10

「申し訳なかった。危険に巻き込むなど四天王の名折れだ」


 救援の為だろう。場に駆けつけたパスカが、二人に深々と頭を下げる。善意で来てくれた者にここまでされると、謝罪を受けて当然の立場であっても、逆に申し訳なさを感じてしまう。

「アンタがそこまでする必要は無いだろ。寧ろ来てくれただけで嬉しいよ」

「ほらこう言ってるんだし、神妙にな、る……」

 顔を上げたパスカが鬼の形相で睨むと、戯けた姿勢を崩そうとしなかったユアンが黙り込み、顔を逸らす。

 自分に向けられたのではないと理解してはいるが、余りの恐ろしさに竦み上がりながらも、ユカリが恐る恐るといった問いかける。

「結局、ユアンさんが変装していた時に言っていたのは、どこまで本当なのですか?」

「全部本当だぞ。本物のイザイアが運ぼうとしていたブツも、ちゃんと回収出来たしな。誤算は思ったより暴走した事だな。俺と違って高貴さの欠片もなかったよな、アレ。やっぱ頭悪い奴は駄目だわ」

「だから罪人を素体にするのは止めておけと……」

 聞かなくて良かった事を聞いてしまった気がして、二人は冷や汗をかく。

「アンタら恐ろしい真似してんだな……」


 上に立つ者のやる事は分からない、程度の認識で止めておくのが最良。深入りはするだけ危険と判断したヒビキは、沈黙したユカリに替わって、話題を一気に方向転換させる。

「ところで、俺の家を壊したのは一体誰だったんだ?」

「それは俺とイザイアだな。いやでも、あの密輸人は自爆するつもりだったし寧ろ……」

「やっぱ死ねぇッ!」

「うぉっ!」

 一度の跳躍でユアンの姿が小さくなり、あっという間に射程距離外まで逃げられる。完全に不意を衝いた一撃でこのような結果。思わぬところで四天王と自身の実力差を痛感させられてしまい、ヒビキは顔を歪める。

 あまり仲良くしたい訳ではないが、殊更に敵に回す事は止めておこう。ヒビキが内心でそんな決意を固めていると、パスカが再び口を開いた。


「君の家については、すぐに修繕させて貰う。それと、ボブルス討伐についての礼も後日送ろう。ヒルベリアにもすぐに送れるが、他に聞きたい事はあるかな?」

「いや、俺は特に……」

 特に無いと返すのが一番無難な回答と、当然ユカリも理解しているだろう。ただ、理解と許容はまた別の話だったようだ。

 何度か深い呼吸を繰り返した末に、ユカリは直球で切り込んだ。

「結局、本物のイザイアが運んでいた物体は一体何だったんですか?」

 問いを受けた四天王二人が纏う空気が急変した。単純明快かつ想定の範疇に収まりそうなものだが、どうも相手にとっては地雷となる問いだったようだ。

 どうにか平静を保っているパスカと、明らかに動揺した風情のユアン。先に停滞を打ち破ったのは、意外にも後者だった。


「ま、何だ……知らない方が幸せな事もあるとだけ言っといてやる。パスカさん、早くヒルベリアに送りましょうや」

 何の答えにもならない、しかし真剣な言葉を吐き、ユアンはパスカに催促する。

 年下の同僚の目に籠められた、ふざけた物が一切無い何かを感じ取り、パスカは意を汲んでバークレイの引き金を引いた。

 『転瞬位トラノペイン』の術式が二人を囲み、七色の光が立ち昇る。ヒビキは術式を破壊する為に動くが、力量の差を覆す事は叶わず、光へと呑みこまれていく。

「この期に及んで隠し立てはねぇだろ! せめて――」

「私達にだって――」

 皆まで言えず、二人の姿が消滅する。

 数分後、二人はヒルベリアの酒場辺りに辿り着いているだろう。小さく息を吐いたパスカは、自らを急かしたユアンに目で説明を促す。

「現物は既に技研に送りました。パスカさんも、見たなら分かる筈でしょ?」

「生憎だが、俺はここ数日ロザリスに陛下と共にいた。……そこまでの物か?」

 多少の疑念を籠めた問いに、見た物に畏れを抱いている事が、明確に伝わってくる首肯を年下の同僚は返す。

「構成的には完全に鉱石で、眼球みたいな形なんですが、時々動きを見せました。まるで心臓の鼓動みたいにね。……資料で読んだ先代四天王、オズワルド・ルメイユの眼球そっくりだったな」

 十一年前、先代四天王の崩壊の引き金となった男の名前が出され、パスカは一瞬硬直した後、大きく息を吐く。

「只の鉱石では、間違いなくないな。キャップス博士が欲しがった事、そして彼と石を運ぶ依頼を受けた密輸人を抹殺し、奪い取る仕事が俺たちにかかったと言う事は、陛下がそれを欲したのだろう」

「アレは単なる魔力の籠められた石なんかでは断じてない。もっと恐ろしい何かですよ。万が一『万変乃魔眼ドゥームゲイズ』と同じ力を有しているのならば……キャップス博士に渡してしまって自滅を待ち、ある程度揃ったデータを得た方が良かったと思いましたね。……それが出来ないのが、雇われって奴ですが」


 キャップス博士については、人体実験を無差別に繰り広げる危険人物であると前々からマークはされていたが、彼によって得ている恩恵も少なくは無かったので、多少の蛮行は黙認状態が続いていた。

 それが石を得ようとした途端に、デイジーによる処分の決定が下されたのは、どう考えても真っ当な理屈による物ではないだろう。

 軍、そして政府の側からしても、危険人物をノーリスクで始末し、自分達の功績として得られるならば、四天王に直接の処分をやらせても問題は無いと判断したのは、想像に難くない。

