第27話 勲章騎士
紫色の旗を掲げて城から出てきたアレクの姿に、戦況を見守っていた観客たちがどっと沸く。
ある者は立ち上がり、ある者は口笛を吹き、そして大勢の者たちが拍手を送っている。
そしてそんな中、ひときわ大きなアナウンスが辺りに響き渡った。
「旗を持った参加者が今、ミゼット城の正面扉から姿を現しました!! 戦いを勝ち抜いた優勝者です!! 皆さん、盛大な拍手をお送りください!!」
その声に煽られるように、拍手や歓声がさらに大きくなった。
アレクはその歓迎ぶりにやや圧倒されつつ、いつの間にやら用意されている表彰台のようなものへと近づいていく。
やがて軍勢を掻き分けてやってきたらしいレナスも駆けつけたので、二人の主従は並んで表彰台へと進んでいった。
「優勝者の組は……おや、二名でしょうか? そしてその腕章に書かれた数字は……四十八です!!」
参加者には全員、事前に数字の書いた腕章が配られている
進行役はアレクの腕に巻かれたそれを見て数字を読み上げ、参加者名簿と照らし合わせているようだ。
アレクはこちらを見つめている大勢の観客たちを見つめ、ごくりと唾を呑んだ。
どうやら、本当に優勝したらしい。
今もなおしっかりと自分の手に握られている旗や、称賛するように拍手を送ってくる観客たちの姿、そして悔しそうにこちらを見つめている他の参加者たちの姿など、辺りを見回していると少しずつ勝ったのだという自覚が湧いてくる。
もちろん、エスティードの力を借り、イーザーを出し抜いたことで得た勝利であるから、純粋な勝利とは言えないかもしれない。
それでもアレクは、どうしてもあの人に会わねばならなかったのだ。
観覧席に設けられている一番大きな椅子に座っている、あの人物――パラキア帝国の頂点に君臨する皇帝その人に。
ただ無事に優勝を果たしたとはいえ、まだ問題がある。
アレクのことが彼らにどう受け止められるかという点だ。
ローゼンバーグ家が没落したのは父エルドレッドの反逆が原因だと、一般的にはそう思われている。
そしてそれは当然、皇帝自身も同じように思っているはずだ。
旗を持つ拳にぐっと力を入れながら、アレクは表彰台を登っていった。
その瞬間――。
「参加者番号、四十八番……その代表者の名は――」
名前を確認した進行役が、わずかに狼狽えたような声を出す。
「あ……っと……これは――ア、アレクシス・ローゼンバーグ……アレクシス・ローゼンバーグ様です……!!」
直後、一瞬湧きかける歓声。
しかし呼ばれたその名前に、徐々に観客の様子が困惑へと変わっていくのが分かった。
ローゼンバーグという呪われた名。
それはもしや、エルドレッド・ローゼンバーグと関係があるのか、そうだとしたらなぜ今ここに現れるのか、とでも言うような。
しかも周囲のざわめきを聞く限り、予想以上に場は混乱しているようだ。
八年という年月でその悪評も少なからず風化したものと思っていたが、アレク自身が思っていた以上に人々の記憶には強く残っていたらしい。
「え、ええと……まずはこちらへ」
貴族らしく着飾った進行役が、動揺しながらアレクたちを壇上の中心へと誘う。
「その……失礼ですがアレクシス様は、どういった方でいらっしゃいますか?」
そしておずおずと遠慮がちに尋ねてきた。
参加するのに必要なのは名前と参加料のみ。
参加者がどのような人物かは主催者側もいちいち把握していないから、アレクが呪われた騎士エルドレッドの子だということはまだ彼らも確信していないのだろう。
アレクはざわめく人々を見渡し、大きく息を吸い込んだ。
大丈夫、怯む必要なんてない。
アレクは頭の中で父の顔を思い出す。
あの誇り高い姿を思い出せば、身体の奥から力が湧いてくる気がした。
「私はアレクシス・ローゼンバーグ。かつての筆頭騎士、エルドレッドの血を引く者です」
たちまち辺りがしんと静まった。
人々は驚いたように息を呑み、そして次の瞬間、先ほどの比にならないほどのどよめきが広がっていく。
驚いているのは観覧席にいる貴族や一般観衆だけではない。
先ほどまでアレクが剣を交えていた戦士たちもまた、仰天した様子でこちらを見つめていた。
「あ、あの……それは……本当ですか?」
進行役も観客も、しばらく信じられないという様子でアレクを凝視する。
かつて国を騒がせた騎士の子がこんな劇的な方法で大勢の前に姿を現したのだから、無理もないことかもしれない。
「ええ、本当です」
「では、ええと……何か素性を証明する物は……?」
「証明?」
「はい……その、あまりにも驚くべきことですので」
アレクは困惑し、眉間にしわを刻んだ。
証明しろと言われても、できるものは何もない。
父の形見を出したところで証明になるとは思えないし、一体どうしたものだろうか。
「証明なら、私がしよう」
そうしてアレクが困惑していたとき、突然こちらに歩み出る者があった。
イーザーである。
どうやら先ほどの不意打ちからはもう立ち直ったらしい。
「イーザー……?」
