14

「バックホルツ、まだ成果は出ないのか!?」

「皆さまが望むような物は何一つ……」

「それでも四天王なのか? 早く終わらせろ!」


 首都ハレイドに存在する、王立技術研究所。王国の最大戦力の一角、パスカ・バックホルツはうんざりとした表情で、職員からの怒鳴り声を一身に受け止めていた。

 彼の現状と職員の怒りの原因は、異なる世界からの来訪者が持っていたネックレスの装飾となる、赤い石にあった。

 ヒルベリアの住人である少年の方を拘束し、『事情聴取』と現場の検証をした結果として、もう片方の少女の持っていたそれが、力を発揮した事が推測出来た。

 どうにか少女を説得してネックレスを借り受け、研究所の職員と共に石の解析を行っているが、結果は上述のやり取りから想像出来るだろう。


「性質が近いのはルベンダム。だがルベンダムが持つ魔力に対する反応は一切無し。加工の方法などにも目立った特徴はなし。内部の解析の結果も全て特異点無し、か……」


 パスカが空間に吐き出した言葉の内容で、解析に駆り出されている職員達の表情がドス黒い物へと変わっていく。

 何の価値もない、と早い段階で結果が出ている代物に延々と時間を食われる程、苛立つ事はない。詳細をまるで知らされぬまま不毛な作業を継続させられている彼らの苛立ちは、パスカ以上なのは間違いない。


「……あのぅ、皆さまに手紙が届いておられますが」


 受付担当の女性の声に、場にいる全員が殺気だった反応を見せる。

 怯える女性から手紙を受け取り、文面に目を走らせたパスカは天を仰ぐ。

 宛名や内容も驚きに値する物だったが、それ以上に、この感情が先に来た。

 ――結果は毎日伝えているのだから、もっと早く、結論を出して欲しかった。

  とは言え、嘆いていても話は進まない。場の者全員に内容を伝えて解散を促し、パスカは一人牢獄へ向かった。


                  ◆

 

 簡素な作りの椅子に座って、ヒビキはぼんやりと天井を眺める。

 派手に壊れた生身の部位の治療を受けた後に、ここに連行されてからはや三日。定期的に食事が運び込まれる以外は、完全に停滞しているこの空間には、とうに飽きが来ている。

 四肢に拘束はなく、一見すると身体の自由が利きそうに見える。

 しかし、部屋中に魔力の流れを狂わせる結界が張り巡らされ、竜の甲殻や『正義の味方』の装甲などを組み合わせて作られた壁を突破するのは、不可能に等しい事だ。

 『魔血人形』の力は結界の作用で機能不全を起こしていて、手足の動きや呼吸にも微妙な狂いが生じている。拘束が為されなかった理由は、こういう事なのだろう。

 在り来たりな思考を回す事には初日で飽きた。吐ける事は吐いた為、聴取はもう行われていない。完全な事実の中に、自分が全ての元凶であるとする嘘も混ぜた。

 最早自分に価値などなく、さっさと結果を知らせてくれても良いのに、こうも長引いているのは、ユカリのネックレスについての解析に手間取っているのだろうと、ヒビキは推測する。

 すると、扉が開かれる。

 体内時計では食事の時間はまだ先の筈だ。いよいよかと視線を向けると、軍服に袖を通した四天王、パスカ・バックホルツが立っていた。

 予想外の配役に言葉を失うヒビキに、パスカは淡々と告げる。


「待たせてすまなかった。立件の為の材料が不足している、君は釈放される」


 喜びの感情より先に、疑問が湧く。首都の役人はヒビキのような底辺とは比較にならぬ程に有能だが、それでも俗世の欲からは逃れられる者は多くないだろう。

 ヒルベリアの人間が引き起こし、立件など容易であるこの件は、間違いなく点数稼

ぎに繋がる。それを見逃すなど有り得ない。

「どういう理屈でシロになった?」

 無駄口を叩いてパスカによる私刑執行、などについての恐怖は有るものの、聞かずにはいられなかった。

「ネックレスに使われていた石から、何も検出されなかったからだ。更に言えば、押収した資料を元にこちらが発動を試みた術式は、君達が想定していた効果を生まなかった。この二つだ」

 筋は通っているが、まだ足りない。その程度ならば強引に理屈付けて通す筈。知らなければ良かった領域に触れる事になるかもしれないが、ここは引く時ではないとヒビキは判断を下した。

「それだけじゃない筈だ、弱すぎる」

「……」

「失敗作、かつ技術的な側面から見ても既に丸裸で、最早何の価値もない俺を放り出すのはまだ納得が行く。だが、ユカリまでシロにして放置するのは、絶対におかしい。……仮にも異なる世界から来た奴だ。合理的な判断を下すなら、適当なお題目を唱えて連行し、絞れる所まで情報を絞り出すだろ?」

