第21話 脳筋剣士アレクシア

「ご来場の方々、お待たせいたしました!」


 ミゼット城の周辺に導力器で拡張された声が響く。

 放送が行われているのは、建国祭のために設けられた天蓋の下。

 そこには今日の進行役と思しき一団が控えていて、彼らはそれぞれスコープのようなものを目に装着していた。どうやら城内の各ポイントに遠視機が設置されているらしく、彼らがその映像を見て実況するということらしい。

 またその天蓋の隣には一際豪勢な天蓋と観覧席のようなものが設けられていた。

 アレクがいる場所からは遠くてよく見えないが、どうやらその観覧席の中央に皇帝がいるようだった。


「これよりパラキア帝国建国祭、開始いたします!」


 しばらく進行役の貴族たちによる挨拶が続いた後、とうとう開始が宣言される。


「ミゼット城、開城!!」


 進行役の高らかなアナウンスにより、とうとうミゼット城の大きな正面扉が音を立てて開かれた。

 それに続いて鳴り響く、地響きのような音。

二百数十名の男たちの列が動いたことで、大地の揺れるような衝撃が生じているのだ。

 ちなみに列の並び順は手続きを済ませた順。

 手続きがギリギリだったアレクたちは最後尾近くであるから、実は機動力云々の作戦も意味はなさそうだった。


「行くぞ!!」


「はい!」


 それでも周りに後れを取るわけにはいかない。

 アレクは鼓舞するように声を上げ、レナスと共に正面扉へと急いだ。




 しかし城内へ入ると、すぐに試練が待ち構えていた。

 なぜか正面階段前のエントランスがごった返し、百人近くがそこで立ち止まっているのだ。

 そのためアレク達もそれ以上城内を奥へ進む間もなくそこで足止めをされてしまう。

 一体前方で何が起きているのだろうか。


「これは何が――」


「おい、そこをどけ!!」


 アレクが周りの者に聞こうと思ったとき、突如周囲から罵声のようなものが聞こえることに気が付いた。


「くそ、あれはどこの組の連中だ!?」


「邪魔すんなってんだよ!」


「あれは十二騎士のイーザー様だ! 五人を二つに分けて自分と足の速い二人が上へ、力の強い二人が階段に残って足止めをしてるんだ!」


 幼馴染の名前を聞いた途端、アレクは眉をひそめる。


「イーザーだって……?」


「ふむ、どうやらあの方が小癪な手を使って足止めしているようですね」


 レナスの言葉にアレクは頷く。

 周りの者たちの言葉を聞く限り、どうやらイーザーが意図的にこの中央階段を足止めしているようだ。


「しかし五人を二つに分けるとは……」


「さすがは精鋭を引き連れた騎士侯爵。金に物を言わせて暑苦しい筋肉まみれの男共を抱えているだけはあります。別の階段から行きましょうか」


「……そうしよう」


 他の者たちと同じように立ち往生しているわけにはいかない。

 アレクは事前に見た城の図面を思い出し、東階段の方へと向かっていった。




 だが――希望を込めて向かった東階段でもまた、次なる試練が待ち構えていた。

 正面階段のときと同じように、なんとここでも数十名の者たちが足止めされていたのである。


「今度はなんだ……?」


 アレクは注意深く周囲を窺う。


「ったく、手荒い奴らだ!!」


「上から矢を射るなんてずりいぞ!!」


 やがて聞こえてきたのは参加者たちの悲鳴と、間隙なく階上から降り注ぐ矢の音。

 どうやら東階段でも先ほどと同じく、先に階段を上った者が後から来る者を足止めしているらしい。

 それもこちらは矢の雨で。


「なるほど、上から矢を射ているわけですか」


「どこかで見たような手だな」


 かつてエクトリス城で自らが用いた作戦を思い出し、アレクは苦笑する。


「これではまともに登れません。どうします、もう一度迂回しますか?」


 アレクはその場で立ち止まり、しばらく考える。

ミゼット城は全部で五階。

 恐らく先頭にいるであろうイーザーはすでに二階を突破している頃ではないだろうか。

 そうだとしたら、これ以上迂回して時間を無駄にしている余裕はない。


 アレクは改めて周囲の状況を観察する。

 正面玄関と違い、ここはまだ人が少なく視界も悪くなさそうだ。

 先ほどと違ってイーザー配下の屈強な戦士が暴れているというわけでもないし、降ってくる矢さえどうにかすれば通れそうな気がする。

 であれば――。


「……いや、迂回はしない」


