

 あいつはお人よしだから、かならず「ウン」と言うだろうと、

 自信たっぷりに断言していました。祐三さんが」


 「なるほど。で、どうしたいの、あなたは?」


 「半年間。まじめに交際してください!、ちひろさん!」


 「よろしい。熱意に免じて許可します。

 とりあえず、セカンド・ラブでいいという条件を呑んでくれるのなら、

 わたしこそ、お付き合いをお願いします」


 「はい。光悦さんに半年後に本当に振られたら、俺ががっちり受け止めます!。

 みんなで行ったあの時の、新潟の海岸の時のように!」


 「馬~鹿。2度と崖からなんか落ちません、あたしは。うふふ」



(113)へつづく

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