 ありったけの推測をぶつけ、反応を伺う。親切に答えてくれるか否かは、自分の運に賭けるしかない。暫しの沈黙の後、パスカが重々しく口を開いた。

「他言はしないでくれるとありがたい」

「態々前置きを置くって事は、俺如きが喧伝しても気狂いの妄言として処理されるような、トンデモなタネなんだろ? なら……」

「陛下が手を回したんだ」


 努めて途切れさせないように叩いていた、ヒビキの軽口が止まる。

 確かに、それならば両者共に解放させられるだろう。だが、国王たるサイモン・アークスと自分達の間には、慈悲をかけられる様な関係など存在していない。

 ――彼は確実に面白い事態を引き起こす。目立った証拠もないんだから解放するように、だったか。……陛下のお考えは分からないな。

 理由を知っているパスカの方も、意図に疑問を抱いているが、知らないヒビキの方は当然、疑問と混乱で埋め尽くされていた。

 予想外が過ぎた答の、納得が行くような方向を探すが見つからず、一転して沈黙したヒビキの耳に、終わりの時間が迫っている事を示す音が届く。予想外が過ぎたせいで、時間をかなり浪費してしまったようだ。

 ――この際、そこは分からなくても良い。使えそうな情報を……。


「なぁ、アンタは世界を跨ぐ魔術についての知識が、あったりはしないのか?」

 この男が使えたり、知識を持っていれば話は早い。プライドだの安いものを始めとして、持てる財産全てを投げ捨ててでも、ユカリに対して使って貰えば万事解決となる。期待を籠めた質問への答えは、首が横に振られた事で察する。


「異なる世界については、俺達も未知の話だ。期待に沿えず、すまない」

「……そうか」 


 落胆は一瞬だけの事で、ヒビキはすぐに思考を切り換える。四天王さえも頼れないのは即ち、この国で、いや大陸において何にも縛られる事なく探りを入れていけると言う事だ。

 虚勢であると指摘されれば、合理的な反論は出来ない。だが、ヒビキは思考を努めて前に向かせ、決意を内心で復唱する。

 ――絶対に見つけてやる。元に戻す方法をな!

「そろそろ時間だ、外まで送ろう」

 歩き始めたパスカの背を追って、ヒビキは歩き出す。脱出を防ぐ為か、やたらと複雑な構造をしていて、放り込まれる時には三十分以上かかった道のりは、今回は十分もせずに出入り口まで辿り着く。

「また発動車を手配してくれたのか」

「シロとなった以上、こちらに非がある。この程度に謝罪を果たしたとは思わないが、受け取ってくれ。……これを」

 細長い物体を覆っていた包みを取り払うと、見慣れた、しかしここに有る筈の無い存在がそこにあった。

 『転生器』の特性や性質の問題から、柄を残して砕け散った筈の『蒼異刃スピカ』がこの手に戻って来ることなど想像もしていなかった。

 まさかの再会に熱いものが込み上げてくるが、同時に疑問も浮上する。

「俺の解放が決まったのはついさっきだろ? 何で復元されて……」

 言葉の途中で、パスカが音速で首を逸らした。どうも言いたくない範疇に入る事のようだ。ただ、どのような打算であれ復元してくれただけでも、感謝してもしきれない。落ち着いたら、一度礼の手紙を出そうと思いつつ発動車に乗り込む。

「じゃあな。アンタは嫌いじゃないけど、あんまり再会しない事を願ってるぜ」

 無駄に爽やかな笑みを浮かべ、手を振っていると、発動車が発進する。完全に加速しきる前に、ヒビキの手元に一枚の封書が投げ込まれる。

 投げた相手は当然パスカだ。しかし、態々発進してから渡さなくてもと思いながら、封を切って中身を確認し、そしてヒビキはすぐに畳んだ。


「……いや、有り得ないだろ、嘘だろ、おかしいだろ」


 あまりに凄惨な内容に、ヒビキは現実から思わず目を逸らした。


「待て、何かの間違いだ。こんな現実、あってたまるか!」

 大声を張り上げ、運転手が顔を顰めている事にも気付かず、ヒビキは一度目を閉じて大きく深呼吸。

「うおおぉおあおあああああァッ!」

 再び紙を見るなり、意味不明な絶叫を残して白目を剝き、ヒビキは意識を失う。一気に静寂が降りてきた運転手は、怪訝な表情を彼に向ける。


「このボウズ、さっきから何ギャーギャーと……」


 運転手は片手でヒビキの腹部に落ちた紙を拾い、眺める。一番上には「請求書」と記されており、様々な項目が列挙されている。

「エラい大手術をしたんだな。若いのに苦労してるなぁ」

 一度の手術とは到底思えない、膨大な治療箇所の羅列を見て、運転手は思わず同情の眼差しでヒビキを見つめる。そして、請求書の一番下の欄に書かれていた金額を見て、彼は自身の目を疑った。


