第3話老いたる源氏
その当時夫を亡くし都に戻った式部と権力の座を
駆け上ろうとする道長との微妙な関係は源氏と紫の上
との関係につながります。源氏物語に登場する女性たちは
全て紫式部の分身のような気がしますね。
当時対抗馬は清少納言を擁し後宮を狙っている。こちらも
負けてはいられない。孫娘をみやびに育て上げねば、という
わけでなかなかなびいてくれない式部を道長は口説きます。
上品で控えめ、教養もすこぶる高く心配りも絶品な式部を
口説き落とすのは、いかに権力者といえども大変だったと
思われます。なだめてもすかしてもだめ。プライドをくす
ぐりメンツを立て人に嫉妬されぬよう、特にこれが大事、
気遣いながら必死の誘いだったのでしょう。
さすがの式部も折れてきます。式部三十代初め。道長四十代半
ば。そこには大人の恋の駆け引きももちろんあったと思います。
この作家とパトロンのコンビは大当たりします。
作品は日ごとに人気を浴び。天皇は入りびたりになります。
この間約十年。すべては道長の思い通りになっていきました。
しかしこのころから道長は体の不調を感じ始めていました。
無性に喉が渇き息切れがするのです。彼はまさかと思い
次の歌を詠みました。
「この世をば 我が世とぞ思う望月の
欠けたることのなしと思えば」
あまりにも有名なこの歌は、これはまさに下り坂の始まりでした。
満月はそうもう後は欠けていくしかないのです。
源氏も当時絶頂期を迎えました。実子は天皇になり自分は
准太政大臣。紫式部は道長との恋にけじめをつける時だと
思ったのでしょう。源氏の死はそのまま式部の創作意欲の死
を意味しました。
2年間の空白が流れ一応雲隠れ(=源氏の死)をもって
源氏物語は終わりかけます。それが、二十四帖雲隠れの
意味なのでしょう。
ところが道長も紫式部も生身の人間でした。どちらかといえば
二人ともかなりバイタリティーにあふれていました。
隠居した二人にファンは黙っていません。
それは昔も今も同じです。
幸い道長の孫娘に藤式部という才女がいました。藤式部は文才
あふれる数名の若者を集め源氏物語の続編を書くよう運動を
起こします。50代後半の道長と40代半ばの紫式部は当時は
もう老人です。ましてや道長は糖尿病で
眼も見えずいつも誰かが寄り添っています。
しかし二人は続編創作に発奮します。ついにチームは宇治に
拠点を移し宇治十帖の創作が開始されます。若者たちが中心に
なって連日構想が練られます。メインは薫と匂君の恋のバトル。
しかし主役は浮舟。
これを伏線にして女性の自立がテーマになりました。男に翻弄
される女たち、果たして女性は成仏できるのか?
終盤それが強烈に読者の胸に迫ってきます。
さて藤式部は考えました。もし雲隠れが書かれていたらと。
そして自分なりに老いたる源氏の終盤を思い描いてみました。
ゴーストライターの先駆けです。
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『雲隠れの謎を解いてください!
でないと私はこの世に戻れません!』
若林治は木漏れ日の中ではっきりと聞きました。
「あなたはだれ?」
『起きて。夕立が来るわ。こっちよ!』
声にせかされ治は起き上がりました。みるみる黒雲が空を覆い
大粒の雨が降ってきます。『こっちよ!』声が呼びます。
稲妻が光り雷鳴がとどろいてきました。
嵯峨野から化野への駆け上がり、道は狭くなり坂は急になります。
おそらくこの辺りが死者と生者との別れの場だったのかも
しれません。なぜならこの一角だけ台地になっているのです。
源氏の庵、"雲隠庵"はまさにこの下手、川に沿って
寂庵さんのあたりにあったのではないでしょうか。
とその時、天地を引き裂く大稲妻と雷が治のすぐそばに落ちました。
「どどどどーん!!!」治は気を失いました。
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暫くの時が経ちました。夕立も上がり日が差しています。
読経の声が聞こえます。渋い男の人の声です。艶のあるいい声。
思わず聞きほれてしまいます。
「妙法蓮華経方便品第二 爾時世尊 従三昧 安詳而起
告舎利弗 諸佛智慧 甚深無量 其智慧門 難解難入
一切声聞 僻支佛 所不能知 所以者何 佛曾親近
百千萬億 無数諸佛 儘行諸佛 ・・・・・・」
「うーん」治は目覚めました。身体は何ともなさそうだ。
ゆっくりと周りを見回します。どうも様子が変だ。
少し体を起こして襖の間から覗きます。
これは驚き!歌舞伎の台本風に書くと次のようになります。
(本舞台三間の間。平安の頃の嵯峨野。小さな庵。
藁葺の二重屋台。たんす、仏壇、衝立。中央に源氏窓。
板張り、床敷き数枚。上がり石、土間、格子窓、水瓶、
流し、おくどさん。藁葺引き戸入口。遠見浅黄色山並み。
畑。切株まき割りなど道具収まる。
上手仏間に源氏端座し読経。作務衣。
惟光、外でまき割り。式部、土間にて賄こなし)
今は昔平安のころ、年老いた源氏、雲隠うんいんは
従者惟光とともにこの地に移り住みます。老いたる源氏は
毎日法華経を唱え方便品も寿量品も諳そらんじています。
目はもうほとんど見えません。
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