 が、彼女にそれを託したと言うことは、何も情報を引き出す事なく殺害し、大半を闇の中へと葬る事と同義。

 自分達の主が、どのような意図を抱えているのか。理解出来ずに背に悪寒が走る。

 全てを知る為に、勇者への道を歩く選択肢は一応存在はしている。


「……」 


 現実を見返して、パスカは表情を歪める。

 御大層な名を背負っていても、所詮は呼吸をして食事を摂り、貨幣経済に縛られている生物である事は変わらない。

 これから先に待つであろう、大きな何かを座して待つしか出来そうにもない。重い現実から目を逸らす為か、ユアンに対して余りにも関係が薄い問いを行う。


「……そう言えば、何故ここまで危険な方法で異なる世界の来訪者との接触を試みた? 安全な方法は――」

「アンタの言う安全、そして世間一般の御偉いさんの言う安全を、俺は軽んじて生きている。いつも通りですが、これで良いでしょう?」

「お前な……」

「一つ分かった事は、あの二人は想定以上に面白い。……上手く絡んで行ってくれれば、俺の目的も果たせそうです」


 平時によく浮かべる、礼節を欠いた笑みを浮かべたユアンの右目近辺の刺青と、彼の片方だけ尖った耳の意味や、彼の言葉の真意を知る者はそういない。その意味を理解出来るからこそ、パスカの表情は暗くなる。

 仲間の暴走の可能性、ロザリス人の動き、そして異世界からの来訪者が引き起こす事態と自らの雇用主の思惑。

 どれもこれも、碌な方向へと転がってくれそうにもない。パスカは暗澹とした気持ちを抱きながら、首都へと戻る準備を始めた。


                  ◆


 自らの部下達がそのような会話をしていると、知っているのかそうでないのか、アークス国王たるサイモンの方はロドルフォと遊戯に興じていた。

 敵陣の只中でありながらも、余裕に満ちた表情で盤面だけを凝視し続けるサイモンに対し、ロドルフォは呆れた表情を浮かべる。

「お前本当に弱いな。それでも王族なのか?」

「生憎、このような遊戯の経験はなかなか無くてね。即位してからだよ、覚え始めたのは」

 紅白に塗り分けられた、騎士などを模した駒を取り合う遊戯の情勢は、明らかにロドルフォが優勢。

 対峙するサイモンの握る白側の駒は殆どが奪われ、王が丸裸の状態に陥っていた。


「これが領有権を賭けた遊びでなくて、本当に良かった。もしかしなくても、アークスを全て奪われていた所だったよ」

「お前がここまで弱いと最初から知ってたらやっただろうよ」

 鼻を鳴らしながら、ロドルフォはサイモンを伺う。眼前の男は即位してから現在に至るまでのおよそ二十年弱で、特段の失策も功績も挙げていない。

 正直な所、いてもいなくても変化を生み出せない存在と見るのが、肩書きと実績を掛け合わせた時に可能な真っ当な見方だろう。

 だが、密輸人云々の一連の流れが、ロドルフォにその意見に対して疑問を呈させていた。

 謎の鉱石が発掘された、と報告が南部ザッピーニャにあるボボナリー鉱山から上がったのが一週間程前。

 すぐにリオラノへと輸送する旨の指示を出したが、日を跨がない内にその鉱石は姿を消し、そして翌日には国境を跨ぐイザイアが目撃されたとの報せが上がった。

 幾らイザイアが有能な密輸人であるとしても、手際が良すぎる。彼自身の能力は所詮下級の軍人程度。護送車にいた者達を潜り抜けられる訳もない。

「お前、イザイア・ヴァンスライクが運び出そうとしていた物が何か。知ってただろ?」


 王の駒をサイモンが逃げの方向に動かす。


「そんな馬鹿なこと有る訳ないよ。第一、象徴として扱われている私には、そこまでの情報は上がって来ないからね」

 お決まりの返答に苦笑を浮かべながら、槍兵の駒を進め、城塞の駒を取る。

「いい加減、誰も信じちゃいない決まり文句を吐くのは止めておけ。いざって時に誰も助けてくれなくなるぞ」

「それは困るな。……しまった、これは詰みだな」

 圧倒的な敗北に終わった盤面に顔を顰めるサイモンを見て、ロドルフォは苦りきった表情を浮かべる。ここ数日の会談はずっとこの調子だ。

 彼自身、単なる一兵卒からの成り上がりであるが故に、迂遠な言い回しや駆け引きが為政者としては落第級の能力しかない事は自覚している。

 だが、例え下手な物であっても、延々と揺さぶりと遠回しの脅しをかけ続けていると、少しは綻びを見つけ出せると言う事も経験上理解している。

 それら一切が効かない相手に対しては、眼前の遊戯とは異なりロドルフォ自身が打てる手はない。

 鉱石も、それ自体がイザイアの手にあった証拠は存在しておらず、回収するのは不可能だと判断を下せてしまう。

 凄まじい力を持っているかもしれない、とまで言われた物を失うのは痛いが、時間は後ろには戻らない。

 ――特異な力がどうこうと言う視点では空振りの可能性のが高いだろうが、異世界人とやらを確実に連れて来い。こちらの手に置いていて、不利になる事はない筈だからな。

 ロドルフォは駒を片付けながら、内心でそんな命令をアークスへ向かっている筈の『ディアブロ』に送る。

 内心での物なので当然届く筈はないし、彼が知る筈も無いのだが、それに応えるかのように、ディアブロの少年は大きなくしゃみをした。


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