「こりゃぁ……すごいな」


 請求額は、運転手がこれから稼ぐである一生分の給料よりも多く、官僚のそれよりも多い。それこそ、竜や『正義の味方』の類を狩り続けるなりしないと、到底支払えそうにもない額。

 この少年は一体何者で、何をしたらこうなるのか。行先はヒルベリアなのだが、まさかゴミ捨て場の人間が、そんな御大層な事を起こす筈もない。

 極めて常識的な視点で隠された真実を否定して、運転手は請求書をヒビキのポケットに捻じ込み、運転に集中する。ゴミを投棄する際に用いられるハイウェイを使えば、目的地にすぐ到着するが、生憎ボブルスの大量発生だかで通行止め。

 この車の性能を考えると、少々長めの仕事になりそうだ。

 そんな事を考えながら、運転手は加速板アクセルを踏み込んで発動車を加速させた。


                ◆


 ヒビキが戻ってこられると報せが入ってから一週間。今日がその予定日とあって、ユカリはヒルベリアへの関門の一つでヒビキを待っていた。


 ――最初に、なんて言おうかな。


  感謝でも謝罪でも、単なる迎えの言葉でも特段おかしくはないだろうが、何が最適なのかは未だに決めかねている。

 やはり自分のせいで拘留される事になったのだから、謝罪の言葉が良いと一瞬決めかけるが、ヒビキの性格上、それは好まないのではと思い直し、また最初に戻る。

 どうすべきなのか悩みに悩んでいると、肩を叩かれる。

 慌てて振り向くと、微妙に血色の悪い中性的な顔の少年、即ちヒビキが立っていた。元いた世界では、間違いなく後遺症が残るであろう大量の傷は、見事に全て消え去っていた。


「えぇと、ヒビキ君、その、ね……」


 唐突な登場で混乱するユカリに対して、ヒビキは破顔する。


「安心しろ、完全なる無罪放免だ! だから、謝罪の言葉は要らないぞ」


 先手を取られ、選択肢が一つ消えた。そのままヒビキは「ライラ達の所へ行こうぜ、色々先の事についても考えなきゃいけないしな」と言って、歩き出そうとする。

 コートの裾を掴んで、それを止める。


「どした?」


 出会ってから一番血色の良い顔で、疑問の表情が作られる。上手く纏まってはいないのに、反射的に手が動いてしまった。こうなったら、腹を括って言うまでだ。


「ヒビキ君!」

「おぉッ!?」


 声量で怯まれるが、そのまま続ける。


「私ね、この世界でやるべき事が出来たの」

「やるべき事?」

「うん! ……それを成せるように、元の世界に戻る為以外の事も頑張るよ。だから、これからもよろしくね!」


 細かくだらだらと語ってしまえば、絶対に空回りして、ヒビキに誤解される。今はシンプルで構わない。これからの行動で示せば良い。

 そんな思いを込めて、ユカリはヒビキの方へと右手を伸ばす。ヒビキもそれに応じて、改造された部位の右腕を使う事に一瞬躊躇を見せながらも、手を握る。


「……人形が何処まで役に立てるかは分からない。でも……、よろしくな」

「うん!」


 顔を見合せて二人は笑う。両者共に日常は破壊された。そして、肩書きの特殊性から考えれば、平穏に目的が果たされる筈もない。

 だが、ここで出会えた者達と共に歩けるのならば、ひたすらに苦難だけが続くような道ではないとの確信を、ユカリは抱いたのだった。


                  ◆


……久しぶりに手紙を書いています。出す方法も相変わらず見つかってはいませんけれどね。

 私は何とか生きています。……結構、いえ相当に危ない所まで行ってしまいましたが、ヒビキ君が凄い事をして、敵を倒したのです。

 ヒビキ君は、そして彼の友人であるフリーダ君もライラちゃんも、私の事を褒めてくれましたが、正直足を引っ張っていただけでした。

 まだ長くかかりそうなので、ある程度一人でこの世界を歩いて行けるように更に鍛えようと思っています。

 私が決めた目的を果たす為に、必要な事でもありますしね。

 そう言えば、お父さんとお母さんがくれたネックレスに付いていた石、あれが私達を救ってくれたのですが、二人は石について何か知っていたのでしょうか? 

 帰った時にまた教えて下さいね。

 ……色々と有り過ぎたので、あんまり真っ当な文章を書けそうにありません。このくらいで終わらせようと思います。今度また、この世界について何か面白い事を書いていこうと思います。……そして、出す方法も探していきますので、待っててくださいね!

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