第2話嵯峨野

京都の嵯峨野地区は都の西北標高900mの霊峰愛宕山の麓、

北から流れる清滝川と西の亀岡盆地から流れ下る大堰川との

合流地点から、ここはかなり急な崖っぷちが続く難所なのですが、


有栖川までの京都北西部のなだらかな小倉山すその平野を指します。

都が築かれる以前は、今でもそうですが、その地層から幾度となく

大堰川が氾濫していたことがわかるそうです。


平安時代に嵯峨天皇陵が有栖川上流にできたことでこの付近の

ことを嵯峨野と呼ぶようになりました。「さがの」いい響きですね。


嵯峨野にはこの現実世界と何かしら微妙に違和感のある不思議な

空間が各所にに存在しています。鋭い感性の持ち主ならば五感が

しびれ一巡りするだけで立ってはいられなくなることでしょう。


そのエリアはほぼ五つに分けられます。JR嵯峨野線の線路から

南、大堰川までが一つ。有栖川から瀬戸川(嵯峨野の中央を

流れる小川です)までの間が二つ目。この二つはさほど

念磁場は強くありません。


三番目は嵯峨野中央部。ここから化野あだしのにかけて

磁場は急速に高まり、瀬戸川の上流、弁天山と小倉山とに狭め

られた駆け上がり、この一帯が四番目。このエリアはさすが

鈍なる常人でも鳥肌が立ちます。そりゃそうでしょう!


平安以前からここは死人捨て場でした。死体を焼くなどという

のは平安時代でもまれで、よほど高貴な方に限られていました。

土葬はまだましな方で、そのほとんどはほったらかし、中には

まだ生きてる病人や動けなくなった老人もいたようです。


天災や大火災、疫病がはやると死体の上にまた死体が

積み上げられ風葬とは名ばかりの鳥葬、カラス葬。

そのすさまじさは昔物語にもしばしば出てきます。


そして五番目が実は以外にも小倉山なのです。

この山は標高293m。裾野には夜は不気味な小倉池から

北に紅葉の常寂光寺さらに膨大な敷地の二尊院。

平家物語の祇王寺と紅葉の名刹が今も続きます。


この辺りの寺々はその昔は貴族の別荘も兼ねていて。

定家もここの尼寺で百人一首を編みました。


小倉山は急勾配でまっすぐにはなかなか登れません。

結構深い山なのでシカやイノシシもいます。

一番怖いのは、どこから上り詰めてもその先は300m

の絶壁だということです。


深い森を抜けやっと視界が開けたと思ったら谷底へ。

そんな悲話が生まれそうなところです。


常寂光寺から一反程の田んぼ、向こうに落柿舎を見やりながら

大きな杉木立、木漏れ日の中を数百メートル歩むと二尊院の

門前に出ます。その山裾に長神ちょうじんの杜があります。


近年荒れ地だったところを数年かけて整備し百人一首の碑が

配置されて花灯篭の時には行燈も灯り幽玄の杜になっています。


あ、申し遅れました。私は嵯峨文化大学の2回生若林治。

古典が好きでこの大学に来ました。今何を専攻しようかと

考えたりしながらこのあたりをよく散策します。


さわやかな風、芝の香り、杉の大木とこぼれ日。

とても癒される一角です。この長神の杜は杉並木から

少し外れているので普段は通り過ぎてしまいます。


今日はここで大きく深呼吸。茂みの影を回り込むとちょうど

北山杉を半分に切ったベンチがありました。

すぐ横に歌碑があります。一抱えほどの石に、


「巡りあひて 見しやそれともわかぬ間に

              雲隠れにし夜半の月かな」

紫式部です。『紫式部・・・?』と思いつつベンチに横に

なるとすぐに心地よい眠りが。.....ZZZZZZ。


紫式部と言えば源氏物語。1000年前、ここはまさに

その舞台でした。明石の入道が建てた別荘は大堰川のほとり。

その頃この辺りは今ほどの竹もなくおそらく周りは嵯峨野

ではなくすすき野だったんだろうな。


ぽつんとたたずむ野々宮の黒鳥居のやしろ。源氏と幼き斎宮、

恋にやつれた年増のお安息所との別れの場。祈り殺された

葵上の怨念。源氏自らも同じ宿業をたどる柏木を祈り殺します。

『嫉妬の怨念ほど恐ろしいものはないなあ』


そう思いながらうとうとまどろんでいると。どこからともなく

少女の声が聞こえてきます。耳を澄ますと、間違いなく

少女の声です。かなり真剣です!


『雲隠れの謎を解いてください。お願いです!でないと私は

この世に戻れません』

はっきりとそう聞こえました。


そういえば源氏物語には一つの大きな謎が秘められているのは

有名で私も知っています。それは第二十四帖雲隠れの帖です。


御存じのようにこの帖には雲隠れの名ばかりあって中身が全く

ありません。もちろんいろんな説があり初めから意図的に書か

れていなかった。あるいは書かれてはいたけれども発表され

なかった。長い年月の間に紛失、消失した。などなど。

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