「これは、ジスカール侯爵家のイーザー様! そういえば……ジスカール侯爵家はかつてローゼンバーグ家と親交の深いお家でございましたね」
「ああ、そうだ」
イーザーは進行役に頷いたのち、大観衆に向かって高らかに言う。
「アレクシス・ローゼンバーグは幼い頃からの友。そしてこの者こそ、そのアレクシスに相違ない。素性はこのイーザー・ジスカールが保証する!」
その宣言に、おお、と歓声が湧いた。
アレクもまた感謝の気持ちでイーザーを見つめた。
ついさっきあんなにこっぴどく陥れてしまったのに、もうこんな風に自分を助けてくれるなんて。
「……ありがとう、イーザー」
「負けた上に困ったお前を放っておくのでは、格好がつかないからな」
そうしてアレクの肩を軽く叩くと、イーザーは壇上から下りていった。
「では、改めて……優勝者のアレクシス・ローゼンバーグ様です!! 皆様、どうぞ大きな拍手を!!」
まだ少し動揺しながらも、観衆は拍手を送ってくれた。
アレクは拍手を受けながら観衆に向かって頭を下げる。
そして――。
「次に、皇帝陛下から褒美の授与でございます!!」
――とうとう、この時が来た。
没落して八年、どれだけこの日を待ちわびたことだろうか。
アレクは緊張に息を呑む。
どきどきと鼓動が早くなっているのが分かった。
「皇帝陛下、壇上へどうぞ!!」
アナウンスののち、観覧席にいた皇帝が側近を連れて歩み寄ってきた。
絢爛豪華な銀のマントを身に纏い、堂々たる足取りで歩んでくるその姿に、アレクは自然と膝を付き、頭を下げていた。
「お初にお目にかかります。アレクシスと申します」
「……うむ」
皇帝の声には抑揚がなく、一体どういう感情を抱いているのかは、窺い知ることはできなかった。
「さあ、では優勝者アレクシス様、希望する褒美をお言いください」
「私の望み……それはただ一つ」
緊張に震える唇を開き、アレクは顔を上げた。
そして皇帝の目をまっすぐに見据える。
四十半ばの皇帝はじっと、無表情にこちらを見つめているだけだ。
「家を――我がローゼンバーグ家を、立て直すことにございます」
そののち再び辺りがざわめき始めたかと思うと、やがて皇帝の側近のうち一人がこう言った。
「立て直す、というのは?」
「元の形に戻すということです」
「つまり……そなたに爵位を与え、貴族階級に復帰させよということか?」
「……はい」
アレクが肯定すると、ざわめきは一層大きくなる。
それからその中に少しずつ怒声や罵声のようなものが混じり始め、辺りは騒然とした有り様になっていった。
「ふざけるな!! あんたは大罪人の息子だろう!!」
「爵位が欲しいだと? 馬鹿なことを抜かすな!!」
「あんたの父親が何をしたか分かってるのか!!」
次々に飛んでくる野次。
それらのほとんどは否定的なものであり、嫌悪や憎悪を示すものだった。
しかしアレクは動じず、青い瞳で強く皇帝を見つめ続ける。
するとやがて皇帝はわずかに灰色がかった眉を動かしたかと思うと、何やら側近たちとひそひそ相談を始めた。
やはり祭事の場で言うには事が大きすぎたのだろうか。
いや、しかしそれは初めから分かっていたことだし、アレクはそれを踏まえた上で賭けに出たのである。
だから、どのような答えが返ってきたとしてもこちらが落胆する必要はない。
――そして、約一分ののち。
「……アレクシス・ローゼンバーグ。そなたの望みは分かった」
重々しい口調で皇帝が口にした。
その途端、観衆のざわめきはぴたりと止んだ。
「本来、爵位というのは何らかの成果を挙げ、国に貢献した際に与えられるもの。祭事の褒美として与えられるものではない。それゆえ、そなたに爵位を授けることはできない」
やはりそうなるか。
アレクが気を落としかけたときである。
「ただし、此度そなたが優勝したのは間違いのないこと。そこで一度、機会を与えたいと思う」
「機会、でございますか」
思わぬ言葉にアレクは顔を上げる。
見ると皇帝が何かをこちらに差し出していた。
アレクが両手を伸ばして押し戴くと、それはパラキア帝国を象徴する金の獅子を象った、手に収まるほどの小さな金色の塊だった。
「これは……?」
「勲章だ。そなたにはその勲章と、『勲章騎士』という立場を与えよう」
「勲章騎士?」
初めて聞く単語にアレクは首を傾げる。
「仮初の立場だ。爵位ではないゆえ、地位や実権は一切伴わぬ。ただその勲章を持つそなたが次に何か功績を挙げれば、必ず爵位を授けると約束する」
つまりは昇進を約束する手形のようなもの、ということだろうか。
「……ありがたく頂戴いたします」
勲章を胸に抱き、アレクはもう一度頭を下げた。
爵位を貰えなかったことは残念だが、それでも何も貰えないよりは断然いい。
観衆たちもどうやらその采配には納得したようで、それからはもうアレクに野次を飛ばす者もいなかった。
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