 アレクは一番上に着ている革のコートを脱ぎ、腰に下げたポーチからゴーグルを取り出すと、それを手早く目に装着した。


「どうする気です?」


「このまま正面から突っ込む」


「かしこまりました。ではこのまま行って矢を受けて死んで参ります」


「やめろ、死ねとは言っていない」


「ではどうするのですか」


 アレクは意気込むように深呼吸をしたのち、鞘からすらりと白刃を引き抜いた。


「……叩っ斬る」


「なんですって?」


「叩っ斬る」


 アレクが繰り返すと、レナスは衝撃を受けた様子で床に崩れ落ちた。


「ああ、なんということでしょう……! イーザー様の配下の病気がうつったのか、我が主まで脳みそが筋肉になってしまったようです……!」


「戦において筋肉は大事だよ」


「そしてこんな馬鹿の一つ覚えみたいな理論を……!」


「いいよ、馬鹿でも何でも」


 アレクは先ほど脱いだコートを盾代わりに頭の上に掲げながら、片手剣を構えた。


「……どちらにしろ、ここで立ち止まっていては優勝なんてできないのだから」


 アレクの策はいたってシンプルだ。

 まずアレクが前に立ち、降り注ぐ矢を剣で撃退していく。

 その隙にレナスがボウガンで射手を狙い、階下から撃ち落としていくという寸法だ。


「仕方ありません。主の命令とあればやってみせましょう。けれどどうかご自分の身はご自分で守られますよう。有能な執事とはいえわたくしも人間です、腕は二本しかございません」


「分かった」


 何か言いたそうなレナスを連れて、アレクは人混みを掻き分けていく。

 そうして人々を押しのけて階段の前へ進んでいくと、周りで立ち往生している者たちが驚きの声を上げた。


「お、おい、あんたら、この中を上っていくつもりか!?」


「やめた方がいい、怪我するぞ!」


 しかしアレクは彼らの言葉を一蹴し、さらに前へと進んでいく。


「大丈夫、矢が一本当たったところで急所でなければ死にはしない」


「む、無茶苦茶だな……」


「こ、こういうのを脳みそまで筋肉って言うんだろうな……」


 アレクの言葉に周囲の者たちが明らかに引いているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 天高く剣を掲げると、アレクは叫びを上げた。


「……行くぞ、レナス!!」


「はい!」


 レナスの返事を聞いた直後には、もう走り出している。

 眼前には降り注ぐ矢。

 アレクはまずそれらを一閃で叩っ斬る。

 空を切るような鋭い音が響いたのちには降り注いだ矢はへし折れ、ぱらぱらと宙を舞った。


 しかし敵の攻撃もそれでは終わらず、さらに矢の雨が降り注ぐ。

 それを防ぐべくアレクは肩に掛けていたコートをぶわりと大きく宙に広げ、払いながら再び剣で一薙ぎにした。

 そうして一旦矢が止むと、隙を逃さずレナスに合図を送る。


「レナス! 今だ!」


「ええ!」


 ぴったりとアレクの後に付いていたレナスが上を見上げ、ボウガンを掲げる。

 そして一番近くにいる射手に狙いを定めると、正確に射手の腕を貫いた。


「ぐあっ……!!」


「よし!」


 射手が倒れたのを確認したアレクは、再び階段を駆け上がっていった。

 そして再開された矢の雨を、またしても剣で叩き斬ったり、コートで払い落としたりして進んでいく。


「次はあそこだ!」


「承知!」


 ビュッと鋭い音を立て、レナスがボウガンから矢を放つ。

 その直後、やはりすぐに射手の悲鳴が上がった。


「次! あと一人!」


 檄を飛ばすように言い、アレクはさらに上を目指す。

 三人いた射手はすでに一人になっているため、矢の射られる間隔も先ほどより明らかに長い。

 アレクは難なく矢を払いのけ、レナスに指示を出した。


「あそこだ!」


「お任せあれ!」


 鋭い攻撃に、一番上で射ていた射手が倒れる。

 そうして全ての射手が動きを止めると、矢の雨はぴたりと止んだ。


「す、すげえ……」


「あいつら、一つも当たってねえぜ……!」


「さすが、脳みそが筋肉なだけあるな……!」


 やがて階下から称賛の声が聞こえてくるが、アレクは足を止めぬまま、さらに上を目指していく。


「ありがとうレナス、このまま一気に登ろう」


「かしこまりました」


 そうして主従は二階へ辿り着いたが、息つく暇もなく三階へ続く階段を上っていった。

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